生誕カーニバル |
ゴーイングメリー号ご一行様が、ログを溜めるために滞在している長期滞在者用のログハウスには、朝から甘い香りが充満していた。甘い匂いで目を覚ましたナミは、鼻歌を歌いながらキッチンで生クリームを泡立てているサンジに朝の挨拶をした後で、ご機嫌ね、と付け加えた。ええまぁ、とにこやかに微笑むサンジが、まさか腹の中で怒り狂っていたとはさすがのナミも気付かなかったのである。 時は十一月十一日。 ゴーイングメリー号の戦闘員であり、最近ではちょっと知的な発言をするせいで副船長っぽいイメージも定着しつつあるロロノア・ゾロの誕生日である。都合よく島に辿り着いて、ログが溜まるのに三週間。ちょっぴり長めの滞在なので、ホテルよりもログハウスを一軒借りてパーティをする事になった。ゾロのためと言うよりも、お祭り好きの船長のためのようなものだ。 ナミとロビンの女連中は、チョッパーをお供にゾロへの誕生日プレゼントと、パーティの席を彩る花を買いに行った。甘い匂いに送られログハウスを出る三人の顔は、うっすらと綻んでいる。 ウソップはルフィを助手に、リビングの飾り付けに張り切った。短冊に切った色つきの折り紙を、いくつも輪にして繋げていって、天井から吊るす。銀紙や金色の紙を星の形に切って、壁に貼り付ける。ルフィは喜び勇んで部屋を飾りつける事に精を出した。 そしてサンジは、朝からたっぷり時間をかけて、甘い甘い甘い、一口食べたら頬が蕩けるどころか歯が痛みそうな甘いお菓子を大量に作り続けていた。カルヴァドスたっぷりのケーキにストロベリータルト、季節のフルーツをふんだんに使ったショートケーキ。ティラミスにババロア。クラシック・オ・ショコラには洋酒を加えて香りをつけた。辿り着いたのが夏島で、秋生まれの剣士の誕生日だというのに暑いことこの上ない。アイスクリームはバニラとチョコミント、それからチョコレートクッキーを砕いて入れたもの。片手で気軽に摘めるのは二種類の甘さをわざと作ったトリュフだ。少し苦いのはお酒が効いているせいで、ナミとロビンのためのものだ。後の甘い甘い甘いトリュフは、男連中のためのトリュフ。ブルーベリーをたっぷり詰め込んだレアチーズケーキや、さくさくのクッキーもある。 実は夜中からずっと作っているサンジの目には、うっすらと隈が浮かんでいた。だがサンジはそんな事お構いなしで、次から次へとデザートを作り上げていった。パーティは夜なので、昼食はみんな好き勝手に食べるらしい。ロビンとナミとチョッパーは出先で食べると言っていたし、ウソップとルフィは何か作ってくれるなら嬉しいけど……と言いかけ、サンジの無言で見つめる眼光の鋭さに口を噤み、買出し行くし、飯もそん時に食う、と宣言した。ゾロはどこにいるのか解らないので、サンジの中ではいないものとみなされていた。 これだけサンジが、大量のデザートを作っているのには、勿論立派なわけがあった。 昨日の夜、明日は誕生日だし、と張り切ってゾロといちゃいちゃしていたサンジに、あーでもなー、とゾロが億劫そうに呟いたのだ。ちなみに一回やったあとで、しっかり身体は繋がっていた。サンジの中には聊か萎えたものの、それでもりっぱなゾロのいちもつが納まっていたし、ゾロの右手はサンジの背を引き寄せていた。ベッドに横になりながら、汗の引かないままで、ゾロは言ったのだ。 「俺、甘いもん好きじゃねぇしな。いや、むしろ嫌いだしな。ケーキとか、あーゆーの、迷惑なんだよな」 迷惑もクソもあるか、とサンジは怒鳴り、じたばたと暴れて逃げ出そうとしたが、それをゾロは積極的に事を運ぼうとするサンジの焦りと勘違いしたらしい。がっちり押さえ込まれ、その後しっかり二回もいかされた。気持ち良かったのは気持ち良かったが、横でがーがーと鼾をかいて寝ているゾロを見ていると、むらむらと性欲が…、ではなく、めらめらと怒りの炎が湧き上がってきた。 無論サンジはしっかりケーキを作るつもりでいた。特大の、愛をでっかく込めたスペシャルケーキだ。ゾロに似つかわしくない可愛らしいものを作ってナミとロビンを笑わせて、ゾロには顰め面をさせて、けれども食べれば甘さは控え目で、お酒もたっぷり効いた実にゾロ向きなケーキ。見た目はそう、ピンク色でもいい。チェリーを生クリームに混ぜたら自然な甘さが加わっていいかもしれない。色々あれやこれやと考えていたのにだ。この男は迷惑だとか言う。ぷちんとサンジの頭の中で何かが切れた音がした。午前二時の丑三つ時だ。猛然とシャワーを浴びて、キッチンのシンクの前に立ち、ピンクのフリルつきのエプロンを締めたサンジは、よっしゃ、と一言叫ぶなり猛然とデザートを作り始めた。ゾロが迷惑に思っている、甘い甘い甘い甘い甘いケーキだ。絶対、全部食わせてやる。甘い甘い甘い甘い甘い甘いケーキを、ゾロに食わせてやる。 こめかみに青筋を立てながら、不気味に忍び笑いをもらすサンジを、トイレに降りてきたチョッパーが目撃してちびりそうになっていた。 そう言うわけでサンジは徹夜でケーキを作っていたのだ。 なんか嫌なにおいがする、と言いながらゾロはどこかへ出て行った。ケッ、と顰め面で追い出して、サンジは昼をすぎてもケーキを作っていた。夜が近付いてくると、ようやくその手を止めて、パーティの食事作りに専念する。猛然と料理をするサンジに恐れをなして、誰もキッチンには近付いてこない。ナミとロビンは平然と飲み物を取りにきたり、何か手伝おうか、と呑気に声をかけるが、サンジは笑顔でそれを断わっていた。 そして、のこのこと主役が訪れる。 「お、うまそうな匂いしてんな。ハンバーグか?」 どこへ行ってきたのか、頭に白い花で編まれた花輪を乗っけて、パーティの準備が整ったログハウスに、ゾロが帰ってきたのは、サンジが料理を作り終え、さぁあとは運ぶだけ、と一息ついたまさにその時だった。 「ぶっ、ゾ、ゾロ! お前、その頭!」 ウソップが目敏く見つけてげらげらと笑う。指差した先にあるものを見たナミも、口元を抑えて目を丸くした。 「やっだゾロ! 何それ、あんた超似合わない!」 「あーっ! ゾロ、花の冠してるー! いいな、おれもおれもー!」 「俺も欲しいぞー!」 わらわらと寄ってくるチョッパーとウソップの手から花の冠を守るべく、ゾロが眉を寄せている。 「ああん? やらねぇよ」 「なんでだよー! ゾロには似合わねぇよ! 俺の麦わら帽子に乗せるんだ!」 「ルフィよりおれのが大事にするー!」 「やらねぇっつってんだろうが! こりゃ貰いもんだ!」 「貰いもの?」 くすくすと笑い声をもらすロビンが首を傾げた。 「一体、どなたからのいただきものなのかしら」 飾りつけのされているリビングにずかずかと入ってきて、どすんとソファに腰を下ろしたゾロは、隙あらば花の冠を奪おうとするルフィの手を叩き落とした。 「この丘の上に畑があってよ。じいさんばあさんが畑仕事してるんで、暇だし手伝ってただよ。そしたらそこのガキがくれたんだ」 「あら。誕生日のプレゼントと言うわけではないのね」 「無償労働の賃金だ。お、そうだ」 ゾロは片手に持っていた麻袋を、焼きたてのパンをたっぷり持ってリビングにやってきたサンジに差し出した。ゾロの向かいでは、無償労働に賃金などなくってよ、とロビンが呟いている。 「あ?」 眉間に皺を寄せ、俺は怒ってんぞオーラを放出するサンジに、ゾロはにやりと笑いかけた。 「じいさんばあさんがくれた。トマト。うめぇぞ」 サンジは無言で麻袋を奪うと中を覗き込み、大きなトマトがいくつもごろごろと納まっているのを見ると、にやりと頬を緩めた。 「…サラダ…スープ…つけあわせ……」 「何の呪文だ。おい、それより腹減った。飯」 「飯ィ〜!」 ルフィが両腕を振り上げて叫んだ。はいはい、とサンジは麻袋を抱えてキッチンへ行くと、運んでくれー、とウソップを指名する。ルフィに給仕は無理だ。チョッパーは率先してとてとてとリビングとキッチンを往復し、ゾロはただじっと座って待っているだけだった。 「じゃ、みんな、グラス持ったわね?」 ナミがリビングに揃った全員の手元を確認して、己のグラスを高々と上げた。 「それじゃ、ゾロの誕生日を祝して〜!」 「かんぱーい!」 ひゃっほう! とルフィはグラスの中身を飲み干すよりも前に、テーブルに並んだ数々の料理の突進して行く。パーティなのでみんなで摘めるものを数多く揃えられている。ゾロが匂いで当てたハンバーグは勿論、肉団子の中華風甘辛ソース絡め、コンソメスープ、胡麻の入ったパンにかぼちゃ味のパン、玄米パン。自家製ソーセージのボイルと、人参のグラッセ、数種のきのこの入った中華饅頭に、白身魚のホワイトソースがけ、パスタはペペロンチーニとバジリコソース、リゾットはトマト風味、島特産の牛肉のサイコロステーキは、山のように積み上げてあった。それが次々にルフィの腹の中に収まっていく。 「ちょっと、ルフィ! 主役はゾロなんだからねッ!」 「わかっれるほー! ほれふめーっ」 「何言ってるか、さっぱり解らないわ」 バジリコソースのスパゲティをおいしそうに頬につめながら、ロビンが目を細めた。ウソップはきのこの中華饅頭をサンジに押し付けられて眉を寄せている。ゾロの隣に座ったチョッパーは、ゾロに色々とってもらって、うまそうに口に運んでいた。 「足りなかったら作るから、どんどん食えよ!」 ナミとロビンの間の特等席でご満悦のサンジは、主にルフィに向けてそう言って、その後でゾロに向かって微笑んだ。 「特別のデザートがたっぷり用意してあるからよ! お前は腹八分目にしとけよ!」 「あっ、サンジが昨日の夜から作ってたやつだな! おれ、すごく楽しみだ!」 チョッパーがにこにこ顔でそう言えば、へぇ、とゾロは片眉を上げる。 「デザートってあれだろ、甘いやつ」 「ああそうだ。しかも、テメェのために特別に作ったやつだ」 「特別にか」 「おう、特別にだ」 にこにこと微笑むサンジを、さすがに不気味だと思ったのはナミだった。普通のサンジなら、テメェのために仕方なく、くらい言いそうなものなのだが、ここまで念入りにゾロのためにと主張している。何かワケがありそうね、と勘繰ったナミの勘は当たっていた。 食事を終えて汚れた皿を総出でキッチンに運び終わった後、サンジがゾロのバースデーケーキだと言って持ってきたのは、ピンクの大きなケーキだったのだ。それも三段がさね。これは、ウェディングケーキ?と首を傾げたくなるような豪勢なケーキに、ゾロの頬が引きつった。 「…おい、これ……」 「お前のために、特別に! 愛を込めて作ったデザートさ! 特別に! 作ったんだから、食べてくれよな! 俺の、特別に! 愛をこめたこのケーキを!」 「サンジー、これも運んでいいのか?」 チョッパーがよちよちと運んでくるのはチョコレートがたっぷりかかったケーキだ。 「おう! 台所にある奴、全部運んでくれ! 俺がゾロのために特別に! 愛を込めて作ったデザートたちだ!」 「すっげー!」 ルフィがじたばたと両手両足振り回して、嬉しそうにリビングに運び込まれてくるデザートの数々に目を輝かせている。ウソップが長い鼻をごしっと擦って、目を丸くした。 「すげーなー!」 「すごいわねー」 ナミが笑いを噛み殺すのに頬を引きつらせながら、ゾロを見た。 「これ、ぜーんぶゾロのためのデザートですって。愛されてるわねー」 「あらそうなの…。それじゃあ私たちが食べるのも、憚れるわね」 物事に動じないロビンが、目を瞬きながらテーブルに運ばれてくる、大きなテーブルに納まりきらない量のデザートを見下ろした。 「大丈夫ですよ、レディ! まだまだたっぷりありますから!」 「まだあるの?」 「ええ! そりゃもう! 一年分くらいの砂糖を使いきる勢いで作りましたからね! 何しろ俺の愛を特別に! 込めて作ったデザートですから! 特別に! ゾロのために作ったんですよ!」 「何の嫌がらせだテメェッ!」 席を立って怒鳴るゾロがどんと足を踏み鳴らしたせいで、ピンク色の三段重ねのウェディングケーキ、もとい、バースデーケーキがぐらぐらと揺れた。あっあっあっ、と慌てたのはウソップで、サンジはぐいと顎を持ち上げてゾロを睨み付ける。 「言ったろ! 俺の愛を特別に! 込めたテメェへのプレゼントだってな!」 「昨日言っただろうがッ! 俺ァ甘いもんが嫌いだってよ!」 「ああ言ったなッ! 折角テメェの誕生日に、ケーキ作ろうと思ってあれこれ計画たててた俺に、ケーキが迷惑だってなッ! はっきりしっかりこの耳で俺ァ聞いたぜ! だから作ってやったんだよ! テメェが迷惑がってるケーキを大量になッ!」 「あー……それで」 ナミが白けたように溜息を吐いた。 「…だから、サンジ君、朝からあんなに張り切ってデザートばかり作ってたわけね……」 「食べてもいいのか、これ」 「そりゃあショックよね…。張り切ってケーキを作ろうとしているのに、その張本人にケーキが迷惑だなんていわれたら…コックさんの心情、お察しするわ」 「これ、食べてもいいのか」 「だから殺気だってたのかぁ…俺ァてっきり、また何かやっちまったのかと思ってたんだよな、俺たちがよ。いや、ゾロでよかったぜ」 「食べていいか、これ」 「え、どうして?」 「これ、食うぞ」 「だってよ、ゾロだけなら被害はゾロだけだろ? でも俺たちなら被害は俺たちにも及ぶってもんだ」 「食っちまうぞ」 「それ、イマイチ良く解らない」 「食うぞー!」 「ま、そのうち解るさ」 「食いてぇぞー!」 「うるさいッ!」 ヨダレをだらだら流しながら叫ぶルフィに拳骨を食らわせて、ナミは腕組みをして、ゾロを見た。 「ゾロ!」 びしりと指を差され、サンジとにらみ合っていたゾロが、おっ、と思わず身じろぐ。 「な、なんだよ」 借金の事があるせいか、ゾロはナミに弱い。というよりも、ナミに強い男はゴーイングメリー号にはいない。たたらを踏むゾロに、ナミは眉間に皺を寄せたまま言った。 「あんた、サンジ君の作った特別に! 愛の篭ったデザート、ちゃんと食べなさいよ!」 「ああっ? テメェも何聞いてやがった! 俺ァ甘いもん嫌いだって散々…」 「あんた、サンジ君が嫌いなの?」 高慢に顎を上げるナミに、え、とゾロは怒鳴りかけていた口をぽかんと開けたまま固まった。 「いいこと。サンジ君が作ったこのデザートたちは、いわばサンジ君の分身よ。サンジ君の愛が特別に! たっぷり篭ってるのよ。これを食べないと言う事は、あんた、サンジ君を拒絶するって言う事なのよ。解る? これから先一生! セックスさせてもらえないって言う事なのよ! 解った?」 チョッパーの耳を、セックス、の下りでぱたっと塞いだウソップは、なるほどなぁ、と頷いた。 「このデザートがサンジの分身なら、食うべきだな、剣豪よ。何しろサンジはあんだけ頑張ってこれ作ってたからなぁ」 「それもそうね…」 ロビンはウェディングケーキもどきのバースデーケーキに突っ込もうとしているルフィを床に縫いとめ、涼しい顔で頷いた。 「そうすべきよ、剣士さん」 「そうすべきだって、ゾロ」 足元から見上げるチョッパーの純真無垢な眼差しに晒されて、ゾロはぐぐぐぐぐと歯軋りをした。サンジは、両手を拳の形にして踏ん張るように立っているが、その口はまるで拗ねたアヒルのように尖がっている。眉を寄せ、顎を引いて、子供用に思い切り全面に拗ねてますいじけてます構ってくださいと言うオーラを噴出している。 ううううう、とゾロは唸った。 甘いものは嫌いだ。 世間一般のケーキなど、食えたものじゃない。 サンジが作るおやつは、ゾロのだけ特別に甘さ控え目にしてあるので、食べられる。うまいと思う。けれどこのデザートの山は以上だ。それにピンクのケーキの三段重ねって何だ。思い切り甘そうで、歯が腐りそうなイメージすらある。ピンクと言うのがいけない。ピンクと言うのが。 「ゾロ」 ナミが言った。 「食べなさい」 それは最終通告だった。 脂汗を流すゾロをじっとり見つめるサンジに、ナミはウィンクを飛ばした。 「ほら、サンジ君! 食べさせてあげなさいよ! 二人のはじめての共同作業よ!」 バースデーケーキをウェディングケーキと勘違いしているナミは、ほらほら、とサンジの手に強引にナイフを握らせた。そして固まっているゾロの手を無理矢理引っ掴み、サンジの白い手の上に添える。びくっと警戒し合うゾロとサンジを、まぁああああ、とナミは大袈裟によろこんだ。 「初々しいわねー! ほらっ、ケーキへご入刀〜〜〜〜〜〜〜!」 「うわぁああ! おめでとう、サンジ!」 チョッパーが目を輝かせて、なぜかサンジに拍手喝采を送る。ウソップがひゅーひゅーと口笛を吹けば、おめでたいわ、とロビンが目を細めた。ルフィはまだ床に張り付けられたままだ。 ナミに促されるまま、そして周りの雰囲気に飲まれたまま、ゾロとサンジはぎこちなくケーキへナイフを入れた。その途端、ナミとウソップとチョッパーがきゃーっと歓声を上げた。 「サンジ君おめでとうー!」 「ほらっ、サンジ! あーんって! あーんってやれよ!」 「ゾロもほら! サンジにあーんって!」 ウソップとチョッパーがゾロとサンジの手からナイフを取り上げて、代わりにフォークを握らせる。向かい合う二人は、この辺りで何だかおかしい事に気付いていたが、周りの雰囲気はそれを断わるのを許してくれる雰囲気じゃなかった。 「…あ、あーん…」 サンジがうっすらと頬を染めながら、ピンク色のケーキを掬ったフォークを差し出してくる。ゾロは頬を染めたサンジに胸を貫かれつつも、あー、と口を開いていた。押し込まれたケーキは、甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘いケーキだった。さくらんぼの味がするものの、ほとんど砂糖の味にしか感じられない。舌の上で蕩けるクリームも甘く、ゾロはのた打ち回りたい気持ちで一杯だったが、雰囲気に流されてしまったサンジが、目をキラキラさせながら、うまい、うまい、と首を傾げて尋ねてくるので、その可愛らしさにまたもや胸を貫かれたゾロは、うん、とやけに素直に頷いた。 「うまい」 「っきゃー!」 ナミがいよいよわけの解らなくなった悲鳴を上げた。 「良かったわねサンジ君! うまいですって! うまいですって! ほらほら他のも食べさせてあげなさいよ! 憎いわねーこのっこのっ! ゾロったら果報者よー! こんな綺麗なお嫁さんもらえて! 一生俺のために味噌汁を作ってくれ…なんちゃって、それがプロポーズ? みたいな!」 「あら駄目よ、航海士さん。剣士さんみたいに古風な人は、俺に一生ついてこい、くらい言いそうなものよ」 「ああ駄目だ駄目だ、ロビン。そうじゃねぇよ。ゾロみてぇのは、俺のパンツを一生洗え! ってこれだよ、これ!」 「ええーっ! それってプロポーズなの?」 「そうだぜチョッパー! 昔の男はみんなそう言ったものさ!」 「ええー! 知らなかった…」 無理矢理二人掛けのソファに座らされ、サンジはせっせとゾロにデザートを食べさせ続けた。ゾロもサンジに、あーん、とにこやかに微笑まれるたびに、まるで親鳥に餌を与えられる雛のごとく、ぱかっと勢い良く口を開いてしまう。次々と運ばれるデザートを、次々に片付けて、ゾロはいつしか甘いと言う感覚が可笑しくなっていた。 アルコールがしっかり入ったナミはすっかりできあがって、乾杯を何度もしたし、サンジはその度にゾロとケーキ入刀を何度もやらされた。チョッパーも酔っ払って変な踊りを踊り出す始末で、ウソップも言うに及ばずだ。一番最初に潰れて床にひっくり返ってガーガーと鼾をかいていた。その横には酒のつまみのケーキが無残な姿で潰れている。手にしたままばったりと倒れてしまったからだ。いつでもどこでもクールなロビンは、まぁ、と狂乱の宴をおかしそうに眺めていたが、夜がふけてくると、いつの間にか姿を消していた。 「サンジ君と、ゾロの、新婚生活を祝って〜!」 「かんぱーい!」 ナミとチョッパーが数十回目の乾杯をした時、デザート全種を一通り食べたルフィが、頬をクリームだらけにしながら首を傾げた。 「今日って、ゾロの誕生日パーティじゃないのか?」 一人冷静なルフィの言葉は誰に聞かれる事もなく、甘い甘い甘いケーキと甘い甘い甘い大騒ぎに吸い込まれて行った。どんちゃん騒ぎは朝がくる頃にようやく幕を閉じ、やがてリビングには朝の光が燦々と差し込んでくる。生クリームまみれで抱き合うゾロとサンジに、その間に挟まれているのはチョコレートで毛ががびがびになったチョッパーだ。手にはビールジョッキが握られている。ナミは下着も露に床で寝こけていた。ルフィもケーキに埋没して幸せそうな鼾をかいている。 「……まぁ」 昼前に、二階から降りてきたロビンは、リビングの惨状を見て目を丸くした。クリームだらけの床を歩く気にもなれず、彼女は一歩もリビングに入らないまま、目を細める。 「幸せそうだこと」 すぴすぴと寝息を立てるサンジは、ロビンに見られているとも知らずゾロに抱きつき、むにゃむにゃと寝言を呟いた。ふっとロビンは微笑して、もう一寝入りする為に二階へ上がって行く。 目覚めてから嫌な胸やけに悩まされる酔っ払いたちは、そうとも知らず今はまだ、幸せで甘い夢の中にいた。 |