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 ああもう何てこと、と長い指先を額に這わせ、溜息を吐いた後で、ナミはオレンジの髪をかき上げた。太陽の光を浴びれば、そこに太陽があるように輝く髪だ。じんわりと地熱ように伝う暖かさを帯びているかのように錯覚する髪を、けれど今ナミは、分厚い雲に覆われひとつの光も届かない空の下でたなびかせていた。ぽつと髪に宛てた手に、水滴が落ちる。見上げないナミの代役を務めるかのように、ゾロが空を見上げた。真っ黒で渦巻く雲は、木の葉のように揺れる小さな船を嘲笑っていた。遠い西の空か、東の空か、ともかく船から遠い空で青白い閃光が走る。何気なさを装って走らせた目で、細い手首で指針を働かせるログポースを読んだ。先日、穏やかな気候であまりにも暇を持て余していた時に効いたログポースの読み方が、こんな所で役に立った。指針は、船が向かう先よりも四十五度違う所を指し示していた。
「……ウソップ」
 隣で茫然と、そして唖然と口を開け惨状を見上げていたウソップに、ゾロが声をかけた。あんだ、と返事をするが、ウソップの心はここにあらずだ。
「左四十五度旋回だ。流されて向きが変わってる。舵を」
「…ああ、ああ、そうだな。うん、そうだ。舵を取ろう」
 ぱちぱちっと何度か瞬きをした後で、ウソップは歩き出した。
「ルフィ」
 みかん畑から落ちてきた果実がたわわに実る木を悲しそうな目で見つめていた船長にも、ゾロは声をかける。
「ウソップと一緒に、舵を」
「任せとけ。それよりゾロ、任せたからなっ」
 纏っていた悲しみを払拭する笑みを浮かべた船長が、ゾロの大きな肩を叩いて行く。行こう、とウソップを伴い、陽気な羊の頭がくっついた舵を動かし、船の向きを変えるために、操舵室兼食堂のラウンジへ上がって行く。それと入れ違いに、サンジが戻ってきた。一級仕立てのスーツが濡れるからと、透明の雨合羽を着込み、金色の髪にもフードを被せている。緩く首を振り、しけって役に立たないマッチを何度か擦って、舌打ちした。
「駄目だ。根っこから抜けちまってる。ああなっちまったらただの水桶だな。塩水がたっぷり入っちまってて……」
「…駄目になっちゃったって…ことなのね」
 ぽつりと呟くナミが、大きな溜息を吐いた。腹の底に淀んだ空気を吐き出すような、重く大きな溜息は、ゾロにやるせない気持ちを抱かせる。
「…仕方ない。村から持ってきたときから解ってたことだもの。諦めましょう」
「諦めるったって…お前…」
 ぷいと顔を背けたナミを、思わず留めたゾロの前には、まだ根に土を纏わりつかせたみかんの木が、無残な姿で横たわっていた。倉庫の前の甲板だ。強風にあおられ、高波に浚われ、土をやられていたみかん畑は、浅い根を張るみかんの木を支えきれず、残らず土ごと領域から吹き飛ばしていたのだ。水はけが良くなければみかんは育たず、土はいつもぱさぱさと乾いている。それが災いした。竜巻のように吹き荒れる風の中に、みかんの木が紛れているのに気付いたルフィが腕を伸ばし、一本を引き寄せていたが、他は駄目だった。この海域の流木として、まだ時化の収まらない海を漂っているだろう。
「なに、ゾロ」
 細い腕を掴んで放さない男を見上げ、ナミが目を瞬く。降り始めた雨は、もう顔を打つ勢いだった。流れる水は、流れたのかそうでないのか解らないナミの涙を隠すためのもののようだ。
「…何って…お前…どうすんだよ、これ」
 ルフィが引き寄せたみかんの木を指差すと、ああ、とナミは眉を寄せる。見たくないと言いたげな様子で、顔を背けた。
「…どうしようもないじゃない。今更塩だらけの土に戻したって根付きやしないし…。捨てるしかないわ」
「捨てるって…」
「でもナミさん。土を全部入れ替えたら大丈夫だと思いますよ。それまではほら、布でぐるぐる巻きにしておけば、根っこだって無事だろうし」
 サンジがそう付け加えると、馬鹿ね、とナミが笑う。
「入れ替える土をどこから調達してくるって言うの。一番近い港は出港したばっかりよ。それも昨日ね。次の島までは優に半月はかかるって、前の港の人が言ってたじゃないの。時化に合わなくて、順調に風が吹けば半月だって! つまり時化に襲われちゃった今となっては、半月以上かかるって事なのよ! いくらみかんが水捌けの良い土向けの木だからって、半月も土なしじゃあちゃんと育ちやしないわッ!」
 離して、とゾロの手を強い力で振り払い、ナミは倉庫へ駆け込んで行った。そのまま女部屋へ閉じこもってしまうのだろう。振り払われた手を見下ろし、そして女の背が消えて行った倉庫のドアを見つめていたゾロは、やれやれ、と明るい声で首を振ったサンジを振り返った。火の付かない煙草を、口寂しさを紛らわせるために咥えて、サンジは爪先でみかんの木を突いている。ごろんとみかんの果実がひとつ甲板に転がった。ころころと、風に翻弄される船の動きと一緒に、甲板を転がるみかんを、ゾロは手を伸ばして拾い上げようとしたが、ひときわ強い風が吹き、船が傾いだ。咄嗟にバランスを取ったせいで、転倒は免れたが、みかんは手の届かない遠いところへ転がって行く。
「…ナミは?」
 ゾロの手の届かない所まで転がったみかんを、蹄の手が持ち上げた。その小さな姿には聊か大きく見えるみかんを両手で持ち、チョッパーがメインマストの下に佇んでいる。淋しい顔をしているのは、横たわるみかんの木と、そして空を舞ったみかんの木を見ているからだ。
「浸水は?」
 男部屋に水が漏れていないかを調べにやらしていたゾロは、チョッパーの問いには答えず、顎をしゃくる。うん、と頷いて、チョッパーはみかんを見下ろしていたが、やがて今はそれどころではないと思ったのだろう。きゅっと唇を噛み締めた後で、雨に濡れて所々変色している帽子のつばを持ち上げた。
「やっぱり水漏れしてるんだ。ウソップに見てもらいたいんだけど、ウソップは?」
「今ルフィと舵を取ってる。少し進路がずれてるんだ」
「じゃあおれ、ウソップと交代してくる。それでウソップに壁直してもらうよ」
「そうしてくれ。ああ…それ、くれるか」
 チョッパーが両手で大事に運んで行こうとしたみかんの実を、ゾロは指差していた。チョッパーはうんと頷いて、ゾロの大きな手にみかんを預けて行く。小走りなのは、浸水の具合が心配だからだろう。男部屋には女部屋ほど貴重なものは置いていないが、日々就寝に使う寝具や、晴天の日に洗ってよく干しておいた包帯などが山のように積まれている。水に弱い医療器具も置いてあるのだ。それに何より、じめじめとしけった壁は、たとえ時化が去った後であっても気分を憂鬱にさせる。
「俺は暖かいレモネードでも作るかね」
 ナミの気分を落ち着かせるためだろう。頭の後ろで腕を組み、それとも紅茶が宜しいかねぇ、と呟いている男が、ラウンジへ繋がる階段を上り始めた。ばさりと風雨に帆が鳴いた。追い風だからとナミは帆を畳むように指示しなかったのだが、風向きが変わり、船が流されるようならそれも降ろさなければならないだろう。帆が裂けでもしたら、この先の航海に支障をきたす。何より、帆を修復するのが面倒だ。
 手の中のみかんをぽんと弾ませた後で、ゾロは倉庫のドアを開けた。薄暗い船室へ歩き出すと、あら、と落ち着いた女の声が、開いていた女部屋の扉から聞こえてくる。
「外はどんな調子?」
 今はナミの一番の理解者であろう年上の女は、ゾロの濡れた顔を見ると、近くの棚にあったタオルをひとつ放ってくれた。礼を言わずに顔を拭うと、外に出るのが憂鬱になるわね、と女は鬱蒼と呟く。
「…大変な嵐ね。航海士が必要だわ」
 倉庫の丸窓から外を眺め、ロビンがゾロに話しかけるのではなく、独り言を言う。
「うちの航海士はどうした」
 ゾロが振り返ると、ロビンは肩を竦めた。黒いシャツが上下し、少しの間丸窓の向こうを隠す。
「下にいるわ」
「あんたはどうする」
「私? 私はそうね…とりあえずは間違った方向に進んでいる船をこの場に停泊させようかしら。帆を畳んで、錨を降ろさなくちゃ、ログの示す次の島からはどんどん離れて行ってしまうわ。それには航海士が必要なんだけど…しばらく私でも代役は効きそうよ」
「なるべく早く戻す」
 そうして頂戴、とロビンは一度もゾロを振り返ることなく、雨が降り、風が吹き荒れる甲板に出て行く。躊躇いのない横顔が、あらあら、とそこに横たわっているみかんの木に気付いたようだった。これは酷いわね、と言うロビンの独り言を聞いたあとで、ゾロは断りもなしに女部屋の階段を降りていた。途中、やはり船が高波に翻弄され、階段を踏み外しそうになる。咄嗟に壁に手を突いて堪えるが、何しにきたのよ、とその隙を突くように、くぐもった声がゾロの鼓膜を打った。
「いや…仕事を放棄してる航海士を呼びにな」
 ベッドに突っ伏している女の背が、少し揺れた。
「何よ…ちゃんと仕事はするわよ……」
 ずずっと鼻を啜る音に、ゾロは苦笑する。航海日誌を書くためのペンや写真建てが置いてある机にみかんを置き、代わりにそこにあったティッシュボックスを持ち上げた。大きなベッドの端っこの方に腰を下ろし、ほらよ、とティッシュボックスを投げると、伸びた手がむんずとそれを掴む。
「……ちょっとショックだっただけ」
 むくっと身を起こし、泣いた顔をゾロに見られないようにと背を向けた女が、鼻を盛大にかみながら呟いた。少し鼻声になっているのは、仕方がないだろう。
「大事に大事に育ててたみかんが、たかだか時化にやられちゃったのが、悔しくて…。それに、みかんの木が空を飛ぶだなんて思ってなかったから…」
「あれはすごかったな」
 空を飛ぶ木が、丸裸になりそうなほど、強い風がその時は吹いていたのだ。ルフィの麦藁帽子も危うく災難に遭いかけ、ロビンが咄嗟にマストに腕を生やし帽子を掴んでいなければ、一瞬で見えないところへ飛ばされて行っただろう。チョッパーの帽子もそうだ。ころころと甲板を転がる帽子を、トナカイは一生懸命追いかけていた。
「サンジ君の言う事も、一理あるって頭の中では解ってるの」
 丸めたティッシュを屑篭に捨て、また新しいティッシュを引き抜いている。
「残ってる土をかき集めて、麻布でくるんでおけば、木は長持ちするって…でもこれから二週間もまだ航海はあるのよ? この風で船は随分流されてしまってるから、余分に一週間くらいかかるかも。木は助かっても、折角実ったみかんは駄目になっちゃうわ…」
「…木があるんなら、それでいいだろう。新しい土入れて、みかんの木を植えたらいい。次の島には、みかんの木があるかも……新しく買ったらいいじゃねぇか」
「でもそれは、ベルメールさんの畑のみかんじゃない。ノジコが育てたみかんじゃないでしょ」
 口を噤んだゾロを、ようやくナミは振り返った。赤紫のキャミソールに、肩甲骨の陰が生まれ、捩じった首にさらりとオレンジの、けれど室内では明るい茶色になる髪が被さる。
 泣きべその顔がそこにあった。目が真っ赤になっていて、頬には流した涙の跡が酷く不恰好についていた。強く鼻をかんでしまって赤くなった鼻の頭に、唇は嗚咽のせいでかさかさだ。
「あたしはこの船に、ベルメールさんとノジコのみかんを植えたかったの。二人と一緒に世界地図を作る旅がしたかったの。でももう…二人のみかんの木は駄目になっちゃったのよ。あんなに一杯あったのに、残ったのは一本だけだなんて…」
「一本でも残ってなら、それでいいだろ」
「あのねぇ、そうじゃないの。あたしは一本だって枯らしたくなかったし、なくしたくなかったのよっ」
「…全部なくすよりはいいだろ」
「そりゃそうかもしれないけど…」
 溜息を吐き、ナミはぐいと頬を拭った。また向こうを向いてしまったオレンジの頭に、ゾロは視線を宛てていた。
「…今度は、お前のみかんを植えたらいい」
 え、と振り返る大きな真ん丸の目に、ゾロは少し照れ臭さを覚える。
「次の島でみかんの木を調達して、それで植えたらいい。土全部入れ替えて、ウソップに頼んでちょっと柵を高くしてもらったら、高波も随分マシになるだろ。そんで、お前がそのみかん育てて、お前の姉貴に見せてやればいい。お前のみかんだって。お前が旅で見つけたみかんだって」
 見つめ合ったのは、ハシバミ色の大きな目だ。それは人を従わせるのに大いなる力を発揮する。時折馬鹿にしたように歪み、時折楽しそうに煌き、昔の人は、こう言う事を、目は口ほどに物を言うと言ったのだろう。あながち嘘じゃない。間違っちゃいない。ハシバミ色の目は、色々な事を小さな頭の中で目まぐるしく考え、最良の方法を選び出し、そして決断するのだ。真っ直ぐ前を見据える目を、ゾロは好ましいと思っていた。頼りになって、安心できると思っていた。同年代の女に、そう思ったのは、大剣豪になる事を誓ったあの少女以来ではないだろうか。
 長い睫が瞬き、ハシバミ色の目はその度に僅かな間瞼に隠された。
「……あたしのみかん?」
 首を傾げる女に、ゾロはハッと我に返った。不覚にも、見惚れていた。
「…そうだ。お前のみかんだって言ってやればいい」
 ナミは顎に手を当てた。尖った形の良い顎に、すんなりと伸びた指先が触れる。少し考えるように女は首を傾げ、そうね、と呟いた。
「そうよね。あたしのみかんを育てればいいんだわ。何もベルメールさんとノジコのみかんは、この船で育ててたみかんだけじゃないんだから…あたしの村にはまだ一杯一杯あるんだもんね! それに、ノジコが見たこともないようなみかんの木を持って帰れば、きっとノジコ、びっくりして驚くわ! きっとそうよね?」
 問いかけの応えを、ナミは期待して尋ねたのはないようだった。そうよね、と自分自身に言い聞かせるようにぶつぶつと呟き、それに、と今度はしっかりとした意識と目的を持ってゾロを見た。
「ノジコにうんと自慢できるわ。そのみかんの木がたくさん並んだところを見てきたってね」
 にこりと笑う笑顔は可愛らしい。
 年下の、年相応の笑顔だ。ほっとしたゾロが溜息を吐くと、ナミは少し首を傾げた。そう言えばあんた、何しにきたの、とさえ言いそうな様子に、苦笑を禁じ得ないが、普段あれだけ元気に飛び跳ねている女が急にしぼんでしまうのは、居たたまれない。
 ぎしりと船底を支えるキールが鳴いた。軋んだのだ。荒れ狂う海に、小さな船は翻弄されている。まだ天地上下が逆さまになるような暴風雨でもないから、外の連中は女部屋に篭った二人を放っておいてくれるのだろうが、それにしてもそろそろ酷い。気付けば船が左右に振られる割合が大きくなっていた。
 早く甲板へ上がって船の指揮を取ってくれと、ゾロが口を開きかけた時、ねぇ、と密やかな声と共に、かつんと床を踏みしめる靴底の音がした。
「もうそろそろ、泣き虫のお姫様のご機嫌は治った?」
 壁に手をつき、揺れる身体を支えながら降りてきたのは、ずぶぬれになったロビンだ。タオルを顔や濡れた髪に当ててはいるが、服はもうどこにも乾いたところがないほど濡れきっている。スタイルの良い身体が、濡れて張り付いた服によってシルエットを殊更強調していた。どこか淫靡にさえ見える大人の女に、健全な男であるゾロは一瞬目を奪われる。ムッと口を尖らせたナミが、そんなゾロの頬をぎゅっと抓った。
「あんたどこ見てんのよッ!」
「痛いって」
 細いナミの手首を取って、頬から離させると、口元に手を当てたロビンがくすくすと笑っている。なぁによ、と頬を膨らませるナミに、いえ、とロビンは微笑を崩さない。
「航海士が必要なの。船はログを見失ったわ。風もやたら滅多らに吹いていて、一応今帆を降ろしたところ。錨綱が切れちゃったら元も子もないから、錨は下ろしてないけど……だから今、この船はただの木端ってことを、泣き虫のお姫様に伝えに来たってわけよ」
「何それっ! 早くそれを言いなさいよっ!」
 ダンと、床にヒールを叩き付けるように立ち上がったナミが、のんびりとベッドに腰を下ろし、女二人のやり取りを眺めていたゾロをじろりと睨みつけた。
「あんたもあんたよッ! 早くそれを言いなさいってのッ」
「お前なぁ……」
「そうそう。ゾロはとてもうまくやってくれたのよ。うちの航海士が行方不明になってる間にね。お礼言っておいた方が、いいんじゃない?」
 薄い笑みを唇に乗せ、ロビンは階段を上がって行く。女の足音が倉庫を出て行くのを聞き終えると、腰に手を宛てて頬を膨らませていたナミは、大きな溜息を吐いた。だらりと腕を下ろし、まったく、と顔を上げる。
「あたしったら航海士失格。何があっても冷静にがモットーだったのに。たかだかみかんの木がやられたくらいで落ち込んでるなんて……。ありがと、ゾロ。助かった」
「いや、俺は何も」
「これからも世話になると思うの。だからこれ、前払い」
「は?」
 呆気に取られているゾロの前で身を屈めると、ナミは細い指を伸ばして、ゾロの髪を軽く掴んだ。襟足をぎゅっと掴まれ、上を向いたゾロの唇を、柔らかなみかんの香りがする唇が、そっと掠める。間近にある長い睫は閉じられていて、ゾロの頬をくすぐった。
「ん。前払い修了! さ、早くあんたも働いてよ。この嵐乗り切るのには、いくら手があっても足りないんだから!」
 さぁさぁ、と追い立てるナミに手を引かれ、茫然とするゾロが階段を上る。わたわたと階段に足を取られている間に、ナミはさっさと倉庫を出て行った。吹き荒れる風に、開け放して行ったドアがばたんばたんと開いたり閉じたりを繰り返し、酷く耳障りな音を立てていた。吹き込む雨風は、資材を濡らし、食料を濡らそうと勢力を伸ばしている。
 とりあえずゾロは、雨を阻むため倉庫の外に出た。後ろ手にドアを閉めると、どっと横殴りの波が押し寄せてくる。甲板においてあった空き樽のひとつが、それに乗って転がって行く。一緒に、チョッパーが流されかけていた。助けてくれー、と悲鳴を上げる泳げないトナカイを左手でさっと抱き上げ、ゾロはラウンジへの階段を駆け上った。助かった、と息を吐くトナカイは、どうやら根っこから抜けてしまったみかんを、格納庫の大砲に括りつけていたらしい。誰に頼まれるでもなくそれをしていたチョッパーは、だってあれナミの大事なものだからな、とゾロに抱えられたままで呟いた。吹き付ける風を避け、ラウンジに飛び込むと、握り飯を作っていたサンジと目があった。やるじゃねぇか、と言いたげに口笛を吹き、サンジは顎をしゃくる。
 指し示された所には、ぴんと背筋を張って舵を取るウソップに細かい指示を出す航海士の姿があった。