義 仲 寺(ぎちゅうじ)

所在地: 大津市馬場一丁目

山号 : 朝日山

本尊 : 聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)

義仲寺(天台宗系の単立寺院)

 源義仲(木曾義仲)が元暦元年(1184)1月近江の粟津で敗死し、この地に葬られたと伝えられ、墓(木曾塚と称す)が作られた。初めは塚上に柿の木が植えられていたが後、墓石が立てられ、ついで「宝篋印塔(ほうぎょいんとう)」が据えられ現在に到っている。

 義仲寺の沿革は詳らかではないが、早くから一般に知られ江戸時代の俳匠松尾芭蕉も心惹かれて度々ここを訪れ、滞在している。元禄7年(1694)10月12日、芭蕉が大阪で死ぬと、門弟等が遺言通り義仲の墓の傍らにその遺骸を葬った。

山門と巴地蔵(右)

義仲公墓(木曽塚)

芭蕉翁墓

巴塚

朝日堂(義仲寺本堂)

翁堂

境内見取図


国指定史跡 義仲寺境内

 寺は東海道に面し、義仲墓、芭蕉墓(自然石で表に「芭蕉翁」裏に元禄七甲戌10月12日と刻す)芭蕉の辞世の句「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」など多くの句碑があります。「木曾殿と背中合わせの寒さかな」という著名な句は、芭蕉の門人又玄の作です。「無名庵」(われは名も無き女性(にょしょう)なり)「翁堂」(芭蕉堂)・粟津文庫など義仲・芭蕉に因んだものがある。寺域は広大ではないが、静寂の趣きをとどめ湖畔における由緒ある史跡である。
昭和42年(1967)11月に国指定の史跡となりました。