「大佐ってさ、何でそんなに日替わりで女と付き合うの」
静かに見つめてくる子どもは、そんな言葉を投げつけた。
首を傾げて金色の三つ編みを揺らすその様は、11歳という年相応の愛らしさに見えた。

これが、すべての始まりだったのだろうか。
それは彼が国家試験に受かり、最初の旅から戻ってきた夜だった。







 たとえば、その言葉を告白のように告げたならば
    
狂気の名を持って 君が抱くその想いを奪うから。
 






「ん…」
暖かな光を背に受けて男は目を覚ます。
まだ微かに残る眠気を払おうと、頭を振る。
己の黒い髪糸が視界に映り、それとは対照的な色を思い出す。
どういう気まぐれか、つい先の世界でその色の持ち主は現れた。
あの金色の子どもは今頃どうしているだろうか、そんなことを考えていたからか。夢になど出てきたのは。
呆れとも自嘲とも取れないため息は、静かな部屋の中に消えてく。
あの子どもが晴れて国家錬金術師となったのは、丁度三月(みつき)前。軍の狗である証を黒いパンツのポケットに忍ばせて此処を休む暇もなく去ったのが、その日のうち。
それから二ヵ月後、報告の名の下、後見役の自分が居る東方司令部に再びやってきた。
「あぁ、そうだ。たしか、なぜ複数の女性と付き合うと付き合うのかと聞いてきた」
だから在り来たりな言葉を聞かせてやった。
たくさんの女性を愛したいと思うのは男であれば当然だろう、と。
自分で口にしていても余りに滑稽すぎた。別に女を愛しているわけではないし、性欲を吐き出す行為が特別好きなわけでもない。
ならばなぜなのだと、また問いを重ねてくるだろうか。君は。(それとも、)
「ただなんの変わりもなく、日々が過ぎていくのが怖いのさ。あの地獄を思い出しそうでね」
今でもなお、網膜の奥こびりついて離れない、かの虐殺としか言い様のない悪夢。
己の指先が生み出した焔は、肉を焼き、血を蒸発させ、悲しみと憎しみを生み出した。
焦げる臭いも、断絶魔も、あの凍てついた空気も、死への恐怖も、すべて総て、この五感が刻み込んでいる。

「私にとってはね、付き合う女など醜い心の捌け口でしかないのだよ。鋼の」
弱い部分を吐き出す、ただの道具だ。

性欲に興など持たないあの子どもは、潔癖症のようにその綺麗な顔を歪ませるのだろうか。


コンコンと控えめな扉を叩く音が室内に響く。
それに入れと応えてやれば、この黒曜の瞳に映し出されたのは、今この時にも想いを馳せている金色の子どもだった。
その姿を認めた瞬間にも、離れた時間により自らに刻み込まれた想いを夢の余韻に蒸し返されようとしている。
「なに、またサボってるの?仕事しろよな」
「開口一番に口にするのがその言葉かね。まったく、久しぶりに会えたのだから、もう少し云うことはないのか」
一月ぶりのその姿は、最後に見たときよりも随分と細く見える。
今回の旅で何かあったのだろうか、と思えば、心なしか青白い顔を瞳に捉えて眉を寄せる。
「鋼の…?顔色が悪いぞ」
「いや、別に?あんたの気のせいだよ」
数回だが、見慣れた笑顔を向けられた。光に影を奪われ、明らかに血の気を失っているその顔色で。
だが、すでにその言葉も笑顔も偽りのものだと知っている。一月前、君が私を哀れだと云ったあの瞬間に気付いた。その綺麗な笑顔が心を隠したものだということに。
偽らねばならないほどに痛みをおもうならば、いっそ泣けばいい。(きっときれいに泣くだろう)それを私は叱咤することしかできないが、それでも、前に進めるように背を押してやるから。幾度でも、何度でも。
「報告書出しに来ただけだからさ。ここ置いとくよ」
そう云って歩み寄る先に、30枚はある厚い紙束を来客用のソファと共に設置されている大理石製のテーブルに置いた。
じゃあと、背を向ける子どもの逃げ道を奪うために、この口から出てくる威圧的な音はきっと醜く、汚いものなのだ。
「誰が退室を許可した。報告書をこちらに持ってきなさい」
反論を口にしない代わりに、振り返り笑みを消した見事な金色の瞳を細め睨んでくる。
「聞こえないのかね?」
しばらくも待つことなく子どもは報告書を再び手に、執務机へとやってくる。
間近で相対しろと椅子の向きを変えると、すでに諦めているのか、すんなりとこちらの願いを聞き入れた。
子ども方がほんの少し高い位置から寄越される視線は不機嫌なもの。さっさと終わらせたいのだろう。突きつけられた紙束には、子どもには似合わないほどの流麗な文字が綴られていた。それを受け取り無造作に机に放る。
「おい、あんたがっ…」
途切れた先の言葉はなんだろうか。読みたいなどと云った覚えはないはずだ。知りたいと望むのは、歩んだ軌跡よりも幼い子どものこと。
逃がさない為ではなく、捕らえる為に体温のある小さな指に絡ませた自身の指。肌から伝わる体温は自分のそれとは比べられないほどに高かった。
目の前に立つ子どもは、慣れない扱いに顔を赤らめ戸惑い金の双眸を見開く。(そうやって分かりやすい態度ばかり取っていては、悪い大人に四肢ともども心奪われて、閉じ込められるよ)
金色に映り出た黒いロイの姿。いま、彼の瞳を独占しているという事実に愉悦を感じる。
「は、はなせよ」
「何故」
弱々しい声に笑みを零しながら捕らえたものに少しずつ力を入れる。
どれくらいでやめてくれと云うだろうか。それとも云わないのだろうか。ならば、この指を折ってしまおうか。(けれど指を折るくらいでは、私の望みは叶わない)どうせなら、今この時のように。いつだって、囲い込めればいいのに。(君の願いが叶った暁には、どんな手を使ってでも捕えるけれど)
エドは手指の拘束を解こうと引っ張るが、そう簡単に解けるはずがない。
「さっきから何故そんなに逃げたがる」
「別に、逃げたいわけじゃ…あんたが変な事するからだろっ」
そういって、まだ逃げようとする幼い手に爪が食い込むほどに力を入れる。
微かに息を呑む気配と共に子どもの抗いは失せた。(何をそんなにも隠したい)
「鋼の。熱があるのだろう?」
「ない」
手の内に捕らえた熱から確信を持って云えば、即座に否定を返される。だが声は少しずつ浮きを帯びていく。いくら子どもとはいえ、伝わる体温の高さは異常だった。ないなどという言葉、通用するとは思っていないだろうに。
熱は身体を犯しきっている。頭などすでに回ってはいないはずだ。(日が出ている、こんな時間帯に来るべきではないよ。弱みを知られたくないのなら)
エドの嗅覚はすでに働いてないのか。それとも、ただ、嗅ぎ慣れて鈍感と化したか。
身近によれば、嫌というほどに鼻を突いてくる。その体内を走る、紅いにおい。
気付かれないと思ったのか。その黒衣の下、負う傷を。
見逃してやれるほど、甘い人間ではないと知っているだろう。

ロイは腕を伸ばす。もっと間近に子どもの身を寄せるため。エドが隠す、弱さを暴くため。
きっと悲鳴など上げずに、身に掛かる苦痛を耐えるだろう子どもに、自分は何をしてやれる。




昔、君が聞いただろう?何故、多くの女たちと関係を持つのかと。
仕方がないだろう。本当に、抱きたい相手はまだ抱くことが叶わないほど子ども。
それでも、変わり栄えのない日常に恐れを抱いては打ち消すように子どもを想い、衝動のような激しさで欲しいと渇望する欲を満たすため、女たちと君を重ねての性交。時も置かず回数が多くなると、子どもと重ねることも叶わなくなる。だから、複数。
この行いを、十の日も中断すれば正気を失う自覚があるほど溺れている。この子どもに。

さぁ、種明かしはいつになるだろう。きっと、そんなに遠い先ではない。(そんなに待てはしない。決壊はもうすぐ)

君が、抱くその想いをどうか聞かせて欲しい。告げられたならば、この想いは君のすべてを奪う権利が与えられる。そのときに、すべてが壊れていくとしても、手に落ちてくるのが君であるのならば、いくらでも、赦すから。

ただ、君を、この狂気の元で。奪いたい。







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