AI将棋     津木林 洋


  今から十八年前の「せる」七十号のエッセイに、コンピュータ将棋のことを書いた。その結びに「将棋もやがてコンピュータが名人を打ち負かす日が来るだろう。私が死ぬまでにそんな日が来るかどうか、わくわくしながら見守っていきたいと思う」と記したが、それはもう六年も前に実現している。
 当時コンピュータにプロ棋士が負けるようなことがあったら、プロの存在意義がなくなって将棋界もおしまいだという空気があって、電王戦に臨む棋士には悲愴感さえ漂っていた。結果は完敗で、最後に佐藤天彦名人(当時)がポナンザというソフトに負けたときにはプロ棋士たちの間から悲鳴が上がるほどだった。
 しかし私は人間同士の戦いがなくなるはずはないし、面白くなくなるわけでもないと将棋界の心配を笑っていた。そんなことは先にコンピュータに凌駕されたチェス界を見ていたら分かることだから。
 事実、今やプロ棋士がAI将棋を使って研究し、棋力の向上に役立てているくらいだから。その申し子の筆頭が藤井聡太竜王名人だろう。小学六年生のとき、プロ棋士も参戦する詰将棋選手権で優勝し、それから五連覇もしており、終盤の詰むや詰まざるやの局面を見切る力はずば抜けている。それでもプロ棋士に成り立ての頃は駒がぶつかるまでの序盤に弱さがあり、そこを突かれて負けることがあった。それをAI将棋を使って研究することで克服し、今や弱点が見つからない大棋士へと成長している。
 AI将棋のおかげで将棋の観戦の仕方が変わったことも見逃せない。AI将棋が登場する前は、局面を見てもどちらが優勢かよく分からないこともあったし、指し手の意味もプロ棋士に解説してもらわなければ理解できないこともあった。
 しかし今は、先手後手の勝つ確率がパーセントで表示され、AIの推奨する最善手、次善手等が示される。棋士がそれを見ながら「いや、この手は人間には指せませんね」とか言いながら、三番手くらいの順を解説してくれる。だから、将棋を全く知らなくても観戦を楽しめる、いわゆる観る将というファンが生まれている。
 AI将棋との共存が藤井聡太を生み、それによって将棋人気が盛り上がっている現状は、以前なら予想すらできなかっただろう。AIの進化を悲観することはない好例かもしれない。
 

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