■ ハリーポッター ■
after Harry Potter and the prisoner of AZKABAN.
 
 雪のように白いふくろうが運んできた手紙を、シリウスは届けられてからこっち延々と眺めている。たった一枚きりの手紙に、数時間も費やせる彼の親ばかぶりと言うか、盲愛っぷりに、呆れ果てるという感情すら通り越して、いっそ微笑ましい気持ちになる。
 しかしながら。
 ルーピンはボウルの中の生クリームをかき混ぜながら思った。
 人様の家に上がりこんで、何をするでもなくごろごろと寝転がり、人様が作った飯を食い、人様が沸かした風呂に入って、日刊預言者新聞を眺め読む。かと思えばマグルの世界で流行っているらしい漫画をわざわざ人様に取り寄せさせ、積み上がったいまだ連載中の百巻以上もあるそれらに没頭している。
 何をしにきたんだ、とさすがのルーピンも、そこにいるのが滅多にしか会えない恋人だろうとも腹が立ってきたところだったので、後ろから手を伸ばし、苛立ち紛れにシリウスの手の中の手紙を抜き取り、代わりに生クリームのボウルを押し付けた。
「何すんだ! 俺宛ての手紙だぞ、何勝手に見てやがる…んですか」
 ぴっと目の前に突きつけられた杖の先端に、憤っていたシリウスが大人しくなった。犬ならば耳を垂れ、尻尾を丸めているような顔で、ルーピンの手の中にある杖と手紙と、そしていつもより七割り増しの笑顔を見比べている。
「君が君宛ての手紙に没頭するのは、君の勝手だけれどね、ミスターパッドフッド」
 仄かに魔法力を帯びた先端が、シリウスの目にはぼんやりと光っているように見える。何の魔法をかけるつもりだ、と冷や汗をかいたシリウスに、ルーピンはますますにこりと微笑んだ。
「君ときたらここにきてからずっと、ごろごろしているだけじゃないか。たまには家事の手伝いをするとか、したらどうなんだい」
「俺は逃亡中の身だから、魔法が使えない」
「何も魔法を使って家事を手伝えなんて言ってるんじゃないんだよ、シリウス。マグル方式でやれば問題ないじゃないか。風呂掃除とか、トイレ掃除とか、物置小屋の大掃除とか。やることは一杯あるよ? 君のふさふさの尻尾で叩いてくれたら、きっと綺麗になると思うけどね」
「……し、尻尾で掃除しろってのか! 汚れるじゃねぇか、俺の尻尾が! ふさふさじゃなくなったらどうしてくれる!」
「セブルスに毛生え薬を調合してもらってあげるよ。それにしても、よくもまぁ、あんなに長時間、いくらハリーからの手紙だからって集中できるよね…。それもこんな短い一枚っきりの手紙なのに」
「返せ!」
「えーと、何々…」
 にやりと、本当に親しくしている者にはそう見える笑い方でルーピンは目を細め、手の中の手紙に目を落とした。可愛らしい花柄のレターセットは、おそらくは学年一の秀才ハーマイオニー・グレンジャー嬢のものだろう。いつもの羊皮紙のきれっぱしだなんて味気ないわ、と頬を膨らませている様を容易に想像できる。
「なかなか綺麗な字を書くじゃないか」
『親愛なるシリウスおじさんへ。お元気ですか。僕は元気です。シリウスおじさんがルーピン先生のところに居候していると聞いて、ふくろうを飛ばしました。ハーマイオニーがルーピン先生によろしく伝えてくれとうるさく言うので、シリウスおじさんから伝えて下さい』
 ルーピンが声に出して呼んだ文章に、ああ、とシリウスはほんのり頬を赤らめて溜息を吐いた。
「いい子だなぁ、ハリー。俺がここにいるって教えた途端、すぐにふくろうを送ってくれたんだぜ。愛を感じるなぁ」
「…錯覚じゃないのかい。少なくともハリーの一番は君ではないようだよ」
『今日はシリウスおじさんに報告があります』
「ああ! 言うな! それ以上読むな! もう百八十九回も読んで確認したんだ! 見たくない! 聞きたくない!」
 手紙を読み上げるルーピンの声を、シリウスが両手を振り回して遮った。いや、遮ろうとした。だがそれよりも前に、無造作に振られた杖が武装解除の呪いをシリウスの足元に放った。ぎゃっ、と叫んで飛び上がり、咄嗟に思わず犬になってしまったシリウスは、キュンキュン鳴きながら、肉球つきの手で耳を押さえている。シリウスの足元で、生クリームのボウルがからんと音を立てた。
『実はこの前、僕に初めての恋人ができました。スリザリン寮の子で、賢くて綺麗な子です。シリウスおじさんはきっと見たことがないと思うので、写真を同封しておきます。ハーマイオニーが撮ってくれました(と付け加えるのを忘れないように、と横でうるさく言っています)。一年の頃からずっと気になってた子だったんだけど、まさか本当に恋人同士になれるなんて思っていなかったので、僕、とっても嬉しいです。シリウスおじさんの無実が証明できたら、まっさきにシリウスおじさんに紹介したいです。それでは、お元気で。ハリーより、二番目以降の愛を込めて』
「……二番目以降ってはっきり書かなくてもいいじゃないかハリー……」
 ぐすんと啜り上げるシリウスの声に、へぇ、とルーピンはにこにこ顔を崩さずに感嘆の声を上げた。
「ハリーにとうとう恋人ができたのか。シリウス、写真は?」
「み、見てない……見たくない…」
「どうして? 同封されてるのに…」
 ルーピンは床に転がっていた封筒を拾い上げた。便箋とおそろいの花柄の封筒には、ハリーの字で、『リーマス・ルーピン先生宅、玄関マット上、居候の犬様』と書いてあった。その中には二枚の写真が入っている。どちらも魔法界のもので、ハリーとロン、ハーマイオニーがにこにこと手を振っていた。
 そしてもう一枚に、件のハリーの初めての恋人の姿が映っている。
「……おやおやおや」
 ルーピンは大きく目を見開いた。写真のフレームの中では、ハリーが無理矢理に恋人の肩を抱き寄せようとしている。心底嫌そうに顔を顰めて、矢鱈に暴れている金髪の子供に、ルーピンは確かに見覚えがあった。ハグリットの授業で怪我をして、大袈裟に包帯などしていた子供だ。彼は、ルーピンの視線に気付いたように顔を赤くして、ぺこりとわずかに頭を下げた。にたにたとやに下がった顔で手を振るハリーを殴り飛ばし、子供はフレームの外へ消えていく。
「おやおやおや、ハリーの初めての恋人が、彼だとは」
「彼! 彼ッ? み、見たのか、リーマス!」
「ほら、シリウス。見てみなよ、かわいいよ。性格に問題はあるかもしれないけど、根は悪い子じゃないからさ」
「見るもんか! 畜生、ハリーはまだ嫁にはやらねぇぞ!」
「どっちかって言うと、嫁を貰うほうだと思うけど…ほら、見てみなって」
「ああああ!」
 ぐいと乱暴にシリウスの髪を引き、無理矢理目の前にハリーと恋人の写真を突きつけてやった。この世の最後かと思うような大声を上げたシリウスだったが、結局は見た。しっかりと見開いた両目で写真を見、あああっ、とまた大声を上げる。
「なんて乱暴な! 見たか、リーマス! ここここいつ、ハリーを殴りやがった! この顔にはなんだか心覚えがあるぞ…ルシウスだ! ルシウス・マルフォイの匂いがする! 奴の息子に違いない! こいつがハリーに近付いたんだ! 誑かせたんだ! そうに違いない! そう言う匂いがする!」
「……そう、よく解るね。写真だけで、匂いまで…」
「駄目だ駄目だ! 絶対駄目だ! おとーさんは交際には反対だーッ!」
 床にひっくり返って喚く大の男を、ルーピンは冷やかな眼差しで眺めていたが、やがてふうと溜息を吐くと、途中まで泡立てて放り出していた生クリームのボウルを拾い上げ、カシャカシャと泡立て機を動かし始めた。
「……ああ、でも、シリウス…」
 まだぶつぶつと何事か恨み言を写真に向かって呟いている旧友に、ルーピンはぼんやりと目を向ける。確か『週間魔女自身』とかそう言う雑誌で読んだことがあったなぁ、と思いながら声をかける。
「あんまり反対し続けると、君、嫌われちゃうかもよ、ハリーに…」
「それは嫌だ!」
 がばっと身を起こす男の目が涙目なのを、ルーピンは見逃さなかった。
「君が認めないのなら、駆け落ちしちゃうかもしれないしね…」
「それも嫌だ!」
「人気のない僻地で、二人はひっそりと寄り添って自給自足…。やがて彼らの間には愛の結晶たる子供が生まれ、ハリーは生まれた子供に、自分たちの仲を認めてくれなかった名付け親を憎むように教え育てるのでした…」
「もっと嫌だーッ!」
「やがてハリーは流行り病にかかり、今際の際に恋人と子供の手をとりながら、シリウスおじさんに君たちを認めてもらいたかった、と嘆きながら死んでいくのでした」
「死なないでハリーッ!」
 わぁああ、と大声を上げて床に突っ伏し、おいおいと泣くシリウスを、ルーピンは眇めた目で見つめ、ああシリウスってば馬鹿っぷりがかわいいなぁ、からかうと面白いなぁ、あれだけ大袈裟に騒がれるといじめがいがあるなぁ、と一人とんちんかんな事を思いながらボウルの中の生クリームをかき混ぜていた。
基本的にハリーは腹黒だといいと思います。ハーマイオニーとドラコは同じ知的な人間として共通する話題で盛り上がる女友達(?)のような関係だといいと思います。ルシリにしろシリルにしろ、二人だけのヒエラルキーの頂点はいつもルーピン先生だといいと思います。意外とシリスネも好きなので、叫びの館での修羅場は恋愛の修羅場だったらいいと思います。シリスネにしろハリスネにしろ、根本にはジェームズの影がちらついていてほしいと思います。こんな思考回路の持ち主と同じ趣味をされている方が少しでもいればいいと思います。(寂しいの/笑)