| メルマガ 戦災と平和のご案内 | ||||||
メルマガ 戦災と平和のご案内☆ メルマガ 戦災と平和(マガジンID:0000167835) ![]() 今年は戦後60周年です。先日、亡き父の手記が見つかりました。 戦時中の事を書いた物がいくつかありました。戦争体験と云うと 戦闘時のものが多いですが、これは当時子供だった父の体験した 事が書かれていました。少ないですが、順に紹介していきたいと思います。 メールマガジン 今スグ登録!(購読料無料) メルマガサンプル <ご挨拶> はじめまして、本メルマガを編集発行します ゆう と申します。 どうぞよろしくお願いします。 今年は戦後60周年になります。先日、家の片付けをしていたところ、亡き 父の手記がみつかりました。そこには、生きているときには聞いた事もない 戦中戦後の事が書かれていました。私は戦後の高度経済成長真っ只中に、生 まれ育ちました。戦争の事は学校の歴史の授業や本を読んだりして勉強しま したが、実際の当時の日本がどんなふうだったのかは知るよしもありません 一通り読んでみて、これはもっとたくさんの方に読んでもらった方がよいの ではないか。。。と勝手な思い込みから、このメルマガ発行を思いついた訳 です。 このメルマガは次のような形態をとりたいと考えています。 ・基本的には父の手記を紹介 ・私の感想または読者の方から寄せられた意見や感想 ・当時の日本の様子 こんな感じで進めたいと思います。 ご意見やご感想、ご批判など大歓迎です。 < 戦 災 と 平 和> 手記より 我が日本は、昭和20年8月15日から今日平成10年7月まで53年間戦争 は起きていない。 日本国憲法前文に、 「日本国民は、恒久の平和を祈願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を 深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われら の安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧 迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある 地位を占めたいと思う。・・・・・・・・」とあり、更に 「第二章 戦争の放棄 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平 和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、 国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達 するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを 認めない。」とある。 この日本国憲法は、昭和21年11月3日に交付され、昭和22年5月3日に 施行されたもので、現在毎年5月3日は憲法記念日として国民の休日となってい る。 しかしここで憲法論を述べるつもりはない。昭和20年8月15日から今日ま で戦争が起きなかった最大の理由をここに見るものである。 私が生を受けた昭和6〜7年から昭和20年までの日本は、確かにどちらを向 いても戦争一色であった。勿論日清・日露の戦争が以前にあり、その後昭和12 年7月7日、北京郊外を流れる永定河にかかる蘆溝橋付近で、日本軍が中国軍に 戦闘をしかけ、あの広大な中国を相手に日華事変となり、昭和16年12月泥沼 の第二次大戦となる太平洋戦争に突入する。 〜 中略 〜 太平洋戦争は、開戦後しばらくは連戦連勝で国内浮かれていたが、ようやくア メリカの用意が整うと、先ず海軍が昭和17年6月ミッドウエ−沖海戦で惨敗し 、その後アメリカの大量の軍事力に圧倒され、南方各地に広がった戦域から日本 はジリジリと後退していった。 そして昭和19年7月日本が太平洋を支配する根拠地としていたサイパン島も、 全員玉砕という悲しい結末で陥れられた。 早速アメリカ軍はサイパン島に飛行場を整備し、昭和19年末から長距離爆撃機 B-29により、東京はじめ国内各地を夜も昼も空襲したものである。当時例の隣組 の組織を利用し、防空演習と称しバケツリレ−やら、竹竿と荒縄で作った火はた き等で、焼夷弾に立ち向かう演習を行っていた。町の門・角には防火用水と書い たコンクリ−ト製の水溜めを置くことを奨励され、本気で焼夷弾の火を消すこと を考えていたものである。 〜 中略 〜 さて家に帰ってくると夜は電灯の明かりが外に漏れないよう灯火管制をし、い ざ空襲警報が発令されると、灯火は完全に消したばこも厳禁、防空頭巾・巻脚半 ・鉄兜を身につけ待機する。こんなことが毎晩繰り返され敵機の立ち去るのを只 管待つのだ。 家には二つの防空壕を掘った。父と母と私と卓ちゃんとで三畳位のと八畳位だ ったと思う大きさだった。はじめは三畳位一つであったが、空襲が激しくなり戦 争を真面目に考え始め、一つでは足りないと八畳位のを作ったのである。防空壕 の中には燃やしたくないものとか、ある程度の食糧とか一部の日用品を入れてお いた。そして最悪の場合我々4人が飛び込むのである。 −−つづく−− 次回予告 とうとう空襲警報が鳴る。 昭和20年3月13日夜、早い時間から警戒警報が。。。。。 中略部は、メルマガ本編でお楽しみください(^^ゞ さっそく登録!(購読料無料) Powered by CADで機械図面を描こう(Jwcad編)
| ||||||