列島改造論、オイルショック、トイレットペーパー騒ぎと続く、
喧騒と活気に満ちた20世紀の後半、
河内の国、寝屋川流域のとある場所に集まってきた若者達。
適当に勉学に励み、適当に遊び、適当にバイトをし、親のすねをかじり、
4年、またはもっと長くそこで生活をし、やがて糊口を稼ぐために残り、
去っていった若者達。
嗚呼、あれから数十年、紅顔の美青年たちはどうなっただろう。
活気に満ちてまだ働いているだろうか。大望は果たしただろうか。
それとも第一線を退き、悠々自適で暮らしているだろうか。
興味は尽きない。
偶然道ですれ違っても、判らないかもしれない。
記憶に残る、あの時のおもかげはあるだろうか。
当時と今を結ぶ時という流れの遠いことよ。
だが残された時間は少ない。
会うということは努力がいるが、
書くということははるかに少ない努力でよいということだ。
ここにホームページを開き、少しでもつながりを取り戻すべく
そのよすがとする。 2011年7月 記す
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