船は暗い海の中。そこに唯一つ、冷たい水の中、佇んで。
内に隠したのは、王子様と眠るお姫様。
冷たいつめたい、暗い静けさの中で。
まるでお姫様のようよ。
今はベッドに横たわる彼女を見て、私はそんなことを思う。
綺麗なピンク色の絹糸のような手触りの長い髪。雪のような白い肌(触れたらあまりの柔らかさに驚いたわ)。口唇は淡く朱く、ふっくらと。今は閉じ込められた瞳は綺麗な、きれいな。
けれど、ねぇ、どうして。
もうその瞳は見れないんだって。
もうその綺麗な瞳が、和やかに笑うことはないんだって。
云うの。そう云ったのキラが。
キラはずっとラクスの手を握っている。俯いたまま。
それじゃあ、ラクスの穏やかな寝顔が見れないわ。
ねぇ、泣いていいんだよ。
もう、泣いていいんだよ。
我慢なんてしないで。
貴方が我慢する姿を見るのは辛い。
赤毛の彼女とのこと。私は気付いていても何もしなかった。
貴方が苦しんでいると知っていたのに。分かっていたのに。それでも、何もしなかった。貴方の中の“何か”は、私では助けられなかった(ちがう。本当は、私じゃ駄目なんだって、思い知りたくなかっただけ)
私は、私の無力感を貴方で知る。
泣いていいの。
嘆いていいの。
我慢なんてしないで。
手の内に、馴染んだ重みを落とした。それをしっかりと、両手で固定する。
レンズから映し出された世界は、お姫様と王子様だけ。
ゆっくりと、右手の人差し指に力をこめた。
カシャッ。
瞬く間に広がる一瞬だけの光。
周りはどうしたのかと、私を見る。
キラも、ゆっくりと振り返った。虚ろな表情ではなかった。けれど、正気を保っているとは云えない顔。
あぁ、それほどに。貴方にとって、彼女の存在は大きかったのね。
「ミリィ?」
音になったのかも分からない。私はキラの微かに動く口唇を読んだだけだから。
「私は、ラクスとまだ一緒にいたいの。でも、そんな我儘云ったら、彼女、困るじゃない。困った顔、させちゃうじゃない」
あぁ、声が震えている。最初は上手く喋れていたのに、今は区切ってばかり。悲しみと苦しさに嗚咽が混じりそう。息を呑んでしまう。
「だから、一杯撮るの。忘れないように、傍にいてもらうの」
キラは私の顔を見ている。
貴方は何を考えているのかな。私は貴方に泣いてほしいって、そう思っている。だって、壊れそうなの。貴方が。
キラは私から視線を外して、ラクスを見た。
細い指で、ピンクの前髪を梳く。何度も、なんども。
「うん」
しばらくして、キラは頷いた。指に絡ませたピンクの髪糸をそのままに、そうだねと、云って、微笑んだ。
どうせならと、私は一つ思いついた。男性陣を、外に追い出して、カガリに一つお願いをした。カガリは快く了承してくれた。
次はお化粧。マリューさんとタリアさんがする云ってくれた。
私は、ラクスをずっと撮っていた。
綺麗にきれいに。
だって、これが最後だから。
貴女の最期だから。
こんなにも、未練がましい私たちを、どうか、赦して。
「きれい」
キラがそっと布越しのラクスに触れる。
「キラ、上げてあげて」
長いベールをキラの指が摘み上げて、そのまま後ろへと被せる。
その姿を、何度も、掌のカメラに収めた。
「二人で並んでよ」
そう云ったらキラは笑って、ラクスを抱き上げて、長めのソファーに降ろした。その右隣には、キラが座って、ラクスの肩を抱いた。
笑ったキラの顔が嬉しくて、悲しくて。シャッターを何度もきった。
私が覗き込んだ世界は、キラとラクスの二人で遮断されている。
王子様は、お姫様を抱き寄せて。二人とも微笑んだまま。
不意に王子様は左目から一つの雫を頬に伝わせた。零れ落ちたそれはお姫様の右頬を走って。レンズの世界に吸い込まれた。
私は綺麗な世界だな、と涙を零した。
カシャ。カシャ。
なんとなく、空しい音に聞こえる。
最後は、みんなで撮った。人数が多いと、みんな口々に云うけれど、何人かに別れようとも、やめようとも云わなかった。
「あいしているよ」
王子様の声が聞こえた。
花嫁衣裳を纏った綺麗なきれいなお姫様。愛する王子様に抱かれて、暗いくらい静かな海の底。
王子様は悲しくて、泣いていたわ。