REPORT 16
2005・10・23 hide MUSEUM の現状 papa
閉館後のhideミュージアムについて、現状のままあるとかないとか、解体中の写真がネットに上がったりとか、横須賀市が存続を検討しているとか、良し悪しまだら模様の情報にけじめをつけようと、意を決して今のhideミュージアムの現状を確認しに行くことにした。網膜に張り付いている開館時のhideミュージアムの誇らしげな姿そのまま、脳裏に焼き続ける方が心穏やかに違いないが、現状を受け入れる事も栄枯盛衰の諸行無常。心の対象が消えて、いつか心の持ち主の自分も消えてゆく世の移り変わりの中にいる以上、変らないことを求める事は不可能に近い。これも世の流れか。
10時前、うみかぜ公園P。いつもなら3本のマストが見え、今の時間ならはためく旗の残影がマストに投影されて風になびく旗が見えるのに、そのマストが見えない。辛い現実。大きな楕円のホールを被っていた塩ビの波板も、北側少しが残されただけでほとんどがはがされ、中の骨組みの鉄骨があらわに露出し、鉄骨のスパンの空間が黒くぶち抜かれて、無残な姿に変ってしまってる。空は青、波穏やかなうみかぜ公園のテニス場やスケボーの練習場はこの日もにぎわい、何事もなく練習に興じている人々の風景はあの日となんら変わりないのに、何かが違う風景は生きたhideミュージアムがもうそこに存在せず、歌を忘れた廃墟がこつ然と変わり果てて立っている。これ以上近づくのもおぞましいが、恐る恐る閉館時の館長の挨拶を待った、バイク練習場の敷地を突っ切り、垣根伝いに正門に回った。格子の正面門扉はまだそのままにあったが、正門から見える中の様子は、皮をはがされた無残な姿。レモショへの搬入路境界の垣根ややしの木はもはやなく、hideミューへの通路の敷材や緑の芝生は雲散霧消し、剥ぎ取ったむき出しの地面が冷たくさらされている。中央の噴水はまだ原形をとどめているが、すぐ前には格子の扉が乱雑に重ねられ、向こうにある2台の重機がコンクリ壁のhideのプリント画を食いちぎった猛獣のように並んでる。その向こうには2階の鉄骨の間をえぐられ、黒い空間を隠す事も出来ない楕円ドームの無残な立ち往生。
垣根伝いに岸壁の方に進んでゆくと、2台の重機の1台はバケットがはずされ、かたわらに置かれたバケットの中にはきのこ風の置物のかさの部分が投げ込まれ、そのバケットに押しつぶされそうにもう一つのきのこが傾いていた。さらにもう1台の重機はかに爪をつけたまま、ところどころコンクリートの白い残滓を残しながら置かれている。白い残りかすは、したたり落ちる血にも見えた。レモショや前のテラス・垣根はまだそのままにあり、レモショの中にははがされてないポスターが残っているようだった。hideミューへの階段左の大きなコンクリ擁壁は、hideのプリント画の腰辺りの高さ水平に、向こうまで剥ぎ取られ、鉄筋がゆがんで露出している。その上のコンクリートの塊は、南の垣根のそばに3m×4mぐらいの2つの塊で放置されていた。たぶん裏側にはhideのゆがんだ顔と傷ついた胴体が助けを求めているのだろうがどうすることも出来ない。hideミュー階段下のドーム側壁も大きく打ち抜かれていて、中の空調の白い配管が天井辺りに見えている。床は無法者が荒らした現場となり、壁の鉄骨があらわに見えている。カフェラも、ガラスは泥に汚れ、入口左側には割れた大きな亀裂が走っている。扉も1枚はずされ横たえられている。2階テラスにかけて、足場の骨組みが組まれかけており、数日の命かと思うと、いつぞやこのガラスを暇な時間を利用して数人で拭くよう指図されていた光景が目に浮かんだ。岸壁手すりも工事のシートで覆われ、ウッドデッキも岸壁への階段より向こう側がすでにはずされ、基礎のコンクリピースが規則正しく並んでいるのが見えた。
岸壁に出た。振り返るhideミューはまだ青空の中にそびえている。hideが帰った青空にhideミューも帰ってゆくように、今日の青空はあまりにもシュチュエーションが似ている。穏やかな海を覗くと、海水が透き通って初めて海底が見えている。こんな透き通ったここの海を見たことがなかった。今日の現状を見て、ここでのhideミューの存続はないと思った。
間違えた所もたくさん有ると思いますが、最後まで読んで頂いて有難うございますm(__)m