まること牡猫たち                         津木林 洋  今から六年ほど前、ジョギングをしていて膝を痛め、ウォーキングに切り替えた。一年後には妻と一緒に、淀川べりの遊歩道を歩くようになった。  川岸の灌木の中にいた野良猫を餌付けしたのは、妻である。生まれて半年も経っていないであろう牝の虎猫を徐々に馴れさせ、終いには手から餌を食べさせるまでにした。最初のうちは鱈をさきイカのようにした酒のつまみを与えていたが、人間の食べ物は塩分が多すぎるという指摘を受けて、キャットフードに切り替えた。  まること名付け、このことをヒントに小説を書いて、「せる」に載せた。  一旦人間に馴れてしまうと、まるこは他の散歩している人たちからも餌をもらうようになった。他の人たちはもちろんまることは呼ばずに、ミミとかピーちゃんとか、あるいはネコなどと好き勝手に呼んでいる。まるこは餌をもらえる人のことはよく覚えていて、その人が近づいてくると、尻尾を立ててすり寄っていく。  妻はいささかそのことが不満のようだった。餌付けをしたのは自分だという思いがあるようだ。しかし、他の人から餌をもらっているということは、こちらがしばらくウォーキングに来なくても大丈夫ということでもある。それに、藪の中にはカヤネズミがいて、人間から餌がもらえなくてもそれを食べることができる。何度かまるこがカヤネズミを捕まえてきて私の目の前で弄んでいるのを見たことがある。前脚で引っかけ、まだ死んでいないネズミが少しでも動いたら、飛びかかって銜える。そうして最後には腹の辺りから食べ始め、頭まで全部食べてしまう。キャットフードとどちらがうまいのだろうと考えてしまうのは、人間の発想に違いない。  まるこが仔猫の頃、同じ場所に黒っぽい牡猫を見かけた。灰色がかっており、グレイと名付けた。猫の年齢というのは分かりにくいが、かなり年を取っているような感じである。グレイは根っからの野良らしく人を極端に警戒し、目つきも鋭く、五メートル以内には近づけなかった。餌を置いても、それに釣られて近づいてくるようなことはない。牡猫なのでテリトリーが広いのか、まるこのように同じ場所でしょっちゅう見ることはなかったが、たまに見かけたときには、餌で誘ってみた。  一年ほど経って、ようやく一メートルくらいまで近づけるようになり、置いた餌も警戒しながら食べるようになったが、体に触れることは絶対に出来なかった。いずれまるこはグレイの子供を産むのかと気になったが、今に至るまでその兆候はない。  ジョーは雨に日にやってきた。  小雨の中、木の下で傘を差しながらまるこに餌をやっていると、突然猫の鳴き声がした。振り返ると、白と黒の斑猫が突進してきて、まるこの食べていた餌に顔を突っ込もうとする。まるこはもう十分食べたのか、その猫を追い払うこともなく餌を譲った。猫はすごい勢いで餌を食べている。見ると、首の回りに輪っかを付けていたような跡がある。飼い猫かと私は思った。まるこはまんざらでもなさそうだったが、発情期ではないのか斑猫は関心を示さない。  さすらいのジョーと名付け、まること一緒に餌をやったが、最初から馴れ馴れしいことこの上ない。人も犬も全く恐れない。さすが飼い猫と妙な感心の仕方をした。グレイとたまに遭遇することがあって、グレイが威嚇するとさっさとどこかへ消えてしまう。  一ヵ月ほどでいなくなったが、どこかへさすらっていったのだろう。  今年の冬には、まるこによく似た虎模様の牡猫が現れた。発情期特有の鳴き声を出してまるこに近づこうとするが、まるこの方は関心がなさそうで、近づいてくると、猫パンチをみまっている。まるこも年頃なのでその気があれば応じるとは思うが、やはり猫の世界でも好き嫌いがあるのだろう。  虎之助と名付けたこの猫は、最初のうちはこちらを警戒していたが、餌がもらえると分かると急に態度が変わり、すり寄ってきた。しかもニャーニャーとうるさいことこの上ない。大食らいで、まるこの残した餌まで食べてしまう。たぶんどこかで飼われていて、発情期になって飛び出してきた猫だろう。  まること虎之助がいるところへグレイが現れたら、見物である。自分のテリトリーに入ってきた牡に威嚇の声を上げ、それに虎之助も威嚇仕返す。しばらく睨み合いが続くが、グレイが飛びかかろうとすると、虎之助は一目散に逃げ出す。やはり野良育ちの方が強いのである。  時には、高い木の上の方まで逃げていき、根元にいるグレイを見下ろすこともある。猫は木に登るのは得意だが、降りるのは下手で、見ていておかしくなるくらいへっぴり腰で降りてくる。  さて、次はどんな牡猫が現れるのだろうか。