■ 指輪物語 ■

 街にちょっとした用事で下りたはずのボロミアは、帰る頃には両手一杯の贈り物を抱えることになってしまった。
 ミナス・ティリスの住人は皆、ボロミアが長らく留守にしていた王が戻るきっかけを作った人だと知っていたし、そうでなくても彼は昔から国民に愛されてきた人だった。小さな頃には勉学が嫌でこっそり城を抜け出し街の子供達と遊び惚けている頃から、街に出れば何がしかの貰い物を頂いていたものだった。焼きたてのパンや赤く熟れた林檎、摘んだばかりの花や揚げたての肉団子など、上げればきりがないほどだ。
 だがどんな時でも、抱えきれないほどの頂き物をしたことはない。ミナス・ティリスの住人は、ボロミアが用事があって街に下りてきているのだと知っていたし、のんびりと散歩を楽しんでいるだけであっても、あまりにも多くの頂き物はボロミアにとって邪魔になると弁えていた。
 それでも、年に数度、ボロミアの誕生日と、豊穣の感謝祭などの誰もが互いに贈り物を送り合う時などはボロミアの両手は正にふさがるほどにたくさんの贈り物で一杯になった。
 今日は昔の偉人の生誕を記念した日だった。その偉人にちなみ、愛する人に贈り物をするのだ。
 ボロミアも愛する人のために何がしかの贈り物がしたいと思い、街へ下りてきていたのだが、帰る時にはミナス・ティリスの住人からの贈り物で前が見えないほどになっていた。
 見かねた立ち番の兵士が半分持ってくれたので、どうにか白の木の庭へ続く長い階段を登り切ることができた。手隙の侍女数人がも、まぁ大量ですこと、などと微笑みながら、いくつかを分担して部屋へ運びましょうと請け合ってくれた。
 ボロミアは彼女らに頂いた贈り物の後を頼み、その足で王の執務室へと向かった。手の中にはボロミアが買い求めたささやかな贈り物があり、それを一刻も早く彼へ渡したいと思っていたのだ。何度か執務室のドアを叩くと、開いている、と中から横柄な返事があった。失礼します、と告げて中へ入ると、執務用の大きな机に足を投げ出して、つまらなさそうな顔で本を広げていたアラゴルンが顔を上げた。
「またそんな格好を…。仕事ははかどっておられますか?」
 王らしからぬ姿に、一瞬溜息を吐いたボロミアに、アラゴルンはちらりと横目でボロミアを伺い、つんと顔を背ける。
「朝の会議を終えてから、私の執政が姿を消してしまったのでね」
「わたくしの王が姿を消される時間と回数よりは、少なかろうと思いますが」
「で、どこへ行っていたんだ? 街に下りていたようだったが、帰ってきたときのあの大荷物は尋常じゃあなかった」
「見ていたのか」
 砕けた口調で苦笑し、ボロミアは部屋の中に控えていた侍女や衛兵を追い出した。元より気心知らぬ者に近く仕えられることを得意としていない王なので、部屋の中にいる侍女も一人きり、扉を守る衛兵も一人きりと言う質素ぶりだ。いっそボロミアの部屋の方が警備は厳しい。だがその分良く気がつき、有能だ。ボロミアに促された彼らは、すぐさま静かに部屋を出て行った。
 彼らの姿がなくなったのを確認し、ボロミアは執務机をぐるりと迂回し、机の上に投げ出していた足を下ろしたアラゴルンの前に跪いた。
「…なんだ?」
 訝しむアラゴルンに、ボロミアは街で買い求めた小さな包みを差し出した。
「これを、わたくしの気持ちと共に」
「…アルウェンと同じ事を言うな。なんだか背中がむずがゆい」
「わざと言っているんだ」
 ボロミアはこほんと咳払いをして立ち上がり、改めて包みを差し出した。
「今日は愛する方へ贈り物をする日だ」
「ああ…そうか…しまった、すっかり忘れていた…。もうそんな季節か」
 驚いた表情をするアラゴルンの手に、ボロミアは笑い声を洩らしながら包みを握らせた。
「これは?」
「あなたに似合うのではないかと思って」
「見ても?」
「どうぞ」
 くすくすと笑いながらアラゴルンが包みを開けると、中からは小さな木箱が現れた。凝った意匠など施されていた木箱の中には天鵞絨に包まれ、街の細工師の手で作られた銀細工の髪留めが納まっていた。緑色の石が象嵌されているのが、アラゴルンを象徴しているかのようだ。
「女物だと言われたが、あなたには似合うだろう」
「ありがとう、大切に使わせて頂くよ」
 アラゴルンはにこりと微笑み、少し身を乗り出し、ボロミアの額にくちづけた。
「私からの贈り物は、少し待ってくれ。何しろ今日と言う日をすっかりと忘れていたのだからね」
「あなたがここにいて下さる事が何よりの贈り物だ」
「それなら私もそうだ、ボロミア」
 ぎゅうっとアラゴルンの腕がボロミアを抱きしめた。放浪する必要がなくなってからもまだ、アラゴルンの身体は度の間と同じに細く薄っぺらい。その背中を抱きしめ、ボロミアはその暖かさに目を閉じる。
 来年も、そのまた次の年も、今日のようにあなたがいることが何よりの贈り物だと言える時がくるといい、と思いながら、薄っぺらい背中をぎゅっと抱きしめると、それと同じだけ、ボロミアの背を抱くアラゴルンの手にも力が篭る。
 互いに思っている事が同じなのだと言われたかのようで、アラゴルンを抱きしめている間中ずっと、ボロミアは胸の中に暖かな気持ちが広がるのを感じていた。
ミナス・ティリスにバレンタインがあるのかどうか解らず、昔の偉人の生誕祭と誤魔化しました。
なんだか中つ国にはお祭りは一杯ありそうなイメージがあるんですが、今までは闇の勢力のせいでそれもままならなかったんではなかろうかと勝手に解釈。
それにしても陛下ときたら、なんだか兄上と異様にラブラブで妙に腹が立ちますな(私はファラミアか)。