■ Harry Potter ■
and the great professers.

 じとじとと降り続く雨を、スネイプ先生は物憂げな眼差しで眺めていました。
 今年はどうしたわけか、いやに雨ばかりが続くのです。かれこれもう一週間ほど太陽を見てはおらず、さしものスネイプ先生も地下室にこもっているのにもうんざりし、三階にあるルーピン先生の部屋へやってきたのでした。
 片手にティースプーン五杯分の砂糖と、表面を覆い隠すほどどっさりと盛られた生クリームの乗ったココアのカップを手に、部屋の主のルーピン先生がやってきます。いつもの油断ならない笑顔に、今日ばかりはちょっぴり困ったようなニュアンスを加え、スネイプ先生の側に立ちました。スネイプ先生は窓際に椅子を引っ張って行き、窓の向こう側でしきりに降る雨と、それに戯れている黒い犬をぼんやりと眺めていたのでした。
「はいどうぞ。雨続きで困るねぇ」
 差し出されたカップを受け取り、スネイプ先生はそれがココアがメインの飲み物なのか、それとも生クリームがメインの飲み物なのか一瞬判断がつきませんでしたが、そんな事を言って付き返そうものなら何をされるか分かったものではありませんでしたので、とりあえずお礼を言って受け取りました。
「ああ、ありがとう」
「飲まないのかい?」
 そっと、スネイプ先生がルーピン先生に気付かれぬように窓際に置こうとしたカップを、ルーピン先生は見逃しはしませんでした。じっと見つめる眼差しに脅されるように、いえいえ、急かされるようにカップを口に寄せ、スネイプ先生は眉を寄せます。
「…クリームが口について飲めないのだが」
「そこをなんとか」
 何が、そこをなんとか、なのでしょう。
 首を傾げながらも、スネイプ先生はまだ死にたくはありませんでしたので、言われるがままカップを傾け、生クリームを口の端につけながらココアを飲みました。熱いココアに冷たい生クリームは不思議な食感で口の中を満たします。ですがそれよりも何よりも、尋常でない甘ったるさに歯の奥が軋むようでした。
 カップを置き、そそくさと口の周りについた生クリームを取ろうとナフキンを取り出したのですが、それよりも先にルーピン先生の顔が近づいてきます。やばい、と本能的に察したスネイプ先生が身を引くのと、バタンと部屋のドアが開くのとは一緒でした。
 驚いたスネイプ先生とルーピン先生が振り返ると、そこにいたのは忌々しい緑色の目をまん丸に見開いたハリー・ポッターとその仲間たちでした。目も口もぽっかりと開けたロナルド・ウィーズリーと、口元に手を当てながらもなんだかうすら笑みを浮かべているようなハーマイオニー・グレンジャーとばっちり目が合い、スネイプ先生はカッと頬に血が上るのを感じました。何しろ今の彼の体制と言ったら、ルーピン先生にキスをされているようだったからです。
「……お邪魔しました」
 誰も一言も発せず、それどころか息もしていないかと思うほど静かな時間は流れ、やがておもむろに、開けたばかりのドアをハリー・ポッターは閉めていきました。
「誤解されたかなぁ」
 えへらえへらと笑うルーピン先生に、貴様、とスネイプ先生はいきり立ちます。とにかくまずはナフキンで口の周りを拭いてから、背の高い狼男に掴みかかりました。
「わざとだな!」
「何が? ああ、ほら、セブルス、ここにもついてるよ」
 今度こそ本当に、ルーピン先生はスネイプ先生の頬についていた生クリームを舐めて取ってやりました。それでますますスネイプ先生の頬は、耳まで真っ赤になってしまいます。判りやすい人だなぁ、とルーピン先生が思っているとも知らず、スネイプ先生はぱくぱくと口を動かして、まるで一生懸命に酸素を吸おうとしている金魚のようでした。
「き、ききき、貴様!」
「ああもう、そんなに興奮しちゃお肌に悪いよ」
「ななななな何がお肌か! 誤解を解いてこい!」
「まぁいいじゃない。誤解じゃなくなればいいわけだから」
「何がだ! 何をするつもりだ! 近づくな!」
 自分で掴みかかったくせに、じりじりと逃げ出すスネイプ先生を、獲物に飛び掛る狼さながらの格好で、ルーピン先生がにじり寄ります。
「さぁさぁさぁ」
「何がさぁだ! あっち行け!」
 身の危険を本能で察したのか、ただでさえ詰めている襟元をぐっと押さえ後ずさるスネイプ先生と、しまりのない笑顔でじりじりと包囲網を狭めるルーピン先生は、捕食寸前の獲物と狼と言うよりは、どちらかと言えばいたぶられる寸前の町娘と好色お代官様と言った様子でした。
 窓際にいた彼らのことですから、そう移動する場所があるわけでもなく、スネイプ先生はすぐに壁際に追い詰められてしまいました。
 後ろは壁、前は狼。逃げる場所などありません。
 冷たい壁が背中に触れ、ぞっと走った怖気にスネイプ先生はぎゅっと目を閉じました。犯られる、いや、むしろ殺られる、と覚悟を決めた時でした。
「…何やってんの、お前ら」
 あまりにも呑気で場所を憚らない声に、スネイプ先生は思わず閉じていた目を開けます。目の前にあったルーピン先生の顔にぎょっと驚きながらも、それが入り口へ振り返っていたことにほっとしました。そして入り口を見て、スネイプ先生は呆気に取られます。
 そこには、全身からぼたぼたと汚い泥水を滴らせたシリウス・ブラックがいたのでした。
「……それは、こっちの台詞だけど…。君、どうしたの、その格好」
 ルーピン先生が姿勢を正したので、慌ててスネイプ先生はその腕に囲われていた場所から逃げ出しました。何気なく距離をとり、それとなくシリウスの方へ寄ったのは、いざと言うときシリウスを盾にして逃げようと思っていたからです。
「え、泥遊びよ泥遊び。いやー、童心に返ったね!」
「……やはり、さっき庭で転がりまわっていたのは貴様か」
「なんだよ、見てたんならお前も参加すりゃあ良かったのによ」
「誰がするか、愚か者」
「……お前」
 ルーピン先生から距離を取りたい一心で、じりじりとシリウスの方へ逃げていたスネイプ先生を、シリウスはじっと見下ろしました。ぼたぼたと落ちる泥水を、ああ掃除したばっかりなんだけどなぁ、と部屋の主のルーピン先生は思いましたが、今、清めの魔法を唱えても、シリウスの身体からまた泥水が落ちてくるので際限なさそうだと考え直しました。
 じっと見つめられたスネイプ先生は、眉を寄せ、なんだ、と見返します。じっとスネイプ先生の顔を眺めていたシリウスは、おもむろに手を伸ばし、スネイプ先生の細い顎を掴みました。
「ガキみてぇだな。ほっぺにクリームがついてるぜ」
 そう笑ったシリウスは、わずかに身を屈めると、首を伸ばしスネイプ先生の頬についていた生クリームを舐めとりました。
「おやおや」
 ルーピン先生が穏やかな顔で笑いますが、内心では何を考えているのか読み取れません。
「なっ…」
 真っ赤になったスネイプ先生が硬直し、けらけらと笑うシリウスが一度では舐め切れなかった生クリームを取ろうともう一度顔を寄せた時、またもや突然ドアが開き、ハリー・ポッターと愉快な仲間たちが元気に顔を出したのでした。
「ちょっと! シリウスおじさん! 廊下が泥だらけ…に……」
 ハリーの見開いた緑色の瞳が、シリウスの肩越しにスネイプ先生を見つけます。硬直し、血が全部上りきったのではないかと思うほど真っ赤な顔をしたスネイプ先生と、ハリーの緑色の瞳がかち合います。しばらく沈黙の時が続き、やがておもむろにハリーが動きました。
「…お邪魔しました」
 ぱたんと閉じたドアの向こうからは、どうしようハーマイオニー、また僕お邪魔しちゃったみたいだよ、今度はシリウスおじさんといちゃいちゃしてたんだけど、どっちが本命なんだろう、と騒ぐハリー・ポッターの大声と、それをいさめるようなハーマイオニーの、そんなの決まってるじゃないハリー、きっとスネイプ先生の本命はシリウスよ、だってルーピン先生なら私たちが三年生のときにもっといちゃいちゃしてたはずだもの、私、ちゃんと観察していたけど、そんな素振りちっともなかったわ、シリウスよ、絶対だわ、と飛び切り冷静な声が聞こえてきました。
「…うーん、どちらかと言えば、僕と言ってほしいなぁ」
 顎に手を当てて真剣な顔で考え込むルーピン先生の唸り声に、あまりに度重なる心労であっさり卒倒してしまったスネイプ先生の身体をちゃっかり抱きかかえているシリウスが口を挟みます。
「おい、それより、こいつ」
「おや、気を失っちゃったみたいだねぇ。折角これからあれやこれやと楽しいことをしようかと」
「せんでいいっつの」
「それよりもシリウス、君、泥遊びをするのもいいんだけど、外でちゃんと身体拭いてから城の中に入ってきてくれないかな。後でフィルチさんに文句を言われるのは私なんだけど」
「生徒の悪戯だって言っとけ。…よっと」
 シリウスは軽く掛け声をかけると、意識を遠くへ吹き飛ばしてしまったスネイプ先生の身体を抱き上げ、ルーピン先生の部屋にあるちょっぴりぼろっちい長椅子に寝かせてあげました。
「大体ねぇ、雨が降ったの雪が降ったのと子供じゃないんだからさ」
「だって今までそうそうなかったし、外にいるの」
「そりゃそうかもしれないけど。だからせめて、城の中に入るときは身体拭きなさいって言ってんだよ。でないといい加減、こっちにも考えがあるからね」
「考え〜? うわっ」
 スネイプ先生が寝かされている長椅子の隅っこに腰を下ろそうとしたシリウスは、ぴしりとルーピン先生に杖ではたかれて飛びのきました。何しろシリウスは、頭からつま先まで泥だらけだったのですから、ぼろっちい長椅子と言えども汚されるのは誰だって嫌でしょう。
 シリウスを叩いた杖を彼に向け、清めの魔法をかけると、目立った身体の汚れは消え去りました。
「首輪なんてどうかな。犬っぽくて素敵だと思うけど」
「そっくりそのままお返しするぜ。狼にもぴったりだと思うけどな」
 びしばしと見えない火花が、どうやらスネイプ先生を巡って二人の間には飛び散っているようでした。
 こっそりとドアの隙間からそれを覗いていたハリーとハーマイオニーは、一様に溜息を吐きました。
「結局、どっちなんだろうね。僕はなんとなく、シリウスおじさんが負けてるかなって感じ」
「私はシリウスだと思うわ。なんだったら一クヌート賭けたっていいわよ。ルーピン先生に迫られたあの時のスネイプ先生の怯えた顔ったら本物だったもの! シリウスに舐められた時はそうでもなかったみたいだし。ああでもそれもいいかもしれないわね。魔法薬学教師、陵辱の日々、みたいな」
「いいねそれ! でもそれだったら、ますますシリウスおじさんには勝ち目がないね。だってどっちかって言うと、ルーピン先生の方が腹黒って感じだし」
「そうね、シリウスには無理でしょうね、そういう知能戦みたいなもの。だって相当足りなさそうなんだもの、シリウスったら!」
「じゃあやっぱりルーピン先生かぁ…僕としてはシリウスを応援してあげたかったんだけどなぁ…」
「でも十二年越しの純愛ってのも素敵だと思わない、ハリー!」
「そうだね、ハーマイオニー! それもそうだ!」
 きゃいきゃいとドアの影ではしゃぐ二人を、一応義理でついてきたものの、会話には割り込めないし、理解もできないロンが一人冷静な眼差しで眺め呟きました。
「……僕、時々君たちが解らないよ…」
 深々と溜息を吐き、首を振るロンの独り言はしとしと降り続く雨に吸い取られ、誰に聞かれることもなく消えてゆくのでした。

時間軸がとってもとってもおかしいですね。プレイバック四巻! あの後、無実を証明したワンコが臨時教師としてホグワーツに招かれたとでも思っといてください。でなきゃあこんな事にはなるまいて。ハー子が一クヌートしか賭けなかったのは、シリウスが負ける可能性は大いにあると内心思っていたので、無駄な出費をしたくなかったからです。しかし教え子に、それも大事な大事な(語弊がありそうだ)ハリー・ポッターに陵辱の日々を想像されたと知ったら、スネイプ先生は再起不能になりそうですね。