■ ハリーポッター ■
after Harry Potter and The Prisoner of AZKABAN.

 台所に一人立ち、にこにこと甘ったるい匂いを放つボウルをかき回しているルーピンを、できるだけ遠ざかりたいと思いながらも、けれど狭い家であるからしてそう遠くに逃げられないシリウスは、眉間にスネイプ並みの皺を刻み、両手で鼻を押さえていた。
 ちょっとした贈り物があるから、君にさしあたって急用がないのならきてくれないかな、とふくろう便にて呼び出されたのはつい昨日だ。これはつまり、できる限り早くこい、こなけりゃ呪い殺してやる、と言う脅迫だろうと、シリウスは追手の目を逃れながらも、渋々ルーピン宅へやってきていた。
 満面の笑みで迎えられ、やあ、とか、よう、とか挨拶をする間もなく、風呂場に担ぎ込まれて、人間の姿であるにも関わらず犬用シャンプーでごしごしと乱暴に洗いたてられた。せめて人間用のシャンプーを使ってくれ、と大声でわめいたら、だってノミ取り用のがなかったからね、とにこやかな、けれどその裏では、じっとしていないと水の中に顔を沈めるよ、と言っているような笑顔でルーピンが言ったので、仕方なく犬用シャンプーに我慢した。というか、せざるを得なかった。逆らったら確実にアズカバン入りだ。
 その後に待っていたルーピン手製の御馳走は有難く頂戴したが、ちょっとした贈り物とやらの説明は一晩たってもなく、ひとところに、それも政府が見張っているような友人宅に落ち着くわけにもいかず、そろそろお暇しようかと台所に下りてきて、冒頭のルーピンに出くわしたわけだ。
「……何やってんだ」
「ああ、おはよう、シリウス。良く眠れたかい?」
 くるりと振り返ったルーピンは、つぎはぎだらけの服にピンクのエプロンをつけていた。ぐっと、またもやスネイプ並みに眉間に皺を寄せ、シリウスは低い声で問う。両手で鼻を押さえているので、やや鼻声だ。
「……何やってんだ、朝から」
「おはよう、シリウス。良く眠れたかい?」
 にこりと微笑んだルーピンが、まったく同じ言葉を返してきたので、う、とシリウスは言葉に詰まった。笑顔が怖い。
「…おはよう、リーマス。久しぶりのベッドだったから、良く眠れた。で、何をしているのか聞いてもいいか?」
「もうすぐバレンタインだし、ハリー達にカードと一緒にお菓子を贈ろうかと思って」
「ふーん」
「クリスマスプレゼントにお菓子を作って贈ったら、ハーマイオニーがとても喜んでくれたんだよ。ハリーは特に手作りに縁遠いだろう? とても丁寧なお礼の手紙を貰ったから、嬉しくて、ついね」
「で、なんで俺は呼びつけられたんだ?」
「決まってるじゃないか!」
 冷やして固まればチョコレートケーキになる液体が、とぽとぽと音を立てて型に流し込まれていく。ヘラでそれをならしながら、ルーピンはまたもにっこりと微笑んだ。
「味見係りだよ」
 さ、と言ってルーピンが示したのは、テーブルの上にずらりと並んだクッキーやスコーン、マフィンにスフレにヌガー、ふくろうで運ぶには少々厄介なんじゃないかと思うほどにこってりとチョコレートの塗りつけられたケーキなどなど、見るだけで胸焼けのしそうなものばかりだ。部屋の隅っこで鼻を押さえていたシリウスは、それらを示されて、うっと低く呻いた。
「…まさかこれ全部、俺に食えってんじゃ…」
「その通りさ、シリウス。何せ味見とは言え、これらは一応君へのバレンタインのプレゼントなんだからね! 普段ろくな物食べてないだろうから、この機会にうんと血糖値を上げられるようにって、色々工夫したんだよ」
「……一応尋ねるけどさ」
 鼻を押さえたまましゃべるので、もごもごとやや聞き取りづらいシリウスの言葉を、うん、なんだい、とルーピンはいつもと同じ爽やかな笑顔で首をかしげ聞いている。
「俺が甘いもの嫌いだってのを、知っててやってんだろうなっ!」
 ボウルの底に残っているチョコレートババロアをカツカツとヘラでこそぎ落としながら、ルーピンはにこにこと笑って答える。
「そんなの、当然じゃないか。ああ、まさか、シリウス、君…」
 コトンと銀色のボウルが木製のテーブルの上に置かれる音が、やけに空々しく台所の中に響き渡ったような気が、シリウスにはした。ゆっくりと顔を上げるルーピンの傷の走った顔が、とっても爽やかに、目だけは底冷えのする殺気を滲ませた笑顔を作る。
「私が作ったものを食べられないと言うつもりじゃないだろうね…」
 くるんじゃなかった…、とシリウスは鼻を押さえたままひどく後悔したが、それは先に想像できるようなものではない。次にハリーに送る手紙には、絶対にリーマスのお菓子を褒めるなと書いておかなければ、と思いながら、悪魔のにこにこ笑顔で見つめてくるルーピンの無言の圧力に負けた。
 がっくりと肩を落とすシリウスは、学生時代からルーピンに勝てた試しなどないのだ。勉強だの何だのならともかく、口では絶対に負ける。かと言って、随分世話になって、そしてこれからもなるであろう友人に魔法で仕返ししようなんて思えない。後で何をされるかわかったものじゃない。
 渋々椅子に座るシリウスの前に、ティラミスもあるからね、と冷蔵庫の中から取り出した大きなガラスの器が置かれた。
「…鼻がおかしくなりそうだ…」
 カカオパウダーの上に、うっすらと降りかけられたシュガーパウダーがまるで雪化粧のようだ。それを見下ろして途方にくれているシリウスに、ああそうそう、とオーブンを覗き込んでいたルーピンが振り返らずに言う。
「君用のものは全部、甘さ控えめにしてあるから、君でも大丈夫だよ」
「俺用のはって……それじゃあハリー達に送る分の味見にはならないんじゃ……」
 小声でぽつりと呟いたシリウスは、手を伸ばし、無難そうなバタークッキーを口に放り込む。口の中に砂糖があるのかと思うほどの既製品の甘さではないが、これでは子供達には物足りないだろう。お菓子を食べることに集中しているふりをしながら、鼻歌混じりでお菓子を作っているルーピンを見る。オーブンから取り出した見た目は同じカップケーキのいくつかを選り抜き、違う皿に移し変えている姿を見て、シリウスはこっそりと微笑む。間違いなくあれは、シリウス用に作られた甘さ控えめのカップケーキだろう。
 ちょっとした贈り物を堪能しながら、シリウスは思い出した甘ったるい匂いに鼻を摘み、スフレを口に放り込んだ。
なぜ突然にハリポタなのか…。それは一重にルーピン効果かと(笑)。
そう言えば何かで、シリウス役にヴィゴ、ルーピン役にショーンB、校長先生役にクリストファーとイアンの名が当初挙がっていたという話を読んだんですが、そんな、美味しい…いや、ややこしい配役、絶対誰も納得せんだろう、と思いました。でももしこの配役でやっていたらヴィゴとショーンBが抱き合うわけか…夫婦喧嘩のようだと言われるわけか……それはそれで惜しかったかもしれない…。