■ ONE PIECE ■

 ふんふんと鼻歌を歌いながらナミがなにやら怪しげな液体の入ったボウルをかき混ぜていた。その隣ではロビンが手に持った本を仔細に眺めながら、包丁を危なっかしい手付きで握り締めている。二人とも揃って同じエプロンをしているが、それはどちらも彼女達の持ち物ではなく、ラウンジとキッチンの平和と安全を担うサンジからの借り物だった。破れ難く火にも強い。ちゃんと洗濯された清潔なそれには、ナミとロビン、両名ともにべたべたと得体の知れぬ汚れがあった。
 その二人の間を行ったりきたりして、手元を覗き込んだり、見せられた本に何度か頷いてみたり、そうかと思ったら、慣れた手付きで、ナミが後生大事に抱え込んでいるのとは別のボウルをかき回し、型に流し込み、冷蔵庫に収めたりと、とにかく忙しく立ち働いているのはサンジだった。いつものスーツにいつものエプロン、そしていつもの咥え煙草でうろうろしているのを、ラウンジの丸窓に張り付いた男共は眉間に皺を寄せ眺めている。
「……危険だ…」
 誰よりも危ない事柄に敏感なウソップが、オーバーオールに包まれた胸を押さえて冷や汗を流した。窓に貼り付けていた顔を離し、どすんと甲板に腰を下ろす。
「見たか、チョッパー! ナミが抱えてたボウルの中身だ! ありゃチョコレートなんつー可愛らしいもんじゃねぇぞ!」
「緑色してる! なぁなぁゾロ、チョコレートって緑色だっけ?」
 丸窓の桟にしがみつき、ぶらぶらと宙に浮いているような格好をしているチョッパーが、嬉々と振り返った。
「俺に聞くな」
「だってゾロ、緑色だし。仲間だろ?」
「ボウルの中身と仲間であってたまるか!」
 くわっと唾を飛ばし怒鳴ったゾロの口を、ぱしんとウソップのてのひらが勢い良く押さえる。
「シッ、静かに! 中の連中に見つかったらどうすんだ! 命が惜しくねぇのか!」
「本当に命が惜しかったら今頃この船から逃げ出してらぁ」
 ゾロとチョッパーはウソップを間に挟み、そうっと丸窓から再び中を覗き込んだ。
「……しっかし…」
 ゾロは顔を顰めて、ロビンが本に書かれている通りにボウルの中に入れた粉が、ぽんと爆発して髑髏マークの煙を噴き上げるのを見た。
「……何作る気だあいつら……毒薬でも作ってんのか…?」
「サンジの話じゃあ、バレンタインのためのもんらしいが……ありゃあ本当に食えるのか…?」
「でもサンジが見張ってるから大丈夫だとは思うけど……」
 ナミとロビンがバレンタインのお菓子を作ると言ってラウンジを占拠したのは昼食終わってすぐの頃合だった。腹もくちくなりうとうとと日当たりのいい甲板で大になって寝転んでいた男連中に、だから入ってこないでね、微笑みつつもサンジを拉致し、そのまま音沙汰がない。何をやっているんだか気になるじゃねぇか、とウソップに唆されて、こうして覗きまがいのことをしているのだ。
 ちなみにルフィはおやつの匂いがする、と叫んでラウンジに飛び込み、そのままナミに殴られ蹴られ転がされ、ロビンの手により何重もの縄をかけられ、テーブルの足にくくりつけられている。ぴくりとも動かないところを見ると、もしかしたらサンジに睡眠薬でも飲まされたのかもしれなかった。
「本当に食えるのか…?」
 心なしか青ざめた顔色のゾロに、さぁ、とウソップは冷や汗を拭い答える。
「…今から胃薬を用意しておくことをオススメするぜ…」
「でもでも、サンジが見張ってるんだし…」
「クソコックは女に弱い」
「ああそうか…駄目だ……今日はみんなの命日だな……」
「失礼ね、チョッパー」
 キィと僅かに軋んだ音をたて、丸窓が開く。その真下にしゃがみこんで、あれやこれやと話し込んでいた男三人は、ひぃと背筋を凍らせた。ぎこちなく振り返ると、丸窓から顔を出したナミが、にこにことサンジ風に言うのならばまるであなたの微笑は天使のようと形容するより他はないような微笑みを浮かべている。
「…よよよよぉ、ナミ! どうかしたのか? 俺たちは今、明るい未来を担う若者の会議を開いているんだ!」
 あまりにも嘘臭い言い訳をするウソップの脇腹をゾロが小突くと、だってよぉ、と情けない顔をした。それを見下ろすナミが、またにこりと微笑む。
「今日のおやつはバレンタインスペシャルメニューよ」
「す、スペシャル?」
「ど、どんな風に…?」
「さぁ…?」
 またもやキィと軋んだ音を立てて開いたのは、近くにあるもうひとつの丸窓だった。ロビンが顔を覗かせて、こちらはいつもと変わらぬ何を考えているのか解らない顔で微笑んでいる。
「命日にならないといいわね」
「あ、おい、ロビン!」
 一番近くにいたゾロが、こっそりと腰を浮かせ、その丸窓の下に寄った。
「…ナミのボウルの中身は何なんだよ。緑色らしいじゃねぇか。毒じゃねぇだろうな!」
 小さな声で囁くように言ったのだが、あいにく魔女の化身には聞こえてしまったようだった。毒とは何よ、毒とはっ、と叫び声が聞こえてくる。ロビンはくすくすと笑い声を上げ、大丈夫よ、と身を乗り出してこっそりと耳打ちした。
「緑色なのは抹茶が入っているからなのよ。あなた、甘いものってそんなに好きじゃないんでしょう? コックさんがあなたのために抹茶とチョコのムースを考案してくれたの。航海士さんが作っていたのはムースの抹茶の部分よ」
「ロビンちゅわぁあん! 何やってるんだい?」
「なんでもないわよ、コックさん」
 ラウンジの中から聞こえてきた声に、ロビンが身を起こして答えている。そのついでに窓を閉めてしまったので、窓枠に手をかけていたゾロは情け容赦なく指を挟まれることになった。
 痛みで呻いているゾロにチョッパーがかけより救急箱を探っている。大丈夫かよおい、とウソップはゾロの怪我の具合ではなくラウンジの中の様子を心配した。
「あなたのマリモちゃんとお話ししてたの」
「あぁん、ロビンちゅわぁん! 俺っちのマリモに手を出しちゃ駄目って毎日言ってるのにィ!」
「あら、ごめんなさい。でもあなたのマリモちゃん、可愛いわね。妬けちゃうわ」
「何言ってんの、ロビン。あれのどこが可愛いのよ。それよりサンジ君。これ、なんだかドス黒くなってきたんだけど、大丈夫かしら」
「あら、私のは薄紫色になったわ」
「それくらいなら混ぜちゃえば解んないさ!」
 中から聞こえるおぞましい会話に、ウソップとチョッパーはぶるぶると震え戦き、ゾロは詰められてしまった指の痛みをどうにか取ろうと、ふうふうと息を吹きかけている。
 サンジ監修の元、ナミとロビンの手によって綺麗に盛り付けられたデザートの味がまともだったのか、そうでなかったのか。
 それを知るのはゴーイングメリー号の恐れ知らぬ男達のみである。
また謎な話を…すみません…。なんだか最近まともなホモが書けないわ…。ジャンプ読んでなくて単行本に頼っているんですが、今、二人別行動してるんだよね…。そう言えばアラバスタでも別行動、空島でも別行動、思い返せばリトルガーデンでも別行動……。……倦怠期か!(違う)