黒子はうっすらと瞼を押し上げた。
ブラインダーから差し込んでくる光とその向こうの歌うような鳥の囀りに、現在の時刻がいつもの自分の起床時刻とそう変わらないのだと黒子は知る。
寝起きの良くない、ぼんやりとした頭で自室ではない此処は何処だと自問すれば昨日の記憶が蘇ってくる。
(ああ、きせくんの……)
そうだ、思い出した。黒子は小さく頷く。昨日、黄瀬が誠凛にまでやって来たのだ。
黄瀬とは練習試合以後頻繁にメールで連絡を取り合っていた。黒子は特に用事はないのだが、黄瀬はそうではなかった。キャプテンにドツカレタだの、今日はモデルの仕事の日だの、今見てるドラマの内容がどうだの、数学の問題がわかんないだのと黄瀬はくだらない事を二時間に一度は必ずメールしてきた。不精なくせに律儀な一面を持つ黒子はそれに合わせメールを返さざるを得ず、気が付いたときには圧倒的な数量の黄瀬の名にメールフォルダーは埋め尽くされた。
そんな黄瀬であるからこそ、遊びのお誘いも毎日あった。部活が終わったら少しだけでも会わない、と。だが、残念ながら、黒子は部活をこなした後にハイテンションな黄瀬の相手をしてやれるほど体力はなかった。だから、黄瀬への返答はいつも決まって、NO。
だが、つい先日に監督が部員全体の体調管理の為に次の土日の部活を休みにすると言ってきた。用は骨休めをしろとのお達しだった。それをメールで伝えたら、本当か嘘か海常の部活も休みだからと遊ぼうと黄瀬が誘ってきたのだ。ずっと誘いを断ってきた罪悪感が多少なりともあった黒子は二言目には了承した。
そして、昨日、黄瀬は態々誠凛までやってきた。

『黒子っち、久しぶりだし、うち泊まりにおいでよ、ね?いいっスよね?』

黄瀬は上機嫌な莞爾でそう問い掛け、黒子に返答させぬまま此処へ拉致って来たのだ。黒子も特に否やと申し立てるつもりがなかったので被害者振るつもりはない。それでも、昨日の黄瀬の強引な手腕には呆れ、黒子は溜息を吐く。
ふと、黒子は小さな違和感に気付き、首を傾げた。瞳に映る自分の手。これは、こんなにも小さく細いものだっただろうか。指先を擦り合わせ、掌を開け、拳を作る。

「……?」

黒子はその動きを凝視し、そして、その眼を何度も瞬かせた。
(ちい、さい)
これは、勘違いではない。確かに自分の手が少しばかり円やかになり、そして小さく、細くなっている。黒子は息を呑み、身体を起こした。途中、背後から黒子を抱き締めていた腕が邪魔をしたが、そんなものに構ってはいられない。
初めて泊まりに来たときからずっと、黄瀬は黒子を抱き締めて眠った。それはどんなに注意しても直ることはなかったので黒子は次第に匙を投げた。実際、男同士でこれはどうかとは思うのだが、元来黄瀬は人肌恋しい性質なのか接触過多であったから余り深く考え込むのは馬鹿馬鹿しかったのだ。
腕の中から逃げた温もりに覚醒を促され、背後で呻き声が上がる。
だが、黒子はそんなものを気に留めることなく、自分の両手を見詰める。掌に比べると少し長めの指は依然細いまま。だが、やはり昨日よりもそれは小さい。作った拳もまた小さくなっている。視線を下し、手首を見てみるとそこは愕然とするほど細くなっていた。只でさえ細いというのに、何故更に細くなっているのだろうか。さっぱりわからない。今流行のダイエットか。だが、黒子はそんなことをしていた覚えがない。
(ダイエット、と、言うより、これは骨が小さくなったと考えたほうが……)

「んー、くろこっちぃ?」

背後で寝起きの掠れた声が上がる。
それを綺麗にスルーし、黒子は自分の指や手首の骨を確かめるように肉を圧迫する。医者ではないからなんとも言いようはないが、それでもこれは可笑しい。病気の可能性も疑わなくてはならない。
そう考えた瞬間、黒子がまず心配したのは自分の生死より今後バスケが出来るかどうかだった。最悪の未来を考えた黒子の背筋を冷や汗が流れていく。不安に呼吸が上手く出来ず、眩暈まで起こる。黒子は震えながら深呼吸をして、咽喉を摩った。

「……は?」

瞬間、黒子の思考が止まり、次いでその咽喉が震えて声が漏れた。いつもより、柔らか味のある、甘くほんのり高めのソプラノが。

「……え?」

黒子は仕切りに咽喉を摩り、声を上げた。その度に頭の混乱具合が強まった。
(咽喉仏がない。声が高い。なん、いったい、なんですか。これでは、まるで、)
まるで女の子みたいですと考え、黒子の頭の混乱が霧散した。
ゆっくりと黒子は自身の体躯を見遣る。
黄瀬はいつも黒子にシャツを一枚だけ貸す。高身長な黄瀬のシャツは、単品でも黒子の大腿半ばまでの肌を覆い隠す。生憎、ズボンは貸し出されてもウエストが合わないし、意固地に穿こうとすれば反対に男として情けないことになる。よって、黒子もまたシャツを一枚だけ借りる。
本当は家に帰って服を取りに行くのが黒子的にはベストなのだが、泊まりはいつだって火急に決定し、黄瀬はそのままマンションまで連れて来てしまう。服を取りに帰ると黒子が言っても、時間が勿体無い、自分の物を使えばいい、と却下の一点張り。あまり強く言うと黄瀬は拗ねて酷く駄々をごねだす。簡単に言ってしまうと、ぎゅうぎゅうと痛いくらいに羽交い絞めされるか、全体重で抱き潰されるか。黒子が折れるまで何時間でも無言でその体勢を維持される。それだけのことか、と昔のチームメイトは呆れるように言ったが、存外にこれがきついのだ。重いとかきついとか痛いとか、それらのこともだが、何より飄逸で饒舌な黄瀬が重い無言を以って攻撃してくるのは、本当に痛い。痛いし、時々怖い。だから、不精な黒子は不精らしく、面倒ごとは避けることにしたのだ。
昨日も例に違うことなく、家には帰らず、服を取りに帰りたいとも言わず、黒子は黄瀬のシャツを一枚だけ借りた。ゲームをして、食事をして、お風呂に入って、ジュースを飲みながら海外のバスケの試合を見た。何も変わったことはなかったはずだ。
だが、何故か、キッチリとボタンを掛けた黒子の胸元が僅かに膨らんでいる。震える手で全てのボタンを外していけば、露になる白磁の肌。そして、小振りの膨らみ、角のない円やかな身体のライン。
呆然とそれを見詰め、黒子は大腿に掛かるシャツの裾を震える手で払う。

「……は、ぁ?」

黒子は今度こそ本気で狼狽した。
男の自分に有るべきものがなかった。代わりに違うものがある。これは、もう、どう考えたって、異常事態だ。
こんな状況で、夢だと思い込めるほど黒子は能天気な性格ではない。では病気か。ホルモンバランスで急激に胸が膨らむことはある。だが、性器が『交換』されている時点で病気の可能性は消える。一番、納得できる答えが自分の記憶が間違っているということだ。黒子テツヤと言う存在はこの世に誕生してからずっと、女であったとしたなら、この状況も納得出来る。
だが、そんなことは有り得ないと、黒子の頭がずっと悲鳴を上げているのだ。

「どうなって……どういう……?」

「くろこっち、さっきから、どうし……た、の……」

「……きせ、くん」

現状に頭を抱えていると、背後から抱き込まれた。疲れたように黒子は背後を振り返る。自分のことでも手一杯だというのに、この上黄瀬の混乱まで宥めなくてはいけないのかと思うと、頭痛はより強さを増した。

「あれ、あれ、あれれれ?」

素っ頓狂な声を出しながら、黄瀬は黒子の身体を弄る。円やかな腰を摩り、柔らかい腹筋を撫で、胸を揉む。

「ひゃっあ」

小振りの両胸を無遠慮に揉みこまれ、流石に黒子は驚いて声を上げる。痛くはなくても、肉が潰される度に変な感覚が身体を走る。黒子は小さな呻く様な声を上げながら黄瀬の手を掴み、背後を睨み付けた。だが、黄瀬は子どもがおもちゃで遊ぶような無邪気な顔をしているのだ。

「なんてカオしてんですか、きみは……、ちょ、やめて、くださいって」

「だぁってねぇ、黒子っちが女の子になってるっスんもん。ね、此処は?」

「ひんっ」
立ち上がった胸の突起を指で捻り潰され、鋭い痛みに黒子が身体を竦ませる。その間に、黄瀬のもう片方の手は腰のラインを下り、足の付け根をなぞった。
黄瀬の手の目的地が分かり、流石に其処はやばいと黒子は暴れ始める。途端、黄瀬が容赦なく胸を握り潰し、その痛みに堪らず黒子は動きを止めた。

「だーめ、大人しくしてて」

「いた、いたいっ、きせ、くん……っう」

痛いと訴えても黄瀬は胸を掴んだまま放さない。そして、もう一方の手が閉ざされた股の間へと埋もれて行く。
指でゆるゆると雌の部分を撫でられ、黒子は喘ぐ。胸を揉まれた時よりずっと強い何かが身体の中で暴れている。それを払うように、黒子は頭を振る。
黄瀬はそんな黒子を抱き込み、項に口付けてくる。

「黒子っち、本当に女の子になってるっスね?ごめんね、胸痛かった?女の子っスもんね、優しくしなくちゃね?」

そう言って黄瀬は胸を掴んでいた手から力を抜き、やわやわと胸と敏感な雌を愛撫し始めた。
黒子が慌てて顧みた先では、黄瀬は幸せそうに笑っていた。それを見て、黒子の背筋がぞっと震えた。

「ねぇ、黒子っち、もう濡れてきたっスよ。気持ちいいの?」

笑いながら黄瀬が朱を刷いた黒子の眦を舐めた。逃げようと黒子が腕を突っぱねると、胎へと続く孔に指が一本突き入れられる。

「いた、い」

「大丈夫。此処は指なんて比べもんになんないくらいおっきいの入れるための場所なんスよ。指一本くらいなら、痛くないっスよ。でも、処女だもんね。苦しい?」

優しげな声で問われ、黒子は当たり前だと睨み付ける。大体、受けてる此方が痛いと言っているのに、何が痛くないだ。どういう理屈だ。黒子は胸を揉む手に自分のそれを重ね、爪を立てた。

「黒子っち反抗的っスね。あんまり反抗すると、お仕置きで慣らさずに挿れちゃうっスよ?」

黒子は一瞬何を言われたのか分からなかった。だが、シャツを剥ぎ取られ、体躯をシーツに沈められて、理解した。男であったのに何故か女になったこの身体を黄瀬は好奇心で弄っているのだと黒子は思っていた。だが、黄瀬は決して戯れていたわけではないのだ。最初から、この身体を使って慰みにでもするつもりだったのだ。
冗談じゃない。黒子は力の限りに暴れた。
黄瀬は元チームメイト以上友人未満の存在ではあるが、彼にそんなことをされると流石に傷つく。自分は生来の女ではないのだ。なにが悲しくて黄瀬とセックスなどしなくてはいけないのか。

「くろこっち、ね、ほんと、おとなくして。時間ないんっス」

「きみが大人しく引き下がればいいんですっ。この変態性欲野郎。最低です。なにが女の子には優しくしなくちゃ、ですか。強姦の何処に優しさがあるっていうんですか。冗談じゃないです。大体、なにが、じかんがな、い……じかん?」

暴れる両腕を余裕綽々と片手で絡み取った黄瀬に悪態を辛辣に吐いていると、黒子はふと先ほど耳に入った言葉に頭を傾げた。

「くろこっち、ひどい。オレこんなにくろこっちのことあいしてるのに……へんたいせいよくやろうだなんて……ひどいっス」

顔を歪ませた黄瀬が抱き付いてくる。黒子は自由になった手でそのお綺麗な作りの顔を押し退けようとするが、如何せん只でさえ黄瀬と比べると弱い力が性転換により更に弱まってそれは叶わない。
黒子は溜息を吐いて、身体の力を抜いた。
黄瀬は子どもだ。頭が。別に頭が悪いという意味じゃない。思考回路が幼稚なのだ。其処を上手く突いてこの状況下を抜け出そう。それに、『時間がない』の言葉の意味も聞かなくては。
まずは第一陣、と黒子が口を開いたと同時に黄瀬がのっそりと起き上がった。そのまま黒子の額を舐め、瞳を舐め、ぎゅうとその小さな頭を抱き締めてきた。多少息苦しくはあったが、痛みはなかった。

「男同士では黒子っちが世間の目を気にするかな、とか思ったから女の子になる薬手に入れてきたのに」

「は?」

黒子は突如眼前に落ちてきた真実を胡乱じた。何のジョークだ、と。
だが、黄瀬は至って真剣なのか。未だ傷心と言わんばかりに鼻をスンスン鳴らしながら、続けた。

「男同士でもオレは全く気にしないっスよ。オレは黒子っち好きっスから。本気で愛してるっスもん。でも、男同士って、結構大変だし。気持ちは良いけど、受けるほうの負担が凄いってよく言うし。オレも欲望に任せて黒子っち壊したくないし。だから、せめて、そういう造りの『女の子』にならないかな、なんて思ってたら、こないだ仕事で中国にロケ行ったときにおばさんが良い物あげようって。男は女の子に、女の子は男に、換わる薬だって。効果は一日だけ。でもね、男が女の子に換わったときは、半永久的に継続させる方法もあるんス。たった一つだけ」

語られるものは御伽だと夢物語だと思う。だが、確かに、昨日黄瀬から渡された飲み物を飲んだ。嫌に注視してくると思いながら、何度も飲んだ。ジュースも、お茶も、珈琲も。そして、昨日確かに男性体だった身体が今日は女性体になっている。
(ありえない、ありえないっ)
そう否定しながらも、黒子は嫌な予感にシーツ上をずり上がる。だが、無情な黄瀬の腕に引き戻される。そして、それ以上の身動ぎを許さないと柔らかな肢体が抱き潰された。
黄瀬は少しだけ顔を上げて、黒子の額に自分のそれとを重ねる。

「二十四時間以内。その間に、しちゃえばいいんだって」

「は、せっくすを?」

「ん?ちがうよ。に、ん、し、ん」

「は?」

「だからね、妊娠、しちゃえばいいんだって。オレの種がね、黒子っちの卵ん中に入って、根付いたらそれでいいんだって。そのあとで、流れちゃっても、黒子っちは女の子のまんま。でも、そう簡単にはいかないでしょ?だから、早くしよ、いっぱいしよ。お腹がぱんぱんになるくらい、しよ。そうしたら黒子っちオレと一緒にいられるよ。うれしいっスよね」

黄瀬はうっとりと恍惚に微笑む。
この異常事態もそうだが、黄瀬の言い分に、黒子は正直付いていけない。だが、それでも、逃げられないことを悟り、黒子の目の前は真っ暗になった。

「あ、そういえば、かくにんしたことないけど、でも、いいよね、だいじょうぶだよね」








確認事項は後回し

「くろこっちも おれのこと すきっスよね あいしてるっスよね もちろん」







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