■2月10日〜17日 外泊。いつも外泊のときは娘も家に戻ってきて家族4人で過ごすのが、今回風邪のため1週間お休みで、帰って来られなかった。だから様子をみて外泊を1日伸ばし、2月20日から治療をしてもらうことにする。主治医とは電話で連絡を取りOKをもらう。
■2月18日 主人も仕事を休んでもらい、2月17日から娘も呼んで、家族4人でゆっくり過ごす。やっぱりこの4人で食事して普通に暮らしていきたいので、早くもとの生活に戻り、幸せな日々になりたいと願う。 セカンドオピニオンでゆうの現在の状態を知った今、1日1日を大切にしたいと思う。 特に家に戻ったときは、いつも実家に預けて生活している娘にも少しでもお兄ちゃんとふれあわせたいと思う。 夕方、病院に戻る。 ■2月19日 20日からの治療と決まる。相変わらず主治医より抗癌剤が何を使われているのか説明もなし。今年に入り、『治療をするときは何のお薬がどれくらい入って治療を行うかメモ書きして教えてください』とお願いしたが、やっぱり以前と同じく説明なし。 おまけにもう1人の主治医(研修医)は何が気に入らないのか1日外泊を伸ばしたり、勝手なことをしたことにすごく怒っている。でも、私は治療をして良い結果がないし、このまま見送るのなら時間を大切にしたいし、子供も守りたいと思う。 |
【9クール目投与(2月20日〜23日)】 2/20 デカトロン 8mg タキソテール 100mg アクプラ 150g 2/21 トポテシン 140mg 2/22 トポテシン 140mg 2/23 トポテシン 140mg |
■2月23日 止血剤、1日2本入れる。11時ぐらいからお薬入る。お薬が入ったとたん、下痢、おう吐、休みなしに出る。13時頃、下痢が出たあと足が震えてくる。足に力がなく立てないので、気になり神経専門の先生に見てもらう。 ■2月24日 朝から下痢止まる。水分も自分でとれるようになるが体はだるい。昼間点滴のさした所が痛いと言い出す。点滴の滴数を150→100に変えてもらう。夜は100→60になる。夜中熱が38.3℃出たので、座薬を入れる。 今回の抗癌剤治療は主治医2人居るが23・24日ともに治療中に来ない。病院側は治療慣れしているかもしれないけれど、トポテシンをどんどん使って下痢もすごい状態。まして9回目にもなるのにDr達も同じ治療してみたらという気持ちになってた。 ■2月25日 午前2:50 38.3℃の熱なのでボルタレンを入れる。この日はメイロンで流し昼間に点滴をぬく。飲み薬としてファロムが出され、飲む。今日も熱が気になるので泊まることにする。 ■2月26日 午前5:40 39.4℃熱があるので座薬入れる。午前中は楽になる。せきや鼻水も2、3日前から出ていて気になるが治療後ということもあり、今は熱が下がることを願う。午後1:00頃、調子が悪そうなので熱を計ると39.5℃ある。氷まくらし、おでこに冷水で冷やしたタオルをあて、脇には凍らしたチューペットをはさんで冷やす。しばらくこれで熱は下がるが、夕方また熱が上がり、今度は40.3℃。熱のせいでだんだん会話もおかしくなる。看護師さんに来てもらい、見てもらう。そうこうしている間に主人が仕事を終わって病院に来る。やっぱり会話にならない。どうやら夢の中で英語の勉強をしているらしい。お母さんが解答を持って、返してくれない!とお父さんに訴えている。このようなことがあっても主治医は今日も来てくれない。 私自身治療中も治療後も生死に立たされている息子を祈る思いで共に頑張っているのに病院側は病気慣れしているのかと疑問に思う。やっぱり、息子を見守れるのは私でないと、と一段と気持ちは熱くなる。そして、夜9:00に看護師さんに「子供がこんなことになっているのに、どうして主治医が一度も診に来ないのですか」と思わず言ってしまう。あわてて主治医が来る。血液精剤グロブリンを3日間入れると言う。不安があったが、考える間もなく開始。この日は主人と私の2人で泊まることに。 ■2月27日 私自身、体調を崩してしまい、家に戻る。また病院へ行くがあまりにも体調が悪いので夕方帰る。この日は担当の看護師さんもしっかりしているので、安心してお任せする。主人と交代する。 ■2月28日 朝、看護師さんから電話をもらい、27日のゆうの様子を報告してもらう。病室の隣の子が、インフルエンザとわかる。その子はたまたまその日が退院日で退院した。 ひょっとしたらゆうもインフルエンザかもしれないと言われ、検査する。 やっぱりインフルエンザに感染。他の子たちに分かると大変なので部屋を変えてもらう。(幸いにして部屋も空いていたのでよかった) |