■ white feather


「弁護士、成歩堂龍一も死ぬべきかもしれない?」
 御剣は寒そうに立てたコートの襟の中で、薄く笑った。霙混じりの雪に、のぼる御剣の息が白く吐き出され、御剣の顔を煙らせる。
「随分な思い違いだな」
 茶色のコートを、御剣に見立ててやった時の事を思い出した。再会して季節が巡り、ようやく御剣が側にいるのを実感し、そして夜中飛び起きて、傍らの温もりを確認しなくていいようになった頃だ。似合うよ、と笑うと、そ、そうか、と大きな鏡に身を映して傾げていた。そのコートごと、御剣を抱きしめた数は、もう両手の指なんかじゃ到底足りない。
 唇の色が薄くなっていた。寒そうだ。抱きしめてあげたい。伸ばしかけた手を、けれどそっと、黒色のコートのポケットに押し込んだ。全身で御剣が、拒否をしているように思えたからだ。
「私があの書置きを残したのには、そうするだけの意味があったからだ。だが、君が今、弁護士から逃げ出そうとして何の意味がある」
 低い声は、怒気さえ孕んでいるように思えた。
「間違えるな、成歩堂」
 茶色のコートの肩に、雪が降り、溶ける。
「君は、そのままでいい」
 コートに消える雪のように、御剣が薄い笑みを浮かべた。
「君は、ずっとそのままでありたまえ。それが私が幼い頃目指した、弁護士の姿だ。今でも、憧れている」
 目を見開くと、御剣は唇を綻ばせた。伸ばされる手が、常は机を叩き付ける指が、こめかみの辺りを触れて離れる。雪がついている、と笑う御剣が真っ向から見つめてきた。
「君がそうである限り、私は検事であり続ける」
 なぜだか解るか、と冷えた空気を震わせて御剣が問う。
「私の惚れた君が、その手で真実を暴くのを、見続けたいからだ」
 検察局の入口のポーチは、常駐する警官がしっかりと見張っている。目と鼻の先の警視庁から派遣されてきた警備課の警官は、ポーチの隅で雪に降られている御剣を気にしているようだった。それを知らず、御剣が笑う。
「胸を張りたまえ、成歩堂。私は君の自信に満ちた姿に救われた」
 もっとも、と御剣が肩を竦め両手を広げている。法廷でよく見せるあの仕草だった。
「君の自信はいつも、根拠のない自信だがな」
 一瞬、じっと見た御剣が、次の瞬間弾けるように笑う。
 雪の降っていることすらも、忘れさせてくれる、暖かい笑い声だった。


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