Life's a flame

 十二月になると、まずチョッパーがそわそわと落ち着きをなくす。それを見たルフィがつられてそわそわし始めて、その理由に気付いたウソップがそわそわを始める。そわそわはクルー全員に、時間は遅かれ早かれ伝染し、十二月の終わり頃に近付いてくると、皆がそわそわと落ち着かない心地になる。
 あの冷静沈着悪魔の女と呼ばれたロビンでさえも、半ばをすぎるとそわそわを始めるのだ。大好きなホモ小説を読んでいても、数十分ページを捲るのを忘れていたり、本を持ったまま違う所を見ていたり、ぺらぺらと顔は全然違う方を向いているのに、手だけはぺらぺらとページを捲っていたりする。鬼の守銭奴と表されるナミも、金勘定の途中で手を止め宙を見つめるくらいにはそわそわしているのだ。
 十二月は嬉しい事がふたつ重なる。
 ひとつはクリスマスがくることだ。
 プレゼントが朝起きたら枕元に置いてあって、トナカイが引くソリにのったサンタクロースとかいうおじいさんがやってくるのだ。鈴をしゃんしゃんと鳴らしながらやってくる。ルフィはサンタクロースを捕まえてやると腕を振り回しているが、いつも誰よりも真っ先に寝てしまうので、生憎彼の野望が叶ったことはない。
クリスマスのプレゼントはナミが預かる船のお財布の中から出している。航海の都合上、海上でクリスマスを迎える事もあるが、その場合は前もって前の島でプレゼントを選んで買っておく。
ルフィはお菓子が何よりのプレゼントだ。色とりどりのキャンディを綺麗な瓶に一杯に詰めてやる。ウソップには彼の趣味に合わせたものを選ぶ。ウソップ工房で日頃使う工具や、アートに必要な絵の具だ。チョッパーには医学書だ。色々な国の医学書はきっと船医さんの知的好奇心を満たしてくれると思うわ、とロビンが微笑んで助言してくれたので、そうしたのだ。滅多に見られない医学書は、主に古本屋で探す事になる。それを綺麗にラッピングして、枕元に置いてやる。サンジにはやっぱり料理関係のものを…と思うのだが、そればかりはサンジ本人が選ばないと解らないので、ネクタイや煙草、ライターにシガレットケース。アクセサリー類がその対象になる。ゾロには言うまでもなく酒で、これじゃあ味も素っ気もないわねぇ、と困り果てるナミに、それなら、とロビンはスポーツ用品店で一番大きな鉄アレイを指差した。あれならどう、と言うロビンに、ああだめ、とナミは首を振る。それじゃ軽すぎるもの、と溜息を吐くナミは、結局ゾロへのクリスマスプレゼントは酒だけに止めておいた。ロビンは微笑んで、別に私はいらないわよ、と辞退しようと思ったのだが、船の財布を握るナミは強かった。駄目よこれは船の年末行事なんだから参加しなさいよ、と怖い顔をして言ったのだ。当日まで中身を知っちゃ駄目なの、とナミはロビンに内緒で買い物に出かけ、あれこれと選んで帰ってきた。クリスマスに吃驚しなさいよ、と笑って言う少女に、楽しみね、と微笑んだロビンは、クリスマスの朝、枕元に置いてあったプレゼントの包装を見て、いらないと言ったけれど、と照れ臭そうに朝食の席でナミに白状した。これってとてもわくわくするものね。微笑むロビンに、そうでしょ、と笑うナミの手には、やっぱりプレゼントの包装がある。ナミが自分自身に買うのではなく、こればかりはお金を渡されたサンジとゾロが見立てているのだ。毎年何が入ってるのかしらって、すっごくわくわくするもの、とナミは言う。そして、クリスマスの朝、みんなでプレゼントをラウンジに持ち寄って開くのだ。
 ルフィは包装紙を破いて中身を露にする。あーあ、勿体ねぇなぁ、これまだ使えるのに、とウソップがせかせかと床に落ちた包装紙を集めている。
「うおー! きれーだーなー!」
「わぁ、ルフィ、キャンディが一杯入ってる! あ、おれのは医学書だ! こんなの見たことない! すげぇ! ありがとう、ナミ!」
「あーら、チョッパー。クリスマスのプレゼントはあたしじゃなくて、サンタさんからのよ。お礼ならサンタさんに言いなさい」
 プレゼントを買っているのはナミだと、ルフィ以外はとうに知っている。あそっか、とチョッパーはぺろりと舌を出して、嬉しそうに医学書を抱きしめている。古本屋で見つけた医学書は、薬剤の処方箋ばかりを扱ったものだが、もう何百年も前のものだそうで、すでに装丁はぼろぼろだ。それでもチョッパーはそれを大事に抱え、笑顔を隠さない。
「俺は…っと! お、すげぇ、絵の具セットだ! 色鉛筆もある。ああ、スケッチブックもだ!」
 ウソップが嬉しそうに包み紙を丁寧に開けて歓声を上げる。ルフィがそれを見て、じたばたと両手両足を振り回した。
「ウソップー! またみんなの絵、描いてくれよー! 今度はビビに送るんだ!」
「そうだなー! そうするか! ゾロのは…っと、また酒かよ…。お前、サンタさんに頼むんなら、酒以外のもの頼めよな」
 隣に座っていたゾロの包み紙の中身を見て、ウソップが顔を顰める。それに顰め面を返したゾロが、馬鹿言え、と歯を剥き出しにした。
「滅多に売ってねぇ米の酒だぞ! 高ェんだ! しかもうめぇんだぞ!」
「他の酒とどー違うんだか」
「全然違う。テメェにゃやらねぇからな、ウソップ」
「俺ァ、いらね。剣豪の酒に手ェつけたら、無事に生きてかれねぇからなぁ」
「あああああ!」
 ゾロの隣に座り、小さな包みを恐る恐る開けていたサンジが興奮しきった叫び声を上げた。
「こっ、これは! ななななななナミさん、これ! これッ!」
 包み紙の中身は上等のベルベットケースに収まった懐中時計だ。小さなものだが何か由緒ありそうな紋様が施されていて、尚且つベルベットケースの内側には、金色の刻み文字で番号が振られている。
「……プレミアタイム社製造の特別な時を刻むお客様へ捧ぐ特別な時計、シリアルナンバー付き! 限定百個の超レア物じゃないですかー! あっ、しかもこの番号三十二番になってる! うほー! ナミさーん! 愛してるよー!」
 懐中時計を胸に押し抱き、うほー、と叫びながらボンクレーさながらに回転を始めるサンジを、ナミは苦笑顔で見上げて溜息を吐いた。
「だから、選んだのはサンタさんだってば」
「それでも俺はあなたを愛しています〜!」
 ケッ、とゾロがやっかみ半分、辟易半分の悪態を吐いたが、サンジはそれも気にならないくらいに有頂天になっていた。ゾロ〜、見ろよこれ、この輝き! まさに俺に相応しい一流品だぜ〜、と懐中時計を押し付けて、ついでにゾロの額に唇を押し付けて、上機嫌だ。見せて見せて、と手を伸ばすチョッパーや、俺も俺も、と腕を伸ばすルフィから懐中時計を守るべく、サンジは必死だった。
「私は、何かしら…」
 ロビンは唇を微笑ませながら、サンジへのプレゼントと同じくらいに小さな包装を解いていく。深紅のリボンがかけられたその包装の中からは、やはりサンジと同じようなベルベットケースが現れた。
「なんだ? アクセサリーか?」
 興味津々の顔をしているのは、ゾロとウソップで、それぞれが向かいに座るロビンの手元を覗き込んでいる。
「さぁ…何かしら……あら…まぁ、これ……」
 ベルベットケースが重い音を立てて開くと、中には一枚の金細工の板が収まっている。
「なんだそれ」
 顔を顰めるゾロとウソップに、知らないの、とナミが眉を上げた。ナミの代わりに応えたのはロビンで、その顔はまさに夢見心地だ。
「本の栞なのよ。百五十年以上前に滅んでしまった国のものね。黄金細工で有名な国で、こんな本に挟む栞さえも黄金で作ってしまうほどの熟練した細工師たちがいたの。見て、この薄さ。紙と同じほどに薄いのに、しっかりしている……ああ、それにこの細工、なんて素晴らしいの…」
 ロビンはその栞を持ち上げて眺めていたが、やがて大きな息を吐くと、目を輝かせながらナミを見た。
「ありがとう、航海士さん。こんな素敵なプレゼントを頂けるだなんて、夢にも思っていなかたわ」
「だから、お礼はサンタさんに言ってってば。あたしは何もしてないわよ」
 ナミはそう笑いながら、自分の枕元に置いてあった、ロビンやサンジのものよりはやや大きめのプレゼントの包装を解いて行った。包装紙を取り外すと、中から出てきたのは木の箱だ。なぁにこれ、とナミはわくわくした顔で、一同の視線を集めながら、その木の箱の蓋を開いた。
「わぁ! 素敵!」
「航海士さん、何が入っていたの?」
 目を輝かせて歓声を上げたナミに、金細工の栞をためつ眇めつ眺めているロビンが声をかける。チョッパーはぴょんぴょんと背伸びをして、おれにも見せて、と声を張り上げている。
「ほら、見てよロビン! すっごく綺麗!」
 ナミは木の箱の中から、色々なものを取り出して見せた。木の箱には色々なものが入っていたのだ。きらきらと輝く口紅に、アイシャドウ、色とりどりのマニキュア。そしてピンクのハート型のケースに入った本当に小さなダイヤモンドのピアスだ。
「ねぇちょっと、これ高かったんじゃないの? あたしが渡したお金じゃ、足りなかったはずよ?」
 ナミが眉を寄せてサンジとゾロを見た。サンジは、さぁて、と笑いながらあさっての方を見つめている。ゾロはにやりと口の端を持ち上げると、どうだかな、と笑った。
「それを選んだのは、なんせ、サンタさんだからな。俺達は知らねぇなぁ」
「ええそうよ、サンタさんがくれたのよ、知ってるわよ、それくらい。でも、ねぇ、いいの? 本当に」
 心配そうに見つめるナミに、ゾロは肩を竦めた。それが答えだ。彼らはナミから預かった金を手に、色々なところを物色して回ったのだが、サンジが言うにはあの素晴らしいナミさんにぴったりのものはたくさんありすぎる。それなら、とゾロが一計を案じた。今自分達が持っている、自分達に与えられた小遣いを少し融通すればいいと。口紅はつければきらきらと光るピンク色だ。マニキュアは似合いそうなのが一杯あるな、とゾロが眉を寄せ、それなら全部買っちまうか、と買ってしまった。ピアスは屑ダイヤで、しかも小ぶりだが、光がいい、と店主が言った。それを木の箱に詰めて、包装はサンジがしたのだ。
「ありがとう! すっごく嬉しいわ!」
「礼はサンタに言えよ。俺達ァ、知らねぇからなァ」
 笑い合うゾロとサンジに、知ってるわよ、もうっ、と頬を膨らませたナミも、すぐに破顔する。金の栞をベルベットケースにしまったロビンに、後でマニキュアの塗りっこしましょ、と言って、それじゃあ、とナミはテーブルを囲むクルー達を見回した。
「次は、あたし達からチョッパーへの、誕生日プレゼントね!」
 十二月になると、船中がそわそわするのは、十二月に嬉しい事がふたつあるからだ。
 ひとつめは、クリスマス。
 そしてもうひとつは、チョッパーの誕生日だ。
 チョッパーの誕生日はクリスマスと一緒なので、クリスマスプレゼントを持ち寄って開けた後、チョッパーに手渡される。それが、毎年の決まりだ。
 チョッパーはわくわくした顔で樽の上に座った。
「まずは…っと」
 サンジが冷蔵庫の中から、特大のケーキを引っ張り出してきた。いつものケーキと違うそれは、タルトのようだった。
「チョッパーの好きな胡桃生地のタルトだ」
「わぁ! すっげぇ! 果物も一杯だ!」
「クリスマスケーキは、もっとでっかい苺と生クリームのケーキだから、こっちはチョコレートを効かせたぜ」
 目を輝かせるチョッパーの前に置かれたケーキを、ルフィがそわそわと見守っている。十二月になるとルフィがそわそわするのは、一日にふたつも大きなケーキが見られるからだ。
「それからっと」
 ウソップが部屋の隅に置いてあった大きな包み紙を引き摺ってきた。
「これが、俺達からチョッパーへの誕生日プレゼントだ! ほら、開けろよ!」
「う、うん!」
 チョッパーは樽から飛び降りて、みんなが見ているのを確認してから、大きな包み紙を破いていく。大きなリボンを取り外して、がさがさと盛大な音を立てながら破いた包装紙の中からは、一脚の椅子が現れた。
「あああああ! 椅子だ!」
「チョッパー専用椅子だ!」
 その椅子は、ベンチではテーブルに届かないチョッパーのために作られた、足の長い椅子だった。よくある子供用の椅子のように机はついておらず、背もたれや手を置く場所に凝った細工がある。色も落ち着いた茶色で、それはチョッパーの毛皮の色に似ていなくもない。
「見ろよチョッパー! ここにみんなの名前が彫ってあるんだぜ!」
 ウソップが指を差したのは、背も垂れの部分だ。チョッパーが顔を近づければ、確かにみんなの名前が彫ってある。わあぁ、と目を輝かせるチョッパーに、ほら、とナミが笑いながら小刀を差し出した。
「あとはあんたの名前を、あんたが入れるだけよ」
「え、じゃあ、これ、みんなが名前を彫ってくれたのか? ゾロはゾロの名前?」
「おう」
「じゃあ、サンジは、サンジの?」
「当たり前だろ」
「ろ、ロビンもか?」
「ええ、勿論よ」
「ルフィも?」
「おう!」
「当然、あたしもよ」
 微笑むナミを見て、チョッパーが感極まったように口をぱくぱくさせている。
「ついでに説明すると」
 ナミは椅子を指差して付け加えた。
「その椅子のデザインをしたのが、あたしとロビン。椅子の木を選んだのがルフィとサンジ君。木を切ったり組み立てたりしたのが、ウソップとゾロよ。みんなで作った共同作業ってわけ」
「うわぁ…うわぁ!」
 チョッパーは頬を真っ赤にしながら、笑顔で見下ろしているクルー達を見渡した。
「ありがとう! みんな! おれ、すっごく幸せだ!」
「さぁさ、早く名前を彫りなさい、船医さん」
「そうだぜ、チョッパー。それが終わったら、ケーキにロウソク立てて、火をつけないとな」
「バースデーソングもだ」
「う、うん!」
 チョッパーが蹄の手で小刀を握り締め、味のある字が並ぶ一番上に、自分の名前を彫り刻んでいくのを、みんなが微笑みでもって見守っていた。最後の一文字を彫り終えると、ウソップがささっと小さな刷毛で、木端の落ちた椅子の部分を掃いて綺麗にした。ゾロがさっとチョッパーを抱き上げれば、わっ、と目を丸くしたチョッパーが足をばたつかせる。それを、どすんと椅子の上に座らせた。
「どうだ?」
 覗きこむサンジに、最高だ、とチョッパーは叫ぶ。
「よし、それじゃあ、ケーキにロウソク並べて、火をつけて電気消して、バースデーソングだ!」
 手早く年の数だけのロウソクをケーキにたて、火を灯す。いいかしら、とロビンの能力の手が、入口の近くにある電気のスイッチを消した。浮かび上がる淡いロウソクの光に、みんなの幸せそうな顔が浮かび上がる。
 十二月は、そわそわが伝染する時期だ。
 そのそわそわは、この一時のためにあり、そしてこの一時を迎えるための、そわそわだとチョッパーは思っていた。