ヴィクトリアン・ヌード展

19世紀英国のモラルと芸術

 

ロンドンのテイト・ブリテン(旧称テイト・ギャラリー)の作品を中心に、イギリスのヌード絵画を紹介する展覧会がやってきました。 英国社会では不道徳と考えられていたヌード表現が、どのように社会に許容され発展を遂げていったのか、19世紀ヴィクトリア朝時代に焦点を当てて紹介されました。

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19世紀前半、英国社会は性道徳に厳しい事を建前としていて、裸体画のモデルを務めるだけでも蔑視されるような状況にありました。 ところが、1862年の第2回ロンドン万博にアングルの「」が展示されたことをきっかけに、「芸術は、宗教や道徳観とは無縁に、純粋に感覚に訴えるもの」だとして、公然とヌードを描く画家が出てきました。 最初の頃はヴィーナス、プシュケなど古代神話や聖書、文学作品の一場面を題材にしていたものが多く見られます。

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左の絵は、(新聞記事によると)この展覧会で一番人気だという、フレデリック・レイトン(1830〜96年)の「プシュケの水浴」(1889〜90年頃 テイト・ブリテン蔵)です。 プシュケは人間でありながら、美の神ヴィーナスが嫉妬するほどの、美貌の持ち主だったという王女で、西洋絵画では古くから水浴の場面や、キューピッドと一緒の場面が好んで取り上げられてきました。

次に、右上の絵は、エドワード・ポインター(1836〜1919年)「ディアデーマを結ぶ少女(1884年 ロイヤル・アルバート美術館蔵)です。 ディアデーマとは、競技の勝者が受ける冠のことですが、ここではリボンのように見えます。 右側、影の中に水瓶を頭にのせた女性が描かれていて、オリエントのイメージをかもし出しています。
 
右下はアニー・スウィナトン(1844〜1933年)「クピドとプシュケ」(1891年)です。 クピドは、英語読みではキューピッドで、ヴィーナスの子供にあたります。 Oldham Museum & Art Galleryの収蔵作品です。

3枚の絵は、いずれも片足に体重をかけ、体が緩いS字曲線を描いていて、顔が少し正面から傾いています。 これは、ギリシャ彫刻以降に見られ、コントラポスト・ポーズと呼ばれます。 均整がとれ、最も美しく見える姿勢とされてきました。 そういう意味では、古典的な趣の強い絵ではあるものの、彫刻から一歩抜け出て、生身の人間を思わせる表現に発展しています。 
神話や聖書、文学作品の場面、東洋趣味というのは、ヌードを描くためのうまい口実でした。 これらの場面であれば裸を描いても、卑猥ではないと考えられていたのです。
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ヴィィクトリア時代の後半になると、ヌードの絵も「正当な芸術」とみなされるようになってきました。 それにつれて、神話や聖書等と無関係の構図が描かれるようになりました。 それらの作品をいくつか紹介しましょう。

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左端は、テオドール・ルーセル(1847〜1926年)の「読書する女性」(1886〜87年 テイト・ブリテン蔵)です。 読書中の女性が裸でいるという、極めて大胆で挑戦的な絵です。 マネの草上の昼食と同じように、日常の場面に、いきなりヌードがある非現実的な構図は、案の定、世間から厳しい批評にさらされました。 椅子の背に着物がかかっているので、異国情緒を漂わせて、世間の批判をかわそうとしたことがわかりますが、あまり成功しなかったようです。 また、その背景には、フランス生まれの作家を揶揄するところもあったようです。

中央はハーバート・ドレイパー(1863〜1920年)の「イカロス哀悼」(1898年 テイト・ブリテン蔵)です。 太陽に近づきすぎて翼のロウが溶け、墜落したイカロスの死を悼んでいるニンフ(妖精)達の絵。 2m四方くらいある大きな絵の、ほぼ全面に翼が描かれていて、その巨大な羽の力強さと、ニンフの白い肌イメージが対照的で、きれいないい作品だと思いました。

右は、ローレンス・アルマ=タデマ(1836〜1912年)「お気に入りの習慣」(1909年 テイト・ブリテン蔵)という作品です。 古代ローマの風俗を描くことに精力を注いだ画家で、20世紀に入ってからの作品ですが、当時、すでに国際的に高い評価を得ていた画家なのだそうです。

これら頃になると、ヌードは自然な感じで構図の中に溶け込んでいます。 イギリスが誇るテイト・ブリテンの作品を中心に、質、量ともに大変見ごたえのある展覧会でしたので、ウッキーも、思わず力が入って長文になってしまいました。

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