ご注意。
・兵盤です。
・『Proof of Life』の番外編みたいなもんです。
・なもんでそっちから先に読まれたほうがよろしいかと。











Life is Beautiful.






 官舎の前で偶然に星野と会い、次の休みの話などをしながら階段を上がっていたら、偶然にも二日後が互いの休みだと解った。休みが合うことなんて滅多にないのだからと食事に行く約束をしたと盤に伝えれば、へぇ、と盤は眠そうに目を瞬いた。無理はない。当直明けの盤はいつも眠そうな顔をしている。
「オイはそん日、当直ばい。二人で行ってきたら良かね。お土産は資生堂のチーズケーキで良か」
「高っ!」
「オイとデートもせん癖に、星野君と出かける兵悟君が悪かー」
「いや、星野君と出かけるのなんてものすっごい久しぶりだし昨日一緒に出かけたじゃんってスーパーだっけ…まぁいいけどさ別に」
「別に何でも良か。ばってん、なんかお土産買うてきてほしかー」
 約束の日に星野に、資生堂のチーズケーキを買わなくちゃいけないんだ、と言うと、星野はおかしそうに笑った。
「相変わらず尻に敷かれてるんだねぇ」
「相変わらずって…。まぁ、そうだけどさ…」
 ぶちぶちと文句を言いながら駅へ向かって歩いていると、通りに面してささやかな庭園を設けた教会の鐘が突然鳴り響いた。驚いてそちらを見ると、薄曇の空の下に解き放たれた教会の扉から、新しい夫婦となった二人が現れる。両脇から撒き散らされるフラワーシャワーに、弾けるような笑顔と歓声が、ともすれば憂鬱になりがちな空を吹き飛ばす勢いだ。
「こんなとこに教会なんてあったんだね」
 星野が眩しそうに目を細め、兵悟も頷く。
「気付かなかった。結構通ってるはずなのに」
「だよね。ああ、お腹が大きいね。幸せ三倍だ」
 穏やかに星野が笑い、兵悟は一瞬何のことか解らなかった。え、と振り返ると、新婦さん、と星野は僅かに螺旋を描く階段を下りる花嫁を指差した。言われて見れば、確かに花嫁のお腹が膨らんでいる。白いウェディングドレスに鮮やかな黄色のブーケを持ち、幸福を目一杯体感している花嫁に、兵悟は仄かに頬を染める。
 星野がくすくすと笑った。
「今更できちゃった結婚で赤くならなくても」
「いや、でもさぁ! こう言うのって俺、駄目なんだよ、本当に。後ろめたくなっちゃうんだ」
「あー…古式ゆかしい昔の男って感じだもんね、兵悟は。じゃああれだ、プロポーズの言葉は『毎朝味噌汁を作ってくれ』だ」
「そんなこと言わないよ!」
 いつの間にやら止まっていた足を動かし、先に歩き始めた星野を追いかけた兵悟が声を上げれば、そう、と星野はおかしそうに目だけを振り返る。
「兵悟なら言いそうだけど」
 からかわれているのだと解っているけれど、兵悟にはそれをうまく切り返すことはできない。聞かれたことには馬鹿正直に答えてしまうのだ。
「言わないって! だって毎朝なんて無理だよ! 同じ仕事してて、盤君だって忙しいのにさぁ!」
 星野はぴたりと足を止めると、まじまじと兵悟の顔を見た。大きな目に見据えられると居心地悪く感じるが、兵悟が顔を顰めて、何、と訪ねるよりも前に星野は笑い声を上げた。
「え、何? なんで笑うの? 俺、なんか可笑しいこと言った?」
「いやいや言ってないって。あまりにも俺の想像通りだったからさ」
 駅へ行き、切符を買う。一度乗り換えをして、平日でも人通りの多い道をぶらぶらと歩く。食事を済ませ、他愛ない話で盛り上がりながら、星野が財布が欲しいと言うのでデパートに入り、良いものがないか物色しているところで、あ、と星野が声を上げた。
「ねぇ兵悟。指輪でもあげれば?」
「え?」
 それなりに名の売れたブランドのショップの前を丁度通りかかったところで、引きずり込まれるように兵悟は連れて行かれた。黒で統一された店内は大人の雰囲気が漂っていて、それだけでも自分がいるのは場違いではないかと兵悟は案じる。だが星野は臆する事なくずんずんと進み、恐る恐るついてきた兵悟を振り返った。
「カード持ってきてるよね?」
「あ、うん、一応…。あんまし使わないけど」
「それなら大丈夫だ」
「大丈夫って何が……星野君?」
「いいかい、兵悟」
 いやに真剣な眼差しをする星野につられ、ごくりと息を飲んだ。星野は大きな目で兵悟の心の奥まで見透かすような顔をして言い聞かせる。
「お前達には結婚とか妊娠とか将来の約束とかそう言うものはできないけど、だからってその関係を蔑ろにしていいわけでもない。ここまでは解るよね?」
「う、うん、なんとなくは……」
 やや自信なく、だが頷いておかなければ星野が何を言い出すのかさっぱり解らなかったので、兵悟はぎこちなく頷いた。よし、と星野も頷き先を続ける。
「さっき見た新婦さんは綺麗だったよね幸せ一杯の顔してたよねああ言う顔を盤がしているのを見たいとは思わない? 思うよな? だったら男の甲斐性ってもんを見せるべきだよ兵悟。毎朝味噌汁を作ってくれるのは無理でも一緒にいることはできるわけでそうしてほしかったら何か形になるものを渡さなくちゃ駄目だ。愛想尽かされてもいいのか?」
「だ、駄目!」
 慌ててそう答えると、星野は、心なしかにんまりと唇の端を吊り上げた。
「よし、それならそうされないための布石を打っておかなくちゃ駄目だ。でなきゃあっと言う間に見捨てられるぞ。盤は飽きっぽいからきっとすぐに兵悟なんて相手にされなくなる。つまり、そうならないための布石が、指輪だ」
「…ゆ、指輪……」
 星野はゆっくりと頷くと、傍らのショーケースを指差した。
「そう、指輪。何か上げるといい。盤の指のサイズは解ってるから、どんと選ぶといいよ!」
 混乱の渦にまかれながら、何かよく解らないまま指輪を選び、綺麗にラッピングをしてもらって、目が飛び出るような金額をカードで支払い、気付いたときには黒い見るからに上等の小さな袋を手にしていた。
 軽くパニックに陥ったままで帰宅し、一眠りして目がしゃっきり覚めた盤に、チーズケーキ、と手を差し出された兵悟は、その手に黒い小さな袋を乗せていた。
「なんねこれは。どう見てもチーズケーキじゃなかと?」
 不機嫌そうに眉を寄せる盤の前に、なぜか正座をした兵悟は首を傾げ項垂れ呟いた。
「成り行きのままに身を任せていたらいつの間にか指輪なんて買っていました……」
「あ? なんね? 全然聞こえんと!」
 期待していたチーズケーキではなさそうな様子に眉を吊り上げる盤に、ああもう、と兵悟は溜息を吐く。
 星野に訳の解らない事を延々と聞かされ軽く洗脳状態で馬鹿高い指輪をしかもカードで買わされたのに、盤にはそれが伝えられないのだ。なぜなら星野が伝えるなと言ったからだ。何も言わずに渡せばいいんだよ、と腹に一物抱えてそうな笑顔を思い出し、兵悟はむっつりと眉を寄せ、ヤケッパチのように叫んだ。
「いいからもらっといてよ! それしかお土産はないから!」
「なしてね! チーズケーキば買うてくるって言うたんやなか?」
「なんでだよ! なんでもいいって言ってたじゃん!」
「兵悟君は解っとらんね! そいはチーズケーキ買うてこい言うんと、同じやぞ!」
「そんなん知らないよ! いいから開けなよ! いらないんだったら返してくるから!」
 兵悟が癇癪玉を破裂させると、盤は大きな溜息を吐いて、これが一体何ね、と黒い袋の中を探った。綺麗にラッピングされた箱のリボンを解き、黒い箱の蓋を持ち上げた盤が動きを止める。
 じっと手の中の小さな黒い箱の、その中にあるものを見下ろす盤の、眼鏡の奥で瞬く目がどんな表情をしているのか解らずに、兵悟は呻いた。
「…………いらないんなら、いい。返してくるから…」
 盤の返事はしばらくなかった。
 焦れるほどに長い沈黙の後、小さな声が返事を返した。
「いらんなんて、言うとらんが」
 まるで掠れた声を絞り出すような声に、兵悟はちらりと目を上げる。
 盤は相変わらず、長い前髪で顔を隠すように俯き、兵悟に表情を知らせない。黒い箱を両手で抱えるように持ち、盤はぽつりと呟いた。
「…兵悟君が、こん指輪ばオイにくれっと?」
「………うん」
 先ほどまで怒鳴りあっていたのが嘘のような静けさに、兵悟はいたたまれず謝った。
「…ごめんね」
「なんで謝ると…」
「チーズケーキじゃなくて」
「馬鹿」
 盤は顔をあげ、ふんわりと花が綻ぶように笑う。
「嬉しかー」
 盤は箱の中から取り上げた指輪を、順に指にはめていった。丁度良いサイズを探して、何度か試した後、右手の薬指にそれは落ち着く。
 ぴったりばい、と笑う盤に釣られ、兵悟も笑い、その脳裏を今日見た教会の光景が過ぎる。あの時の花嫁には劣るかもしれないけれど、笑っている盤の横顔に兵悟は自分なりの幸福を見つけたような、そんな気がした。
 









ウラネタ。
・前ノ書いた後にちょろっと書いたまま放置していたのを見つけたのでサルベージ。
・ですが。
・何これ超こっぱずかしい!!!!!
・真嶋でラブラブを書くのと、兵盤でほのぼのを書くのとでは、兵盤でほのぼのの方が羞恥度が高い気がする。
・だって真嶋でほのぼのは日常でラブラブもまた日常なんだもの…。
・兵盤でほのぼのって天変地異の前触れ?みたいな? ラブラブって世界破滅へのカウントダウン?みたいな?
・真嶋は愛し合ってなんぼ、兵盤は喧嘩してなんぼだと思うのです。