■ 未練は思い上がり ■



 一日前までは歩道だった荒れる水路をヤガラを駆ってハレンチ女を駅へ先導する最中、頭の中ではずっと本社で今夜起こった『事件』が繰り返し繰り返し流れていた。
 息も絶え絶えに血まみれで床に転がるアイスバーグさんの姿。
 それを見下ろす仮装した四人。
 見たこともないスーツ姿のルッチは、いつものようにゆっくりと顔を上げ、常にはなく己の唇を開き、声を発した。
 ハットリを使った腹話術でないそれは、聞いたこともないほどすべらかな声だった。
 真っ直ぐに見据える眼差しは冷たく、鋭く、躊躇いもなくアイスバーグさんの顔を踏んで見せると言う。胸を貫いたルッチの指は熱かった。
 麦わらとやりあうルッチの動きは、五年の間、俺とやりあっていたのが嘘のように素早く、繰り出す一撃一撃の重みが違った。本気ではなかったのだと思い知らされた。
 そして、見せ付けられた人外の姿。
 巨大な体躯と獣特有の鋭い爪、身体の大半を覆う斑点模様。
 振り上げられたあの爪は、自分を引き裂くためのものだったのだと、少し時間を置いた今なら容易に解る。
 だがあの時、ルッチの信じられないほど大きな身体の真下でそれを見上げた時には事態がまったく理解できなかった。
 アイスバーグさんを安全な場所へ逃がさなければと言う気持ちがあったこともあるし、まさかルッチが自分を殺そうとするなんてと密かな期待もあったのだろう。それまでに、散々なぶられてきたのにだ。
 甘っちょろい考えだと解っている。
 けれど俺には、ルッチが俺を殺そうとするなんて考えたくなかった。どこかでそれを否定したがっていた。
 アクア・ラグナが近付く水路の上で、吹きつける雨や風に頬を晒されながら、じくじくと痛む胸の傷に手を触れた。簡単な手当てをしただけのそこは、また血を滲ませている。痛みは確かに伝わっているのに、それでもルッチを信じたがる自分がいた。
 仲間を追うと言うハレンチ女を先導する役を買って出たのは、何もアイスバーグさんを助けてもらった恩義を感じていたからじゃない。もしかしたらルッチに会えるかもしれないと思ったからだ。
 もう一度きちんと会って、ちゃんと話を聞きたかった。
 本気で殺そうとしたんじゃないんだと、いや、そうであってもいい。
 共に過ごした五年の、その中にあった特別な時間は偽りではなかったのだと確かめたかったのだ。
 好きだとか、愛しているだとか、そんな言葉は一度だってもらったことはなかったけれど、そう言う類のことを言うたびに、ルッチが目を細めるのを知っていた。それがつまり、あいつなりの同意なのだと思っていた。
 それが間違いではないのだと本人の口から、ハットリを偽った声ではなく、ロブ・ルッチ自身の声で肯定してほしかった。
 駅に着き、走るハレンチ女の後を追った。
 傷がじくじくと痛みを訴えていたが、構ってはいられなかった。できうる限りの速さで、ハレンチ女の後を追いプラットホームへ駆け込んだ。動き始める海列車の窓に目を走らせた。ひょっとしたら窓から姿が見えるかもしれないと思ったからだ。
 パッフィング・トムが高波を受けながら、飛沫を上げてプラットホームから離れ行く。
 ハレンチ女の、仲間を呼ぶ大声は汽笛にかき消され、海列車のライトが速度を上げ遠ざかる。
 海列車が向かう先は、『エニエス・ロビー』。政府所有の島で、一般人が入れる場所ではない。それに、アクア・ラグナをやり過ごし、追って行ったとしても、海兵やらサイファーポールやらに守られたその奥にいるルッチに会えるとは到底考えられなかった。
 もう駄目だ。
 真意を、問い質すことはかなわない。
 足元から力が抜けていくような感覚を味わいながら、それでもどうにか立っていたのは泣いているハレンチ女がいたからだ。慰めてやらねばと思い、近付いた目の前で、ハレンチ女は両手を振り上げ絶叫した。
 政府への怒りをひとしきり怒鳴り散らし、仲間を追うと宣言した。
 プラットホームに虚脱し座り、泣くのではなく、逆に怒っていたハレンチ女を強いと思った。
 そしてそんな風に、諦めず信じ続けられない自分を恥ずかしく思った。
 何があっても、ルッチが俺を裏切るはずがない。
 そう思えない自分を弱いと思い、そう思いたがっている自分を情けないと思ったが、むしろもう、いっそそれで構うものかとあれこれ柄にもなく考えた小難しいことをかなぐり捨てた。
 あいつを手放すことなどできない
 きっと後で、追いかけなかったことを死ぬほど後悔する。
 俺は、未練がましい男だ。
 たとえあいつがどんな男だろうとも、俺はロブ・ルッチを諦めきれなかった。



まぁなんと言うか。一度は書いておくべきだろうと思ったと言うか。乙女系パウリー…みたいな? あーもう駄目、ほんと駄目。なんで雄々しいパウルチとか書けないんだろう。もっと男らしいと思ってるのに! 「ルッチは俺を愛しちゃってるからさ!」とか言わせたいのに!! いっそ勘違い男くらいの勢いのパウリーを書きたいのに! 書き出すと乙女系だよ! 私が乙女だからか!(絶対違う) マジメな話、パウリーにはルッチを追って欲しいです。エニエスまで。でもって一騎打ちをしてほしいです。「お前を信じてたのに!」とか叫んで欲しいです(もう叫んだけどもう一回くらい見たい)。もっと欲を言えば、パウリーを殺せとカクに迫られ「殺せない」とルッチには拒否ってほしいです。そんな展開になった日にゃあ! サイト中大改装して豹柄一色にしてやるぜコンチクショウめ!!(どこがマジメな話か)