■ ONE PIECE ■

 ぽつぽつと降り始めた雨を手のひらで受け、あらいやだ、とロビンは眉を寄せた。
「航海士さん、雨が降ってきたみたいよ?」
 昼前に甲板一杯に張り巡らせたロープに、洗濯物を干したばかりだったのだ。今日はしばらく天気は変わらないだろうし、シーツも洗っちゃいましょうよ、それならテーブルクロスも、とゴーイングメリー号全員総出での洗濯だった。まだその洗濯物が湿っているうちに、ぽつぽつときたものだから、ラウンジで休憩をしていたナミも迷惑そうな顔をして出てくる。
「嘘でしょー? だって今日は晴ればっかって感じだったのに」
 ナミの手の中のグラスが、からりと氷を揺らして音を立てた。それを見上げ、残念ね、とロビンは穏やかな顔で微笑む。
「グランドラインの天気は変わりやすいのよ」
「それは解ってるんだけど…あーでも、うん、大丈夫。これくらいならすぐに抜けるわ。洗濯物はそのままでいいわよ。それよりロビン、新作のおやつだって。早くいらっしゃいよ」
「すぐに行くわ」
 ロビンはもう一度空を見上げ、鈍色の雲がゴーイングメリー号の進行方向にはないことを確認した。確かにナミの言うとおり、進行方向は真っ青に晴れ渡っている。
 階段を上がっている途中で、その階段の影になるところに背を預け寝入っているゾロの頭を見つけた。ひょいと覗き込むと、どうやら眠っているというよりは、ただ単に目を閉じうとうとしていると言う感じだ。
「剣士さん、おやつみたいよ」
 声をかけると、緑色の髪がきょろきょろと動き、ようやく真上から声をかけているロビンに気付いた。
「新作のおやつですって。早く行かないと、船長さんに全部食べられちゃうかも」
「あー…」
 茫洋とした顔で水平線の辺りを眺めているゾロに、これは本当に寝起きだったのかしら、とロビンは少し悪い気がした。
「少し分けておきましょうか?」
「いや、いい。行く」
 のっそりと起き上がる男は、頭の上にぱらぱらと降ってきた雨に気付くと、マストからつるされている洗濯物を見た。
「入れなくていいのか、あれ」
「そのままでいいらしいわ。どうせすぐに抜けるんですって。これ以上ひどくならないようだから」
「そうか」
 のそのそと、まるで熊のように階段を上がる男を後ろに眺めながら、ロビンはその年の男の子で洗濯物の心配をするのってどうなのかしらね、と微笑んだ。微笑んだ、と言うよりも苦笑に近かったかもしれない。まるでうまくナミにしつけられているように思えたからだ。
 ラウンジの開け放されていたドアをくぐると、すぐ目の前には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
 新作のおやつを取り合って、床でルフィとチョッパー、ウソップが取っ組み合いの喧嘩をしているのだ。
「あら、にぎやかね」
「ああ、ロビン。そうなのよ、さっきからずっとこう。あら、あんた起きたの?」
 ナミの隣に腰を下ろしたゾロに、こんがり焼きあがったワッフルを味わっていたナミが目を瞬かせた。
「目が覚めた」
「おやつのにおいに?」
「いや、ロビンが」
「通りかかったから、おやつの時間よって起こして差し上げたのよ。コックさん、とてもいい匂いね」
 ワッフルに生クリームとアイスクリーム、果物とキャラメルソースをかけたものを運んできたサンジにそう微笑みかけると、ああんっ、とサンジは身を悶えさせた。
「そう言って頂けると超幸せッス! お飲み物は何がよろしいッスか? おやつがかーなり甘いから、あっさり目のがいいかな、と俺は思うのですがマドモワゼル」
「そうね…剣士さん、あなたは?」
「緑茶」
「じゃあ、私もそれで」
「多分、て言うか絶対合わないと思うよ、そのおやつには」
 あまりのチョイスに、サンジががっくりと肩を落とす。甘ったるいおやつに緑茶はさっぱりするだろうが、それにしても和風と洋風なので口の中がこんがらがりそうだ。
 そうね、とロビンはくすくす笑って、向かいに座っているゾロを見た。
「剣士さん、アイスティでいいかしら」
「おう」
「じゃあ、アイスティをお願いね」
「……なんでゾロと一緒のにするんスか…」
 胡乱気な眼差しをするサンジが、ちらちらとゾロとロビンを見比べる。ロビンはおかしくなって吹き出してしまったが、ゾロはまったく構わずにぱくぱくとワッフルに熱中していた。
「コックさんのお仕事を減らしてあげようかと思って。間違ってもあなたのダーリンに手は出していなくってよ」
「それならいいんだけどー。ロビンちゃん魅力的だからサンジちょっとジェラスィーみたいなー…」
「はいはい。サンジ君、あたしもアイスティおかわりね」
 かわいこぶって身をくねらせているサンジにナミがグラスを突き出すと、はぁい、とサンジはかわいらしく返事をして、アイスティを準備するためにシンクへ向かった。
 その後姿を見送って、ロビンはまた微笑んだ。
 随分かわいらしいものだと思ったからだ。
 香ばしいワッフルを切り分け、ふと開きっぱなしのラウンジのドアの向こうに広がる空を見た。確かにナミが言った通り、少しばかりの雨だったらしく、もうすっかり晴れ渡っている。
「すっかり天気になったわね」
「言った通りでしょ。と言うわけで、オレンジもらうわね」
 ロビンの皿からひょいとオレンジを一房取り上げ、ナミはそのまま自分の口に放り込んでしまった。
「随分なお行儀だこと」
「お説教ならお断りよ」
「そうは言うけれど、ビタミンは必要なのよ、お肌には特に……あら、ありがとう」
 ぽいっとゾロがオレンジをロビンの皿へ放った。別に彼が嫌いだと言うわけではなく、ナミに取られた分の補充だろう。にっこり笑ってそれをありがたくもらうと、ああっ、とサンジが慌てて走ってくる。ゾロから譲られたオレンジに対して、ああだこうだと言い訳をしてどうにかそれを奪い取ろうとしている。その様子がかわいらしく、ロビンはにっこりと笑って、ゾロからもらったオレンジをぱくりと食べた。
 あああー、と絶叫するサンジに、アイスティはまだかしら、と澄ました顔で尋ねてやる。ああ…すぐに…、とふらふらとシンクへ戻っていった。その後姿を見て、まるで幽霊みたいな足取りだこと、とロビンはおかしくなる。あらでも、とロビンは首を傾げた。幽霊に足取りなんてあるのかしら、と思うと余計におかしくて、サンジがアイスティを持ってくるまでくすくすと笑い続けていた。

ロビンちゃんが幸せだと嬉しいなぁ〜と言う気持ちが大いに現れているのではないかと。ロビンちゃん大好きだー! ゾロロビは勿論ですが、ゾロサン前提での恋愛感情を含まないゾロとロビンのやり取りと言うか、コンビが好きです。なんかとても姉弟っぽくていい。ロビン(長女)、ゾロ(長男)、ナミ(次女)、チョッパー(次男)って感じ。ロビンとゾロとの間が開いていてしかも長男なので、ゾロは随分可愛がられたに違いない。ちょっぴり抜けた天真爛漫な子に育ったとロビンは満足しているに違いない。でもってそんな兄を次女も次男もほほえましく見守っているのであった…。どんな話だ(笑)。