全国の城(東京2)


石神井城

石神井城の土塁と堀


城址にある説明看板写真より発掘時の様子です

所在 東京都練馬区石神井台1丁目
説明 石神井城は、中世武士の豊島(としま)氏の城です。豊島氏は葛西、江戸両氏とともに秩父流平氏で、鎌倉時代の末には石神井郷を領有していました。室町時代に、城主の豊島泰経は武蔵守護の上杉顕定にそむいた長尾景春に味方しました。そのために顕定を援助していた江戸城主の上杉定正の重臣の大田道灌は、文明9年(1477)4月、この城に泰経を攻めてこれを落としました。
石神井城は、中世の平城の一つで、三宝寺池の谷と石神井川の低地とに挟まれた小高い丘陵の上にあって、その周囲は空堀や土井でめぐらされています。
今でも空堀のあとの一部を見ることができますが、落城によって照姫が水中に身を投げたという伝説など、数々の哀れな物語を秘めています。【練馬区教育委員会】
(城址案内板より

石神井城址碑
この裏山が城址となります
平成10年から6年間に渡って実施された市民参加の発掘調査では、堀と土塁及び内部の一部が明らかになりました。幅約12m、深さ約6mで底の部分が平たくなった「箱堀」であることが分かりました。水が溜まっていた痕跡がなく、空堀であった事が分かりました。

三宝寺池沼沢植物群落の碑と説明板
掘った土を掻き揚げて土塁を築いており、土塁と堀との比高差は10mほどとなり、堅固な防御施設であったことが分かっています。土塁からは14世紀後半から15世紀に作られた常滑(とこなめ)焼の甕(かめ)や、鉄製小刀が出土しています。内部の建物跡は明確では無いそうですが、柱穴が発見されており、掘立柱建物が建てられていたと考えられています。

三宝寺池に建つ石神井城の石碑
訪れたのは平成17年3月10日でした。
石神井城は西武新宿線の上石神井駅か、西武池袋線の石神井公園から歩いて20分ほどの所にあります。上石神井駅前の交番で城址への行き方を教えて貰い、歩いていきました。
帰りは楽しようとタクシーを拾い駅まで戻りました(^^ゞ
公園でちょっと変わった感じのオジサンからいきなり気軽に声を掛けられビックリしました(笑)



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