小鹿島に残された植民地時代の文化遺産

                   

 

小鹿島には植民地時代に作られた文化遺産が数多く残されています。これらの文化遺産は患者の血と汗によって作られたものです。文化財の建物に使われているレンガも強制労働によって患者の手によって焼かれたものです。小鹿島を一周する道路もほとんどが強制労働によって作られました。これらの文化財は日本による植民地政策の蛮行を物語るなにものでもありません。今回紹介するものは、小鹿島病院のホームページに掲載されているものを翻訳したものです。以下の資料は小鹿島病院の公式ホームページではありません。詳しくは下記のサイトを参考にしてください。

              http://www.sorokdo.go.kr/sorokdo/board/sorokdoHtmlView.jsp?menu_cd=040203

文責 HP <恨生> 管理人山口進一郎

小鹿島文化財

 

小鹿島文化財は全羅南道文化財資料に登録された慈恵医院をはじめ、文化財庁登録文化財等、小鹿島の文化遺産情報を確認し見ることができます。詳しい情報は文化財庁のホームページを参照してください。http://www.cha.go.kr

慈恵医院

・指定番号 第238号

・文化財名 高興 小鹿島 慈恵医院 本館

・所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里712

・規模 1棟 (118.5㎡)

・指定日 2003527

・登録事由

  本建物は小鹿島内の建物中最も古い建物であり治療や事務が行われていた。初期の小鹿島慈恵医院の母体である。壁の内部を赤いレンガで積み、増築された部分はセメントブロックを使用している。木造で外壁を作っている点が本建物の特徴である。また、当時に、光州、釜山、テグに外国人宣教師によって作られた私立ハンセン病療養院があったが、小鹿島慈恵医院は日帝時代建設されたハンセン病治療病院である。そして、本建物は建築的特性だけでなく、1900年代始めの小鹿島ハンセン病患者病院の母体であり、近代建築物(記念物)としてその価値が高く評価される。

 

       慈恵医院                慈恵医院

 

 

検死室

指定番号 第67

文化財名 小鹿島更生園 検死室

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里216

規模 1棟・1層 延面積54.6㎡

指定日 2004.2.6

 

登録事由

小鹿島更生院で治療を受け、死亡した患者を解剖し、また患者の断種手術を執行した所と推定されるこの検死室は1935年に建築された。破風屋根をのせた赤いレンガ造りで単層建築物である。小鹿島更生園に収容されたハンセン病患者の死因糾明のための不当な検死と、やりきれない強制断種を受けた人間の辛い悲しみを感じることができる。

   検死室         検死室         断種台

 

監禁室

 

指定番号 第67

文化財名 小鹿島更生園 監禁室

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里217

規模 1棟・1層 延面積103

指定日 2004.2.6

 

登録事由

監禁室は1935年に作られたH字形平面破風形屋根を載せたレンガ造りで、1階建ての建設物は刑務所と類似した構造になっている。日帝強占期に小鹿島更生園に収容されたハンセン病患者中、園内内規に違反した者を隔離、監禁した所である。日帝下に患者たちが不当に拘禁、監視処分、体罰等を受けた痕跡をうかがうことができる。

         

    監禁室外部             監禁室内部

事務本館と講堂

 

指定番号 第68号

文化財名 小鹿島更生園 事務本館と講堂

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里85

規模 1棟・2階 延面積107.6㎡

指定日 2004.2.6

 

登録事由

事務本館は1935年、小鹿島更生園の拡張期につくられた代表的な建築物の1つである。1937年に講堂をつなげ字形平面のレンガ造りで2階建の建築物である。階段、窓等の形態が1930年代の建築技法を見ることができる。

 

 

 

     事務本館              講堂

 

 

萬霊堂

指定番号 第69号

文化財名 小鹿島更生園 萬霊堂

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里 山209

規模 1棟・高さ15m 延面積23.3㎡

指定日 2004.2.6

登録事由

萬霊堂は1937年に日本の木造塔を模倣して作られた。円筒型でセメントとレンガ造りで、笠をかぶせた形態の銅板屋根を載せた建築物である。ハンセン病患者で小鹿島に強制収容され<(ハン)多い生を生きた最後の患者の納骨堂という記念碑的意味と造形性を備えた建築物である。

 

 *<恨> 人権抑圧が長期にわたり行われたときにおこる、韓国独特の感情  訳者注

 

            

                  萬霊堂

 

 

 

食糧倉庫

 

指定番号 第70号

文化財名 小鹿島更生園 食糧倉庫

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里 山165

規模 1棟・1階 述面積330.6

指定日 2004.2.6

 

登録事由

 

食糧倉庫は1940年に海辺の船着場に隣接し建設した破風形屋根をつけ赤いレンガ造りの建築物である。陸地から患者に補給された食糧を保管した所だ。海水に浸かった部分の基礎は橋脚模様のコンクリート礎石にレンガでアーチを渡し建築した国内でもめずらしい形をしている

        

             食糧倉庫

 

 

神社

 

指定番号 第71号

文化財名 小鹿島更生園 神社

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里 山31

規模 1棟・1階 延面積33.1㎡

指定日 2004.2.6

 

登録事由

 

1935年小鹿島更生園へ設置された。日本の神社建築の形式と配置を取っている。この神社は木造建築様式を鉄筋コンクリートとレンガ造りで模倣して建築した。当時、日帝強占期に患者たちに神社参拝を強制させた。韓民族の痛みを感じることができる所だ。

 

          

                 神社

燈台

 

指定番号 第72号

文化財名 小鹿島更生園 燈台

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里 山1782

規模 1棟・高さ7.5m 延面積16.5㎡

指定日 2004.2.6

 

登録事由

 

1937年患者たちの資金と労働力を搾取して積み上げられた。小鹿島南端の北緯3430分、東経1276分に作られた高さ7.5mの円筒形の燈台はハンセン病患者の血と汗に染まった小鹿島更生園の歴史的事実を物語っている

 

         

                燈台

 

鹿山初等学校 校舎

指定番号 第72号

文化財名 小鹿島更生園 燈台

所在地 全羅南道 高興郡 トヤン邑小鹿里 山1782

規模 1棟・高さ7.5m 延面積16.5㎡

指定日 2004.2.6

登録事由

1935年頃建築された赤いレンガ造りの切妻屋根の私設の普通学校の校舎で、1930年代の建築技法を見ることができる。この学校はハンセン病患者を対象に自主的に作られた初等学校である。