久し振りの夏季合宿             津木林 洋  四年ぶりに夏季合宿に参加した。前日、同人誌の合評会が夜半過ぎまであったのでスペイン村は行かず、夕方ユースホステルに着いた。  以前は八〇〇字の作品を持ち寄って合評するイベントがあって、チューターとして短時間で批評しなければならず、集中力を要する役目だったが、それがないのは楽をしている気分になる。ただ、作品を読むとその人が分かるというのはあって、元来人見知りの私には、作品を媒介として他人とコミュニケーションの取れるのがよかったのだが。  夕食がバーベキューというのは合宿では初めての経験。久方ぶりにたっぷりの肉を食したが、女性陣の作ってくれたサラダやビーフン、おにぎりも美味しく、胃に優しいのがありがたかった。  翌日の観光は遊覧船による英虞湾島巡りから始まった。年配の船長による名調子の案内を聞きながら、鏡のような海面を進んでいく。ダイビングを趣味としている私は色々な海を見てきたが、こんなに静かなところは見たことがない。切り立った崖のあちこちにある小さな入り江を見ていると、稲葉真弓の谷崎潤一郎賞受賞作である『半島へ』の一節を思い出す。賢島の辺りにこぢんまりとした別荘を建てて、そこで暮らした一年間をエッセイ風に綴った作品である。  ……眼下の入り江の、どこまでも凹凸の続く海岸線がまぶしい。湾の向こうにはお団子みたいな無人島がぽっかりと浮かんでいる。今日は島へ渡る養殖業者の船も見えない。船が行き来すると入り江のあちこちに白い波立ちが広がるが、いまは青い水が平らに入り江を包んでいる。音といえば、満ち始めた潮の水が、岩場を洗う音だけ。……  若い頃、一つ年上の彼女とは、名古屋にあった同人誌で一緒だった。キラキラとした才能の持ち主で、切磋琢磨というより遠くから星を眺めるように見ていたことを思い出す。密かにライバル視していて、彼女の作品に対抗して小説を書いたこともある。 『半島へ』は亡くなる三年前に出版された作品で、老境に差しかかった主人公の自分を見つめる眼差しの中に、死の影が漂い、それを四季折々の自然が大きく包み込んでいる。  英虞湾クルーズが終わって伊勢神宮のおかげ横丁で昼食をとり、松阪までバスで向かった。若い頃十年間ここで過ごしたという小津安二郎の記念館に行く。セット作りから俳優の演技まで細かく指導したというのが面白い。私は『東京物語』しか観たことはないが、静謐な映画もきちんと計算し尽くされていることに感心した。  次に松阪城跡内にある本居宣長記念館に入り、館長直々の熱のこもった案内で見て回る。生まれた日(?)から死ぬ直前までの日記があり、十七歳の時の自筆の日本地図や葬式の式次第の細部を記した遺書等、偏執狂的な変人ぶりが窺える。源氏物語のテーマは「もののあはれ」だと見抜いた国文学者として記憶していたが、こんなに変わった面白い人だとは思わなかった。小林秀雄の『本居宣長』を読んでみようかな。