■ 光放つ人 ■ |
「パウリー!」 出社した途端呼ばれた名前に振り返ると、目の前にどばっと大量の黄色の薔薇が差し出された。 「な、なんだっ?」 「誕生日おめでとう、パウリー。ささやかながらわたくしより心を込めたプレゼントです」 「お、おう。サンキュー」 一抱えもある大きな花束を渡し、同じ一番ドックの職人はふっと微笑を浮かべ去っていく。職人には似つかわしくない黒のギャルソンルックの胸元には、同じ一輪の、こちらは赤い薔薇が咲いている。やたらさわやかな風をまといながら去っていく後姿を見送り、パウリーは貰った花束を抱え直す。 そして一歩足を踏み出すと、途端に今度は逆から呼び止められた。 「職長!」 「なんだ?」 振り返ると、五、六人が徒党を組んで並んでいる。それが一斉にずいと手を差し出した。 「おめでとうございまっす! つまんねェもんですが、貰ってください!」 差し出されたそれぞれの手にはノートほどの大きさをした木箱があった。どれもこれもが包装はなく、変わりのように木箱の上には焼印が黒々と押してある。 「お、葉巻か。サンキュー!」 花束とは別の手に、職人達は箱を積み上げる。全員が全員同じものなので、積み上げれば最後、どれが誰から貰ったものかは解らなくなるが、若い職人は満足そうにそれを見て、じゃ、仕事に戻りますんでっ、と去って行く。若いなぁ元気だなぁ、とその背中を見送り、パウリーはまたもや一歩足を踏み出した。またしてもその途端、後ろから声がかかる。 「パウリー! お誕生日おめでとう!」 「良かったぁ、パウリーったらもう仕事に入っちゃったかと思ったぁ!」 黄色い声にぎょっとしたのは他の職人だ。いつもなら呼ばれる名前はルッチやカクだったりするが、今日だけはパウリーが主役だ。それにドックの前に集まる女のタイプが違う。どちらかと言えばパウリーより年上の、派手な格好をしたあからさまな娼館の女達にパウリーはひょこひょこと近付いていった。 太股も露、胸元も大きく開き、二の腕も見えている。それなのにパウリーは赤くなってどもるどころか、おーっ、と目を輝かせた。 「お前ら、わざわざ来てくれたのかよ!」 「当たり前じゃない! パウリーの誕生日だもん」 「はい、これ、プレゼント! みんなで焼いたケーキとクッキーとマフィンとマドレーヌ!」 「…食い物関係かよ。いや、嬉しいけどさ」 「それからこっちは、あんたいっつも同じ服ばっか着てるでしょ? これ、パーカー。こっちがシャツ。こっちはスーツの上下、ついでに靴、ネクタイ。一式そろえたから、たまにはそういう格好しなさいよ!」 「おいおい、着る機会なんざねェぞ?」 「なくても着るのよ! いい? それ着たら、絶対あたしたちに見せにくるのよ!」 ぴしりと、綺麗に整えられた長い爪を突きつけられて、パウリーはうっと身を引く。解ったよ、と弱い声で返すと、よしっ、と総勢十人はいようかと言う女達はみな満足げに頷いた。 「じゃ、これ、プレゼントね!」 そう言って押し付けられた紙袋二つを腕に通し、中に職人に貰った葉巻の箱を入れた。花束だけは入らないので手で抱えていくことになる。 「サンキュー! んじゃなー、お前ら、これから寝るんだろ? お疲れー!」 「あんたは気張りなさいよー!」 「おーう!」 ひらひらと手を振って女達が去っていくと、ようやく本社ビルに向かってパウリーは歩き始めた。その間にも、次から次へと呼び止められて、ビルの中に入った時には、目の前が見えないほど大量のものに両手が塞がれている。ついでに言うと、例の薔薇の花束は持てないので背中にロープでくくりつけた。 前もろくに見えず、それでも勘だけで歩いていると、ドンッと誰かに盛大にぶつかってしまう。 「わっ、すまねぇッ」 「ンマー、パウリーか?」 両手を塞ぐ大量の荷物を掻き分け向こうから覗いたのは、眼鏡を頭に乗せたアイスバーグだった。 「相変わらず盛況だな」 「うわっ、アイスバーグさん! んじゃ、今ぶつかったのもアイスバーグさん……うわっ、すんませんっ!」 「いや、いい、気にするな。しかしまぁ、毎年の事ながら大量だな。その背中の薔薇は……あいつか」 パウリーに薔薇を差し出そうと思うのは、たくさんいる職人の中でもあいつくらいなものだろうとアイスバーグは苦笑する。その上で、パウリーの手の中から大量の荷物の半分を奪った。 「職長室まで持って行ってやろう。このままじゃ仕事にならんだろう」 「う、す、すんません……」 小さくなってしょぼくれるパウリーを、アイスバーグはからからと笑い飛ばす。 「何言ってんだ。みんなが祝ってくれるめでたい日じゃねェか。どんと胸張ってろ」 「で、でも、アイスバーグさんに荷物持ちをさせるなんて、俺ァ、身の置き所がねェっつーか…なんつーか…」 「それならもっと身の置き所をなくしてやろう。お前に誕生日プレゼントがあるんだ。後で渡す」 「マジっすか! ありがとうございます!」 今の今まで真っ青になって焦っていたのが嘘のように、パウリーは上機嫌でへへっと笑う。大量の荷物の半分を抱えているアイスバーグは、それを横目で眺めながらも、本社ビルに入ってもなお、方々からかかるパウリーを呼び止める声に、いちいち足を止めた。 「おめでとうございます、パウリーさん! これ…」 「あ、職長。今日誕生日ッスよね。これ、俺からのプレゼントっす」 次から次へと渡されるプレゼントのほぼ半分は、味も素っ気もない木箱ばかりだ。焼印はすべて一緒、形も大きさもすべて一緒。要するに職人は全員、パウリーにやるプレゼントと葉巻がイコールで結ばれているのだ。 安直な…、と思わないでもないが、アイスバーグはそういう連中が嫌いではない。 職長室へたどり着く前に、パウリーの手もアイスバーグの手も、前が見えないほどに積み上がった荷物で塞がれた。 「ンマー、しかしすごいもんだな、パウリー」 「はぁ、でも、誰かに祝ってもらえるってのは、ありがたいもんです」 「お、誰かと思ったらパウリーか。アイスバーグさんに荷物持ちをさせるとは大物じゃのぅ」 後ろからかかった声に、アイスバーグと二人、揃って首を曲げ振り返る。声を聞いて想像した通り、そこには出社したばかりと思われるカクがいた。手には大きな樽がある。どう見ても中身はたっぷりとした酒だろうに、軽々と片手で肩に担ぎ上げている。華奢な外見とは裏腹の力強さに、アイスバーグが目を丸くした。 「ンマー、カク! お前とうとう船大工辞めて、酒屋でも始めるつもりか? いや、常々思ってたんだ。お前の山風なら配達に便利だろうなぁと」 「それ言うなら郵便屋の方が似合ってるんじゃねぇかと思うんですが」 「何を二人して馬鹿な事を言っておるんじゃ。これはワシからパウリーへのプレゼントじゃ」 ぱんと叩く樽には、言われてみればリボンがくっついている。 「ンマー、豪快だな、カク!」 「マジかよー! 超嬉しいぜ! サンキューな、カク! できたらキスのひとつやふたつしてやりてェとこだが、両手塞がっちまってるんだ!」 「いや、そいつは遠慮しておこう。後でルッチに殺されかねんからのぅ」 職長室へ向かう途中でそんなくだらないことを話していると、後ろからカツカツと早足で近付いてくるヒールの音が聞こえた。本社ビルで高いヒールを履いているのはカリファ一人だ。カクが振り返ると、忙しなく辺りを見渡していたカリファが、ああ、とちょっと安心したように微笑んだ。 「失礼、カク。アイスバーグさんを見なかった? どこを探してもいらっしゃらなくて…」 「俺ならここだ、カリファ!」 ひょいとカクの影から顔を出したアイスバーグを見て、カリファは目を見開いて絶叫する。 「アイスバーグさん! パウリー! あなたと言う人は、アイスバーグさんを荷物持ちに使ったのですかッ! なんと言う無礼者!」 「待て待て、カリファ。俺が買って出たんだ。それより、何だ。探してたんじゃねェのか?」 アイスバーグが足を止めると、ああそうでした、とカリファは毎度のように眼鏡をついと持ち上げた。 「アイスバーグさんのインタビューを取りに、新聞社の記者がやってきています。できれば早く、社長室に戻っていただければと」 「ンマー、そうか、すっかり忘れていた。これを職長室まで持っていくから、その後で行くと伝えてくれ」 「畏まりました。では………と、パウリー!」 一礼し、きびきびと立ち去ろうとしたカリファが、短いスカートの裾を捌いて振り返る。ぎらりと大きな目に睨まれ、いや、見つめられ、パウリーは思わずたじろいだ。 「な、なんだよ」 「お誕生日だそうね。おめでとう。これは私からのプレゼントよ。有効活用しなさい」 すっと差し出された薄っぺらい封筒を、両手が塞がっているパウリーの代わりにカクが受け取った。カリファは踵を返し、カツカツとヒールの音を鳴らしながら歩み去る。その後ろ姿にパウリーは怒鳴った。 「サンキューな!」 カリファはちらりと振り返っただけだったが、唇の端が微笑んでいたのをパウリーは見た。カクが勝手に封筒を開けて、中身がウォーターセブン共通の商品券だと言う。パウリーは一頻り嬉しそうに笑って、両手を塞ぐ荷物を職長室へ運び込んだ。 「どうもすんませんでした、アイスバーグさん」 重さに痺れた手を振るアイスバーグに、パウリーがぺこっと頭を下げる、広い職長室の真ん中に置かれている巨大な机は、ほぼプレゼントで埋め尽くされている。アイスバーグは胸ポケットから手のひらにのる大きさの厚みの薄い箱を取り出した。 「店先で見つけてな。お前に丁度いいかと思ったんだ」 「え、俺にッスか? ありがとうございます!」 「ンマー、精々大事に使ってくれ。俺ァ仕事に行くぞ」 「はいっ、ありがとうございます!」 アイスバーグが職長室から出て行くのを見送り、パウリーは早速嬉々としてアイスバーグからの贈り物を開く。アイスバーグと入れ違いに入ってきたルッチが、パウリーに声をかけようとして手の中の包みに気付いた。 「お、ルッチ。いいだろ、これ。アイスバーグさんから貰ったんだ!」 そういいながら包みを解き、箱の蓋を開けると中に入っていたのはペンダットトップのようなものだ。親指と人差し指で小さな丸を作ったくらいの大きさのもので、馬の蹄鉄に似た形をしている。蹄鉄の先をぐっと押せば、中に仕込まれている刃が動く、シガレットカッターだ。元は金色だったのだろうそれは長い時を経て、色が変色している。 「ほー、見事なもんじゃな。こりゃアンティークじゃ。パウリーには勿体ないわい」 横から覗き込むカクがそう言うと、パウリーはそれを指先で持ち上げ、しげしげと眺めている。 「へー…綺麗なもんだよなぁ。あ、鎖も入ってら」 シガレットカッターの蹄鉄の円の頂点には、鎖を通すための部分があった。パウリーは早速それを首にかけ、どうだ、とカクに見せる。今までアクセサリーなど付けたことのないパウリーに、それは意外にも違和感なく収まっていた。 「似合っとるぞ」 「本当か? なぁルッチ、どう思う?」 入り口近くで立ち尽くしていたルッチにパウリーが顔を向けると、ルッチは右手を身体の後ろへ回しながら、ああ、と低く呻く。 『いいんじゃねぇか?』 「そっか。へへ…あとでもっかいアイスバーグさんに礼言っとこっと」 「なんじゃ、ワシに礼はなしか? 折角、樽を運んできたってのにのぅ」 「あーっ、サンキュー、カク! 愛してるって! てか、ちゃんと言ったじゃねぇか最初によ。後でみんなで飲もうぜ」 「ん? 一人で飲まんのか? これだけあるんじゃ。向こう半月分は酒代が浮くだろうに」 「んでもよ、こういうのはみんなで楽しんだ方が……おい、ルッチ! どこ行くんだよ!」 さっと踵を返し、入ってきたばかりのドアを潜るルッチの背に、パウリーは思わず声をかける。それもそのはずで、もうすぐ始業時間だ。今日は新しい船の建造に関して職長会議をまずする予定だったので、始業時間間際の部屋からルッチが出て行く意味がない。 ルッチはズボンのポケットに手を突っ込んだまま、振り返りもせずに言う。 『便所だ』 さっさと部屋を出て行くルッチの後を追うハットリの羽ばたきが慌しい。 「…あんだぁ?」 目を丸くしているパウリーに、さぁなぁ、とカクは薄い笑みを浮かべて、ルッチの消えたドアを眺めている。 「気に食わんことでもあったんじゃないかのぅ」 「ふーん……」 パウリーは物を考え込む時の仕草で腕を組み、首を傾げている。 ふと身動きをするたびに、その首で金色の鎖が揺れる。それを眺め、カクは何とはなしに、ルッチの機嫌が一気に底辺まで悪化した理由を推し量っていた。 その日一日、ルッチは機嫌が悪かった。 ルッチの機嫌の上下を知るのは非常に容易い。 しゃべらなければ最悪、用件だけを言うならばほどほど、饒舌に物をしゃべるのならば上機嫌だ。 今日はその内の最悪中の最悪にあたるらしい。 職人に指示もせず、じっと自分が負った仕事をこなしている。あれじゃルッチの下で働く職人が辛かろう、とカクが助太刀に出たほどだった。 なーにを機嫌悪くしてんだか、とパウリーはそれを眺めながら、半ば呆れて思っていた。結局それが気になって、仕事がはけた後の飲み会も流れてしまった。酒樽はパウリー一人で飲むことになり、それをどうにか家にまで持ち帰らなければならない。山と積み上がったプレゼントと、巨大な樽とを前に、どうやって一度に持って帰るか、いっそブルを借りてくるか、と考えていると、仕事を終えたらしいルッチが職長室へ戻ってきた。 「おう、お疲れ」 滴る汗をロッカーに入れてあるタオルで拭うルッチに声をかけると、ルッチはパウリーを振り返り、パウリーの胸元にあるシガレットカッターを眺める。そしてそのままふいと顔を背けた。 頭にきたのはパウリーだ。 機嫌が悪かろうと解っているところをあえて声をかけたと言うのに、返事は返ってこず、あまつさえまるで汚らわしいものを見るような目をして顔を背ける。どういうことだよ、とパウリーは眉間に皺を寄せる。 「何なんだよ、テメェ。何が気に入らねェんだか知んねェけどな! 周りに辺り散らすのは止めろよ!」 つかつかと近付き、ぐいと力任せに腕を引けば、ロッカーの棚から何かを取り出そうとしていたルッチの手がぶんと触れた。その弾みで、手に握られる直前だった物はぽんとルッチの手から離れ、床に転がり落ちる。 顔色を変えたのは、そうなるように仕向けてしまったパウリーではなく、ルッチの方だった。慌てて手を伸ばし、床に落ちた小さな包みを拾い上げようとする。それよりも先に、パウリーが手を伸ばした。 「…なんだよこれ」 ひょいと拾い上げられたそれは、パウリーにとって初めて見るものではなかった。 手のひらに収まる大きさで、薄っぺらい箱だ。シックな色合いの包装に、落ち着いた金色のリボン。アイスバーグがくれたシガレットケースを包んでいた包装とまったく同じだ。 「……おい、ルッチ、これ…」 目を丸くしてルッチを見ると、ハットリをロッカーの上に止まらせ、彼は気まずげに顔をそらしている。その顔を見て、パウリーはぴんときた。 「これ、俺へのプレゼントか?」 ぱぁと顔を輝かせ問うパウリーの手から、ルッチはさっとすばやく包みを奪い取る。 「何すんだよ! 俺のだろっ?」 『明日、違うのをやる』 苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向き、ルッチは悔しそうだ。それがプレゼントをパウリーに知られたせいか、それともスマートに渡せなかった自分に対する苛立ちなのかは、生憎パウリーには解らなかった。だが、ルッチの機嫌が悪かろうが何だろうが、ルッチが自分にプレゼントを用意してくれていた事が嬉しくて、パウリーは顔を明るく晴れ渡らせて言う。 「なんでだよ、いいじゃん、それで! なんでそれじゃ駄目なんだよ!」 『…これは、駄目だ』 「なんで!」 『……同じ物は、ふたつといらんだろう』 「同じ物って…この中身、これと同じってことか?」 パウリーが胸元で揺れるシガレットカッターを指先で摘んで言えば、ルッチは顔を背けたままで、ああ、とも、おう、とも付かない声で呻いた。それを見たパウリーは、なぁんだ、とことさらに明るい声を漏らした。 「んーな事でテメェは今日一日仏頂面してたってのかよ! おらっ、寄越せ!」 ずいと差し出された手を、ルッチは思わず見下ろしてしまう。そのまま動かないルッチに、パウリーは訝しげに眉を寄せた。 「あんだよ。どうしたよ」 『話を、聞いてなかったのか』 「あ? 何が?」 『同じ物を二つも貰ってどうする。明日にでも別の物と換えて……』 「俺ァこれがいいんだよ」 ルッチの手から、パウリーは驚くほどすばやく包みを奪い取った。あ、とルッチが目を丸くしているのを知りながらも、そのルッチの目の前でばりばりと包装を破る。綺麗にかけられていたリボンも、丁寧に包まれた箱も、全部、一瞬にしてごみになった。 箱の中に入っていたのは、パウリーが首から提げている物とまったく同じシガレットカッターだ。色の具合や蹄鉄の形をしたシガレットカッターの刃の擦り具合は、さすがにアンティークだけあって微妙に違う。 「サンキューな、ルッチ」 嬉しそうにそれを眺めるパウリーの表情は、演技とは到底思えない。けれど同じ物を二つ貰い、喜ぶパウリーの心理も解らず、ルッチはぐっと眉間に皺を寄せた。気を使って喜んでいるふりをしているのではなかろうとは思う。そんな器用な男ではない。だが、そう見えてしまうのも仕方がない。 「なーにまた仏頂面してんだよ」 ぎゅっと顎をつかまれて、思わずその手を叩き落とす。パウリーはまったく気にした様子もなく、首から提げたシガレットカッターと、ルッチから貰ったばかりのシガレットカッターを両手に持ち見比べている。 「おー、やっぱ微妙に違うぜ。ルッチから持った奴には星が入ってんだ。アイスバーグさんのは擦り消えちまったのかなぁ。シリアルナンバーか? 番号も違うな」 『パウリー。テメェ、本当に、そんな物でいいのか』 「そんな物たァなんだ、そんな物たァ」 むぅと頬を膨らませる子供っぽい表情が、すぐに晴れる。 「アイスバーグさんとルッチが、俺のためにって選んでくれたもんだろ? 同じ物だって別物だ。大事に使わせてもらうぜ」 ルッチからのシガレットカッターをズボンのポケットにしまい、パウリーは何度かそこを手のひらで叩く。それから空気を変えるように、ことさら明るい声を上げた。 「なぁ、それよか手伝ってくんねェ? 貰いもんが大量すぎて、一人じゃ持って帰れねェんだよ」 言われてみればそれもそのはずで、広い職長室の半分をパウリーへのプレゼントが占拠している。カクの他にもタイルストン、ルルが共に酒樽を持って出社してきたし、三番ドックの職長の連名でも一樽寄越された。中身はワインだったりウィスキーだったりしたが、それにしてもすごい量だ。安普請のパウリーの部屋の床は抜けるかもしれない。 『樽も持って帰るのか?』 さすがに不安になって問うと、持ちよいように色々散らばっているものを袋に詰め込み、縄で縛っているパウリーが、うんにゃ、と答えた。 「ひとつだけ持って帰って、後は置いてくんだ。明日飲み会すっから、そん時にみんなで飲もうかと思ってよ」 『一人で飲みゃいいじゃねェか。向こう三か月分の酒代は浮くぞ』 「カクにも言ったけどよ」 パウリーは葉巻の箱の半分を置いていく事に決めたようだった。どうせ仕事場でも吸うのだから、持って帰って、そしてまた持ってくるのも面倒だ。ロッカーに入るだけ詰め込もうとしているパウリーが背中で話す。 「俺ァ一人でちびちび飲むより、みんなでわいわい馬鹿騒ぎやって飲む方が好きだからな。それに、なんか独り占めっつーのも、悪ィ気がするっつーか」 『根っからの貧乏性だな』 「うっせぃやい。うしっ、んじゃー、これ半分お前の担当な」 そう言って渡されたのは大きな箱がひとつだ。中身はほとんどが葉巻の木箱だ。パウリーは紙袋を山のように抱えながら立ち上がり、銜え煙草でニッと笑う。 「んで、家帰ったら飯な!」 『…俺が作るのか?』 「他に誰がいるんだよ。折角だし、ケーキも食いてェなぁ。あ、ワインをボトルでくれた奴がいるんだよ。それ、開けようぜ。そんで風呂入って、やる事やって、寝るか!」 『……やる事…』 「やー、いい誕生日だなぁ。満たされてるっつーの? いいねぇ」 けらけら笑いながらもパウリーの頬も耳も赤い。やる事やって、の下りで、自分で言いながらも照れたらしい。なんと言うか、実直なことだ。 先に職長室を出るパウリーの背中に、黄色の薔薇の花束が括り付けられている。思わずルッチはぎょっと目を見開く。 『オイ、なんだ、その背中の薔薇は…』 「あーこれ? これも貰いもん」 『……あいつか…』 そんな物を寄越す人間は一人しか知らず、ルッチは思わず溜息を吐いた。そういえばルッチの誕生日にも花束を貰った。ただしあの時は、モスローズと言う聞きなれない色の薔薇だったが。 『何考えてやがんだ、あいつは…』 「さぁなー。でも突き返すのも悪ィだろ。花なんか滅多に触んねェし、ましてやこういう機会でもねェと部屋に飾らねェしな」 『いや、まぁそうだが……。黄色の薔薇か…何考えてやがんだ…』 まじまじとパウリーの背中を眺めているルッチに、あー、とパウリーは間延びした声を返す。 「黄色だと何かあんのかよ。テメェだってもらってたろ、誕生日に」 『まぁ、貴様のお粗末な頭には入ってねェとは思うが、花にはそれぞれ花言葉ってのがあるんだ。中でも薔薇は、色毎に花言葉がある』 「へー…って、お粗末な脳たァなんだ!」 『そのままの意味だが』 「ちっとばかし雑学蓄えてるからって、えっらそーに……んで? 黄色の薔薇の花言葉ってのはなんだよ」 不貞腐れながらも、きっちり話を聞いているのはパウリーらしい。ルッチは件の職人から以前聞いた話を思い出して言った。 『黄色は確か…君のすべてが可憐だとか、薄れゆく愛だとか、嫉妬だとか、美だとか』 「ゲッ、見ろよルッチ! 鳥肌たったぞ今! お前が貰った色のは何だよ」 『……愛の告白、崇拝、尊敬…』 「…………後のふたつだといいよな。一番最初のは、ともかく。て事ァ何か? あの野郎はルッチに惚れてて、俺に嫉妬してるっつーのかよ。誕生日プレゼントにかこつけた宣戦布告か?」 『妥当に考えればそうなるだろうが……逆かもしれんぞ。案外、パウリー、お前に気があるってことも……』 「あああっ、止せ! 考えさせるな! 花言葉思い出したら鳥肌立ってきた!」 『何しろ、君のすべてが可憐…』 「言うなーッ!」 『美』 「どこに美があるんだよ、どこに!」 『薄れゆく愛』 「……別に、それはいいんじゃねぇか薄れてもらっても」 『まぁそうだな』 大量の荷物を抱え上げ、珍しく定時上がりとなった本社ビルを後にし、二人は夕闇迫る中、一路パウリーの部屋を目指す。その道中も方々からパウリーに声がかかるので、いつもの倍ほども時間がかかってしまった。その間に背中の薔薇は萎れ、ちっとばかし雑学蓄えているルッチが水切りをして、花瓶がないので水差しに活ける事になったのだが、二人はその黄色の薔薇について深く考えないようにしていたので、玄関脇に飾られたまま、それ以降二人の話題に上ることはなかった。 思いも寄らずアイスバーグとルッチ、二人から同じ物を貰ったパウリーは、アイスバーグからのシガレットカッターを後生大事にケースに入れて戸棚にしまい、ルッチからの物を肌身離さず身につけ常用することにした。 アイスバーグさんから貰ったのは勿体なくて使えない、ルッチのなら使える、と言うか毎日身につける、と言われ、ルッチは非常に複雑な気持ちを味わった。 それでもパウリーの首から、日々シガレットカッターが揺れているのを見るのはいい気分で、それが目の端に入るたびに、ルッチは人に気付かれぬよう、こっそりと小さな笑みを浮かべるのだった。 |
先に書いた『足りない言葉』の内容が内容だったので、いっちょパーッと明るい話でも書いてみるか、と思ったのがこの話。なんだかパウルチっぽくない上に、アイパウ要素あり、カクパウ要素あり、更には例のあの人(まるでヴォルデモートのような呼び方だ)×パウリー要素あり。いっそパウルチと言うよりも、パウリー総受けと言った方がいいような仕上がりですな。 パウリーは太陽の子だと思っているので、W7の街中からお誕生日を祝ってもらえると思います。ガレーラの毎年恒例の行事のうちのひとつに『パウリー聖誕祭』があるに違いない。アイスバーグの誕生日と並んで重要な日だといい。『パウリー生誕記念セール』とか町を上げてやるといい。むしろその日は祝日だといい(つか、普通にアイスバーグなら「今日はもう祝日に決めた!」とかやりそうだ)。 『縄誕』便乗作品でした。 |