■ Harry Potter ■


 首席で卒業した事を示す金時計を、誇らしげに、そして少しばかり気恥ずかしそうにしっかりと握り締め、ハーマイオニーが横に並ぶ。初めて会った頃から思えば、背が伸び、明るくなり、そして綺麗になった。その大半がハリーの大切な親友のおかげだろう。ハーマイオニーを挟んだ隣へ並び、さりげない仕草で彼女の肩を抱くロンもまた、初めて会った頃よりもうんと背が伸び、逞しく成長していた。不安を一杯にし、ぽかんと口を開いて間抜けな表情をしていた顔は、引き締まり、自信に満ち、大人の男と呼ぶに相応しいものになっていた。
「じゃあ撮りますよ!」
 いつになってもカメラを手放さないコリンが、さっと魔法界のカメラを構えた。今日は忙しくなるからと、彼の弟もそこらでフラッシュを焚いている。バシンとすごい音がして、コリンがファインダーから顔を上げた。
「現像したら、焼き増しして送りますね!」
 にこにこした顔で笑うコリンに、ハーマイオニーが首を傾げる。
「でも、それじゃあ大変じゃない? 現像費とか、結構かかるんでしょう?」
 さすが首席。
 ちっともそんな事を気にせずに、悪いな、と笑っていたロンが、ヒュウと口笛を吹いた。丁度、今の写真でネガが終わったのか、カメラをひっくり返して色々といじくっているコリンが、片目を閉じて笑う。
「実はこれ、マクゴナガル先生から頼まれたんです。学校が、諸々の経費を出してくれるんです。だからほら、卒業の式典も僕、大広間にいたでしょう?」
「ああ、そう言えばそうね…」
 首席の金時計をダンブルドアから貰うところを、しっかりカメラに収められていた事を思い出し、ハーマイオニーが頷いた。
「他に欲しい写真があったら、それも一緒に送りますよ」
「寮のみんなで写真撮りたいわね」
「そうだな、じゃあ、みんな捜してくるよ! ネビルとシェーマスが、どっかその辺にいたはずなんだけど…」
 ロンが長身を活かし、辺りをきょろきょろと見ながら大広間へ入って行くのを見送り、ハリーも同じように首を動かした。
 惜しくも首席こそ逃したものの、次席の銀時計を貰ったスリザリンの彼を捜していたのだ。
 相変わらず聡いハーマイオニーが、くすくすと笑い声を漏らす。
「ドラコなら、スネイプ先生のところよ、ハリー」
「え?」
 目を丸くして、思わずずれた眼鏡を指先で押し上げると、探していたんでしょう、と綺麗な笑顔で首を傾げる。
「さっきそう言ってたもの。スリザリンのみんなで写真を撮るから、スネイプ先生を呼びに行くって」
「え、ああ…そう……」
「残念そうね」
 今日で袖を通すのも最後になるローブの裾が、ふわりと通り抜けた初夏の風に浚われた。ハーマイオニーがゆれた髪をくすぐったそうに耳にかけるのを眺めながら、ハリーは軽く肩を竦めて見せる。
「残念ってほどじゃないよ。ただちょっと、一緒に写真が撮れたらなって思っただけ。駄目だったら、ねぇ、コリン、ドラコの写真、僕に一枚送ってくれない? 一人で映ってる奴があったらだけど」
「いいですよ。彼の写真、二番人気だから現像が大変だけど」
「あら、一番人気は誰?」
 目を瞬くハーマイオニーが、うっすらと化粧をしているのを、ハリーはようやく今気付いた。朝から何度も顔を合わし、卒業の式典も終えて、彼女のスピーチも聞いた後だったのにだ。そう言えば、ドラコの顔もしっかりとは見ていない。プラチナブロンドが帽子に隠れているのを後姿に見ただけだ。
「そんなの決まってますよ。我らが英雄、ハリー・ポッターです」
「ええ、本当?」
 思わず顔を顰めてしまったハリーを、ハーマイオニーとコリンは揃って笑った。
「下級生から山のように事前注文が来てて、本当、参ってますよ。マクゴナガル先生が、下級生からは現像費を貰いなさいって言ったくらいだから」
「それはすごいわね。じゃあ、私も一枚貰おうかしら」
「やめてよ、ハーマイオニー、君まで。それにさっき一緒に撮ったじゃないか」
「あら、何言ってるのよ、ハリー。それにサインしてもらって、家に飾るのよ。一番目立つところにね。私、英雄のお友達なのって自慢するわ」
「ハーマイオニー……」
 がっくりと肩を落としたハリーを、ハーマイオニーはからからと明るい笑い声を上げた。
「冗談よ。そんな悪趣味なことするわけないでしょ」
「ここだけの話」
 コリンがフィルムを入れ替え、ぱちんと裏の蓋を閉めた。ひょいと持ち上げたカメラで、無造作にハーマイオニーとハリーを撮ったので、二人は思わず目を瞬いた。予期せぬフラッシュは目に痛い。
「ドラコ・マルフォイからも貰いましたよ、ハリーの写真の注文」
「ええっ、嘘! 本当に?」
「まぁ、彼の場合、他の人とはちょっと違う注文の仕方だったけど」
「なに、どういう注文だったの?」
 ハッフルパフの生徒にコリンが呼ばれ、すぐ行きます、と返事を返した後で、ついでのようにコリンは答えた。
「ハリーが映ってるもの全部って注文ですよ。それも、一年の頃のから全部。特別料金を払ってくれるって言うから引き受けたんですけどね。アルバム、十冊は作れちゃうな」
 コリンは呼ばれたハッフルパフの生徒の方へ小走りに向かった。やや赤い顔で、ぼんやりとそれを眺めていたハリーの脇腹を、ハーマイオニーがこつんと突く。
「ねぇハリー?」
 含み笑いは、彼女が何かを企んでいる時特有の顔だ。
「な、なに?」
 熱い頬を手のひらでごしごしと擦ってごまかそうとしているハリーを、ハーマイオニーは呆れた顔で見た。
「前から思ってたんだけど、あなた達って、どうしていがみあうって事と愛し合うって事を同時進行でできるのかしら。普通、そう言うものは別々にしかできないものよ」
「それは愛が足りないからだよ、ミス・グレンジャー」
 ハリーが答えるよりも先に、後ろからひょいと、ハーマイオニーの肩に顔を乗せたドラコが答えた。
「あらドラコ。スネイプ先生と写真を撮るんじゃなかったの?」
「もうとっくに済ませたよ」
「良かった。それならハリーと一緒に写真を撮ってあげてくれないかしら? あなたを捜してたのよ」
「ちょっ…ハーマイオニー!」
 ハリーの顔は真っ赤で、怒ったふりをしているけれど、決して迫力はなかった。ドラコはひょいと肩を竦め、ハーマイオニーの肩に顎を乗せるために屈めていた背を伸ばす。一年生の頃は、どっこいどっこいの身長だったのに、三年生の頃から彼はぐんぐん伸びた。ハーマイオニーとでは頭ひとつ分は余裕で違う。さらさらのプラチナブロンドを、いつもは何もせず下ろしているのに、今日は帽子を被らなければならないせいか、会ったばかりの頃のようにオールバックに固めている。
「だと思った」
 ふっと唇の端を持ち上げて笑うドラコが、むぅと唇を引き結んでいるハリーの頭をぐしゃりと撫でる。
「どう言う意味だよ」
「どうせそんなことだろうと思ったのさ」
 不貞腐れているハリーをおかしそうに眺め、ドラコはくすくすと笑い声を漏らす。
「グリフィンドールの英雄殿の考えることなど、僕にはすべてお見通しだ」
 むっとますます唇をひん曲げるハリーの目の前で、ドラコが軽く両手を開いて見せた。
「と言いたいところだが、さっきウィーズリーと擦れ違ったんだ。多分ハリーが捜してるだろうから行ってやってくれって言われてね。それから、マクゴナガル先生と一緒に写真を撮るから、噴水の側にきてくれだってさ。ハーマイオニーと君に伝えてくれと言われた。まったく、あいつは僕をふくろうか何かと勘違いしてるんじゃないのか」
「じゃあ行かなきゃ」
 折角ドラコと一緒に写真を撮るチャンスだったのに、とハリーが半ば落胆しながら言うと、そうね、とハーマイオニーも頷く。やや残念そうなのは、彼女もまたドラコとハリーと一緒に写真を撮ろうと考えていたからだ。
 それを見越したかのように、ドラコが言った。
「クリービーを捕まえておく。さっさと行って、さっさと戻ってくるんだな」
「私もご一緒していいかしら?」
「勿論さ、ミス・グレンジャー。と言うよりも、こちらからお願いしたいね。在学中、一度も勝てなかった秀才とフレームに収まるのは悪くない」
「あら、魔法薬学じゃ、私、あなたに勝てたことなんて一度だってないけれど?」
「それすらも君に取られてたら、僕はスネイプ先生に呪い殺されてたよ。では後で、ハーマイオニー」
「ええ、後でね」
「ちゃんと待っててよ、ドラコ。絶対だからね」
 何度も念を押すハリーの背を押し、早く行ってこい、とドラコに送り出された。噴水の側にはグリフィンドールの寮生が、寮監のマクゴナガルを囲んで、英雄と首席がくるのを今か今かと待ち構えている。ごめんごめん、と遅くなった事を詫びると、早くしなよ、と口々に言われ、彼らはマクゴナガルの両脇に並ばされた。
 おどけてマクゴナガルの肩を抱くと、まぁ、と彼女は少し頬を染めながら、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
 ふと見ると、遠いところでドラコがこちらを見ている。ひらりと手を振ると、向こうもひらりと手を振ってくれた。嬉しくて頬を緩めると、ハーマイオニーに咳払いをされた。慌てて生真面目な顔を取り繕うが、もう遅かった。脂下がった顔をしっかりマクゴナガルに見られ、そして最後のお小言を貰いながら、ハリーはそれでもいいかと思っていた。こんな場面を撮られてしまって、これから先、延々とその写真を見る度にからかわれるはめになるのだろう。
 ああもう参ったなぁ、と呟くと、ドラコが背を向け笑っているのが見えた。
 名を呼ぶと振り返る。
 初夏の風に揺らぐ笑顔が綺麗だった。
初めて子世代を書きました(笑)。今までは話の中に出てくる程度だったものなぁ。意外と書きやすかったのが、グレンジャーとマルフォイ。ちょっと苦手意識が先行しちゃうのがポッター。我輩、ポッターは苦手なのだ(誰)。なんだかんだと言いながら、ドラコにはハー子に一目置いていて欲しい。なんつーんだろ。嫌いだけど、努力家なところとか、知識人であるところは認めている、みたいな。ハリーとの仲がこじれて一番に相談する相手はハー子だと思う。でもってハリーもドラコ関係のことはロンに相談できないので(ドラコのドを言っただけでロンの機嫌が悪くなるから)、やっぱり相談はハー子に。と言うわけで、二人は一生ミス・グレンジャーに頭が上がらないのでありました。ところで首席は金時計、次席は銀時計というのは正しいのだろうか…。うちはそうだったんだけど…気になるところです。