REPORT 3

 2007・06・05〜06・29  逍遥のエックス(41)〜(60)    papa

2007・06・05  逍遥のエックス(41)
(コメント):なんだかんだ理屈こねて、アメリカ社会は、白黒・区画がはっきりしてると言ってみたんですが、その回答を読んでいたら“プロテクト・セルフ”って言葉があって、自分の事は自分で守る・・・そうだろそうだろ・・と思いながら曲名が書いてあるところまで読んでいったら、なんとその曲名は次の「NRN3」を過ぎ「NRN4」の終わりに書いてある曲名で、この辺、“区画”がはっきりしてないという裏切りがあって、「NRN4」まで読んでしまった。次の話のカンニングをしてしまった!。が、ほとんど覚えてないんで創作には影響はないんですが、まあ、先を読んでしまったのは残念。
 で、『だから防御、“プロテクトは自分でせよ”っていう』=“プロテクト・ユアセルフ”がアメリカの基本思想なんですかね。アメリカ憲法で銃の保持が認められてるというのも、自分の身は自分で守ることを徹底して教えてるみたいです。「人に頼るな、自分の事は自分でせよ」という思想があって、契約で自分のすることを人に頼むというのがどうも“サービス”になって行くみたいですね。お金を払って、自分が本来すべきことをやってもらう。どこまでやってもらうかの範囲を契約で事細かに取り決めて報酬を決定する。そういう事になってるみたいです。日本のサービスは、おせっかい過ぎるところまで入り込んで、行過ぎてる部分をサービスとしてしまっているので、いろんな所で勘違いや当たり前になってしまって、日本を出ると途端に不便を感じるのは、おせっかいサービスを当たり前に勘違いしてしまってるからなんでしょう。ロスの空港につけばタクシーでどこどこに行けるという発想も、前回のこの本を読むまでそう思っていたんですが、『電車は走ってないし、タクシーはない』というhideの話で、うわっ、えらいことじゃ と初めて知った。それに日本のようにどこも平均して“安全”じゃないということも押さえておかないとえらい目に遭うわけです。hideが前に借りてたアパートの周辺は、けっこう危ない所だったみたいですが、これも費用の関係で安い地域は安全が劣るということで、hideも収入が多くなって、『今現在借りてるアパートの周りっていうのは、わりと平和なんですよ』の安全な地域に引っ越した。もちろん借り賃は高くなってるが、それを支払える収入が出来て来たという裏がある訳ですね。安全とプライバシーを高める引越しが、収入を目途に繰り返されてゆくのが一般的みたいです。hideが前に住んでた危ない所も、彼には免疫があったんで住む事ができたと言えなくもない。というのも横須賀のドブ板通りに出入りしていた感覚が、けっこう役に立っていたんじゃないかと思う。横須賀基地のしょっちゅう外人が行き来するところで、ライブをしたり飲み屋で飲んだりする中で、彼の慣れがアメリカ生活のショックをやわらげていた部分もあるんじゃないか。危険はドブ板生活で慣れていた、経験的にわかっていたという所があったように思う。その“感覚は鈍感”に動いていたが、隣が火事だというのに、スターの習性のように、『ベランダガラッと開けたら、こっちのチャンネルワンとか、CBSとかカメラが一斉にこっち“バッ”て向いて』来たので、ライトにさらされる習性というか、皆の前に出る習性というか、15センチの隣が燃えている事が頭から飛んでしまって、『洗面台のとこ行って顔洗って、髪の毛1回とかして、サングラスかけて、もう1回出てきた』というこの部分、hideが日頃表に出る時はXのhideであり続けたいので、髪もピンクで・・・と東海林のり子さんに言っていたという話を思い出した。寝ぼけ頭でも、チャネルワンやCBSのカメラに“敏感に反応する感覚”、彼の日頃の心構えとスターの習性が自分の危険も忘れて、ファンサービスに動いてしまうサービス精神、hideも後で驚いたんじゃないかと微笑んでしまった。映画もよくみていたみたいですね。映画のシーンが非常事態でもダブって浮かんでくる。自分達でもXのシーンが、日常ダブって浮かんでくるような感覚だったんでしょうか。
〜つづく〜

2007・06・06  逍遥のエックス(42)
4月17日hideのオールナイトニッポンR第2回放送の「NRN3」は「<日本とアメリカ音楽環境の違い> *スタジオ、エンジニアの違い  *今、一緒に仕事をしているエンジニアの紹介   〜だけなんですから』(6'21")」となってる。前回、ここ「3」と、次の「NRN4」の『回答』を読んでしまったので、純粋無垢とは行かないが、全然内容を覚えてないので、思い付きには影響はないはず。それにしても「講釈師、見て来た様な嘘を言い」という川柳でしたか、自分がhideになって見てきた様なことを書いてると、嘘を言う講釈師や詐欺師なんかの心理がわかるような気もして、いささか居心地がこそばい。自分の作る世界に導いたお客さんが喜び、騙される相手が信じ込んでる姿に、どことなく快感を覚える彼らの心理を見てるみたいです。そして彼らには嘘に喜んで御代を払ってくれ、惑い信じて金品を差し出してくれる実利がさらにつく訳で、「一粒で2度おいしい」グリコのアーモンドチョコレートになるという按配(意味のわかる人はそう若くはないかな―失礼しました)。そんなことで、嘘を言うのは正直者(?― 誰も信じないというクエスチョン)の自分としてはいささか、うしろめたい気持ちですが、hideが語る心理になろうと言う試みですので、致し方ない。そして今日も、当たり前のように、内なるhideは語り出すのである。

“平和の中のこっけい話のような、昼間に買い並ぶお客さんや自転車の分解泥棒、それにいちいちガンを出してくるお巡りさん。ロサンゼルスはこっけいな町に思えるかもしてません。実際、平和な区画にいる人間は、楽天的で人がよく、それでいてある意味紳士的で仕事も出来る。そんな集団になってるようです。僕が通ってるスタジオでも、音楽好きな連中が音楽エンジニアになったようなプロばかりで、こっちの意向を察知していろいろ気を使ってくれるのは嬉しいことです。スタジオも、アメリカの音楽業界の系列の中に入っていて、業界自体が競争する社会ですからスタジオもその系列の競争を担ってくる。全米チャートで上位を占めてる音楽の収録場所なんかが、支持された音楽を作ったと言う設備として業界内では注目されてくるんです。いい大学に入ったのは、本人の勉強の努力も去る事ながら、どこの高校、どこの予備校という発想になるのと同じで、作詞作曲の部分以外にどこでその音楽は作られたかという、高校・予備校に当たる施設の発想が生じてくるわけなんです。どこのスタジオのどんな設備・・というところから生まれた音楽が全米チャートを駆け上がってるということが、業界の系列の勢いをつくり、それに乗ろうとするミュージシャンがそのスタジオを利用しようとなる。そしてスタジオも業界の競争を担ってくるんです。そういう状況ですから、そこで働いているスタジオエンジニアも、意識の中には競争で負けたくないという自負と、いい音楽を作る技術に誇りを持って仕事をしているんです。それまで日本なんかでは、レコードや初期のCDでは、関係するスタッフの個人名は、主だった人だけでした。XのCDでは、自分達の音楽に関わった人たち全部および今までお世話になった人たちまでスペシャルサンクスという表現で、CDにのせてゆくようにしたんですが、その発想はアメリカでのレコーディングにあるわけです。アメリカでは個人との契約の総体として、ひとつの作品が出来上がるという総力結集の成果を表示するという事になってるんです。ですから日本では何でこんな人まで載せるの?っていう人の名前が、XのCDの最後の方に延々と並んでくるんです。それは商品のCDを作り出した全員がスタッフとして関わった、いわばそれぞれがパートナーとして自分の仕事を全うした結果、この作品の完成をみて商品となった ということなんです。ですからそこに名を連ねるスタッフは、仮に別の所で仕事をする為の交渉の時に、その経歴を誇示して自分の仕事の能力を売り込む事ができるという事になるんです。作品の完成に関与した全ての人を記載して、作品の成果を誇る。だからスタッフみんなの意識も、いわばその作品をチャートに載せることが仕事の誇りであり、将来の仕事の交渉であり、生活のステイタスにつながってゆくという道筋があるから、どのスタッフもシビアな仕事に耐えて、いい作品を作ろうと最大の努力を傾ける。その熱気、雰囲気が私個人の音楽的な創作志向に、ほんとに合ってる訳で、まあここロサンゼルスでレコーディングをしているというのは、そういう理由があるんですね。Xのメンバーでロスにスタジオをかってしまった彼も、僕以上にこだわりのある男ですから、スタジオ設備も超一流ならそこに詰めるスタッフも超一流を目指してるんですね。なんでも物の動きが財力のある方やレベルの高い方に収束してゆくように、業界スタッフも仕事のやり甲斐を求めて上昇してゆく。レベルの高い者が力を出していい音楽、全米チャートを席巻してゆく。アメリカは、そんな社会ですね、何事も。日本の昔の下克上ですか、今日上位でも明日は落ちてゆく。業界下克上が、いわゆるアメリカの競争社会を作っている。個人も競争に優位に立てるよう、自分の仕事に全能力を出し、作品を作り、その成果を自分の誇りとして次の仕事に売り込んでゆく。アメリカで勝ち続けるのは容易なことではないんですよ。だから音楽もアメリカで切磋琢磨して認められるようなものを作ってゆく。これが俺も彼も無謀集団の一員でいた戦い続ける性となって、身に付いてしまったんかなぁ”

2007・06・07  逍遥のエックス(43)
hideの回答:『今のところは本当に平和っすよね。ヌクヌクしてますよね。今のところ、特に何にも事件は。何かね、危険なトコと安全なトコの見分けっていうのは、ちょっと聞いたのは、こっちのフリーウェイの入り口・出口に近いところは危ないってよくいわれるんですよ。何でか理由はよくわかんないんですけど。もちろん、ダウンタウンの倉庫街とかはガンガン危ないんですけど。でも以外にね、昔っていうか、僕も、あの―酔っぱらうと何するかわかんない、悪いクセがあって。LAに来たてのころとかってのは、そんなに危ないなら行ってやろうじゃないかっつって行ったんですよ、ダウンタウンのほうにね。みんなで車に乗っかって。そいで案の定、なんかガラガラガラって、いっぱいいるんですよ。何ていうんですか?あの―、家のない人とか、売人ぽいのとかいっぱいいるんですよ。そいで、俺降りてって、立ちション、立ちオシッコ、立ちションベンをしていたワケですね。向こうのほうからどんどん来るんですよ、こっちに。いっぱい人が、ゾンビさながらに。で、俺も酔っぱらってるから、これか―と思って、踊りながら歩み出たんですよ。そいつらの前で“ウワァウワァ!” う―、なんかワケわかんない日本の歌を歌いながらだと思うんですけど・・・。そしたら、みんな逃げちゃったんですよね。それで『危ない奴にはそれ以上に危なくなれ』っていうこと覚えたんですよね。これは教訓で、怖がると犬とかでもそうじゃないですか。逃げると追っかけてくるけど、“追われていると思ったら追っかけろ”と思いましたね。ただ絶対、皆さん!そんなのは、海外旅行の際には、あてはめないようにというのは言っておきたいですよね。単に、私はロシアンルーレットで当たらなかったっていうだけなんですからね。』(hideの回答終わり)

(コメント):『危険なトコと安全なトコの見分けっていうのは』、どこで見分けるのかなぁ。フリーウェイ(高速道路?)の出入り口とダウンタウン(商業地区・繁華街?)の倉庫街は危ないとして、危ない所を見分ける基準を、もうちょっと言い分けてほしかったなぁ。自分がいつかロスに行くとして、最初からそんな危なっかしいところへは寄り付くはずもないが、聞いとくだけでも予防意識に役立つものね。『LAに来たてのころとかってのは』、そんな危ないところ、行かないんじゃなく『行ってやろうじゃないか』って、おいおい、それは無謀だぞ!。考えが逆じゃろうて。慣れて来たから行ってやろうじゃなく、来たての頃から『行ってやろうじゃないか』って、ほんとロシアンルーレットに当たらなくてよかった!。酒飲んでるから横須賀のドブ板と勘違いしてたんかもね。横須賀なら基地のアメリカ人もアウエェ的な意識の制約が無意識にあるように思われますが、ロスなら危ない箇所の住人は自分達のホームで戦うような、強気でいられる訳で、変な外人が来たぜ、皆でいたぶってやろうじゃないか って、おもしろ半分挑んでくるようなものだが、この時は、よっぽどこっちが『危ない奴にはそれ以上に危なくな』っていたんで助かった?。頭殴られたり、両腕いためられたら、おしまいだったぞ!。『みんなで車に乗っかって』行ったというのは、一瞬、LAに来たての頃なら、Xメンバーかとも思ったんですが、同調するのは一人を除いてまずいないし、彼は仕掛けられた場合にだけ切れるタイプなので、見ず知らずの所へ始めから乗り込んで行かないところを見ると、メンバーではなくhideのアメリカの音楽関係者と一緒だったということだろう。ということはアメリカの人も同行していたから、敵も相手を見て逃げて行った?ということかな。小さい東洋人だけなら、いくら威勢がよくても体力的にかなわないはず。hideも後で反省したんでしょう、『ただ絶対、皆さん!そんなのは、海外旅行の際には、あてはめないようにというのは言っておきたいですよね』、自分もルーレット、偶然当たらなかった という幸運にあっただけで、当たらなくてよかった、肝を冷やしたよ というニュアンスが言外にあるように感じます。よくケンカも心理作戦っていうところがあって、助っ人を頼んだりして多勢に無勢の論理で行く戦法が最近の事件でも見受けられますが、仕返しが仕返しを呼んで殺人事件にまで発展してゆくこともあり、ケンカに勝っても人生負けたようになっては、元も子もない。負けて勝つ、相手に華を持たせて自分は実を取る・・こんなところで勝っても最後は落ち込むだけなので、早々と負けたほうが得策ですかね。私も、こんなこと吐く様になったということは、人間が出来てきたんでしょうか、それとも戦う気力もなくなって来たんでしょうか?。まだまだXの為に戦わなければいけないですよね、これは大事な戦いですから・・。

2007・06・08  逍遥のエックス(44)
4月17日hideのオールナイトニッポンRの第2回放送「NRN4」は「<日本とアメリカ音楽業界の違い> *具体的に注目しているアーティストに触れて・・・〜ライク・アイ・ドゥ』(4'11") from spawn the albaum M Can't you trip like I do/フィルター&ザ・クリスタル・メソッド   〜ハマりました』(0'21")」となってる。「3」は「“音楽環境の違い”」「4」は「“音楽業界の違い”」。日本とアメリカのそれぞれの事情がわからないと話にならないところ、自分にはどっちもわからないまま“違い”も差異もあったものじゃない。それでは今日も、さも知ってるような口ぶりで行きますか。『危ない奴にはそれ以上に危なくなれ』の応用で「知らない時にはそれ以上に知っかたぶれ」っということで、自分の中のhideさん、ホラ講釈、突っ走ってください。

“ロスは、生活環境では危ない所もありますが、音楽環境はいいように思います。そう悪い所はないようです。音楽に関わる人も好きと熱心が合体したような人たちばかりで、人的にも設備的にも良行ですね。個人の仕事が、アメリカでは業績主義で判断されるので、雇い主に対してどう業績を上げるかの意識が非常に強くて、自分が音楽の目指す方向を説明すると、こうしたらいいんじゃないか、こういうものがある といろいろサジェスチョンを提案してくれるんですね。自分が考えてやり方を説明して進むんじゃなく、方向さえ出せばいろいろの提案の中から選択すればいいという環境は、助かりますよね。日本では全体で仕事をする雰囲気じゃないですか。チームとかを作って、リーダーがいてその指図ですすんで行く。チームの構成員は与えられた仕事を受身的にこなしてゆくと言う側面がありますが、こっちは自分の業績と言うか能力をアピールするような仕事の仕方になってるんですね。仕事のことをどれだけ知ってるか、仕事を知るには周りの状況も知っておく必要がありますから、周辺もよく勉強しているんですね。仕事に対する自分の有用性を高める努力ですかね、それを常に心掛けているように見えます。日本とアメリカの大学の違いにも見えますが、入学時は日本は大変難しいがアメリカでは入るのは難しくない。日本は一旦入ってしまえばそう努力しなくても卒業できるのに対しアメリカは入ってからが必死の勉強で卒業はなかなか難しい。社会に対する大学の存在価値の考え方が、やっぱし根っこに在るんでしょう。日本は大学の経営が成り立って社会に送り出した卒業生は新たな組織が引き受けて仕事に必要な人材へと仕上げてゆく。だから大学自体はおざなり勉強になっちゃうみたいですが、アメリカは社会に対してまず有用な人材をいかに作り上げたかが大学の値打ちですから、容赦なく勉強させ大学から社会に出て間に合う人材を作ろうと苦心する。卒業生は就職先では一端の鍛えられた職業人として迎えられる。個人にとっても社会(会社や組織)にとっても即戦力になる。日本はそうじゃないみたいですよね。入る時だけ難しいが、いい大学に入ればあとは会社や組織が自分に仕事を与え、年功にって規定のコースを登ってゆく。護送船団って言葉ありましたが、みんなで守って働いて動いてゆく。一人の個人プレーはあまり受け入れられず、全体がリーダーの指示に従って動いてゆく。アメリカは個人プレーが最初からお決まりで、自分から考え進まないと認めてくれない。狩猟民族と農耕民族の違いとかとも言いますが、狩りに出かけて食料を食いつなぐか栽培したものを貯めといて食料を食いつなぐかという違いみたいで、人より先に獲物をとらないと自分の生存が危うくなるのに対して、みんなで作って貯蔵した物を仲良く食いつなぐ、自分の生存はその中でうまく存在し続けることが生存の条件ですから、周りを見て浮き上がらないように注意する生活になりますね。昔からのそんな思想があるように仕事に就いたら、自分から攻撃的に仕事をするか周りを見ながら仕事をするかにどうしてもなってしまうみたいですね。私らの仕事は、やっぱ時代を先がけた音楽を作ってゆくという所に真価があるわけで、人よりも一歩先ん出てる要素が大事で、周りを見て動き出すんじゃなく、先に動き出す人材がどうしても不可欠になるんですね。結局そういうところが日本とアメリカの違いの元でありまして、明日スタジオに行って、昨日の続きから始るのじゃなく、昨日からもっと進んだ段階から始るという、スタッフが進めてくれた段階から始めるという、そこですよね、違いは。進歩に戸惑う人間じゃなく、進歩を先駆ける人間にならなくては、ダメだと思うんですよ。スローペースじゃ、待ってくれない、どんどん責めて壊して、構築する。社会が変れば人の心も変る。社会が変ろうとする方向に先に出向いて変る人の心を待ち受ける。そうしなければ生き残れないのが時代に支持されるロッカーの宿命なんだと思ってるんですよ。”


2007・06・09  逍遥のエックス(45)
hideの回答:『えーと、ロサンゼルスでレコーディングをするというのはですね、最初は成り行きだったんですよ。先程もいいましたけど、もともと「X」がやろうとしていたエンジニアの人が、ロサンゼルスに住んでいたので、ロサンゼルスがいいんじゃないかってことから始ったんですけど。そうこうしているうちにヨシキが、こっちにスタジオ持ったりとか、いろんなことしているうちに、「X」がこっちで契約するとかウンヌンとかっていういことになって。こっちにいる機会が多くなったんですよね
 で、もともとですね、僕は基本的には、動かなきゃどこにも行きたくないって人なんで、ロスにいるんだったら、もうロスにいたい。イギリスならイギリスにいたい。タヒチならタヒチにいたい。日本なら日本にいたい。なぜかというと飛行機が嫌いなんですよ、とにかく。飛行機に乗ることが嫌いで・・・あれは本当に僕、嘘だと思うし。マヤカシダァって思うし。本当は太平洋とか意外に、意外に・・・200メートルくらいだったりして。実は旋廻しているだけで、あんな高け〜金とってんじゃねぇかなぁんて思うんですけどねぇ。ホラ、だって昔は“空は四角かった”って思ってたワケじゃないですか。実際に地球のあれを見ないとなぁ。あの・・・丸いなんていう天体観測の地球の丸い絵なんて見てんのは、あれ実はチョコレート会社かなんかの策略なんじゃねぇかなって思う(笑)。何が言いたいかっていうと、飛行機は嫌いなんですよ。僕は乗ることが。あんな狭い中に何時間も、押し込められていることが嫌いだから、僕はいつも酔っぱらってるんですけども。何の話だっけ?・・・そう、そんな感じでレコーディングすること多くなったんですけども。で、だんだんだんだん日本でやるときとこっちの違いっつうのがわかってきましてですね。こっちでバンドを別にやることになって、本当に痛切に思うようになったことは、こっちのスタジオとかって日本のスタジオより全然“ラフ”になるんですよね。機材とか、昔の機材とかいろいろあったりとか、いい機材とかもちろんあったりするんですけども、決定的に違うのは日本だとエンジニアのほかに“セカンド・エンジニア”っていうアシスタント・エンジニアっていう方がいるんですけども、本当、日本のアシスタント・エンジニアの方っていうのは優秀で、もうエンジニアの代わりのこともできるし、“パンチイン”“パンチアウト”とかも全部やるんですけども、こっちのアシスタントは何もやんないですもんね。本当に。マック買ってくるくらいしか能がねぇから。いや、別に皆が皆そうなんじゃないんだろうけど。でも基本的にはエンジニアもそのつもりでいるっていう、基本的には。だから仕事は、“俺の仕事”っていうふうな分け方をしてるんじゃないのかなぁって思うんですよね。だからケーブル引っ張れとかって、そのくらいはもちろんやるんですけども、日本ほど至れり尽くせりではないですよね。あとはロサンゼルスだと、ムチャクチャ乾燥してるんで・・・。よく僕も昔、「ロサンゼルスでレコーディングすんのドコがいいんですか?」っつったら、「やっぱ音がいいんです」って、ね。“何言ってやがんでぇ、シャレこきやがって”とかぐらいにしか思ってってなかったんですけど・・・。や、本当、違うんですよね。(つづく)


2007・06・10  逍遥のエックス(46)
hideの回答(45の続き):『だから、ドラムをですね、こっちで本当イージーに密音とかせずに録っても思ってる音がけっこう簡単に録れたりするんですけども。日本で同じセッティングで同じことをしようとしても、なかなか録れないんですよね。それはなんか、やっぱり空気の違いってのはすごいあると思ったんですよ。で、やっぱり、そういうふうに1回いい音が録れちゃったり、気に入った音が録れちゃったりすると、やっぱりなんか、それがそうなんじゃねぇかなあ、と。実は大きな勘違いかもしれないんですけどね(笑)。そうなんじゃねぇかなぁってことで、僕は、相変わらずロスで録るようにしているんですけどね。だから、それがホント、タヒチでもよかったワケで。あの―、最初にタマゴから孵(かえ)ったヒナ鳥が、最初に見たのを親と思うような感じですよね。うーん、そんで、ロスの話とはあんまり関係あるのかなぁ・・・。ないのかわかんないんですけど、去年あたりは、よく聞いたっていうか、このアルバムも俺、参加したかったって思ってた、『スポーン』という映画のサウンド・トラック、『スポーン・ジ・アルバム』の中から、えーと、フィルター、あの・・・「フィルター」というバンドと「クリスタル・メソッド」っていう、えーと「トリデー・キング」が一緒にやってます。『キャント・ユー・トリップ・ライク・アイ・ドゥー』。
 「フィルター&ザ・クリスタル・メソッド」で『キャント・ユー・トリップ・ライク・アイ・ドゥ』でした。えー、フューチャー・ミュージックていうのかどうかわからない、デジ・ロックかどうかもわからないんですけども、僕、去年あたりはこの曲にハマりましたね。この改造人間みたいな曲に。うーん、ま、シーンと人間のグルーヴの融合みたいなここにすごいハマりました。』(hide回答終わり)

(コメント):人間、気負うとあまりいい結果に結びつかないという話になりますかね。僕はまた、ロスでの音楽環境は日本より優れた機材もあり、それを使いこなすスタッフもたくさんいて、いい音が録れるんだろうと想像したんですが、優れているはずのいい音が録れるロスの環境は、『いい機材とかももちろんあるんですけど』、決定的な違いはセカンド・エンジニアであるアシスタント・エンジニアの違いにあるということみたい。本来のエンジニアが録音録りの仕事をするだけになってて、アシスタント・エンジニアはマック買いに行く・ケーブル引っ張るとかの簡単なアシスタントで、日本のアシスタント・エンジニアのようにエンジニアの代わりをする仕事まではしない。エンジニアも録音は俺の仕事という風に分けていて、そのつもりで仕事をしてるみたいだと。至れり尽くせりのアシスタントがいないから、『スタジオとかって日本のスタジオよりも全然“ラフ”になるんですよね』。ラフになって仕事がやりやすいということなんでしょうか。もちろんアシスタントでないエンジニアが優秀という意味があるんでしょうけど。それに、気候の差。ロスは空気が乾燥しているから、いい音が録れる。ドラム録りで『こっちで本当イージーに密音とかせずに録っても思ってる音がけっこう簡単に録れたりする』のに、日本では同じセッティングでもなかなか録れない。日本との『空気の違いってのはすごいあると思ったんですよ』、空気が『ムチャクチャ乾燥してるんで』、その違いが出るという確信を持ったみたいです。という事は、かのドラマーは自分の本業のドラムの音について、もっともっとその違いを意識したはず。湿ったせんべいを割るより、パリッ!と乾いたせんべいを割る方が、やっぱ気持ちいいという素人目にもそう思うのですから、日本で何年も湿ったドラムを叩いてきた人間がロスで初めてドラムを叩いた驚きは、容易に想像できる。Xのアメリカ進出が、発音的な支障で困難になり行く中で、彼がそれからもロスに居続けることになった最大の原因は、音の環境、いい音を出してくれるロスの気候環境に魅入ってしまったからかもしれない。芸術家は、自分の作品に影響する基本要素、例えばいい色、いい粘土、いい音などがその土地の環境に拠ってると判断すれば、そこを仕事場にして行くだろうね。YOSHIKIもロスが仕事場になってしまった。いい音が出せる気候環境、それを収録するいい設備も自分の手にある。ロスから離れられないだろうなぁ。余談だがYOSHIKIがイタリアに住みたいと昔言ったこともあったように記憶するが、とてもできないという事になる。ロスが彼の終生の居住地だろうか。・・・ところでhideが飛行機が嫌いだったとは知らなかった。しかし、一般的な毛嫌いの理由とは違う見たい。一般的には、あっしも含めてあんな物が高いとこ飛んでいつ落ちるかわからない ということだと思いますが、hideは『あんな狭い中に何時間も押し込められているのが嫌いだから』。高いのは別に関係ないのかな。『あれは嘘だ、マヤカシダァって』いうのは、金属の物体が空飛ぶのはおかしいという意味でもあるような、しかしライブでクレーンに乗って『TELL ME』歌ってるぐらいだから、高所恐怖症は関係ないのかも。どうも「窮屈」が苦手らしい。アシスタントがさしこを焼かないロスのスタジオを『“ラフ”』と感じ、飛行機客席を『狭い中・・押し込められてることが嫌い』と言い、・・が、面倒くさがりでそこでじっとしている人間のように『動かなかゃどこにも行きたくない人間』であるとも言うので、じっとしているのは窮屈じゃないのか と考えると、合わなくなる。そう単純に分析できないのが無謀ロックスターの所以(ゆえん)たる所以か。納得!。

2007・06・11  逍遥のエックス(47)
417hideオールナイトニッポンR「NRN5」は「<クッションゾーン>   〜ヂルチ』(4'38") M Sold some attitude / ZILCH 」となってる。時間調節と気分転換がここではめ込まれている。時間が押してない限り、hideには息抜きにタバコを吸う時間だが、こっちはヒントを取り上げられた五里霧中に放り出され、話題探しに苦心のタイムとなる。hideはよく映画を見ていたみたいですが、映画解説の水野晴郎さんでしたか、「映画って面白いですね」って必ず言ってましたが、私なんかも「言葉って面白いですね」と、今思ってしまったんですね。駄じゃれみたいな思いつきで申し訳ないですが、息抜きにタバコを吸う って一つの動作が言葉でねじれ対照(吐いて吸う)されてたり、五里霧中で思いつくと先日のニュースの脱北一家は、濃い霧の夜、何も見えないから動いた という概念でねじれ対照(普通見えなかったら動かない)されてたり。ちょっとお笑い気分なので、hideのユーモアみたいな何か遊びの話をしてくれたら、非常にクッションタイムが気分転換になるんですがねー。私の中のhideさん、何か“プッ”っとなる話、お願いできませんか。

“じゃ、ここのタイムは放送がないオフレコを仮定して、しゃべっちゃいますか。さっき、飛行機乗るのが嫌いだとか話しましたが、四角い地球に東京ロス間が200mで、旋廻だけであんな高い金取りやがってと変なことをしゃべってしましたが、子供の頃って、一度変な妄想がこびりつくといつまでもその妄想が抜けないで、情景なんか考える時に出てくるんですね。今でも覚えているミクロマンですね。空想に僕の心が飛んでいた頃は、四角い地球に遠い所もひとっ飛び、僕は言葉のエンジンを吹き上げるだけで視界に映るどんな遠い行きたい所でも、瞬時に移って行けたんですよ。大空を斜滑降で目的地に突っ込んで、僕のエンジンはその動力を低下させる。目的地には、いろんなミクロマン達が、まさに僕の指令を受けてるかのように、基地のタワーに、基地の監視台に、配置されている。・・・そういう空想の世界が、未だに大人になった現在でも空飛ぶ空想世界の考え方で思ってしまうんですね。幼児体験っていいますか、幼児よりはミクロマン時代はずっと後の時代(筆者がこれを書きながら、ウィンドウを開いてウィキペディアへ飛んで調べましたら、ミクロマンは(株)タカラ(現タカラトミー)が1974〜1984までに発売したTV媒体に頼らないタカラオジリナルキャラクターの男子向け玩具。アメリカのバービー人形などの子供向け着せ替え人形を参考に、タカラがリカちゃんや変身サイボーグといった商品を開発。変身サイボーグは、着せ替えで様々なタイプに変身するが、さらにパーツ取替え変身へ移行となって行き、商品展開が加速する中、1/6サイズ(30cm弱)の変身サイボーグは大きさから人気を失った。商品の小型化として誕生したのが10cmの可動人間、ミクロマン。様々な乗り物や基地といった商品展開がなされた。発売時の1974年hideは小学5年であった[バリバリバリューでは、YOSHIKIはリカちゃん世代ですよとか言っていたが、タカラのミクロマンにリカちゃん人形、2人の興味は同じタカラ商品から始った??]。基地種類については、タワー基地はスペクトル光線というミクロマン復活のための光線を放つ基地。タワー基地が高額な為その廉価版が指令基地で、ミクロマン2〜4体を収納でき、壁面パネルを開くとミサイルランチャーが現われ、ミクロマンを射出する装置マッハスクランダーを持つ。ロードステーション基地は、ミクロマン最大の基地で、プラ製のレールとタワーからなる基地。レール上をモーターライズのミクロマンカーが走り、タワーにはエレベーターが装備され、発売年度最大価格の超高額商品。移動基地は、タワー基地の基部にある飛行基地。ミクロマンの全武器中最大威力の地海底ミサイルを装備する最強基地。ロードステーション以上の高額商品だったらしく、その他いろいろな機能が装備されていた)なんですが、人の成長過程で起こる空想遊びですか、僕の成長の段階がミクロマン登場に合ってしまったんですね。当時は、身も体重過多の状態で、同級生に比べて動作緩慢状態でしょ。空想の世界は、すべて自分の欠陥を意識させない自由で敏速な行動が可能だったんで、夢中でその世界を飛び回りました。僕のやりたいこと、攻撃したいもの、いろんな欲求不満のはけ口が、ミクロマンを通して実現されてゆくんですよ。不可能なんてないんです。自分の思い通りの世界が、自分の部屋のなかで実現してゆくんですよ。ミクロマンが僕の一挙手一投足となって夢の実現に向かって働いてくれるんです。僕の現実生活はストレスだらけでしたが、僕の部屋の中だけは空想世界の楽しい時間。ここだけは何でも夢中になれる雰囲気ができてしまったんです。ギターの練習も、ここでなら夢中でできたのも、そういう生活の流れがあったからでしょうか。遊びでも夢中で集中する、そして夢中になれる場所がある。これが将来のやりたい事をする時の大事な基地になるんですよ。僕の基地は今でもミクロマン仕様で動いてますね。だから基地から飛び出してロスにいたって、基地的発想が至るところに出現してしまうんですね。四角い地球、ミクロマンの基地は四角かったんですよ”

2007・06・12  逍遥のエックス(48)
hideの回答:『こちら、ロスにいる機会が多いと、もちろん、聞いてるラジオからかかってくる音楽とか、あのMTVからタレ流される音楽とかっていうのを、やっぱり聞く機会が多くなっていくワケなんですけども。やっぱ日本の流行歌というか、あの、チャートとかっていうのとはまったく別物っていうのは、まあ、当たり前なんですけども。で、こっちで感じるのは“やっぱり同じだな”っていうこと、すごい思いますね。英語圏じゃない日本だから、やっぱりチャートが違うの当たり前。けども、やっぱり流行りすたりっていうのは、こっちのほうが全然早かったりするし、なんかエゲツない“売れ線”ていうのは、アメリカのほうが本当、エンターテインメントの国だけあってはっきりしてるし、ワケのわかんないものは誰も買わん。“アンダーグラウンド”っていうくくりをちゃんとされてしまうし。日本以上に、このレッテル主義っていうのは、すごくあると思います。だから何だろう、融合してシーンが変っていく・・・その狭間にいるときの音楽っていうのは、すごく辛い思いをするっていうのはよくわかって。新しいものを、早耳なリスナーっていうのは、やっぱり仕入れて来たり、育てたりするけれども、意外に、やっぱり業界っていうのは後づけだったりするっていうのは何も変わんないなぁってのはすごく思いますね。
 例えばデジタルロックなんちゅうものも、デジタルロックなんていう言葉、日本が生み出した言葉ですけど、僕は「サイボーク・ロック」って呼んでんですけども。日本人のグルーヴ(筆者注:この言葉の意味が少しわかりかねますが、こう書いてありますので)と、コンピューターを融合させて直結した、生み出していく音楽っていうのが、僕がもともとやってることなんですけども、何かそういうのだって、テクノが流行るときって、もともと好きな人たちが聞きたい音楽を作り始めてそうなって・・・。
 パンクロックもそうなんだけど、やっぱりこれが人気あるんだって思ってたところにレッテル貼られるのは、日本もどこも変わんないな。単に日本が英語圏か、そうじゃないかっていうだけの違いであって。うーん、これが日本だからね。英語圏だったりするんだったら、チャートもきっと変わんないだろうし、あのものの追い方っていうか、後づけ方とかレッテルの貼られ方っちゅーのも何も変わんないだろうなとか思いますよね。ま、だけど例えば僕が好きなへビィロックとかっていうのは、“もっと日本でもチャートの上のほうにいたりしてくれてもいいじゃねえかよぉ!”とかっていうのも、やっぱり思いますけどね。やっぱり、ただ・・・何だろう、そういう音楽がいいと思うアジテーターというかね、オピニオンリーダーなんて人が必要なのかなっていうのは思いますよね。例えば、ダンス・ミュージックも、ジャングルだとかドラムンベースだとかっていうのをわかりやすくしてくれた小室さんとかみたいな。じゃ、俺がへビィロックのね、そういうのになってやろうかなぁって言いたいけど、なんかそれも僕は違うかなぁなんて。うーん、お前の好きなものは、お前の鳥籠ん中に入れといて、お前の好きな人たちに見せてやれよっていうのは、僕のどこかにあるのかもしれませんね。
 だから、あんまり国わけして聞かないんですよね。最近の歌から、例えば“ゴシックロック”みたいなのってのは、イギリスから輸入してきたものだから、まぁアメリカ流に解釈してるっつうか・・・アメリカはソギ落としますから。イギリスとかっていうのは、すごく職人さんっていうか、アレンジとかにこまごましたところに凝ったりとかして、アメリカっていうのは、それ全部そぎ落としますから。例えばフォー・アイデアあるところワン・アイデアにして、メロディーが3つあったら1個にしてとかっていうところ、そんな感じしちゃいますよね。だから、もともとイギリスのそういう部分が好きだったバンドっていうのが、アメリカでソフィスティケイトされたのか、なんか堕落したのかわかんないけど、そういう例を見るにつけ、つまらないなあって思うこともありますわね。
 そんな中でですね、私もこっちで「ヂルチ」っていうバンドを作ったんですけども。ま、このバンドが将来どういう音になってゆくかは、私も今はわからないんですけども。とりあえず日本で、僕はもちろん生まれて・・・日本の歌謡曲を聞いて育って、えー、だけどアメリカの今の僕と同い年の子と、なーんも変わんない音楽観を持ってたりとかっていうところを試してみたいなあと思って作ったバンドが、このバンドです。このバンド「ヂルチ」、『スリー・トゥー・ワン・ヂルチ』っていうアルバムはもうすぐ・・・夏ぐらいには、みなさん聞けると思うんですけども。そっから1曲聞いてください。『ソールド・サム・アティチュード』・・・「ヂルチ」』(hideの回答終わり)

2007・06・13  逍遥のエックス(49)
(コメント):hideの飛行機嫌いの話で、四角い地球(再度文章見ると『“空は四角かった”』が原文で「四角い地球」とは言ってない)と太平洋ロス間200m(『太平洋とか、意外に、200mだったりして』が原文で、太平洋ロス間200mとは言ってない。両者とも私、やや誇大妄想解釈へ進んでいましたが・・・)という話、なぜこんな事hideはいったんだろうと気になっていましたので、前回お遊びで、hideの幼少体験の何かが影響あるのかなぁと思って、閑話休題に、ギブソン・レスポールをおばあちゃんに買ってくれた時の話に出てくるミクロマンの話、なんでも買ってくれたおばあちゃんがギターを買ってくれる前、こんなすごいものも買ってくれたんだぜと誇らしげに話しているhideの感動秘話、よっぽど嬉しかったミクロマンやミクロマン基地がhideの思考に出てきてしまったのかなぁと仮定して、自分の部屋をそんな基地にイメージして大きくなってきたhideにすっごく親しみが湧くなぁ、そして読んでくれてる人が“ぷっ”と噴き出すだろうなぁと思って書いた事が、なんとなんとhide回答の中に、彼の思考の中にはまだミクロマン基地が生きてる証拠の発言が出て来まして、びっくりしました。ミクロマンの話、グッドタイミングでした(偶然過ぎて、自分で感動してます!!)。『デジタルロックなんていう言葉、日本が生み出した言葉ですけど、僕は「サイボーク・ロック」って呼んでんですけども』という部分。ミクロマンの前は、変身サイボーグがあって、サイズが大きくなり過ぎて人気低迷、代わりに登場したのがミクロマンでしたが、ミクロマン前は、hideはこのサイボークロボで遊んでいたに違いない。hideにとってロボット的に動くおもちゃの仕上げが固有のミクロマンで、サイボークという言葉はその長い遊びに携わったロボット達の総称としてイメージしている節が見え、デジタルロックというコンピューターに組み込んだ電子音的音楽のなかで踊るダンス(例えばマイケル・ジャクソンがスリラーなんかで演じたムーンウォークなどのロボット的ダンス)は、自分の体験に照らせばまさしく「サイボーク」の動きだったわけで、デジタル=電子音的=ロボット=サイボーグとなってサイボーグロックと発想したんじゃないかと考えてしまった。彼の中にミクロマンが生きていなければ、そんな話も出てこないし、ギター買ってくてたおばあちゃんが、こんなものまで買ってくれたんだぜとも言わないし、四角空・太平洋200mのことも言わなかったんじゃないかと思うと、hideはミクロマン基地の中へ大きくなった今でも、イメージの行き来をしていたと思うわけです。仮設、仮設ですが、そう思うんです。自分の経験に照らせば「まぼろし探偵」ですかね。「赤ーかい帽子に黒マスク、黄色いマフラなびかせて・・・」で始るテーマ曲。赤い帽子は小学校の体育の赤帽、黒いマスクは段ボールをとがりサングラスのように切って黒く塗り、ゴムを通して頭にかけて目を被う。黄色いマフラは黄色いタオルを首に巻き、秋の運動会の練習授業の中まで、その出で立ち(黒マスクは授業なのでしませんが、空想で目には黒マスクがつけてある)で奮闘していましたね。自分がまぼろし探偵になった気分で組体操なんかの練習したのを覚えています。家に帰れば完全装備で探偵をしに、一人身をかくし、すばやく影に走って移動するんですね。そんなこっけいな時期がhideにはサイボークミクロマン時代だった。誰でもそんな時期、あったはずですね、思い出してください。その同じレベルでhideが遊んだのがこの時期。その体験が「サイボーグロック」という言葉に結ぶついたと思えば、hideの生き生きした世界が幼少体験に根ざしているみたいで同じ体験、同じ人間だなぁと親近感が湧いてきませんか。(つづく)

2007・06・14  逍遥のエックス(50)
(コメント(49)続き):hideにとっての「サイボーグ・ロック」は、いわゆる「デジタルロック」という『新しいものを、早耳なリスナーっていうのは、やっぱり仕入れたり、育てたりするけれど、意外に、やっぱり業界っていうのは後づけだったりするっていうのは何も変わんないなぁ』という業界によって、“後づけ”された呼称という捉え方をしているようであり、その「サイボーグ・ロック」も、『日本人のグルーヴと、コンピューターを融合させて直結した、生み出していく音楽っていうのが、僕がもともとやってることなんですけども・・』とその中身の音楽もhide自身が『好きな人たちが聞きたい音楽を作り始めてそうなって・・』という動きの中で生まれてきたものだといういきさつを語っているが、そういう人気の気配をつかんで業界はレッテルを貼る、つまり後づけの呼称、後づけのものの追い方をするっというのは、英語圏も日本も同じだと少し嘆き、そうじゃないだろう、業界というのはいい音楽を先に見つけ出し、先にレッテルをつけて紹介するのが本来の本分の仕事だろうと注文つけているようである。業界は本来の仕事をしてないという不満がhideにはあったようだ。そこで、『そういう音楽がいいと思うアジテーターとか、オピニオンリーダーなんて人が必要なのかなっていうのは思いますよね』と言って、例えば小室さんの例を出し、その一翼を担っていたと当時は考えていたことを述懐するのである。そして、自分もヘビィロックといういい音楽の「アジテーター」ないし「オピニオンリーダー」と言う『そういうのになってやろうかなって言いたいけど』、ちょっと、気持ちがしっくり行かない。もう少し違う仕事が自分の仕事かなぁと考えてると言うことだろう。その仕事と言うのは『お前(hide)の好きなものは、お前の鳥籠ん中に入れといて、お前の好きな人たちに見せてやれよって』ということらしい。hideの好きなヘビィロックも、『もっと日本でもチャートの上のほうにいたりしてくれてもいいじゃねえかよぉ!』というように業界での評価が意外に低いので、自分は自分の好きな人たち(ファンのことかな)にとりあえず、俺が気にいってるものを提供してゆく、乃至は『ウーハー』というものを出した趣旨の『日本にまだあんまり輸入されていないであろうというような音楽でありますとか、同じドメスティックの日本のバンドとかでも“あんまり人に知られていないのではないかなあ”ってのを隣の兄ちゃん感覚で、「テープ編集してあげましたーッ!」みたいな』(参照:逍遥36)仕事を、今は考えてると言うことである。
 業界に対する一般的な不満(後づけレッテルなど)を有しているけれども、今の自分には、Xの解散後の自分の路線の確立が先決の課題であり、自分のこれからの音楽路線やそのコンセプトを打ち出す重要な時期であり、アメリカで立ち上げバンド「ヂルチ」の活動も軌道にのせなければならないし、・・・と言うように、オピニオンリーダーの任を意識はするが、そこまで手が回る状態じゃない、中途半端なことしかできないのなら、自分の好きな音楽を自分のファンに提供する程度やいいバンドの紹介ぐらいの仕事に止めとく方がいいのかなぁという、hideを取り巻く事情を総合的に考え、躊躇を覚えながらも、こう判断をしたということになるみたいである。    「サイボーグロック」と言う音楽領域を、hideがもともとやっていたのはすごい先見性を見い出しますが、この際、その先見性の超ミラクルを、私はここで是非紹介すべきだと思うのである。


2007・06・15  逍遥のエックス(51)
(コメント49・50の続き):それは、「ビジュアル系」という呼称である。6/10付けのSankei WEBを見流ししていると、「アニメの次は・・・ビジュアル系バンド!欧米で人気」というタイトルが目に入った。「アニメの次は「Visual Kei」。日本のビジュアル系バンドが欧米で人気を集めている」として、フランスでは大手ファンション誌が特集を組み、米国では日本のバンドによる公演が超満員に、ドイツからはブームを探ろうとドキュメンタリー番組の撮影クルーが来日。人気はさらに拡大する様相というのである。この「ビジュアル」と言う言葉、hideがXに入る前に組んでいたサーベルタイガーで、hide自身がすでに使っていた言葉で、その使用のいきさつを『Pink Cloud Sky』の著者で元サーベルタイガーのメンバーだった荒木正彦氏は、述べているのである。著作権の侵害になるかも知れないが、その部分を許諾なく引用すると、
 『俺が“SAVER TIGER"に加入した頃は、hideはミュージシャン兼美容師だった。というのも、当時、横須賀中央駅の裏に『美容室ミドリ』という店があって、それはhideのおばあちゃんがやっている店だったのだ。その店で、hideも昼間は美容師として(正確には、インターンだったのかもしれない)、時々シャンプーやカットの手伝いをしていたのである。そんな経験も、きっとhideにとっては、ビジュアルへのこだわりという先見性、いつも一歩時代の先を行くファンション感覚、さらには、グラフィックについてのデザイナー顔負けの鋭い発想といった彼独特の美的センスを培(つちか)うベースになっていたのだと思う。特にヘアスタイルとメイクについてはうるさかった。とにかくカッコ悪いのは許さん!ということで、バンドの見た目、ルックスにはいつも徹底的にこだわっていたし、メンバーにも自分同様のカッコ良さを求めていた。美容師としての経験と知識、センスを活かして、メンバーひとりひとりにヘアのブリーチの仕方やヘアメイクの正しい方法、さらに顔のメイクの方法など、熱心にアドバイスしてくれた。
 俺もそれまではステージでもほとんどメイクをしなかったのだが、“SAVER TIGER"に入ると同時に、hideの手取り足取りの助言によって、ヘアスタイルやメイクにこだわる重要性について認識するようになっていった。hideに倣(なら)って、ステージ前にはメイクにかなり時間をかけるようになったし、普段から自分に似合う、自分をカッコ良く見せるメイクについて研究するようになった。
 スタイリッシュな音を出すバンドは、スタイリッシュなヴィジュアルに包まれていなければならない。観客の耳だけでなく、目も満足させなければ、よいパフォーマーとは言えない。これは、現在のメンバーにも受け継がれる、“SAVER TIGER”の伝統なのである。
 今では巷(ちまた)に氾濫(はんらん)している「ヴィジュアル系バンド」という言葉に象徴される、ビジュアルも重視したバンドコンセプトを、hideは十数年も前から当たり前のように実践していたのだ』(『Pink Cloud Sky』p82〜83)。

『その頃の“SAVER TIGER"のポスターやチラシやは、hideが一人で作っていた。当時はまだパソコンが普及していなかったから、本当に一から彼が手作りしていたのである。ドラムのKENの家の近くに棄ててあったボロボロの車がカッコイイ!と目ざとく見つけてきたのも、hideだった。その錆(さび)だらけのポンコツ車に、メンバーがまたがった写真を撮り、それをメインビジュアルにしようということになった。画用紙にその写真を切り貼りして、さらに雑誌から切り抜いた気に入った写真や絵とコラージュにして、ビジュアルは完成である。そこへライブの日時や場所などを書き込んだものがポスターとチラシの素、つまり原版である。カラーコピーもなかった頃だから、それを拡大コピーして一枚一枚手作業で着色したものがポスターとなり、そのままの大きさで大量にコピーしたものが白黒のチラシになったのだ。そういう作業をしている時のhideは生き生きとして、本当に楽しそうだった。
 その頃のポスターやチラシは、今でも俺の自宅のレコーディング・ルーム(といってもただの自分用の八畳間なのだが)の壁に貼ってある。驚かされるのは、そのチラシの冒頭のフレーズが「VISUAL LOUD& CULT]なのである。彼は十二年前から、すでにVISUALという言葉も、CULTという言葉も当たり前のように使っていたのだった』(『同』p88〜89)。

 12年前というと、この本が平成11年(1999)12月25日発行の12年前、1987年という事になる。そしてこの『VISUAL LOUD &CULT』のチラシは、当ホームページのレポートの「HIDE REPORT18」のhideミュージアム「2階奥の部屋」の壁面に切られた16の展示窓の上段一番手前の所にあった1986年の「VISUAL LOUD &CULT」のポスターと同一のものと考えられる。彼の使用した“VISUAL”という原形のポスターを私も見ているのである。hideは1986年には、すでに“ビジュアル”という言葉を使用していた。“ビジュアル”という言葉は、間違いなくhideの発案、初使用という事になると考えられる。感動的な超ミラクルな先見性、彼の偉大さを心底思うのである。


2007・06・21  逍遥のエックス(52)
1998年4月17日hideのオールナイトニッポンR第2回放送の「NRN6」は「<hideの注目するニューカマー達(1)>  〜セラピー』(2'19") M セラピー/オブリビオン・ダスト 〜したものですけどね、ん―』(1'36")」となってる。これからの音楽を作り出すこれからのバンドをhideなりにピックアップしてみよう という意図らしい。新しい音楽と言うのは、社会の風潮や音楽機材の発達状況、受け手のニーズなどいろいろな要素が絡み合ってる。ミュージシャンは、将来を見据えて、これからのニーズはどういうものかという部分に自分のやりたい個人的な要素も入れて音楽を作り出してくるはず。自分達も生活が在るから、音楽を商品にしてたくさん売れればいい訳だが、それはレコード会社に所属するミュージシャンにとっては、売れる商品を会社の方から指示される事があり、自分のやりたい音楽と言う部分が押さえられてしまう。ロックミュージシャンの中には、自分でレコード会社を立ち上げ、純粋に自分の考える音楽を世に出して行こうと言う動きがあって、そういう独立性があるから大手会社の宣伝に乗らないし、マスコミにも取り上げられない。取り上げられるとすればレッテル付けみたいな、はやりだしたもののつまみ食いのときだけ。ロックなどわがままミュージシャンの多い分野の音楽が、結局冷や飯を食ってゆく構造になっているようである。そういう業界の構造をhideは隣のお兄ちゃんの『編集してあげましたー』感覚で、冷や飯食いを何とか3食正規に食べられるようにしながら、いい音楽を紹介しようと言う仕事がまず必要じゃないかと考えたようにも思う。彼の構想は、その控えめな口からは読み取りにくいが、僕らが考える以上の大きな構想を練っていたのだと思うのである。そんな大きな構想を、私のhideさんは、ちょっと打ち明けてくれるなら、嬉しいのですが・・・。

『音楽と言うのもは、時代と共に流行(はや)り廃(すた)りのアクセサリー。きれいに光って、自分も気に入っていいなぁと思って買っても、次の服に合わなければね値打ちがなくなるし、思い入れもダウンしてしまう。そのときに着る服に似合うアクセサリーが、一番輝いて、その服を着なくなれが用がなくなる。音楽もそんなもんなんですよ。その時代の一瞬一瞬の生の現実が、着る服なんですね。その着る服に似合うアクセサリーが、そのときの音楽なんですね。大きなレコード会社は、流行の服を考え、アクセサリーを作ろうとする。僕らは、自分の好きなアクセサリーから入ろうとするんですね。ロッカーは、服よりもアクセサリーに凝ってるように見えませんか。あれはですね、服よりもアクセサリーに自分の主張を込めているんですよ。さらには自分の体にタツーを入れてまで、永久のアクセサリーを持とうとする。服がどう変ろうが、自分のアクセサリーを大事にする。そんなバカな普通人っていますか。女性の方が、服は流行のものをいつも着ているのに、同じアクセサリーをつけていたら、バカじゃない って男も同姓も間違いなく思うでしょ。でもロッカーは、そんな変なミュージシャンなんですよ。自分の気に入ったものを作って、自分を主張しようとする。世間がどんな服を着ようと、まず自分の主張を前面に出して、社会を見て行こうとする。時に永久の主張をするようにタツーの精神の走り、時に時代にはむかうように髪を突っ立て化粧もする。化粧も本来、自分の主張の部分を作らなければいけないから、いわゆる化粧と言うものではなく、主張に目を振り向かすビジュアルなものでなければいけない。女性よりも美しく、男性の目も女性を通り越して自分達にひきつけられるようにしてゆかなければ、本来の主張の部分がそがれてしまう。音楽も社会のひずみの部分、願望の部分、自己の啓発の部分、社会の裏を見ていく部分を主張の対象範囲にしてゆかなくてはと思うんですよ。主張は、それだけで終っては意味がない。化粧をし、きらめくアクセサリーを身にまとっても、やはり共感をよぶ主張をしないといけないですよね。社会の中に孤立してしまっては、外道の集団ですからね。社会の動きの中でたたき出されてしまった人たち若者達に、もっと俺達のように熱い精神を持って生きようじゃないか、君の迷った心を強くする為に君の好きなものを考え、それを主張して生きてみようじゃないか。怖いものなんかないぞ、不安なんかクソ食らえ、少々の失敗なんかどんまいどんまい。君の心の底から叫び出るその熱い叫びを、もっと表に出して社会の重圧を跳ね除け、自分の思い通りに生きてゆこうじゃないか。そういう共感を呼ぶ主張・メーっセージを出してゆかなければいけないと思うんですよ。ロッカーは、それだけで親やご近所や世間から孤立ですからね。一端のロッカーミュージシャンになっても、そのなるまでが裏切りの連続ですよ。親や家族には迷惑がかかっていたと思うんですね。でもやりたいこと、やろうじゃないか。君のたった1回の人生、若い時はなくなるばかりでもう増えないんですよ。10代20代・・50、60、70・・いくつになってもあなたの人生で一番若い時は“今”だけなんですよ。その今を自分の考えで生きなくてどうします、生きる為の主張をしなくてどうします?。アクセサリーを光らせ、自分の気に入った物を身にまとい続けようじゃないですか。ロッカーの音楽だって、社会の共感を呼ぶように、君のアクセサリーだって服が変ろうと光りづづけるものがあるんですよ。外からはひねくれもののロッカーですが、自分で生きてるんですよ、主義主張をもって突っ張って生きてるんですよ。独立して自分の足で生きてるんですよ。そこで自分の主張を通して生きる集団をイメージするとそのテーマソングが必要かなって思うんですよ。かっこよく事件の中に飛び出すヒーローですよ君達は。その躍動を奮い立たせるテーマソングを僕は作りたいんですよ。陰に隠れ、巷に埋もれてるいいテーマソングは早くみんなに聞かせたいんですよ。僕の中にはそういう漠然とした生きがいが見えて来たんですね。』

2007・06・22  逍遥のエックス(53)
(hideの回答):『えーと、私はですね、「ヒデ・ウィズ・スプレッド・ビーバー」というプロジェクトというかバンドというか、えーとソロと言うか、そういうのをまぁ、やってるんですけど。それとはまた別に「ヂルチ」というバンドをLAで組みまして。あの、そのメンバーってのがですね、レイ・マグレイってヤツがいるんですけど、そいつが「ヂルチ」の場合はほとんど作詞をしてまして。で、そいつはプロデューサーでもありまして、そのプロデュースしたバンドに日本のバンドで「オブリビオン・ダスト」というバンドがあるんです。そのバンドはですね、ボーカルがイギリス人と日本人のハーフで、当時はアメリカ人のべーシストがいて、あと日本人のドラマーとギタリストがいるスリー・ピース・プラス・ボーカルのバンドだったんですけど。このバンドとも、そういう関係で友達になったんですけども、ロサンゼルスでも何度かライブをこなしてましてですね。
 で、何度もライブ見てんですけど、惚れましてですね、それでですね、そこのギタリストの“カズ”という人がいるんですけども。えーと、わりと今どうなんでしょう、あのギタリスト人口って?僕がギターを始めたころよりも、何か少ないような気がするんですよ。ダンサー人口とか、DJ人口にちょっと食われ気味かなっつうのは、すごい思ったりとかして。それで“かっこいいギタリストって、ひさかた見ねェなぁ、俺意外”とか思ったりなんかしている中で、このギタリストは、“おお!久しぶりに見たギターヒーローっぽい奴”なんですよ。決して早弾きをひけらかすような、そういうギタリストじゃないんですけど、リフをガッガッガッと弾いてる姿に僕は惚れまして、彼には「ヒデ・ウィズ・スプレッド・ビバー」のツアーでも弾いてもらうことになってるんですけども。彼らも現在、ロサンゼルスでレコーディング中なんですよ。現在も僕の「ヂルチ」のメンバーがプロデュースして、アルバムをレコーディング中。たまたまこの間、『ピンクスパイダー』っていう僕の新曲のPV(プロモーション・ビデオ)撮りのときに、このカズには来てもらって撮ったんですけどね。それじゃあ、その私の愛する「オブリビオン・ダスト」の新しいシングル『セラピー』。  
       (M セラピー/オブリビオン・ダスト)
 「オブリビオン・ダスト」で『セラピー』。いちばん新しいシングルの英語バージョン。彼らの『セラピー』っていうシングルってのは、日本語バージョンと英語バージョンが入ってるんですけども。あの、ボーカルのケンっていうのはイギリス人と日本人のハーフで、たしか有名な大学に通っているんだよな。帰国子女か何かで、彼らをこっちのライブハウスで1回見たときは、お客全然いなくて・・・ガランガランで、やってるときも僕はなんかスゲェ怒ったんですよね。メーカーの人に、なんでこんないいライブにね、もっと何でもいいから、業界人かなんか引っ張ってくりゃいいじゃんとかって、思ったんですけど。なんか彼らは本当に一介の日本のバンドとかってそういうんじゃなしに、もう超混血バンドだから、たぶん前にベースがアメリカ人だったときとかも、ケンカは日本語とか英語とか、ゴチャゴチャした感じでやってたんじゃないかなあ。で、最初から日本語圏であるとか、英語圏であるとかってのはあんま関係なくやってるのが、すごい僕は好きになった。ボーカリストがバイリンガルであるとか、バイリンガルっていうか母国語ですけどね、彼の場合。なんかそういうのはあんま関係なしに、そういうところの可能性ではなくて、単純に、うん、最初からゼロ地点にいるわけだから、彼らは。一介のバンドとしてそこに立ってる姿が凛々しくて、僕はそのライブのときに涙したものですけどねー。んー。』(hide回答終わり)


2007・06・23  逍遥のエックス(54)
(コメント):「hideの注目するニューカマー達」の候補として、ヂルチの作詞を担当し且つプロデューサーでもあるレイ・マグレイがプロデュースした日本のバンド「オブリビオン・ダスト」が、hideの期待するバンドであるらしいが、その理由の核心についてはまだ述べてはいません。ただそのギタリスト“カズ”が、“久しぶりに見たギターヒーローっぽイ奴”で『リフをガッガッガッと弾いてる姿に僕は惚れまして』、『最初からの日本語圏であるとか、英語圏であるとかってのはあんま関係なくやってるのが、すごい僕は好きになった』。
 プロのミュージシャンがどういう視点で新しいバンドを見究めていくのか興味あるところですが、技術や音楽性、グローバル性や広汎ジャンル性、ビジュアルやパーフォーマンス・・など項目があってそれぞれをクリアすれば将来延びてゆくという感じなんだろうか。hide個人的な興味という部分もある訳で、将来売れる可能性ばかりではないようにも思う。このバンドが(こっちで=ロスで?)ライブしたとき、ガランガランで、hideは怒ったらしいが、その感覚は私達と同じかもしれない。自分の応援しているバンドのお客さんが少ないと、やっぱり腹立ちますね。ライブ前にたくさん並ぶのもあまり好きではないですが、「すっ」と入れちゃうのもやはりライブ場の中にあっては、熱気ムンムンの方が気持ちが高ぶり、すごいライブになりそうな予感に酔いしれたい。熱々の出来上がりを食べる感覚にも似て、やけどをしないよう、熱さに対する感覚を張り巡らせ緊張しているように、ライブへ一直線に集中して行きたい。ステージ上からもそんな熱気が見えてるのかな。押し合いへし合いの客の姿は、演奏する者にとっても気分高揚になり、よしやるぞーの気持ちにさせるはず。満員に越したことはないが、そこまで来るのが一苦労で、少ない観客のステージを大体は経験してくるはず。
 バンドが一から始めるスタートの時に、そんな少ない観客のステージに失望してしまってはいい演奏ができない。一人でもお客さんがいて、自分達の演奏を聞いてくれてるなら、その一人の内面を満杯にする演奏をするよう心掛けるべきかなと思う。ライブ場満杯のお客を楽しますのも一人の客の内面を満杯にするのも、次へつなぐ為には大事なこと。大勢の内面も一人の客の内面も、それを満たすか否かでステージにいる自分達の将来の盛衰が決ってゆく。自分達もステージで満杯の演奏をして初めて客の心に届くものかなぁと思う。忙しい中をお金を払って来てくれてる。遠いところから来てくれてる。来るからにはずっと前からチケットを手配している・・など、来てくれたからには期待をして来てくれたのである。その期待に満杯に答えることが、大事かなと思う。バンドの熱意が伝わらないと、やっぱり冷めてしまいますね。一生懸命さがあって自分達の歌や演奏を力いっぱいお客に届ける。私の今までの経験からすれば、対バンで早く出てくるバンドを知らない時、その演奏姿やこっちに届くメッセージ的なパッションで「おお、頑張ってるな」と感じてしまう。そこが次へつながる要素かなと自分なりに思う。自分達のバンドを何も知らない人に感じてもらうことは難しいけれどそこがポイント。hideも客の少ないのを怒ったかもしれないが、にわか客を動員させても為にならないようにおもう。知らない人に知って貰う。そしてまずお客さんにライブを見に来てもらう。そこでいいバンドだと客の心を射止めなければ、そのバンドの将来はないように思う。だからhideがいいバンドを紹介することを、ラジオや自分の活動の中に見い出したのは、いい事だと思う。


2007・06・24  逍遥のエックス(55)
1998年4月17日第2回hideのオールナイトニッポンRの「NRN7」は「<hideのスタッフが語るこれからの音楽>   〜アメリカ』(7'00") M  コーマ・アメリカ/エイメン」となってる。ん? hideのスタッフ?。hideのスタッフがラジオに登場するのかな。それをhideがインタビュー?。パーソナリティのhideがしゃべるから、値打ちがあるのに、「スタッフの語るこれからの音楽」?には、どう反応したらいいんでしょうか。hideの周りにいるスタッフが、hideが目指そうとしている音楽をどう感じているのか、hideの未来の音楽のどういう風に見ているのか ということをhideはどこまで知ってるのかという観点で、述べてもらいましょうか。社長がやることに社員は表立って反対できませんが、やる気でいてくれるのか乗り気じゃないのか その辺は社長のhideも感じていたはず。前に優秀なスタッフが、昨日の続きからではなく、何歩か進んだ段階から今日を始められるアメリカの環境が、日本とアメリカの環境の違いという予想を立ててしっかりすべった(セカンドディレクターが何もしないのでやりやすい という内容だった)事がありましたが、まさか何もしないスタッフがいいとはhideは思ってないでしょうねぇ。

“僕の周りのスタッフは、入れ替わり立ち代り、僕の意向にあったスタッフにどんどん代わって来たんですが、注意しなければいけないのは、自分の意向に添うスタッフばかりなので、批判が出にくいという部分、自分がヨイショされて裸の王様になってしまうと言う部分なんですね。私には作りたい音楽という路線があるわけですが、それは必ずしもアメリカのニーズや日本の音楽界のニーズに合ってるとは限らない。しかし、自分がやりたい音楽ではある訳で、自分のやりたいがニーズから外れた音楽をやろうとすることに、裸の王様でいてはこれはダメですね。で、そこでこういう理由でこういう風に変えてはどうでしょうか と柔らかく言ってくれるスタッフがいるとすると、それは社長に対する目いっぱいの反抗というか批判というか、そういうものなんですね。この音楽業界は、一言文句を言えば、明日から来なくていいよ の一言が返ってくるだけなんですね。一言が勇気がいるわけですね。私は前にサーベルタイガーというバンドで、結局メンバーで残ったのは自分ひとりになってしまったことがあったんですが、その手法がこのスタッフ選定にも出て来てるわけでして、ある程度、批判性も持ったしかし仕事には従順な人選というものをしてきたかなと思うんですね。それは、私一人ではカバーできないいろんな部分をですね、やっぱり私の路線に沿って考えてくれる人たちという集団でいてもらいたい。路線に沿って考えてくれるという部分で、単なる批判ではなくこうすればもっと良くなるという改良の部分をアドバイスしてくれるということですね。そういうスタッフがいるから、かえって安心して曲作りができるというものなんですね。スタッフが考える部分を具体的にいいますと、最近『ピンクスパイダー』という曲を作り上げまして、5月13日にリリースの運びになってますが、これは僕がXを辞めた後、初めて作った曲なんですね。東北地方でしたか、秋が終ると風に乗って空飛ぶクモがいるんですね。そんな稀少種なクモの習性とピンクという妄想のモチーフにされる色(参考:逍遥31)とさらにクモの張り巡らす巣をネットをかける、そこに人の願い届かない夢を入れ、この『ピンクスパイダー』シリーズを物語風にして続編を続けてゆくという、そんなアイディアをやはり話し合う中でイメージしてくるんですね。ですからスタッフは直接には僕の音楽の先導者ではないですが、いろんな周囲からの支えを提供してくれる。そして皆さんには、何のことかな というタイトルの曲を提供してですね、みなさんは初めはロックじゃないやん、hideの音楽じゃないじゃん とか戸惑ったでしょうが、それが変化球というものなんですね。人間飽きるんですね、何事も。目新しいもの、変と思うもの、良しにつけ悪しきにつけ、興味はそこに湧くんですね。同じものを同じように提供するのは、どんな業界でしょうか、少ないですね。変らなければ興味を引き出せない、興味を引き出せなければ人心は徐々に去って行くんですね。しっかりメッセージを込めて今までのhideを打ち破る1曲をですね、皆さんの あれっ?という驚きを僕は愛してますから、頂いちゃったんですね。僕の目指す音楽はスタッフが目指す音楽でもあるわけなんです。そしてメルヘン調に慣れ親しんだみなさんの耳に、最強烈なロックをいつかブーメラン式に回帰させて、メルヘンを打ち破る。みなさんの驚きの顔、ユンクの“叫び”の顔みたいな悲鳴の顔、最高の驚きを頂きたいですね。”

2007・06・25  逍遥のエックス(56)
hideの回答:『えーと、そんな感じでレコーディング、やっぱりロサンゼルスでして。ヒデ名義でレコーディングしてるときとか、「X」でやってるときとかっていうのは、わりと日本人のほうが多いし、日本語中心にしゃべったりとかすることが多いんですけども。あの「ヂルチ」やってるときっていうのは、ホント、周りに日本人いないから、否応にも英語しゃべらなくてはいけなくなるわけですよ。私、別に流暢にしゃべれるわけじゃないので、もう本当、四文字熟語とスラングの連続で怒り爆発させたりとか・・・。結局なんかね、怒るとかね、そういう感情のいちばんとんがった部分、いちばん英語って覚えてるんだなぁとか思いましたね。あと、SEXするとき。僕は別にこっちでSEXしてるワケじゃないんですけど、でもよくいうじゃないですか。英語、本当に覚えたいんなら、恋人作れみたいなこと、いうじゃないですか。でも、それ本当によくわかるよね。だから自分の感情がいちばんとんがったりとかって、“したい”とかさ“したいんだよ”っていうのとか、腹減ったりとか、例えば何かもの作ってて“これ絶対納得いかねえよ”とかいいたいじゃないですか。だから、そういうふうになって来るとセンテンス覚えてったりっていうの、すごいあります。どんな言葉って、もう、だから、バカにすんなよとかね、ふざけんなよとか、やっぱ『Don't fuck with me』とかさ。んー、まぁ、だから後はけっこう世間話をしながらやってくわけじゃないですか。そ、だから細かい話題にだんだんついていけなくて悲しいから、頑張ってヒアリングするじゃないですか。何かそういうのっていうのが、やっぱりいちばん上達するんだろうなぁなんて思いましたけどね。
 ただね、その現場離れちゃうとまったく忘れちゃうんですよね。日本帰って来るとね、ヒアリングがどんどんダメになってくんですよね。だから“久しぶりに”帰ってくると、「あぁっ?」とか「えぇっ?」とかって世界がまた続いて。うーん、そういうねぇ、感じですよねぇ。や、僕、全然勉強はしてないですよ。文法とか全然勉強してないですもん。しゃべってりゃあ、何となく、だんだんわかってくるから、何となく意味伝わってくるけど、初めて会ってゴニョゴニョってしゃべられると、「あっ、あっ、パードン、パードン、パードン、アイム・ソーリー、アイム・ソーリー」の連続だったりしますね。あと、ちゃんと文法勉強しなきゃなって思うのはメール。インターネットでメールもらって、ホラ・・・口だったら、どんどん説明していけるけど、書くとなると恥ずかしいじゃない。メチャクチャの文法で書いてたらね。だからそれは困ったなぁと思って。中学のときの文法の本とか、たまに引っ張り出しますけどね。
 んーでね、面白いことがあって、最近来た僕のパーソナル・マネジャーの子がいるんですけども、初めてでもないんだけど、初めてにほぼ近い感じでここに来たんですけども。スーパーに行って、「やっぱスゴイっすね、アメリカ。ファットフリー(Fat free *注 脂肪分なし)っすね」て言うのを何かと思ったら、“太り放題”だって思ってたっていうワケ。「だから、あんなデッカイんすねえ」とかね。あとね、俺の友達来たときに、そいつも初めてアメリカ来てね、マック行って「ちょっとハンバーガー買ってこいよ」って言ったのね。アイツ何て言うかなぁと思って・・・全然しゃべれないから。そしたらねぇ、なんかこっち向いて、「ヒデさん、なんか英語でしゃべってますよ」とかって(笑)。“お前が外国人だよ、ここは”っていうことがあったりとかね。面白いですよね。
 英語の本、英語の本読まないですね。新聞とかくらいですね。途中でめんどくさくなって疲れちゃいますね。読まなきゃ、読まなきゃと思うんですけど。こっちに来るとね、本当、日本語ばっか読んでますよ。もう、ホント日本語ばっかり読んでますよ。こっち来るとね、キレイな日本語読みたくなるんですよ。三島(由紀夫)とかねぇ・・・そんなんばっか読んでますもん。え、日本の本、日本語の本、高いですよね。日本の本高いし、週刊誌とかもけっこう早めに来るけども、こっち来ると日本文学とか純日本文学とか、そういうのが読みたくなるんですよね。うーん、そうだ、すごい自分の中のナショナリズムに気づくことが多々ありますよね。サッカー見てたときもそういう気分になるけど。んー特に、こっちのヤツとレコーディングしてるときなんか、スッゲエ、そういうのが芽生えてきますもん。もう自分“日の丸しょってんだ、絶対、絶対こんなヤツらに負けちゃいけないんだ”っていうのが芽生えて来ますよね、フツフツと。なんかそこが、肝だったりするかもしれないなぁ。
 例えば、僕がやってる「ヂルチ」ってのは、みんな全然日本語しゃべれないんですけど、僕が曲作っていくときに、全部日本語で歌っていくんですよ。でもそいつら、けっこうめんどくさい、すごい複雑で、わりと観念的なこと歌ってたりするから・・・なかなか難しいんですね。伝わらなかったり、あと、韻の踏み方にしても、難しいから言いにくいんだけど、だけど、そのサウンドとしての・・・日本語のキレイさだとか面白さだとかを、僕、こいつらに絶対、教えてやろうかと思って。ヘビィロックにのせた日本語っていうのを聞かせても、全然違和感ないのは勝ったと思った。勝ったと思ったもん。そして、英語を作詞してるヤツは、その俺の日本語を聞いて作詞してんです。だから俺が日本語バージョンで歌っても、英語バージョンで歌っても、あんま変わんないの、サウンドは。そう。そこが僕、いちばんやりたいことだったりする。ただ、やっぱり、聞く人間が英語圏の人間だったら英語でやんなきゃいけないのはもちろんわかっているんだけども、だけど、もともと日本人が作ってるんだってことを絶対、僕は捨てたくないのね。それは、自分がちゃんとネイティブにしゃべれない逆なのかもしれないけども。ただ、日本語ってものの、すごい複雑さ美しさってものは一生懸命やろうって思うけどね。んーまぁ、その話とつながるかどうか、そのレコーディングに・・・「ヂルチ」ってバンドのレコーディングしてたときに周りにいた、やっぱり友達のハードコア・バンドで、『ウーハー1』に入ってるんですけども、「エイメン」ていうバンドなんですけども、かっこいいです。聞いてください。「エイメン」で『コーマ・アメリカ』。 』(hideの回答終わり)

2007・06・26  逍遥のエックス(57)
(コメント):<hideのスタッフが語るこれからの音楽>に因んで、話し合いやレコーディングでの彼らとのやり取り中に、hide自身が怒り爆発させる時とかのその瞬間に、英語を覚えるという英語習得法が語られてましたね。参考になりました。『感情のいちばんとがった部分』で『いちばん英語って覚えてるんだなぁ』と言うとおり、感情的状況では自動記憶されちゃう、さらに『英語本当に覚えたいのなら、恋人作れ』と言うように自分の感情を伝えたい時や欲情が突き上げる時にもよく覚えられる。腹減った、納得いかねえ、バカにすんなよ、ふざけんなよ・・・そういう自分の感情のとがった部分の表現の時に、『センテンス覚えたりってすごくありますね』。そしてよくヒアリングに集中すれば、いちばん上達すると。
 三島由紀夫が、出て来ましたね。アメリカにいるとキレイな日本語が読みたくなるんですよ といって三島由紀夫のキレイな日本語読みたくなると・・・。すると私の中に、あの『金閣寺』の一文が突如として出現して、福井の田舎からまだ見ぬ金閣、父がこの世でいちばん美しいものはあの金閣と言った一小節が、まさにロサンゼルスに置き換えられて出てきたんですね。まだ見ぬ金閣がロサンゼルスになり、話せない英語がすぐには言葉が出ない主人公の吃音に当てはまってしまったんですね。ここでhideが英語上達法をやさしく教えてくれてることが、主人公の友人鶴川の、主人公の吃音に何の反応も示さずつ付き合ってくれるやさしさに思えるんですね。金閣寺を夢見、この世でいちばん美しいものは金閣寺と思う彼らの精神構造が、俺にはロサンゼルスを夢み、この世でいちばん行きたい海外の地が今やロサンゼルスになってる精神構造とよく似ているのではと勘違いを起こしてしまう。主人公が有為子を思う心情を英語で考えれば、上達が早いと言うことでもあり、有為子が恋した脱走兵に裏切りの銃撃を見舞われて死ぬ光景を、脱走兵の怒りの心境になって英語で表現すれば、「Don't fuck with me」となるのか。hideは、必要に迫られれば英語は上達が早いと言ってるようでもあり、必要は発明の母と言う格言めいた言葉に置き換えれば、必要は上達の母となる。しかし主人公の吃音のように、その先の世界へなかなか進めない壁を、どう私の必要が打ち破ってくれるのか、現実の必要はまだ夢の中に留まっているようでもある。6/29SKINに当たっていれば、必要は現実になったのに・・・。
 さて、もしロサンゼルスに行けた日には、YOSHIKI関係の所も回りたいし、このhide関係の所も回りたい。hideがアルバム製作を進めていたサンセットスタジオやオールナイトニッポン収録2日目がhideの住むアパート屋上からスタートしたので、その辺りの光景も探して見たいし、オープンカフェも探してみたい。hideがよく行った店「JERRY'S」やタワーレコード(ここは、最近破産したような新聞記事があったので、もうないのかもしれない)、収録ロケのあったビバリーヒルズ・ホテルなんかもちょっと行って見たい。風車のある光景もロサンゼルスの近郊にあるのだろう。強制的(もし当選していて場否応なしに)なら壁の突破は他力を借りて可能だったかも知れないが、自主となるとあまりにも壁は高く厚いんですね。鉄(東西ドイツ)の壁だって破れたんですから、不可能ではないと思うんですが・・・。

2007・06・27  逍遥のエックス(58)
4月17日第2回hideのオールナイトニッポンRの「NRN8」は「<hideの注目するニューカマー達A>  〜アシミューレーション』(4'07")   M  Reoeive assimulation/Coaltar of the Deepers   〜おります』(1'35")」となってる。ニューカマー@の続きらしい。

 
“時代のアクセサリーみたいなものと言う発想、少しこっけいかもしてませんが、時代が病んだ様な時代には、変なものが流行り出すと言えなくもないですね。音楽は、本来自由で、人々の内心の自由な発現であるべきなんですね。嬉しい、悲しい、という内心の感情を表現する自然な体現が音楽になって現れてくる。本来は作り出すものじゃなく、自然発生的に現われる、生じてくると言う そういうものじゃないかなと思うんです。人類が野生から家族の集団、一族の集団になって生活する原始的な時代、食料がたくさん獲れたという喜びや、親や子が亡くなったという悲しみの表現に音楽が生じて来た。感情の高ぶりを表す叫びが、定型化してゆく中で、メロディーや叩く音が出来上がってゆく。喜びの表現や悲しみの表現が、一つのまとまった音楽的な声の抑揚、叩く音のリズム性など、音楽というものになってきた。音楽は、心の叫びの原形から進化し続けてきた。でも本質は変らない、人間の心の叫びなんですね。人類の歴史が時代の経過をもって形成されてきた訳ですから、その時代時代の人心の叫びという時代の要素が、人々の心に共感を呼び起こす時、音楽は社会性を帯びて個人から社会を映すものになって行く。いろんなジャンルが出来上がったように、それは時代が経過したいろんな社会の遺産、時代を生きた人々の心の叫びであるともいえるんじゃないかなとも思ったりしますね。流行り廃りのアクセサリーとは、時代を映し出す人々の心の反映、心の叫び・主張の現われが装飾されてるように思うんですね。そして時代が進んで、熟成された社会になって、音楽は作り手から強引に社会や個人のなかに入り込んでくるものになってきた。テレビを見ると、ほとんどどんな番組にも音楽が流れるんですね。人の感情の本来の叫びが、感情を湧き上がらせる手段に用いられてきている。感情の喚起を作り上げることによって共感や注目を集めようと音楽の本来的な一面が利用されてゆく。美しいものがさらに美しく、喜びがさらに大きく、悲しみがさらに深まって見る人の心の中に印象づけられてゆく。本来人の心の喜び悲しみの自発的な表現方法が、喜びや悲しみを増幅する手段として、音楽が用いられるようになって来たんじゃないか、というような感じがしているんですね。感情が操られ、今に生きる人々は感情がコントロールされて喜ばされたり、悲しまされたり、外からの操作によって感情が作り上げられてる存在になってきているんじゃないか、そんな見方もできるんじゃないかと思ってるんですね。そうじゃない、もっと自分の感情の主張を音楽で表現するものに、こっちから外へ流れる順路で、発信されるべきものにしなければいけない。自分の感情を操られる為に外から入ってくるべきものに利用されてはいけない、というような気持ちがあるんですね。先日アマゾンの内陸に住む原住民の保護に携わっている人の話がラジオで流れてましたが、親殺し子殺しなんてありうるはずがないとその部族の長老がいう、もしそんなことがあればその部族は滅びると言うわけですね。そうですよね、現在は滅び行く社会のような感じで、病んだ社会ですよね。感情を操る為に音楽が利用されてる一面を見ても、そう思えますよね。音楽をもっと僕たちの正直な感情の表現に取り戻したい、ファンが僕達Xのメンバーに優しくなってくれるように、僕達も優しい気持ちでみなさんに接して行けるんですね。そんな音楽の方向性やなごみ性をニューカマー達の中に見い出し、取り上げたいですね”
 

2007・06・28  逍遥のエックス(59)
hideの回答:『で、こっちに住んで日本の音楽を聞いたりとかすると、やっぱ日本のバンドのほうが、例えばバンドだけでいえば、今に始ったことじゃないんだけど、何か2年前とかぐらいからは、日本のバンドのほうが俺、かっこいいと思う。数よりもその質・・・本当に滅多に「心のバンド」にはこっちで僕、会えないですもん。それは日本語で歌ってるからとか英語で歌ってるからとかじゃなく・・・ん―僕は日本のほうがすごいなあとかって思う。だからさっきの最初のほうに言ったけど、そのレッテルの貼り方とかっていうのに、すぐ日和っちゃうのがアメリカのバンドなのかなぁとかって思うし。門が狭いっていうのもわかるし、わかりやすさっていうのが、アメリカが求めてるもの、っていうのがわかるし。ユニバーサル・スタジオとかさ、ああいうエンターテインメントのそういうトコ行くとわかりますよね。本当何だろう、ソツのないエンターテインメント。幅の広ーい人たちにアピールするためのわかりやすさっていうもの。だから何か、音楽にも何かそれを求められているような気がしてて。で、そこがすごくシステマチックにちゃんとでき上がってて、マニュアルがあるような気がしますよね。
 そういう部分ではなんか混沌(カオス)の日本の音楽のロックのほうが、僕は全然面白かったりするし。洋楽コンプレックスとかっていうけど、全然、それの何が悪いんじゃい!好きでこの国に生まれてきたわけじゃないけど、この国が好きだ!っていうような、なんかそういうロック・・・んー、まぁ好きだな、僕は。そういうバンドがすごい多いような気がするんですよ。わりと・・・激しいロックには、うーん、なんかそう感じられるバンドがたくさんいて、僕も頼もしく思ったりもするけど。んー、ただね、だからイケナイなぁとかって思うのは、それをすごい特殊な音楽のように扱ってしまうコミューンがあるんですよね。コミューン的な体質っていうのがね。僕はもっと聞かれてもいいんじゃないのかなぁって思う。逆にそういう人からして見りゃあ、別に、何かそんなね、大衆音楽になりたくない、アートだって思う人もいるかもしれないけども、僕はリスナーとしてのワガママから言やあね、やっぱり、ちゃんと上の方にいてですね、他の国と比べても、そんなにおかしなチャートではないぞっていうふうにはなりたいよねー。うーん、それはやっぱ、対外的なことというよりは、単純に自分の趣味として。でも、いっぱいいますよ。
 ラジオでもそんなにかからないけど、テレビでもそんなには見ないけども、日本が誇る輸出とかみたいなのじゃなくて、「お前、このかっこいいの聞きたかったら日本、こい!」みたいな、そういうバンドはたくさんいます。そんな中の一つにですね、「コールター・オブ・ザ・ディーパース」っていうバンドがいるんですけども。えーと、いつだったかな、ずいぶん前なんですけども、前から好きで、インディーズ盤・・・何て表現したらいいんだろう・・・んー、僕はよくこのバンドを表現するときに、“掃き溜めに鶴”ってよく言うんですけども。何が“掃き溜め”で、どれが“鶴”ってのかわからないんですけど。ボーカルがすごい・・・何だろうなあ、「レディオヘッド」とかの人。あ、もしかしたら好きなのかもしれない。えーと何だろう・・・すごい爆音の中に少年が一人、ポツッと立ってて、なんかこう、森の中で歌ってる感じがするんです。んー、そんな繊細な、繊細っていうか、豪快なバンド「コールター・オブ・ザ・ディーパース」。んー、新しく出たヤツだと思うんですけども『レシーブ・アシミュレーション』。

 えー「コールター・オブ・ザ・ディーパース」で『レシーブ・アシミュレーション』でした。相変わらずの爆音プラス天使の歌声というか、世界にほかにないオリジナルだと僕は思っているんですけども。なんか、「コールター・オブ・ザ・ディーパース」とか僕、『ミュージック・ステーション』とかに出て欲しかったりするんですけど。何かそんなね、そんな感じって、皆はどう、イヤかな? 誰か困るかなぁとかって思うんですけどね。んー、何かね、例えば、『マッド・カプセル・マーケッツ』とかね。
 ま、本人たちがいいとか嫌いとか・・・ファンが嫌とか、そんなことすんな!とかって、思うのは別に・・・。僕とかから見ると、そういう音楽が、例えば、全然違うんだけど、『ザ・ベスト10』世代なんですよね、僕たち。あれのときにロックバンドが出て来たときって、嬉しくなかったです?あれが僕、すっごくね、あの感じっちゅーか、どっか風穴あいた感じっちゅーのが、例えばモッズが歌ってるとか、何かそんな感じ、欲しくないですかねぇ?あのー、お聞きの皆さんとかは、どうなんでしょうねぇ。まあ、風穴開けてどうしようというワケではなくて、単純に短い人生の中でですね、殻の中にこもるよりも、いろんな音楽を聞いたほうがいいんじゃないかなぁとかって思う。思って、こういう、よいバンドをこれからもかけていきたいかなぁなんて思ったりしております。』(hideの回答終わり)

2007・06・29  逍遥のエックス(60)
コメント):今回hideが話しているように、アメリカのバンドより日本のバンドのほうがかっこいいと思うみたいな話が、先日ロスで行われた日本のビジュアル系のバンドのイベントと結びついてくるのかなぁという感じもします。そうアメリカでビジュアル系が人気があるわけでもないようですが、そういうイベントが行われ、会場が一杯になると言うのは、少なくとも関心のある人が多少はいると言うこと。hideのいう『わかりやすさっていうのが、アメリカが求めているもの』『幅の広ーい人達にアピールするためのわかりやすさっていうもの』が、アメリカにあると言うのも感じとしては判るような気がする。それは、アメリカのロックバンドなどでは、なにか機材のセッティングなどもシンプルで、ボーカルなんかも真面目に歌ってると言う感じですかね。演奏技術や歌の内容はそれはすごいんだろうと思いますが、パッと見、しょぼいと言うか貧というか、シンプルと言うか、装飾性がないというか、歌と曲があればいいというような感じがします。前に『ゴシックロックはイギリスから輸入してきたものだから、まぁアメリカ流に解釈してるっつうか・・・アメリカはソギ落としますから。イギリスとかっていうのは、すごく職人さんっていうか、アレンジとかにこまごましたところに凝ったりとかして、アメリカっていうのは、それ全部そぎ落としますから』(逍遥48参照)と言う話と共通する考えがあるように見えます。わかりやすさの為のそぎ落とし。シンプルにして一目瞭然。そういうわかりやすさっていうものが音楽にも求められ、『システマチックにちゃんと出来上がってて、マニュアルがあるような気がする』という印象を持っていたようだ。
 そして、『そういう部分では何か混沌(カオス)の日本の音楽のロックのほうが全然面白かったりする』。日本もイギリス流にアレンジとかにこまごま凝ったりする部類になるんでしょうか。なにか個人的には、お客に受ける“乗り”が意識されてるのが楽しいですね。お客と掛け合いながら歌っていると言う、日本のロックには特性があるように思うのですが、衣装や曲やパーフォマンスなんかにもユニークな“凝り”が見え隠れし、それが自分達の“主張”であったり、逆に大衆音楽じゃなく“アート”の部分を誇り高く、ひとり自らの志を守る みたいなツッパリになってる部分があるようです。ツッパってるから、憧れるし、嫌われる。一部の好きなヤツだけ見に来い、その代わりわかりやすさはないぞ みたいな偏屈ミュージシャン。「オレたちゃいつももめごとだらけ、いきがって来たぜ」(LADIES ROOM 『ROCKING HOUSE』)、アクセサリーやビジュアルにも凝りに凝って、生活よりも音楽、会社よりも仲間みたいな、壊れた人種を謳歌しているような、『好きでこの国に生まれてきたわけじゃないけど、この国が好きだ!ッていうような、なんかそういうロック・・・んー、まぁ好きだな、僕は』というhideの感慨と同じような気持ち、同感。僕ら(筆者)の高校時代は、エレキのイベントのキップを売った かなんかで停学になった。非行になると言うので停学処分。非行になられたら、校長や教育委員会が困るからそうなったと今では思うが、真面目な田舎の高校生(=私)には、その音楽が悪いのかなと勘違い。ロックは非行のイメージが出来上がる。さらに髪の毛染めるも非行の部類。そんな固定観念を抱いて大きくなったのに、Xがバリバリつっぱり、髪を突っ立てテレビできれいな曲を歌うもんだから、今じゃすっかり昔の非行の固定観念の中での生活。ロックは物怖じせずに自分を解放ですね。ストレス社会、欝になるより、非行の方が元気でいいと思いますね。自己弁護?、うーん元気なお姉さん、お兄さんの方がいいですね。私に関しては、元気なお父さんお母さんですね。hideのお父さんお母さん、三浦霊園で会われた方も多いと思いますが、朗らかで明るくお元気で、まさに元気なお父さんお母さん。hideがラジオ収録の中で『家庭のことを話したときに彼は『お母さん』という言葉を使った。「おふくろ」とか「かあちゃん」ではなく『お母さん』なのだ。私はますますhideさんのファンになってしまった』(『夢と自由』P172。当時のテレビディレクター畔柳吉彦)というhideを育てたロックの家庭、ロックは元気になれる音楽かなぁと思う。


間違えた所もたくさん有ると思いますが、最後まで読んで頂いて有難うございますm(__)m