ご注意。
・真嶋兵盤です。
・それはやがて無益にも有益にもの続きっぽいです。
・アホですすみません。









学習する男






 訓練の合間を縫ってとる休憩の際に、真田がインドネシアで撮り溜めたと言う写真を見せてくれた。当直明けで帰るだけの嶋本もなぜかちゃっかりとその輪の中に入っている。
 青い空や緑鮮やかな木々、そして純朴な人々の姿や生活の様に兵悟は目を輝かせた。見たことのないもの、感じたことのないものを前に異国への憧れは募るばかりだ。
「これがコーディネーターのミムラさんだ」
「ぶっ!」
 真田が一枚一枚取り出しては丁寧に説明をしてくれる写真の中の一枚に、兵悟と盤は吹き出した。兵悟は慌てて自分の口を押さえたが、盤はどうやらツボに入ったらしく、ばんばんとテーブルを叩いて笑い転げている。
「なんね! なんねそん人! 軍曹さんにそっくりばい! 軍曹さん、インドネシアに兄弟がおるとねっ?」
 ヒーヒーと涙まで流す盤に、写真を見せられた嶋本の手はぶるぶると震えている。
「け…化粧して……スカート…っ…? か、髪が長っ…?」
 ミムラが満面の笑みで映っている写真を両手で掴んでいる嶋本に、ああ、と真田は薄い笑みを浮かべて答える。
「女性だからな」
「じょっ…?」
 嶋本は真っ青な顔をし、盤はまた新たなツボに入ったらしく、げらげらと笑っている。
「おんな…! 女…! 軍曹さんにそっくりの…っ!」
「ちょ…盤君、笑いすぎだって…」
 笑いすぎで過呼吸になるんじゃないかと思うほど受けている盤の側で兵悟は気が気ではない。嶋本を伺いつつやんわりと諌めてみるが、盤は真田からミムラの他の写真も見せてもらって絶好調だ。普段の仏頂面はどこへ行ったのだと尋ねたくなるくらい笑い転げている。
 真田は嶋本が硬直しているにもお構いなしで、次から次へとミムラの写真を見せる。
「明るい人で、本当に助かった。関西弁だったから、時々嶋と間違えて呼んでしまって怒られたが」
「関西弁…! ますます軍曹さんばい!」
「怒られた…真田さんがですか?」
 兵悟が驚いたように目を丸くすると、真田はおかしそうに目を細める。
「それはもう物凄い剣幕で怒るんだ。見せてやりたかったな」
「そしたらミムラさんが日本に戻ってきたら紹介してください! JICAの人なんですよね?」
「ああ、そうだな。きっと神林とは気があうだろう。神林にも似た人がいた」
 真田はそう言うと分類せずに一纏めにしている写真の束を何度か繰り、あった、と一枚を引き抜いた。
「あ、本当だ! 俺にそっくりですね! すごいや」
「アスリというんだが、彼も家族が多くて、何度か家にお邪魔したが楽しい人たちばかりだった」
「へー。インドネシアってトッキュー隊員に似た人が多いんですね。行ってみたいなぁ」
 目をきらきらと輝かせて写真に見入る兵悟に、真田は微笑む。
「そうだな。行ってみるといい。神林にはいい経験になるだろう」
 ようやく笑いの発作が収まったのか、それでもまだぷぷっと笑いの名残を残している盤が新たに出された写真に、目を落としている。
「はー…軍曹さんにそっくりな人やら兵悟君にそっくりな人やら、インドネシアは怪しげな国とねー…。ばってん女軍曹さんば見てみたかー。オイも行ってみたかとです、真田さん」
 まだ硬直している嶋本をちらっと見た後でそう言う盤に、真田は眉を寄せた。少しばかり考えた後、いや、と首を振った。
「石井は行かない方がいいだろう。恐らく、ショックを受ける」
「ショック? オイが?」
 不愉快そうに眉を寄せた盤が、なしてね、とその理由を強請るのに真田はらしくなく躊躇う。
 真田としては親切で言ったつもりだった。
 本当に盤がインドネシアに行き、彼らにあったらショックを受けると考えたからだ。
 何しろ、盤は兵悟と付き合っているわけで、それは真田もインドネシアへ派遣される前から知っていたし、その事実を知ってから一度余計な口を出したので嶋本にしこたま怒られた。嶋本はいつも怒りながら笑っているようなイメージがあるが、本気で怒るとすぐに別れると言い出すので、真田は嶋本を本気で怒らせないようにしたいと思っている。そうならないためには嶋本が何に対して怒ったかの記憶を蓄積していく必要があるわけで、その蓄積された記憶と知識、そしてそれに基き弾き出された対策の中に盤と兵悟のことも組み込まれているのだ。
 以前二人のことに口を出して嶋本を起こらせたことがあった。
 兵悟と盤ではなく、なぜか真田と嶋本が別れる別れないの騒ぎになり、嶋本から別れない条件として、二人の間のことに口を出さないこと、と言うお達しを受けたのだ。
 だから真田はなるべく兵悟と盤のことに口を出さないように心がけていたが、それとはまた別に、兵悟と盤が別れれば嶋本が怒るだろうと考えていた。だから二人が別れないように気を使い、盤にはインドネシアへ行かないほうがいいと言ったつもりだったのだが、盤はその理由を聞きたがっている。
「なしてね、真田さん。なして、オイがショック受けると?」
 真田は考えた。
 盤が聞きかがっていることを答えるのは、真田が二人の関係に口を出したわけではないのだし、盤が聞きたいと思っているので盤がショックを受けても真田の過失にはならない。
 よし、と真田は口を開いた。
「インドネシアには神林(に似たアスリ)の子供がいるんだ」
 いくら他人とは言え、自分の恋人と同じ顔をした男に子供がいるのを見たら盤はきっといい気はしないだろう。
 そう考えた真田の答えに、兵悟はザッと血の気を引かせた。盤は硬直した。嶋本は自分にそっくりの女がインドネシアで化粧してスカート履いている衝撃よりも、真田のその一言の衝撃の方が大きかったので我に返り、真田をまじまじと見た。
「隊長、今のは神林やのうて…」
「真田隊長〜! 基地長がお呼びですよー」
 嶋本の問いかけを遮るように、別隊の隊員が声をかける。
「すぐ行く」
 さっと立ち上がる真田は呼びかけに応じ、写真は好きに見て構わない、と言い置いてその場を離れた。
「あっ、ちょっ…隊長!」
 その後ろ姿を留めようとした嶋本の手は宙を掻き、兵悟と盤はどちらも何も言えずにただただ隣に座る恋人の気配を探り合っている。
 基地長室に向かう真田は、嶋本のお達しどおり、二人の仲に波風を立てなかったことに、いいことをした、と思っていた。





ウラネタ
・勿論その後真田はしこたま嶋本に怒られた。
・嶋本の前で正座して怒られている真田が見てみたい。