■ 嵐の夜 <翌日談>



 翌日、昨夜の嵐がまるで嘘だったかのように空はからりと晴れ、青い空に白い雲のコントラストが見事に映えていた。
 昼食を一緒に、とアルウェンからのお誘いを受けていたものの、執務に限が着かず少しばかり時間に遅れたアラゴルンとボロミアが席に座れば、それでね、と母親に向かって一生懸命に何事かを話していたエルダリオンが笑顔で言った。
「目を覚ましたら、ボロミアだけじゃなく、父上も一緒に眠って下さっていたんです」
 暖めなおされた料理が運ばれるまでの間、紅茶を飲んでいたボロミアは、エルダリオンの言葉に思わず紅茶を噴出した。アラゴルンは変なところに流し込んでしまったのか、赤い顔で盛大にむせている。
「あら」
 アルウェンはおっとりと微笑み、傍らの椅子に座らせた赤ん坊の口元を拭ってから、エルダリオンに向けて頷いた。
「それは良かったわね、エルダリオン。お父様とボロミア様と一緒に、三人で、仲良く、ボロミア様のベッドでお休みになったのね」
「父上も、嵐が怖かったのですって!」
「あら、そうでしたの、あなた。わたくし、ちっとも存じ上げておりませんでしたわ。そうと仰ってくだされば、側におりましたのに」
「い、いや…」
 涙目でごほごほと言葉を濁らせているアラゴルンは、助けを求めるようにボロミアを見たが、ボロミアは知っていながらもそ知らぬ顔をして、必死に目を逸らしている。
 居間の長椅子で想いを遂げあった後、二人はそのまま長椅子で眠るわけにもいかず、エルダリオンの眠るベッドに潜り込んだのだ。エルダリオンを間に挟み、まるで夫婦ように手を繋いで目を閉じた。朝起きたときにエルダリオンは、側に父がいることにひどく驚いていたが、雷が怖くてね、とアラゴルンが嘘を吐くととても嬉しそうに朝の挨拶にキスをくれた。無論、アラゴルンだけでなく、ボロミアの頬にもだ。
 その話を、アルウェンに聞かせているのだろう。
「……その、子守で疲れているだろうに……起こしては悪いかと…」
「まぁ、それでボロミア様のところに? お優しくていらっしゃること。ボロミア様には、御迷惑でしたでしょうに」
「いえ、とんでもない」
 取り澄ました顔を繕うのは、政治に携わるものとして当然のマナーだ。素知らぬ顔で微笑み、ボロミアは運ばれてきたスープを受け取った。
「陛下の御為と思えば、夜更けの御訪問も否みませぬ」
「あー、なんだ、その、アルウェン。話の腰を折るようで悪いのだが、あなたが作った料理の説明を、してもらえるだろうか」
「…うまく逃げたおつもり? あとでとっちめて差し上げるからお覚悟なさい、エステル。ずるいわ、わたくしだってボロミア様と一緒に眠ってみたいと思っていたのに」
「いや、妃殿下。それはさすがにまずいでしょう」
 今度は本気で慌てたボロミアに、アルウェンはきっと眦を吊り上げた。
「じゃあお昼寝ならよろしくて? エステルばかりボロミア様と一緒に過ごしているんですもの。わたくしだってボロミア様と友好を深めたいと思っておりますのよ」
「……十分深めさせていただいておりますから…」
 冷や汗と脂汗を器用に一緒くたに滲ませるボロミアと、頬を膨らませてアラゴルンを睨みつけているアルウェンと、何を食べているのか解らない顔でもそもそとパンをかじっているアラゴルンを、エルダリオンは順繰りに見つめていたが、やがて首を傾げ、母手製の料理の続きにとりかかった。
 奇妙な空気の漂う昼食の場を、エルダリオンはいつものことと片付けてしまったようだった。
 嵐の去ったゴンドールには、穏やかな天候に恵まれていた。川は潤い、田畑には肥沃な土が流れ込み、作物の実りも豊富で、秋も深まる一方だ。市が立ちにぎやかな市街のざわめきが届く塔の中で、あるひとつの部屋だけには、いまだ収まらぬ嵐が停滞しているようだった。