■ ONE PIECE ■

 春島に着くと一番にチョッパーが飛び出し、桜だ桜だ、と喜んで港中を駆け回った。確かに、年がら年中桜の咲いているらしい島の港には、プロムナードに沿って美しい桜が整然と植えられていて、今も満開で淡い桃色の花びらを誇らしげに広げている。
 うわぁ、と感激しきりの様子で桜を見上げるチョッパーに、おい行くぞ、とゾロは声をかけたのだが、一向に振り返る様子がない。仕方がねぇな、と舌打ちをひとつして、宿を取るために街へ向かっているナミに、あれ回収してくる、と声をかければ、何言ってるのよ、とこめかみを引きつらせて怒られた。
「あんたがチョッパーについたところで、迷子になるのが落ちだわ! チョッパーも桜に見とれて浮かれちゃって役に立たないっぽいし!」
「仕方ねぇじゃねぇか。放っとくわけにもいかねぇだろ」
「…それもそうね。サンジ君! 悪いけど、子守りよろしく」
 船から飛び降りてきたばかりのサンジが、ナミの言葉にびしりと敬礼した。
「イエッサ、ナミさん! よろこんで!」
「宿を取ったら食事に行くと思うから、そこで合流しましょう。一番安い店に入ってるから」
「イエッサ、ナミさん!」
 じゃああとよろしく、とナミが引率者のようにルフィを連れて街へ向かう後ろ姿を見送り、やれやれ、とゾロは溜息を吐いた。ログが溜まるのに時間がかかるようなら、お買い物にでもいかない、とナミを誘っているロビンが、春物のジャケットがほしいのよ、とどうやらお金を出してもらうのを交渉しているようだ。船の財政管理はナミに一任しており、島へつくと必要に応じておこづかいをもらうシステムになっている。年長者のロビンとて同じで、ただ彼女の場合、男連中よりはナミの財布の紐が緩みやすい。
「俺も刀、研ぎに出すかな…」
 このところ連戦続きだった腰の刀を見下ろし言うと、チョッパーが飽きるまで待ってやる構えのサンジが、煙草の煙をふかしながら言った。
「俺ァ包丁研ぎ買わねぇと。こないだルフィに割られちまったんだ」
「甲板に砕け散ってた石の破片は、ありゃ研ぎ石か?」
「食い物と思って噛み砕いたらしいぜ。化け物か…普通は歯が砕けるだろうによ」
「……ナミに言やぁ、経費で落としてくれんじゃねぇか?」
「いやぁ、多分借金に加算されるだろうな」
「ゾロ! サンジ!」
 桜の周りをぐるぐると駆け回っていたチョッパーが、並んで歩いてくる二人に気付くと、ぱっと顔を輝かせた。
「あっちでお祭りしてるんだって、桜祭り!」
「へぇ、後で行くか」
「桜祭りって、この島の桜は一年中咲いてんだろ? 毎日祭りかよ」
 能天気な、と呟くサンジに、違うんだ、とチョッパーはわくわくを隠せない顔で飛び跳ねた。
「一年で一週間しか咲かない桜があるんだって! 青い桜! それが咲いてる間だけ、お祭りしてるんだって!」
「へぇ、青い桜なんて聞いたことねぇな。よっしゃ、あとでナミさんとロビンちゃん誘って行こうぜ」
 ぴょこたんぴょこたんと飛び跳ねるチョッパーを抱き上げ、肩車をしてやると、うわぁ、とチョッパーがまた歓声を上げる。ゾロの緑色の頭にしがみついているトナカイの姿は、ゴーイングメリー号の船内でもよく見かける光景だが、こうして桜の下に立っていると、まるで花見に訪れた観光客の親子のようだ。
「ゾロ、桜に手が届く!」
「桜を折るんじゃねぇぞ。桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿って言うからな」
「…なんだそれ。ゾロのことか?」
「なんでだよ!」
「だって馬鹿って」
「……喧嘩売ってんのかテメェは」
 頭の上に乗っけたトナカイの素っ頓狂な声に、ゾロがこめかみを引きつらせている。
「桜の枝ってのは一旦折っちまうと、手入れが大変なんだよ。放っておくと腐っちまうし。梅は手入れしねぇと、伸び放題に伸びるからな。その揶揄だ」
「へぇ、そうなんだ」
「てか、お前、そう言う爺くさい雑学、どこで覚えてくるんだよ」
 煙草をふかしながら顔を顰めるサンジに、いや、とゾロは爺くさいと言われたことにはあまり頓着せずに答えた。
「師匠が話してたのを、なんとなく覚えてただけだ。それに、うちの家の周りにゃ、桜と梅が多かったからな。大人が話してるのが耳に入ってくるんだ」
「じゃあ梅酒も一杯作れたんだな!」
「あー…まぁ、そうだな」
「そっかぁ、ドクトリーヌが喜ぶなぁ!」
 そう言えばあのばあさん梅酒好きだったっけ、と思ったサンジだが、ゾロはドクトリーヌが誰なのかわからないようで首を傾げている。ドラム島でゾロは、城での戦いには不参加だし、くれはと顔を合わせたのは一瞬だ。記憶に残らなくても仕方がない。
「おれ、ゾロの生まれた島にも行ってみたいなぁ。桜一杯で綺麗なんだろうなぁ。梅の花も見たいなぁ」
「おう、いつかな」
 ゾロの頭にしがみついて、にこにこ笑顔を浮かべているチョッパーに、ゾロも悪い気はしないのだろう。笑みを浮かべ、ずらりと並ぶ桜を見上げている。
 ああやっぱり、この島にいる間に一度くらいはみんなで花見をしなくちゃな、とサンジは短くなった煙草を、携帯灰皿にぎゅっと押し込んだ。
「うし! さっさとナミさんたちと合流して、桜祭りに行こうぜ! ログが溜まるのに時間がかかるんなら、弁当作って、明日にでも花見しようぜ」
「え、弁当!」
「花見にゃ酒だな。酒あるか?」
「ナミさんのご機嫌次第だな」
「よし、チョッパー! いつも以上にこびへつらってナミをいい気分にさせてやれ。今日は逆らうな」
「イエッサ!」
 ゾロの頭の上でびしりと敬礼をしたチョッパーの姿が愛らしくて、サンジは思わず頬を緩めていた。なににやにやしてんだよ、といぶかしむゾロを軽く蹴り、さっさと合流するぞ、と声をかける。
 ゾロはチョッパーの足を掴んだままで、よし匂いを捜せ、と命じている。
 青い鼻をひくつかせるチョッパーが示すほうへ歩き出すゾロの後を追いかけ、サンジは新しい煙草をポケットから引っ張り出していた。

やはり苦しいときにはチョッパーを使うといいみたいだ(笑)。今回は最後までゾロサンがかけなくて、というか、ネタが思いつかず、どうにかチョッパーを使って捻り出しました。『出会いと別れ』とは程遠い内容ですが。まぁ人の出会いは一期一会。桜と出会うのまた同じ、と言うことで。うーむ。チョッパーが関わらるとなんでもかんでも似非親子物語のようになってしまうな…。誰がなんと言うとゾロサンです。そしてラブラブだと言い張ってみる。