ご注意。
・真嶋です。
・ひよこ達が来る前です。
・3隊の隊長と副隊長です。













相手との距離







 基地の広々とした風呂を嶋本は気に入っていた。官舎の窓もない薄暗い浴室は圧迫感があり、一応は浴槽と洗い場と言う浴室になってはいるものの、あまり長居をしたい場所ではない。安いホテルのユニットバスと似たようなものだ。閉塞的で、息が詰まる。
 だが基地の風呂は多人数が使用する事を前提に作られているので、とにかく広い。浴槽だけでも五人は軽く湯に浸かることができるし、洗い場もシャワーが四つ並んでいて、その間隔も一般の銭湯より広いのではないだろうか。明かり取りに天井近くに窓が作られていて、浴槽に浸って縁に頭を預ければ、そこから空を望むことができた。
「あー……むっちゃ気持ちええ…」
 細かな泡が頭を包み、適度な力で十本の指が動く。意外な器用さで、そして意外な丁寧さで額からこめかみ、そして耳の周りを洗ってゆく手指が時折耳に触れる。
 思わず声を洩らした嶋本を見下ろし、生真面目な顔で嶋本の頭に白い泡を立てていた真田は微笑んだ。
「そうか」
 わしゃわしゃと手を動かし、真田の口から必要以上の言葉が漏れることは滅多にない。それでもそこに流れる空気に不穏が混じることはまるでなく、暖かく和やかなものだ。
 当直を終え、官舎の狭い部屋で窮屈な思いをしながら風呂に入るよりも、基地の広々とした風呂を使う方を選んだのは、何も嶋本だけではなかった。三隊のほとんどの隊員が風呂を使い、一人、また一人と上がって行く。お疲れ様でした、と声をかけて上がった高嶺を最後に、浴室の中には嶋本と真田が残された。
 嶋本がゆったりと身体を伸ばしていると、身体を洗い終えた真田がなにやら熱心に嶋本を見つめている。色熱の篭った眼差しではなく、ただ純粋な興味から見つめているのだと言う事は、子供のような眼差しで解る。なんですか、と尋ねると、真田はおもむろに手を伸ばし、嶋本の髪に触れた。ただでさえ癖毛気味の髪は、湿気を帯びるとくるりと丸くなる。風呂に入れば尚更で、くるんと丸くなった髪を摘み、まじまじとそれを眺めていた真田は、唐突に、洗ってやろう、と言い出した。
 真田の突飛な言動には慣れていたはずの嶋本もさすがにこれには驚いたが、真田がまったく引く気など持ち合わせていない事と、気と身体の緩んだ浴槽の中で大袈裟に抗うのも面倒臭く、浴槽の縁に頭を乗せ、真田に洗髪されることになった。
 シャワーは浴槽から距離があって使えないので、手桶で浴槽から湯を組み上げ、頭にかけられる。最初にばしゃっと勢いよくやられたせいで咽たが、それ以降は丁寧に、顔に湯がかからないようにと気をつけてくれる。
 手の中でシャンプーを泡立て、いやに真剣な顔で洗髪を行う真田を見上げ、嶋本はへらりと笑った。
「隊長、髪洗うん上手ですね」
「そうか?」
「むっちゃ気持ちええですもん。隊長に髪洗うてもらうなんて、なんちゅー贅沢なんや…」
「そうか」
 しゃべるな、気が散る、とでも言いたげな真田の様子に、嶋本はこっそりと笑いたい気持ちを噛み締める。まるで救助活動に使用する機材をメンテナンスするかのように、真田は嶋本の髪に触れる。頭のあちこちに指を這わせ、汚れを落とそうとする。
「湯をかける」
「はーい」
 業務的に告げられる言葉に、嶋本は瞼にタオルを当てた。盛大に湯をかけられて咽せ、一頻り文句を言ったら、それならタオルでもかけていろ、と寄越された。大人しくじっと待っていると、慎重に湯がかけられる。浴槽から組み上げられる湯が、ゆっくりゆっくりと頭に注がれ、泡が排水溝へ落とされて行く。
「もうええですか?」
 真田が満足そうに、よし、と呟いたのを聞き、タオルを外して目を上げれば、いや、と真田は再びシャンプーを手に受けていた。
「もう一度する」
「はぁ? そんなん一回でええですって。今日は海に入っとらんし…」
「なんとなくコツが解った。今後のために練習したい」
「今後て……」
 嶋本の呆れた声と表情には気付かなかったのか。真田は手に受けたシャンプーを泡立たせ、嶋本の髪に擦り付ける。白く肌理細やかな泡が丸くうねる黒い髪に絡みつき、それを全体に広げようと真田の指が動く。こめかみを撫で、生え際を辿り、頭頂部を指圧する。気持ちよさにうっかり溜息を吐きそうになり、嶋本は慌てて口を引き締める。ここで溜息など吐いたら真田のことだ。納得が行くまで溜息の理由を嶋本から聞き出そうとするに違いない。
 浴室の中に沈黙が満ちると、真田がぽつりと呟いた。
「面白いな、これは」
 面白がっとったんかい、と突っ込みを入れたいのをグッと堪え、そうですか、と嶋本は首を傾げる。途端に、動くな、と頭を固定されてしまった。
「人の頭洗うんが面白いとは思えへんのですけど……そやったら他の連中のも洗たったらどうですか。高嶺とか、一ノ宮…はあかん、あいつ毛があらへん」
「いや、止めておこう」
 二度目の洗髪は手早く終え、流すぞ、と真田はタライを手にした。またタオルを顔に乗せ、かかる湯に身構える嶋本に、真田はいっそ厳かに告げる。
「嶋でなければ意味がない」
 思わず跳ね起き、振り返ってまじまじと真田の顔を見つめると、頭の上からぼたぼたと湯を含んで重くなった泡が落ちる。
 この人は一体何を、と見入っていると、真田は無表情のまま、あ、と口を開いた。
「嶋、そんなに目を見開いていると……」
「うがっ、痛ッ! 目に入った!」
 目を刺すような、それでいてごろごろと転がるような痛みに喚いていると、真田の手が泡だらけの髪をがっしと掴んだ。
「あ、ちょお待っ……たいちょ…っ」
 力の篭った乱暴な手に、また洗髪の体勢と同じに仰向けにされる。浴槽の縁に頭を乗せた状態で、上からざばりと湯がかけられた。
「ふがっ…鼻に水が…ッ」
「大人しくしていろ」
 諭すような声に、ばしゃばしゃと暴れていた両手両足をぐっと堪える。何を置いても隊長命令は絶対で、それでなくとも真田の言葉に逆らう意思など滅多ことがないかぎりおきやしない。ちくちくと眼球を苛む刺激に、ぎゅっと目を閉じて耐えていると、何度も湯が顔にかけられる。鼻に入ろうが知ったことかと言わんばかりの態度でざばざばとかかる。呼吸をするのもままならないくらいの勢いに、風呂場で水難、と言う言葉が頭を過ぎった。
 苦行かと思うほどの湯攻めが終わると、ふいにぬるりとした生暖かい感触が目尻を伝った。ん、と眉を寄せると、頭をがっちりと固定される。そしてまたぬるりとした生暖かい感触が目尻に触れ、閉じた瞼をこじ開けるように隙間に忍び込む。下睫を辿るように差し込まれたものが、真田の舌だと思い当たった瞬間、カッと身体が爆発するように燃え上がった。
「たたたたたたた隊長っ! なななな何をっ、何してはるんですか!」
 目が、目がぁっ、とどこぞで聞いたことがあるような台詞を繰り返し、真田の手から逃れようとするが、真田はそれを許すまじとがっちり頭を押さえにかかる。逃げようともがく間にも、ぬるりぬるりと真田の舌は見開いた嶋本の眼球を舐める。
 眼球に直接触れられているにもかかわらず痛くはない。痛くはないのだが、恥ずかしさと居たたまれなさに死ねそうだ。
「大丈夫そうだな」
 よし、と頷き身を離した真田が、シャワーから水を出し口を濯いでいる。
 確かに真田の言う通り、目を突き刺す痛みはないが、それにしてもどうだろう。
「はぁ…すんません……」
 ようやく身を起こし、ほわーっとやや酸欠気味の頭に手をやると、そこにまだ泡が残っていることに気付く。シャワーで長さな、と思う嶋本に、ああ、すまない、と真田が気付いた。
「まだ流している途中だったな」
「や、もうええです……てか、勘弁したって下さい…」
「なぜ」
 むっ、と真田の眉が寄る。乏しい感情表現から色々な内面を読み取ることに、嶋本は他の隊員よりも優れていると自負がある。とっても不本意、ってとこやな…、と嶋本は溜息を吐いた。
「隊長に頭洗うてもらうんは、心臓に悪いんで…」
「そんなに下手ではないと思うが」
「そう言う問題やないんすけど……」
「じゃあどう言う問題だ」
「どう言うて……」
 シャワーのコックを回し、上から注ぐ水から湯に変わるぬるま湯で泡を流していると、後ろから手と頭との間に真田の手が差し込まれる。どうあっても最後まで洗髪を完了させるのだと言う態度に、嶋本は諦めた。
 駄目だ、この人。
 がっくりと肩を落とし、ついでに手も下ろすと、嬉々として真田の両手が嶋本の髪を洗う。俯いているので真田の表情は伺い知れないが、気配で喜んでいるのが解った。
「なんで俺の頭なんか、洗いたがるんすか」
 わけが解らん、と呟くと、嶋本の背中で真田が笑う。
「さぁ…俺にも解らない」
「なんやそれ」
 喉を鳴らして笑うと、さぁ、とまた真田が首を捻る気配をした。
 椅子に腰を下ろして頭を前へ出し俯き、後ろから真田に髪を流される。ざぁざぁと流れるシャワーの湯に打たれ、真田の手に甘んじる。
「恋人らしくないか?」
 密やかに落ちた沈黙に紛れるような声に、嶋本は俯いたままで目を開く。顔を上げて振り返ると、真田は手を伸ばしシャワーのコックを捻っていた。ざぁざぁと打つ湯が止まると、水の滴る音すらも響く静けさが満ちる。驚きに目を見張っている嶋本に、真田は滲むように微笑んだ。
「相手に身体を委ねると言う行為は、どちらにとってもとても親密な関係に思える。恋人らしいと思う。ああ、だから嶋の髪を洗いたかったのか……。自分のことながらよくは解らないのが、申し訳ないが…」
 心の奥に浸み渡りそうな笑みに、嶋本はぐっと胸を突かれた。
 自分の中ですらまとまっていない感情をなんとか言葉にして伝えようとしてくれている真田が愛しい。
 嶋本は真田を見上げ、笑みを浮かべる。
「そしたら今度は俺が隊長の頭洗います。隊長みたいにうまいことないやろうけど…」
 真田はふんわりと笑うと、いや、と嬉しそうに嶋本の頬に唇を寄せた。触れるだけの軽いキスをして、間近で真田は笑う。
「頼む」
 任せといて下さい、と嶋本は胸を張る。
 朝の風呂に明るい陽の光が入る。きらきらと湯気に反射して煌くそれを浴び、真田は笑う嶋本にもう一度キスをした。








ウラネタ。
・「今は入れないよ」と穏やかに諭す高嶺さんが風呂場の前に立っている。
・真田はそれを知っている。
・「お風呂でラブラ部」はお花さんとつんさんのおねだりです。
・眼球舐めはつんさんのエロスを頂きました。
・なのにエロス皆無ですみません。