中、上級を教える
はじめに

 日本語教育も社会に知られ、また養成講座も増え、日本語教育を目指し勉強される方も多くなったと思います。それ
で初級段階を教えられる方が増えたように思います。また教材も初級レベルを教えるのに、選ぶのが大変なほど増え
てきているように思います。
 しかし中級レベル以上を対象にした教材は初級に比べてまだまだ少ないのではないでしょうか?

また授業も類語の説明や複雑な文型の説明に追われ、教師の発話量は増えるが、反対に学習者の発話量が減り、学
習者は教師の話を聞くのに集中するだけの授業になったり、あげくはつまらない授業だと居眠りをしたり(内職?に励ん
だり)してしまうことがあります。
 特に韓国人の多いクラスでは文法的な類似点や漢語が増えることによって語彙の理解が早くなることで、説明が多い
授業は飽きられてしまう傾向があるように思います。でもたいていどこの国の学習者も失礼があってはいけないと先生
に気を使い、口に出して、文句を言うケースは少ないと思います。まして初級レベルから習っている先生で信頼関係が
できていれば、まずそういったことは起こらないと思います。

 しかし教師側がそれに満足しては、もっと上にのばせる学習者をあるレベルでとめてしまうことになるのではないかと
思います。私達の目的学習者が中心で学習者の日本語能力を少しでも高めてあげることで、教師自身が満足でき
る授業をすることではないと思います。授業では活発に学習者が意見を交換し、もてる能力をフルに発揮して授業が活
発になってこそ中、上級の授業だと言えるのではないかと、ここ何年か思うようになりました。
 私の経験をもとに私なりの中、上級について考えを述べさせていただきます。

初級から中級へ

 初級の授業では授業の流れは多少の違いはあってもだいたい下のようになると思います。 

  1. その課の新出語の提出 (絵カードを見せながら意味を確認し、リピート、発音チェック) 
  2. 文型の導入、練習 (新しい文型の導入後、代入、変換、拡張などの文型練習)
  3. 教える項目がいくつかある場合は1、2をくり返す。
  4. 新出の項目がはいった短いダイアログによる練習 
  5. 教科書の本文に出てくる新しい言葉の説明、その後、本文の読み
  6. (本文全体の意味がわかったところで、リピート読み、各パートに分かれての読み)
  7.  ゲーム教材などを使って、学生相互に活動させる (ゲーム教材やクラス活動集などを利用) 
  8. 問題 (教科書にある問題をやらせたり、付属のテープ教材を使ったり。宿題にする場合もある)

 教育機関の考え方や教師の考え方の違い、教授法の違い、教科書の違いなどにより多少の違いはあっても、こうい
った流れで進めている方も多いと思います。
 私はだいたいこのような流れで授業を進めていきますが、ここでは、教師が主導権を握り、学習者をコントロールして
いることを感じます。経験が多くなれば、どんな質問が来るかなどもだいたいわかってくるので、コントロールはさらに容
易になります。Q&Aも習った言葉が少ない段階ですので、自由な発言をしようとすれば、語彙不足からうまくできず、自
由QAをやるといっても制限があるように思います。
 また基本的な語彙で話をするので、不自然な文になることも多いです。ですからここでは教師が主導で、コントロール
された授業だと言えます。しかしそのコントロールもやり方しだいではいきいきとしてきます。

インフォメーションギャップ

 では、初級を終えた段階(ここでは300時間ぐらいにします)にくると、日常生活では不便もあまり感ぜず、質問に受け
答えもできるようになります。ですから、あまりコントロールされた質問や答えが決まっているような質問をすると嫌気が
さしてきます。
 そうかといって今まで、何のインフォメーションギャップもない内容ばかりをやってきた学習者であれば、いきなり「〜に
ついてどう思いますか?」というようなQAを与えては、答えにくいばかりか、誰も意見を言わないような状況が生まれて
しまいます。
 ですから初級といえども中級へのことを考え、習った項目を積み重ねながらインフォメーションギャップのあるような活
動を授業に取り入れていかなければならないように思います。具体的には「私の国では〜ですが、あなたの国ではどう
ですか?」「私は〜です(〜ます)が、あなたはどうですか?」といった生の情報を交換するような活動を初級の段階から
取り入れる。
 また教師対学生だけではなく、学習者同士で教室の中を歩いていろいろな国の人(同じ国の人でもいい)に聞いて歩く
ような活動を取り入れる。このような活動が中、上級へ上がってから実際に日本人にアンケートを取ったり、グループで
情報収集をしてまとめたりする活動の基礎になると思います。中級らしい授業へスムーズに移行するためには初級の
段階からの活動が大切だと思います。

(実際のどんな教材が市販されているかについては教案作成の七つ道具のコーナーを見てください。)



中級でのカリキュラム

 私が実際に行っている時間割を紹介させていただきながら、初級、中級レベルでの授業について話を進めさせてい
ただきます。まず入学してから夏までの前期です。

 

 入学して1週間ぐらいすると、だいたいこの時間割りとおりに進めていけるようになります。私が担当しているクラスは
一番進度が速いクラスなので、ある程度、国で勉強してきた学生もおり、プレイスメントテストとインタビューの結果で、
充分ついていける学生を集め、1年間でできるだけ多くのことを習得できるようにしています。
 午前中はメインテキスト(新日本語の基礎)で午後からは四技能の授業にあてています。パターンがAとBあるのはいろ
いろな教材を使うためと、ロールプレイやプロジェクトワークなどの授業を2週間に一度は取り入れたり、新しい試みをし
たりしようとするときのためです。




 次に夏休みが終わってから12月までの中期の時間割りです。
午前中はメインテキストで新しい項目を習い、語彙、文型ともに積み上げていき、午後からの活動は主に習った項目を
もとに使う練習をするように考えています。
 
 ですから基本的に午前中はインプットの時間、午後はアウトプットの時間と考えています。もちろん午前の授業の中で
も各項目に応じた自由QAなどアウトプットさせることはします。
四技能(読む、書く、聞く、話す)のバランスがくずれないよう日替わりメニューにしてあります。

 

 中期からはメインテキストも「みんなの日本語」から「新日本語の中級」にかわり午後からのメニューも変わります。基
本的には漢字の不足を補うために月、水、金の4時間目のはじめに「漢字の道」(凡人社)「漢字マスター2級漢字」
取り入れ、一回に10個程度の漢字を出し、熟語の説明などを20分〜30分で行い、書きは宿題として渡します。残った
時間で他の作業をします。
 また聞き取りも「毎日の聞き取り」(凡人社)を使い、火、木の4時間目のはじめに20分ぐらいとって、聞き取ったあと、
解答し、トピックによっては自由に発話させることもします。月と水の聞き取り、読み取り教材は終わった段階で他の読
み取り、聞き取り教材にかえます。

 また木曜日の五時間目にはフリートーキングの時間をとりますが、ここでは「やさしいフリートーキング」という教材を
使い、トピックごとに学習者がペアになって話し合います。
行事や祝日の関係もあり、厳密にこの時間割りどおりにはいかないこともありますが、卒業までにできることをとにかく
やろうという考えでやっています。中級以上の段階では学習者の自主性を大事にしたいので、アンケート調査などをす
る場合には学習者からの要望で午後の授業を1週間位それにあてることもあります。


能力テスト
 だいたい以上のようなかんじで毎日、やっています。中期には12月に日本語能力試験もあるので、たいへんですが、
私のクラスでは毎年、9割くらいの学生が1級ないしは2級を受験し、1級に毎年、5.6人は合格しています。もちろん学校
の勉強だけでは足りないので、試験対策の問題集を紹介して自分で少しづつやるようにすすめています。
 9か月で1級に合格するのは大変です。また無謀な感じもしますが、韓国の学習者たちに言わせると2級ではだめだと
いうことです。文法的にも似ているのだから1級に合格しないと帰国してから認めてもらえないとのことです。それで実力
的にまだ1級は無理だという学習者も無理をして1級を申請してしまうような傾向があります。
卒業後、まだ日本に滞在する学習者にはまず、2級をすすめ、来年1級を受けてはどうかとアドバイスすることもありま
す。


初級から中級への教師の発想の転換

 私の発想の転換に大きな刺激を与えてくれた本がありますので、その中から抜粋してちょっと紹介させていただきま
す。下の図は「第二言語習得研究に基づく最新の英語教育」という本の第14章スピーキングとオーラルコミュニケーショ
ンに出てくる図です。



「構造主義の花形であった文型練習の限界に基づき、操作練習からコミュニケーションへ、といわれて久しい。教授法
も60年代のオーディオリンガル習慣形成理論と認知主義学習理論の対立から、70年代後半に入ると伝達能力や概
念、機能シラバスに関する研究の発展に裏付けられ、コミュニカティブアプローチが主流となった。」(p254)

 これは英語教育についてあてはまることですが、日本語教育でも十分にあてはまることです。教授法の変遷により
ミュニカティブ偏重になりがちですが、様々な試行錯誤からやはり文法なしでは応用力につながらないということが再認
識され、教え方を変えることで、知識のための文法ではなく、コミュニケーションのための文法を目指すように考えられ
始めたということです。
 私自身の今までにやってきた活動を上の図にあてはめてみると構造学習段階では多くの文型をLLを利用し、繰り返
し反復させることで定着させることに集中していたように思います。
 その後、7年位前から様々なコミュニカティブアプローチを取り入れた教材が開発され、これらを授業に取り入れてい
ったように思います。私が目標とするところは最終の社会的相互活動ですが、ここまで行くには段階を踏んでいかなけ
ればならないことが上の図をみれば、わかると思います。そのためにはやはりメインテキストで基本的な項目を積み重
ね、基礎を作り、徐々に反応だけの授業から相互作用のある授業へ移って行かなければならないと考えています。
 授業に行き詰まったり、発想を変えてみたいと思われる方がいらっしゃったら下に参考図書を書いておきますので参
考にしてください。

私がすすめる参考図書と文献

「第二言語習得研究に基づく最新の英語教育」小池生夫 監修 SLA研究会編 大修館書店
「英語授業のコミュニケーション活動」茨山良夫 大下邦幸 編著 東京書籍
「日本語教育」第97号 日本語教育学会「米国における第二言語習得研究動向 日本語教育へ示唆するもの」小柳
かおる
「コミュニカティブアプローチと英語教育」 K.ジョンソン/K.モロウ (小笠原八重子訳) 桐原書店
「月刊日本語」96年6月号 実践企画「楽しく学べるアクティビティ」栗山昌子
「英会話最後の挑戦」コミュニカティブアプローチによる最新学習法  東後勝明 講談社


 主に英語教育についての本が多いですが、内容はずばり言葉を教えることです。勉強になる本ですから、読んでない
人は、だまされたと思って読んでみて下さい。

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