■ ゾロサン ■
HappyBirthday Sanji.

 今日も今日とて大海原を進み行くゴーイングメリー号のラウンジに、ちわーっ、と可愛らしい大声が飛び込んだ。夕飯の仕込み中だったサンジが一体何事かと振り返ると、ウソップのがま口鞄を赤くして小さくしたような鞄を袈裟懸けに下げたチョッパーがにこにこ笑顔で入ってきた。
「郵便でーす!」
「郵便?」
 新聞配達とともに郵便も届けてくれるかもめ便がきたのかと首を傾げるサンジに、違うよ、とチョッパーは赤いがま口鞄の中から封筒をふたつ取り出した。
「船内郵便なんだ。今日だけ特別に、おれが郵便屋さんで、みんなに手紙を届けるんだ。サンジも何か出したい手紙があったら、おれに渡すんだぞ!」
「…ああ…なんか良く解んねぇけど、解った」
「じゃあな! 確かに届けたからな!」
 チョッパーはぴしっと蹄をまぶたの上に当てて敬礼すると、きびきびした動きでラウンジを出て行った。横の甲板を通り、船尾へ行く姿こそは身長の問題で見えなかったが、郵便でーす、と上げる大声だけは聞こえていた。
 サンジは受け取った封筒の表書きを確認する。『ゴーイングメリー号ラウンジ内サンジ様』と几帳面に整った文字で書いてある。確認しなくても解るこの筆跡は、ナミのものだ。ああっ、ナミさんが俺にラブレターをッ、とひとしきり感激に身を震わせた後で、そっと封筒を開けた。
 愛らしいピンク色の便箋にまずは、『親愛なるサンジ君へ』と書かれている。親愛なるッ、とまたひとしきり感激に身を焦がし、うきうきと続きに目を走らせ、サンジは顔を強張らせた。
『先日サンジ君が割ったカップは、ヘレンドのシノワズリコレクションの中で私が一番気に入っているものです。黒地に桃色の花と緑の葉の対比が美しく、また裕福であることを意味する図柄を取り入れてある事も、まったく私に相応しいと思い愛用していました。よって、カップ破損による実損失費として二十三万ベリー、私に対する慰謝料としてベリー、精神的苦痛を癒すための必要経費として十万ベリー、しめて四十三万ベリーに色をつけて五十万ベリー頂きます。追伸、お誕生日おめでとう。あなたの一年が私のお宝を増やすことに費やされますように。あなたを愛するナミより』
「……容赦ねー…」
 確かにカップは割ったが、あれは不可抗力だ。ルフィが横からちょっかいを出してきて、それを追い払うために回し蹴りを繰り出したら、靴の先がナミが紅茶のお変わりを求め差し出していたカップに掠ったのだ。だが、ゴムの身体に食らわせるつもりで込めた脚力は、掠っただけのカップを粉砕した。ぱらぱらと塵になって膝の上に散るカップの残骸を、ナミ以上にサンジは青ざめ、また震え見つめていた。いいのよサンジ君気にしてないわ、とにこやかに告げたあの微笑の裏にはこう言う意味があったのか。
 かさかさ震える手でナミからの手紙を封筒に押し込め、二通目の手紙を見た。表書きには汚い字で『コック』と書いてある。これもまた見るまでもなくゾロからだと解るが、サンジにはいつものように、ああっゾロが俺のために手紙をッ、などとのけぞる気力は残っていなかった。根こそぎヘレンドに奪われた。
 半ば投げやりに封筒をあけ、中から手紙を引っ張り出す。
 ぴらりと開いた便箋には、味のある字で『誕生日おめでとう』と書かれていた。
「……ああ」
 そう言えば、とサンジは目を瞬く。カレンダーを見やれば、確かに日めくりカレンダーの三月二日が一番上になっている。よく見ればナミのラブレター(とサンジは思い込むことにした)にも、お誕生日おめでとう、と申し訳程度に書いてあった。
 サンジは思わず苦笑する。
 こんな風に、手紙で気持ちを言葉として伝えられたことなど、初めてだ。
 たとえそれが、片方はそっけなく、片方は督促状まがいのものでも、嬉しいと思わずにはいられない。
 丁寧に折りたたみ、封筒にしまった手紙を、サンジは大事なものばかりを置いている戸棚の中の箱の中にしまう。レシピを書き連ねたノートや、船旅に必要なカロリー計算の計算表などと一緒にしまいこんだ。
 次に会ったら、礼を言おう。
 そう思い、再び夜の仕込みに戻ろうとしたサンジは、ふとその手を止める。戸棚の奥に箱と一緒にしまってある筆記具を引っ張り出し、サンジはそのままラウンジのテーブルに腰を下ろした。一応、一度として使ったことはなかったけれど、レターセットなるものも筆記具をしまう箱の中には入っている。
 せっかく、一日郵便屋さんがいるのだから、今日くらい、気持ちを言葉として手紙で伝えよう。
 レターセットに向かうサンジが、ペンを握り、言葉を編み案じる。
 ちわーっ、郵便屋でーすっ、とまた赤いがま口鞄を袈裟懸けに下げたトナカイが大声でラウンジに入ってくる。
 赤いがま口鞄から、サンジ宛ての封筒を引っ張り出して渡すチョッパーに、サンジからもまた手紙を頼んだ。
 喜んで顔中を口にして笑うチョッパーが、小さな背を向け走り出す。
 見送るサンジは、新たに届けられた手紙にまた、幸せの苦笑を漏らした。
ゾロサンでラブラブと思っているんですが、どないなもんでしょうか…。一応サンジのお誕生日おめでとうってことで。ナミさんからのお手紙のヘレンド云々カップは、マジで二十三万もします。たった一個で。びっくりします。そんなもん普通に使ってる人いるんかいな、と思ってたり。でも綺麗なんだよなぁ…やっぱ観賞用かしら…。あたしは100均のぶたさん柄カップを愛用してます(誰も聞いてない)。