夕日が世界を染めていく。
空も、街も、教室も、彼も、私も。
私は窓の外を見つめていた。棟の四階からは、街を一望できる。視界に入るものはすべて、夕日色に染まっていた。
夕日の色
「なに見てんの?」
窓を背にしている彼が訊いてくる。
私は視線をそらさずに答えた。
「電波塔」
高校野球で有名な学校にあるそれは、私たちのいる教室からよく見えた。夏の花火大会では、絶景のポイントとなる。巨大な人みたいに見えるその塔は、本来なら白い。けれど今は、世界に同化したみたいな夕日色をしている。
彼は「ふうん」とかと頷いて、再び机に向かった。
私は視線を動かさずに、じっと電波塔を見つめ続ける。周辺視野の中に、空や街、そして彼が映っていることを知りながら。本当は真正面から彼を見たいけれど、それはさすがに恥ずかしい。だから塔を見る振りをしながら、彼をそっと観察しているのだ。
ほほの輪郭、ネコッ毛の淡い髪は染めてないのに薄い茶色、伏せたまつげの長さ、口元を手で覆う仕種。全部が全部、この夕焼けの中でしか、今でしか見れない。だから私は、この時間が好きだ。彼が私のノートを写す、この夕暮れの時が。
私はじっと電波塔を見つめ続ける。
私はそっと彼を見つめ続ける。
「俺のこと、見とれてるのかと思った」
完全な不意打ちだった。
静かな教室に、彼の一言が波紋のように広がっていく。
心臓が警鐘する。息が詰まる。うまく表情を作れない。
「そんな……」
私は彼に向き直った。いつの間にか、彼はまっすぐに私を捉えていた。色素の薄い茶色い瞳に吸い込まれる。
いつもと同じ夕焼けの部屋。私が大切にしてきた時間。それが、いつもと違う展開を迎えていた。私の大切にしてきた時間が、壊れてしまうかもしれない瞬間。
私はゆっくりと口を開いた。
なんと言うつもりなのだろう。
「馬鹿じゃないの」と言ってしまえば、きっとまた元に戻れるはず。
私は、なによりもこの時間が愛おしい。それがなくなってしまうなら、これ以上の関係は望まない。居心地のいい友達のままでいたい。笑い飛ばして、なにもない振りをすればいい。
私は大きく息を吸い込み、全力で顔の筋肉を緩めて笑顔を作る。
「そうだって言ったら、どうする?」
出てきた言葉は、思っていた言葉とは違っていた。言ってから、驚いた。けれどそれは、偽りのない言葉だった。
すると彼は微笑して、手招きをした。私が怪訝そうに顔を近づけると、そっと耳打ちしてくる。
「―――――――」
彼と私の距離が開く。
何事もなかったようにノートに取り掛かる彼。
響くシャーペンの音。
私も何事もなかったように電波塔を見つめた。
あかく染まった塔。きっと私も、あかく染まっているのだろう。けれど、私があかくなっているのは、きっと夕日のせいだけじゃない。
あとがき
この作品、大学の課題に出したやつです。
微妙な終わり方してるので、続きは妄想してください(爆)
作中に出てくるこの塔、身内以外で分かった人いるかな? ずばり課題内容がこの塔の名前だったんですけどね(笑)
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