生誕100年記念 棟方志功展

 

2002年は志功生誕100年目にあたり、各地で展覧会が計画されていて、その一つが目黒区の日本民藝館で開催されています。 訪れてみると、会場は井の頭線の駒場東大前駅から、徒歩で10分あまりのところにありました。 木造日本家屋風の館内は、靴を脱いで板張りの床へあがって鑑賞します。 

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棟方志功は1903年に青森市で生まれ、1975年に没するまで精力的な創作活動を行いました。 彼の作品といえば、神や仏様の木版画を思い浮かべますが、今回の展覧会では、墨で書いた倭画(やまとが)の大作がたくさん公開されています。 

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会場2階への階段を上ったところで、写真の左上にある「救界不空羂索大施無畏尊像」(1954年)が出迎えてくれました。 身の丈ほどもある大きな倭画で、朱と青で彩色されています。 ふくよかで優しい顔に、ちょっと上目づかいの目が実にお茶目。 志功を「縄文人のようだ」と形容する人があると、会場で見かけましたが、本当に力強くて素朴な絵です。 墨の滲み具合も、いい感じ。 

(著作権の制限で、画像をスキャンできないので、苦肉の策でこのような集合写真にしてみました。) 

写真左下の版画は、「阿修羅の柵」(1938年)という作品です。 阿修羅といえば戦いを司り、おどろおどろしい感じがするのに、この作品はなんとユーモラスなイメージなのでしょうか。 制作過程で志功は、版木に数センチのところまで顔を近づけて、真剣そのものの顔付きで作品を仕上げていきます。 その鬼気迫る様子からは想像できないほど、天真爛漫な表情の版画です。 線はまるで影絵の様でもあります。 紙の裏側から着色する技法だそうです。 

右下の作品は「雨ニモ負ケズの柵」(1952年)で、志功と同じく東北出身の宮澤賢治の詩を題材にとった作品です。 こんな作品を身近に置けたなら、どんなにすばらしいだろうなどと、夢想しながら会場を後にしました。

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