Unsent. -4- |
ホテルへ行こうと言い出したのはどっちが先だったんだろうか。 俺の涙が枯れ果てて、クソ腹巻のコートはぐちゃぐちゃになってクリーニングが必要で、寒いこんな時計台の下に何時間も待たされた俺の身体はがちがちで、クソ腹巻はもうワインバーになんて行くつもりなんてなくて。近くの安っぽい、それだけが目的のラブホの派手な門を潜った。受付の男は、俺の事を女とでも思ったのか、それとも商売柄ホモ慣れしてんのか、変な顔ひとつせず無愛想に鍵を寄越す。クソ腹巻の大きな手が、チャチなドアノブに触れて鍵を開けて、俺を部屋の中へ入れた。 ブルゾンを脱いでも寒くない室内の温度に、俺はホッと息を吐き出しながら肩の力を脱いだ。実に安っぽいブルゾンを、もっともっと安っぽいベッドの上に放り出して、俺はドッと腰を下ろす。なんだか、すごく疲れた。 目は熱をもって腫れぼったいし、泣き喚いたせいで喉はがらがらだ。鼻水だって出ちまったから、鼻もがびがびで痛い。顔洗いてぇな、と思って洗面所を探していたら、どっかに消えていたクソ腹巻が、風呂入れ、と右手で部屋の奥を指差した。 「あんだけ外にいたんだ。風邪引くだろ。暖まるまで出てくんな」 命令口調が気に障んだよ、クソ腹巻。 だけど今だけは、大人しく聞いてやるよ、クソッタレ。 丸い浴槽の中にどっぷり身体を浸して、骨からぐつぐつ煮だってくるぐらい長時間俺は風呂に入り続けた。ひょっとしたら途中で何度か寝ちまったかもしれねぇが、クソ腹巻は一度だって風呂へ顔を出しやしなかった。そろそろ上がるかね、と浴槽から足を出したらぐらりと揺れて、危うくスッ転ぶところだった。俺が鶏がらだったら、こりゃいい出汁が出たな。 ちょっくら火照っちまった頭を抑えながら、バスローブに袖を通して部屋へ戻ると、でっかいラブホ特有のベッドのど真ん中に、クソ腹巻が大の字になって鼾かいてやがった。どこでもいつでも寝るのが売り物のクソ腹巻だが、こんな時まで寝なくてもいいだろうがよ、と思わず溜息が漏れちまう。普通ならここで、愛の言葉を囁きつつ熱いラブキッスを交わして、接着剤より激しく抱擁を交わしてベッドに縺れ込んであれやこれやと色々するのが恋人ってもんだろうが。 足の先でクソ腹巻の腹を蹴飛ばしてやると、ごろごろと転がって俺の場所を空けた。俺はそこへもぐりこんで、俺たちの前は誰が使ったかも解んねぇような布団引っかぶって、さぁ寝るか、と枕の位置を直す。そん時枕だけじゃなくて何か違う物まで俺は引っつかんでしまったらしく、がさがさと頭の下で煩い音がなった。目を開けて、枕の側を探ると、さっきクソ腹巻が持ってやがった紙袋だった。なんだこりゃ、と思ってよく見ると、ドスコイパンダの紙袋だ。 この島にドスコイパンダの支店があったとは驚きだが、それよりもっと驚きなのが、ドスコイパンダをクソ腹巻が持ってやがるってことだ。紙袋を持ってるってことは、中身もドスコイパンダだろう。ひょっとしてこいつ、こう見えてドスコイパンダコレクターか? いや、もしかしてこの腹巻、ひょっとしてひょっとするとドスコイパンダの腹巻なんじゃねぇのか。いやしかしドスコイパンダが腹巻なんつーダッセェもん作るわけねぇし、ひょっとするとひょっとしてもしかしたらひょっとして、オーダーメイド? いやしかし。 ぐるぐる回る頭で、俺は開けて中身確認すりゃ謎は解けると判断した。 クソ腹巻の物だろうが、この際関係あるか。 きっちり止めてあるテープをべりべりはがして、俺は中に手を突っ込んだ。 中には立派なドスコイパンダの箱が入っていて、薄さといい大きさといい、腹巻には実にぴったりな按配だ。やっぱり?と首を傾げながら箱を開けた俺は絶句した。 中には趣味の悪ィ緑の腹巻なんかじゃなくて、実に品のいい深緑色のネクタイが収まっていやがったんだ。 ドスコイパンダは、ネクタイと言えど結構値が張るもんだ。 ついでに言えば、このクソ腹巻がネクタイなぞ締めてるところを、俺は一度たりとも見たことがねぇ。 ナミさんやビビちゃんにネクタイは必要ねぇだろうし、ルフィやウソップなんぞ言うに及ばずだ。カルーとチョッパー? 考えるだけ無駄だ。 必然的にこのネクタイは、俺へのプレゼントって事になる。 俺にくれるんのかな。 いい生地のさらりとした感触を一頻り楽しんだ後、俺はネクタイを、ちゃんと元通り箱に閉まって、袋の中に突っ込んだ。腕を伸ばして、クソ腹巻の向こう側に袋を置く。 意地汚いって笑えばいいさ。 女々しいって笑えばいい。 けど俺は、こいつの手から、こいつの口から、あのネクタイを貰いたいんだ。 こいつが、俺のために選んだネクタイを、こいつの目の前で箱を開けて驚いて見せて喜んで見せて、そんでからしおらしく着けてやりてぇんだ。 クソッタレ。 俺はごそごそと布団の中にもぐりこんで、クソ腹巻の胴体に両腕を巻きつけた。ぐーぐー鼾かいて寝てるクソ腹巻は、これくらいのことじゃ起きねぇし、俺は起こすつもりもない。ただ、クソ腹巻の体温をすぐ側に感じてたかった。 ぎゅうっと目を閉じると、不覚にも枯れたはずの涙が滲んできやがった。 俺はごしごし顔を擦って、息を吐いた。 早く朝になんねぇかな。 そしたら、堂々とこのクソ腹巻を蹴飛ばして起こせるのに。 早く。 早く早く朝になれ。 早く。 畜生。 |
FIN |