Everything I Said.-8-
 ケーキも食べ、テーブルの上の皿を手分けして流しへ置いた。今日は私が洗うわ、とニコ・ロビンが年長者らしく、また優しい女らしく微笑んでそう申し出た。白いテーブルクロスは、ルフィが食べ散らかした料理の欠片や、皿から口に移すまでに落ちたソースなどで汚れていたので、サンジが手早く新しいテーブルクロスに替えた。そして、みんなから送られたプレゼントをテーブルの上へ置いたのだった。
「さぁてと」
 嬉しそうに笑いながら、サンジが渦を巻く眉の下で、好奇心一杯に輝く目を瞬かせた。
「どれから開けっかね」
「おれのおれの!」
 パッと手を上げたチョッパーの角が、ごつんとウソップに激突した。うおおおっ、と呻き声をあげて床に転がり落ちたウソップを、ルフィが腹を抱えて笑って見ていたが、チョッパーはまるで気にしていない。サンジの手元ばかりを見ていて、顔がにへらと笑っていた。
「うっし。じゃあチョッパーに貰ったのから開けっかな…えっと、チョッパーのは…」
「おれの、これ! これだから、おれがサンジにあげたのは!」
「おう」
 並ぶものの中では、二番目に小さな箱だった。正方形の箱に収まり、可愛らしいピンク色の包装紙に包まれている。サンジはそれを丁寧に開け、白い紙の箱の中に収まっていた青色のガラスを引っ張りだした。
「それ、それ、魚が泳ぐんだ! 色々! 珊瑚とかもあるし、きらきらしたのも一杯出てくるし! すげー綺麗だから、サンジの探してるオールブルーってそんなのかもって、俺思ったんだ!」
 ガラスの中には、水が入っていた。ただ水が入っているだけではなく、珊瑚が収まり、魚の小さな模型が数匹泳いでいる。サンジがかしゃかしゃとそれを振れば、珊瑚を隠すように積もっていた銀色の砂が、ぱっとガラスの中で踊った。それらはふわふわと揺れながら、また珊瑚の上に降る。
「綺麗だな」
「…サンジ、それ、気に入った?」
 少し心配そうにするチョッパーに、おう、とサンジは微笑んで見せた。
「すっげー気に入った! あんがとな! 大事にするよ。ウソップに貰った棚に、飾っとく。あそこなら一番目立つから」
「うん、ありがと!」
「じゃあ次はあたし達のね」
 はい、とニコ・ロビンがテーブルから生やした腕が差し出した包みを、サンジは苦笑いを浮かべて受け取った。
「ありがたく拝見させて頂きます、レディ達」
「勿体ぶらないで、さっさとあけてよ」
 せかすナミに、はいはい、とサンジは早速包みを破った。丁寧にテープを剥がそうと思ったのだが、そうするには、包装紙は色々とよれすぎていた。茶色の包装紙は、逡巡したサンジの手の中でぐしゃぐしゃと丸いゴミになる。
「お!」
 サンジが咥え煙草のままで目を丸くした。包装紙の中から現れたのは、完全に白とは言えないものの、かと言ってアイボリーと言ってしまうには薄い色をしたエプロンだった。しっかりした生地をしっかり縫製していて、これなら何度洗濯しても繊維が伸びることもないだろうし、料理の際の炎にも強そうだ。食材を船に運び込む時には、意外と服を駄目にしてしまうことの多いサンジは、それをパッと広げ、おおおっ、と目を輝かせた。
「丁度欲しかったんですよ、こう言うエプロン!」
「本当に?」
「ええ、本当ですともレディ達! ありがとうございます! 大事に使いますよ! 早速明日から、使わせて頂きます! 実は今使ってるエプロン、盛大に穴が開いちまってて、本当なら今日エプロン買いに行こうと思ってたんですが…」
「あらそう。じゃあサンジ君を捕獲しておいて正解だったわけね」
「…捕獲って」
 オネーサマ冗談きつい、と呟くサンジが嬉しそうにエプロンを眺めた後、えっとじゃあ…、とテーブルを見下ろした。
 残るのは、一番小さな箱と、一番大きかった箱だ。
 ウソップがにやりと笑った。
「どっちがゾロだと思う?」
「う」
 眉を寄せたサンジは、ずっと酒を飲み続けているゾロをちらりと見た。俺を見るな、と言いたげにゾロは眉を寄せ、サンジは怖い顔をしたゾロに仕返しするがごとく口を尖らせた。
「てゆーか、もうひとつは誰からなんだよ。ルフィはケーキだろ? ウソップにゃあ棚作ってもらったし、チョッパーはこれだし、レディ達にはエプロンを頂いたわけだし。クソ腹巻がどっちかだとすると、もうひとつは…」
「かもめ便で届けてもらったの」
 ナミが肩を竦めた。
「正確には、かもめ便で送られてきたってところかしらね。送り主は、アラバスタ国第一王位継承者のネフェルタリ・ビビ王女よ」
「ビビちゃん? ビビちゃんが、俺のために、わざわざ……?」
「そう。あの子って律儀でしょ。あたし宛に送ってきて、中身はサンジ君の誕生日に渡してくれって手紙に書いてたの。だからあたしも中身知らないんだ。あと、ハイ、これ」
 ナミがポケットから一通の手紙を取り出しサンジに手渡した。はぁ、と不可解な顔で受け取ったサンジは、それを開こうともせずナミを見た。
「ビビからのお手紙よ」
「ビビちゃんから! ビビちゃんから俺に愛のお手紙! ラブレターッ!」
 パッと立ち上がり震える手で手紙を握り締めているサンジを見上げ、アホらし、とゾロが溜息を吐いた。ビビと別れた直後は淋しい淋しいと騒いでいたくせに、ニコ・ロビンが仲間になった途端、今度はオネーサマオネーサマと騒いで忙しい。それの他にも、ナミさんナミさんと後をついて回っていて、挙句の果てには立ち寄った港で美人の尻を追いかけている。疲れないもんかね、と半ば呆れ、半ば感心した気持ちでグラスを持ち上げ、残っていたワインを全部飲み干した。
「とまぁ、手紙は後でゆっくり読んで。それよりねぇ、何が入ってたのか開けてみてよ」
「えー…じゃあ大きい方からあけましょうか…」
 何だろうなぁ、と弾んだ声で包み紙を破いたサンジは、中から出てきた立派な木箱に、アルバーナの王宮で見た紋章が焼きいれられているのを発見した。
「あ、じゃあこれがビビちゃんからのだ!」
「正解…って言っても、その印章が入ってればね、すぐ解っちゃわよね」
 片眉を上げたナミの言葉に被さるように、チョッパーが鼻を抑え始めた。どうしたんだ、とウソップが顔を向けると、なんか変なにおいがする…、と眉を寄せている。
「なんだろな〜」
 ぱかっと蓋を開けたサンジは、目を見開き、うお、と叫んだ。
「すげぇ! 調味料セットだ!」
 ゾロが覗き込むと、瓶が割れないようにと詰め物をされた上に、十から二十ほどの片手におさまる小さな瓶が並んでいる。赤や緑の粒子が入っていて、瓶にはカラフルなラベルが張ってあった。
「そう言えばサンジ君、テラコッタさんに聞いてたよね、色々と、料理の作り方」
「ええそうなんですよー。スパイス買おうと思ってたんですけど、ごたごたで買えなくって! ああっ、なんだこれはー! 愛のお手紙第二弾!」
 箱の隅に入っていた手紙を見つけ、サンジがまた嬉々と飛び上がった。忙しくそれを開いたサンジは、おおっ、とまた飛び上がる。
「アラバスタの伝統料理作り方百選!」
「…百選? 百個も書いてあんの?」
「それよりその蓋閉めてくれ…鼻が曲がりそうだー」
「そうか? 俺はいい匂いだと思うけどな」
「色々混じって変なにおいになってるんだー」
「うまそー」
「どこをどう見たらスパイスの瓶がうまそうに見えんのよ!」
「でもカラフルで綺麗よね」
「酒のつまみ書いてあっか?」
「鼻が曲がるー…」
「うおー…テラコッタさん直伝のレシピだー。すげぇ。アラバスタで教えてもらったのとは別のばかりで…あ、デザートまである。ナミさん、ロビンちゃん! あとでまたこれ作ってみますね!」
「ええ、お願い」
 にっこり微笑み、それじゃあ、とテーブルから突如生えた腕が、サンジの手からレシピらしい分厚い手紙の束を取り上げた。あっ、と慌てるサンジの前に、もう一本の手が、ついと小箱を押し上げて見せる。
「早く開けてごらんなさい。彼からの特別なプレゼントよ」
「か、彼……っ…」
 ボッと頬を赤くするサンジを見て、ウソップが冷やかしの言葉をかける。チョッパーがその話の中に出てきた些細な言葉に反応し、それについてまたウソップが薀蓄を傾けるがその八割は口から出たでまかせだ。
 ロビンが作り出した能力の手から小さな箱を受け取り、サンジはじっと見下ろしていた。高級そうな包みにうっすらと透ける素材のリボンがかけられている。高そう、とぽつりと呟くと、高いわよ、とナミが笑う。
「サンジ君へのプレゼントの中で、一番高額なのは、きっとビビからのプレゼント。送料もかかってるしね。その次がゾロのプレゼントかな。でもプレゼントは気持ちだと思うんだ。高そうとか気にしないで、さっさと開けちゃった方が、ゾロも喜ぶと思うけど?」
 首を傾げたナミに促され、サンジの手が薄いリボンを引っ張った。するりと解けた包装紙を丁寧に開き、箱を手の上へ乗せる。立派な箱だった。それをあけると、ベルベットのような素材の布の中に、銀色のネクタイピンが収まっていた。
「…タイピン……」
「ゾロが選んだのよ。って言ってもゾロからのプレゼントだから、当然だけど」
 ね、と微笑むナミに、まぁな、とゾロは返事を返す。仏頂面のままでワインを口にし、言いにくそうに口を開いた。
「金がなかったんで、ナミに借りたから…実際それを買ったのは、ナミって事になるけどな」
「なぁに言ってんの。ちゃんとお金は返してくれるんだから、買ったのはあんたよ」
 それとも返さないつもり、と首を傾げるナミの眼差しに、返さないと殺すわよ、と言う物騒な気配を感じ取り、いや、とゾロは首を振った。
「返す」
 そ、とナミは満足気に微笑んだ。それは自分にお金が返還されてくることへの安堵と喜びからもあるだろうが、それよりも何よりも、味気ない言葉でサンジが今感じている幸福感を消さなくても済むからだろう。さぁさぁ、と促すナミの手が、サンジの肩に乗った。いつもなら飛び上がって喜びそうなサンジだが、今日ばかりは、ああハイ、とぼんやり頷く。
「つけてみなさいよ」
 促され、サンジのナイフを握る手が銀色の細いタイピンを摘み上げた。よっぽど高価な調味料を使うときよりも慎重な手付きに、気付いたニコ・ロビンが少し笑窪を深くする。年長者の微笑みをちらりと見上げた後で、サンジは摘み上げた銀色のタイピンを、黒いネクタイに通した。手を離すと、タイピンという重みをつけられたネクタイは、すとんと重力に逆らって落ちる。首から揺れるネクタイを見下ろし、サンジの唇が嬉しそうに持ち上がった。
「へへ」
 興味津々と言った顔でじっとサンジがネクタイピンをつける様を見守っていたチョッパーが、すげーっ、と声を上げる。
「すげーカッコイイ! サンジ、それ、すげーかっこいいよ! 似合ってる!」
「そぉか?」
「うん、すごい似合ってるよ! 黒に銀ってとってもいい!」
「なるほどね。サンジ君の髪って金髪だもんね。どんなに地味な格好してても派手に見えちゃうから…どうして宝石入りのタイピン選ばなかったのか、これで納得入ったわ」
 うんうんと頷くナミに、そうね、とひっそり微笑むニコ・ロビン。女性陣に褒められ、似合いますかね、とサンジは嬉しそうだ。
 和気藹々と和む仲間達を見つめながら、空っぽになっていたグラスに、ワインセラーから抜き取った適当な瓶の栓を抜いていた。船旅には弱いはずのスパークニングワインが、今まで赤ワインの入っていたグラスに注がれるが、多少混じったところで味がどうこう変わるわけでもない。口の中で爆ぜる気泡の感触を楽しんでいると、ルフィやチョッパーと明日の食事はお前らの好物にしてやるよ云々と話していたサンジが振り返った。唐突に振り返る仕草に、黒いネクタイの下で銀色のタイピンが動きに釣られ揺れた。
「ありがとよ!」
 ニッと白い歯を見せて笑うサンジに、一瞬面食らったゾロも、すぐさま、おう、とまるで何でもないような返事を返して見せた。すげー嬉しい、と続く言葉に、あらあらお盛んね、とナミがからかってくる。同じようにニコ・ロビンも笑っていたが、こちらは言葉がない分マシと言うか、その分視線にこめられた意味が痛いと言うか、どちらにせよ、女は油断ならず、また怖いと言うことである。
 うまい酒を飲みながら、つまみ作ってくれねぇかな、と思うゾロは、ルフィやチョッパーのお子様連中が寝床に引き上げてしまうまで、じっと我慢の子でサンジが解放されるのを待っていた。気を聞かせたニコ・ロビンがナミを誘って部屋を出て行くと、後はもう床で眠ってしまった酒に弱いウソップと二人だけだ。すーすーがーがーと鼾が響く中、つまみでも作るか、と腰を上げたサンジに、おい、とゾロは低い声をかけた。冷蔵庫を覗きこんでいたサンジが、ああん、と剣呑に振り返るが顔は笑っている。
 笑顔を見ながら、ゾロはワインのグラスを軽く持ち上げて見せた。黄金色のスパークニングワインから、しゅわしゅわと今も泡が水面を目指しては弾ける音が聞こえた。目を少し見開いたサンジに、ゾロは軽く笑みを向ける。
「誕生日、おめでとう」
 ウィンナーの包みを手に、冷蔵庫のドアを閉めたサンジは、ゾロの言葉に一瞬瞠目し、口を半開きにしたが、すぐに勝気な色を瞳に浮かせた。
 そりゃどうも、と素っ気なく呟き、背を向けつまみを作り始めるサンジの後ろ姿からは、その夜ずっと鼻歌が聞こえ続けていた。
FIN