I mean love me. -4- |
ドカ、だか、バキ、だかとにかく物凄い破壊音の後に、遠くの方で波飛沫の上がる音がした。んん、と顔を上げたナミは、船尾にたてたパラソルの下で優雅に紅茶を楽しんでいた。この船の欠食船長は、キッチンに用意されていたブルーベリーマフィンを両手に一杯抱え、ナミの座るチェアーの側でウソップとマフィン争奪戦を繰り広げている。伸びる手に悪戦苦闘するウソップだが、何かの壊される音に、ああ、と肩を落とした。 「カヤにもらった船なのに…」 「諦めなさいよ。何のためにあんたが乗り込んでんのよ」 「あ? おりゃ船大工じゃねぇぞっ! 勇敢なる海の戦士、キャプテンウソップ様だぞ!」 「じゃあ誰が直すって言うのよ。何ならルフィに任せてもいいけど」 「いや、俺が直す」 かちんと音をたてソーサーにカップを戻したナミが、テーブルの上にまで伸びてくる船長の手をぺチンと叩き落とした。テーブルの上には、サンジがレディ達のために愛をこめて作ったらしいブルーベリータルトが乗っている。半分以上、ナミとビビ、チョッパーの腹の中へ収まっているのだが、ルフィは自分に与えられていないおやつを虎視眈々と狙っていた。 「Mr.ブシドーは大丈夫かしら。さっきの音、海に落ちたかと思うんだけど」 「平気よ」 心配そうに海を眺めるビビの視線を、ナミは軽く笑って遮った。 「ゾロなら泳ぎは得意だし。丁度いい鍛錬になるんじゃない? そのうち帰ってくるわよ」 「でも今日は風もいいし、この船、結構なスピードが出ているし」 「大丈夫だって」 「でもナミさん。Mr.ブシドーは方向音痴なのよ」 紅茶のカップを口に運びながら、そう進言するビビに、ハッとナミは口に入れかけていたブルーベリータルトを持つ手を止めた。 「……まさか、遭難?」 「ありえないことじゃないわ。だってMr.ブシドー、寒中水泳するような人なんですもの」 「それはあまり関係ないような気もするけど…。どうしよう、船、止めた方がいいかな」 「お、ナミ、それ食わないのか! だったらくれっ」 伸びてきた首が、ぱくんとナミの手ごとブルーベリータルトに喰らいつく。何すんのよ、と鋭い左フックをかました後で、ナミは心配そうに海を見渡した。 「けどこれだけ見晴らしもいいんだから、どれだけ飛ばされても船くらい見えるでしょ。あいつの動体視力は並大抵じゃないから」 ルフィに齧られた右手をお絞りで拭いながら、ナミは肩を竦めた。 「俺、助けに行くか?」 チョッパーが両手で抱えたタルトを齧りながらナミを見上げたのだが、ナミは右手でこつんとその額を小突き、テーブルに肘をつく。 「なーに言ってんのよ、カナヅチの癖に」 「あら、トニー君、泳げなかったの?」 きょとんと目を丸くするビビに、何言ってんの、とビビが笑う。 「だって悪魔の実の能力者なのよ。元は泳げても、今はねぇ? どうせ助けに行くんなら、サンジ君が行くわよ」 「駄目だぞサンジは! まだ背中が治ってないから、無理させちゃ駄目だ!」 「ああ、そうだったわね…。ま、大丈夫でしょ。半日して戻ってこないようなら、探しに行きましょ。この辺の海は穏やかで、潮の流れも読みやすいから、探すのにそう苦労はしないわ」 再びナミがカップを持ち上げ、唇につけようとした時、ザバッと波飛沫が船尾後方で上がる。海獣か、それとも魚人かと慌てて机の下に隠れるチョッパーとウソップ。何か面白いことでも怒るのかと口いっぱいにマフィンを詰め込んだまま振り返るルフィ。何事かしらとおっとりした顔のビビ。あら案外早かったわね、とすでに誰がそこにいるのか察したように呟くナミ。 多種多様の顔で見つめる先には、ずぶ濡れのゾロが荒い息を繰り返し、険しい顔で一緒に弾き飛ばされたメリーさんを抱えてそこにいた。 「ああああああーッ! 俺のメリーさんがぁッ!」 「ゾロ! お前、カヤに貰った船になんてことすんだーッ!」 「怪我してないのか、ゾロ」 「すごいわMr.ブシドー。迷子にならなかったのね」 「お帰んなさい。紅茶、飲む?」 ゾロの手から首の所でばっきり折れてしまったメリーさんを受け取り、おいおいと咽び泣いているルフィを、俺が直してやるよ、とウソップが慰めている。ドッと甲板に倒れこむゾロをひっくり返したり裏返したりして、巨大化したチョッパーが怪我がないかを確認している。案外早く戻ってきたことに感動しているビビと、紅茶のカップを持ち上げブランデー垂らしてあげようか、と澄ました顔で尋ねてくるナミを、倒れ伏したままゾロは見上げていた。 「……茶はいらねぇから、あのクソコック…どうにかしてくれ…」 「あら、それは自分でやんなさい。あたし、バカップルの喧嘩に巻き込まれるのだけはごめんだもの」 「ゾロ! テメェ、俺のメリーさんになんて事を! メリーさんの敵だ! ゴムチョップゴムチョップゴムチョップ!」 びしびしとゾロのうつぶせた背に、ルフィの手刀が振り下ろされる。 突っ伏し、ゾロは背に当たるゴムに甘んじていた。 メリーさんを抱えての遠泳を、船に置いていかれないように全力疾走でこなしたゾロは、何を言われてももう返す気力もつもりもない。ぐったり項垂れ潰れるゾロを更に潰すがごとく、能天気なラブコックの声が響き渡る。 「ナミっさぁん! 今日の紅茶の味はどうだ〜いッ?」 美味しいわ、とにっこり微笑むナミと、心配そうな顔でサンジとゾロを見比べるビビ。 ビビのその行動が、再びサンジに余計な想像をさせ、そしてそれを逞しく膨らませてしまう事を、彼女はちっとも気付いていなかった。 |
FIN |