例え話 |
例え話と言うか、私的キャラ観念と言うか。 * ククールの場合。 「質問です」 「はいよ、突然だな」 弓の手入れをしながらも律儀に身体ごと振り返るククールに、世界地図を広げながらエイトが尋ねた。 「例えばライドンの塔のてっぺんで足を滑らせて、危うく落ちそうになってるゼシカと俺がいます。一人しか助けることができません。どっちを助ける?」 生真面目な顔で尋ねられた事柄に、ククールはきょとんと目を丸くしたが、それは一瞬の間だけだった。取り立てて何でもない事柄のように、弓の手入れを続行しながらさらりと答える。 「そりゃ勿論ゼシカ」 「即答だな」 地図の上の塔を目の先に捕らえ、エイトは眉を寄せた。ちょっとは躊躇うとか、そう言う事くらいすりゃいいのに、と内心では不貞腐れているが表情には出さない。仮面を被ることならお手の物だ。 ぎりぎりと弓の弦を張りなおす音が部屋に響く。 なんだかまるで切れそうな音、とエイトは思う。 助けてくれなんて言わないし、それに万が一ゼシカよりもエイトを優先させたのなら烈火のごとく怒り狂うけれど、口先だけでも、お前だよ、なんて甘い言葉を囁きかけて欲しいのは、ここがオークニスだから。雨戸を閉めてもなお寒い雪の日だから。 弦を張り終えたククールは、今日武器屋で買い足したばかりの矢の先をひとつずつ確かめている。その作業を続けながら、ククールが呟いた。本当に、なんて事のない事柄のように。 「だってお前、自力で上がってくるだろ」 「……そりゃまぁ、そうだけど」 「ルーラも使えるし」 「…まぁね」 「俺なんかが助けなくたって自力で這い上がってくる人を助ける余裕は俺にはないの」 「あ、そう」 それって信用してもらえてるって事かな、とエイトは口元を手で覆う。 甘い言葉ではないけれど、ククールの言葉はエイトを嬉しい気持ちにさせる。不貞腐れていた心を暖かくさせる。 「……何笑ってんの」 緩んだ頬を目敏く見つけられて、エイトは慌てて両手で頬を押さえた。いや別に、と告げた早口に何かある勘ぐられたようだ。何隠してんだよ、といざりよるククールから逃れようと、エイトはことさら大きな声で、なんでもないったら、と叫んで背中を向ける。 ああそう、と納得したような、それでいて納得しきれていないような声のククールだったが、それ以上近付いてこようとはしなかった。免れた、とほっとするエイトの背中に、意地っ張りだねぇ、と可笑しそうにククールは呟く。小さな声だったがそれは確かにエイトの耳にまで届いた。けれどエイトは必死でそれに気付かないふりをする。 でなければきっと、赤くなっている頬が今よりももっと赤くなってしまうだろうから。 信用されているということが、甘い言葉よりも嬉しいと気付いたオークニスの冬だった。 * エイトの場合。 「エイト君、エイト君。質問があるんだけどさ」 「後にしろ、後に!」 剣を弓に持ち替え、ふわふわと浮いては揺らめく海上の妖精・マリンフェアリー(と言うらしい一つ目モンスター)に狙いを定める。ぎりぎりと弾き搾った矢から手を離せば、ヒュッと風を切って銀色の矢は飛んでゆく。一つ目の真ん中に刺さった矢が致命傷で(そりゃあんな所に矢が刺されば致命傷にもなるだろう)、マリンフェアリーは声にならぬ悲鳴を上げて消えてゆく。 消えゆくモンスターだったものの最期を眺め、ククールはにぱっと笑った。 「や、ちょっと思いついたんだけどさ」 「だから後にしろって言ってんだろ!」 わかめ王子(と言うらしい海草を纏ったモンスター)の一撃を、構えた盾でしのいだエイトが段々と苛立ってきていた。ククールは新しい矢をつがえ、残る一匹の一つ目モンスターに狙いを定めながらさらりと尋ねる。 「例えばの話なんだけどさ」 「例え話は後にしろ!」 「俺とゼシカが海で溺れてるとするじゃん」 「お前、泳げるだろ」 振りかぶった剣は二度、わかめ王子のぬめった身体を引き裂いた。わかめ王子が淡い光を放って消え、これで残りは一つ目の妖精だ。ヤンガスの攻撃をさらりと避け、ゼシカの鞭をふわりと逃れ、ひらひらふわふわと呑気な顔をしているモンスターにククールは矢を放つ。 まるで止まっている的を狙うかのように、ククールの放った矢はまっすぐに一つ目に吸い込まれ、マリンフェアリーは甲板に転がり落ちて消えた。 「だから例え話だってば」 戦闘が終了し、剣を鞘へ戻すエイトに、ククールはにこっと微笑みかけた。必殺女殺しスマイル。お堅い修道女もこれで二人ひっかけた。 エイトはククールの笑顔に真正面から見つめられ、ほんのり頬を染める。 「そんでね、お前がボートに乗ってるんだけど、どっちか一人を助けると、どっちか一人が死んじゃうのね。お前ならどっちを助ける?」 例え話の相手にされたゼシカは鞭を巻きながら、迷惑そうな顔を隠しもしない。ホモの鞘当ならあっちでやってくれない、とつれない言葉に、戦闘中は船室に避難していたトロデ王もやってきて同調している。 ククールは外野には構わずまっすぐエイトを見つめた。 見つめる視線をちょっぴり潤ませ熱を加え、必殺女殺しスマイルも継続中だ。 「ね、エイト。どっちを助ける?」 エイトは、あーうー、と辺りに視線をさ迷わせている。いつの間にやらヤンガスまでもが見学を決め込んでいて、エイトはとうとう眉間に皺を寄せた。あ、やばいかも、とククールは慌てる。エイトが怒る前にはよくそんな顔をするからだ。 「ま、例え話だからさ」 気軽にね、と言外に込めると、エイトはすっきりと背筋を伸ばして答えた。 「両方」 がくんとククールは肩を落とす。 「や、エイト君、さっきの俺の話聞いてた?」 「どっちか助けたらどっちかが死んじゃうんだろ? 聞いてたよ。だから俺が助けるのは両方」 「それじゃ質問の意味ないじゃん。俺が聞きたいのはねー」 「俺、泳げるからさ、海に飛び込んで、お前ら二人がボートに乗ればいいじゃん。そんでククール、お前だって泳げるんだから、俺が疲れたら交代な。変わりばんこに休憩して、岸まで泳げば助かるよ、二人とも。それにボートで漕ぎ出すくらいだからきっと岸に近い場所だろうしな」 「…ああ……まぁ実際は…そうでしょうけどもね……」 それでも少しくらいは、お前が死んじゃやだよ、とかね、そういう言葉を期待していたわけですよ、とククールはうなだれた。 見学を決め込んでいたヤンガスが、がすがすと嫌な笑い声を上げて船室へ引っ込んでゆく。ゼシカの凍てつく冷たい眼差しは、はん、あんたって本当に馬鹿ね、と言葉にせずとも告げていた。 なんかねー、とククールは声にせずに内心で愚痴る。 もうちょっとこー甘いひと時とかねー…恋人同士なんだしさぁ、とモンスターが上がってきたせいで濡れた甲板を俯き眺め、ぶちぶちと呟いていると、どすんと背中にエイトがぶつかってきた。波で船が揺らいだとか、そういうことではない。故意にだ。 「なによ」 ぶすくれた顔で振り返り、頭ひとつぶんは確実に低いエイトの顔を見つめると、エイトは生真面目な顔で言った。 「心配すんな」 「……は? なにが?」 真っ直ぐにククールを見上げえるエイトの眼差しに曇りはない。ククールの引かれた綺麗な眼差しが、とても真剣にククールを見据えて言った。 「お前が沈んだら、ちゃんと海の底から回収してザオラル唱えてやるから」 置いてかないよ、とエイトは笑う。 そんな風にまっさらに笑われると、どうしていいのか解らない。 「……ああ…いや…………どうも…」 眉を寄せて口元を多い、何と答えていいものやらと考えていると、船室からミーティアを連れ出してきたトロデ王がエイトを呼んだ。ミーティアを風に当たらせてやりたいから警護をしろと申し付けている。船の上で警護なんかいるもんか、とククールは思うが、エイトは素直に駆け寄り、白馬と成り果てた姫君に何事か話しかけている。 「良かったじゃない」 かかった声に振り返ると、ゼシカがにやにやと笑っていた。豊満な胸を見せ付けるかのようにぐいと胸を張って腰に手を当てている。 「置いてかれなくていいみたいよ」 「……なんか複雑」 「ああそう? でも、いいこと教えてあげましょうか」 「なに」 「本当にそんな事態になったら、きっとエイトはあんたを船から降ろさないわよ。勿論あたしもだけど。自分が泳いで岸までボートを引っ張ってくくらいのことはするわよ。今日の食事当番、あんただからね」 びしりと人差し指を突きつけて、ゼシカは船室へ入ってゆく。 いつもむき出しになっている割には日焼けの少ない背中を見送り、ククールは溜息を吐いた。 がりがりと掻き乱すも、なんだか気持ちはすっきり晴れない。 馬の嘶きに顔を上げると、じっとこちらを見ていたらしいエイトと目が合った。ニッと笑うエイトにぎこちない笑みを返し、ククールはまたも溜息を吐く。 やっぱりすっきりしない気分だった。 * またもやククールの場合 「例えばの話なんだけどさ」 ベルガラックの宿はどこよりも綺麗で、そして格安だ。ゼシカはことのほか赤い絨毯がお気に入りで、やっぱりいいわよねぇ、とふかふかの廊下を弾むように歩いていた。宿で稼がなくても併設しているカジノで利益がでるから、宿の方は薄利でいいんだとククールが言って、夢のない奴、とじと目で睨まれていた。 そのゼシカもヤンガスと一緒にカジノへ繰り出している。目指せグリンガムの鞭、と拳を突き上げていたが、まぁ無理だろうなとエイトは見送った。 買い出す道具のリストを作っているククールに声をかけると、ペンの手を止めて、んー、とククールは生返事を返した。インク壷の蓋を閉じ、身体ごと向き直るククールに、いや、だからさ、とエイトは続ける。 「例え話なんだけど」 「ああ、例え話ね」 「キスとセックス、これから一生ずーっとどっちかしかできないって事になったら、お前、どっちがいい?」 「……それって、誘ってんの?」 眉を寄せて真剣に尋ねるククールの顔面に、エイトは思わず枕を投げつけた。 「違うッ!」 「お前…唯一人様に自慢できる顔を……」 ばふっと盛大な音を立てた枕のせいで、ククールの鼻先は赤くなっている。涙目で睨むククールにエイトは怒鳴った。 「例え話だって言っただろ!」 「あーはいはい、例え話ね…」 ククールは尖った顎に手を当てて考え込むような素振りをしたが、数秒もしないうちにさらりと答えた。 「キス」 「は?」 あまりの即答ぶりに目を丸くすると、ククールは、だぁかぁらぁ、と間延びさせた声を上げた。 「キスかセックスかどっちかしかできねぇってんだろ? それならキスだな。セックスなんざいずれはできなくなっちまうんだぜ。キスは死に際にだってできる。俺はキスのほうがいい」 「……それって……」 思わず素直な気持ちを口に上らせかけたエイトは、うん、と首を傾げて見つめるククールの青い眼差しにハッと口を噤んだ。 「や、なんでもない」 ぷるぷると首を振るうと、ふーん、と唸り声が返事をする。納得はしていないようだが、それ以上問い詰めないつもりらしい。 ククールは買い出しリストに向き直り、やっぱり聖水も買い足しとくかねぇ、と呟いている。端正な横顔を眺め、エイトはちょっぴり悔しいような気持ちになる。 セックスができなくなる何十年も先のことを考えてキスを選ぶなんて、まるで何十年先まで一緒にいるんだと考えているかのようだ。 何十年先かぁ…、とエイトは考える。 ククールの何十年か先の姿など想像もできなかった。 * 更にエイトの場合。 「例えばの話なんだけどさ、エイト君」 ガチャンガチャンとベルガラックのカジノで、鬼気迫る様子でスロットを回しているエイトにククールは声をかけた。今日は朝からずっとこんな調子だ。当たりが出ないとぼやきながら、その割に他の台には移動しない。何かこだわりがあるのかと思ったら、移動したら負けた気になるから、と言う答えが返ってきた。 途中まで付き合っていたゼシカとヤンガスも呆れてルーレットの台にいる。どちらかと言えば賭博にあまり興味のないエイトが、これほどのめりこんでいるのは珍しい。 「なんだよ」 ぶすっと不貞腐れた声に、ククールはにぱっと笑みを浮べる。 「いや、ちょっと質問って言うか、例え話って言うか」 「後にしろよ。俺は今真剣勝負の真っ只中なんだ」 「二千枚もスッてなに言うんだか……て言うか、なんでスロットでスれるんだよ。こんなもん勝手に増えてくだろうに」 「うるさい! もうすぐ当たるんだ! スリーセブンで勝つんだ!」 まぁ別にいいんだけどね、なんだって…、とククールばぼやきながらも、気を取り直して声をかけた。 「例えばさ」 「例え話は後にしろって」 「キスとセックス、一生どっちかしかできないってなったら、エイトはどっち選ぶ?」 「はぁ?」 思わずガシャンとレバーを引いたエイトは回る絵からククールへと視線を転じた。思い切り訝しげなエイトの横に手を伸ばし、ククールはぽんぽんとストップボタンを押していく。スロットの絵柄のスピードがゆっくりとなっていくのにも気付かず、エイトは首を傾げた。 「何か変なものでも拾い食いした?」 「いや、例え話だって……いや、その前になんで俺が拾い食いなんかするんだよ、おっさんじゃあるまいし……。それで、エイトはどっちよ」 眉間に皺を寄せていたエイトは、ククールが覗き込むと、うっすらと頬を赤く染めながらも余計に眉を寄せた。少し首を傾げ、うー、と唸っていたが、やがてぱっと顔を上げた。 生真面目な顔をして何を言うのかと思ったら、出てきた言葉はこれだ。 「どっちもしない」 「…はぁ?」 ククールが思わず目を丸くすると、エイトはすっきりと背筋を伸ばし、カジノの騒々しい音楽に負けることのない声で言った。 「だってキスしたらセックスできなくて、セックスしたらキスができないって事なんだろ? だったらどっちもいらない。どっちか片方したら、絶対にもう片方欲しくなるもん。俺、我慢できる自信ないし、それだったら最初から両方いらない」 見上げる眼差しに何の躊躇いもなく、ククールは思わず、うーん、と唸ってしまった。 確かに正論であるような気はするが、だからと言ってどっちもないのでは寂しいのではないだろうか。せめてキスくらいできなくちゃやってられない。それをどう説明したものか…、と顎に手をあて考えているククールの前で、エイトは首を傾げていたが、ちょっと目を離していたスロットが突如「パラララパンパンパ〜ン」と明るい音と共に激しくフラッシュ、そしてコイン返却口から溢れるようにコインが零れてきたのを見て飛び上がった。 「おはぐれ様!」 「お、当たったじゃん」 ククールはぱっと顔を輝かせ、慌てて駆け寄ってきたバニーちゃんからコイン入れを貰う。ざくざく溢れるコインにエイトはややメダパニ気味だ。足が小刻みにステップを踏んでいる。地に足が付いていないとは正にこのことか。 「すごい、すごいよククール! ククールが押したらおはぐれ様が出てきた!」 「いや、普通出るだろ…つか、なんだよそのおはぐれ様って…」 「だって滅多に出てこないんだよ、これはもう呼び捨てにするわけにはいかないと思ってさ。よし、やれ、ククール! おはぐれ様をもう一度出すんだ!」 びしっと指を指され、ククールはげんなりと溜息を吐く。 ゼシカとヤンガスがルーレット台でスロット前の喧騒に気付いて振り返る。そして溢れるコインに目を丸くして駆け寄ってきた。いつになく褒め捲くるのでコインを少し分けてやったら、今度は二人揃ってビンゴゲームに行ってしまった。 横ではエイトが期待に満ちたきらきら光る目で見上げてくる。 なんとなく、釈然としない思いながらもククールはスロットを回し、エイト曰くのおはぐれ様を出すために頑張るのだった。 |
この人たちってどんなもんなんだろうと思いながらキャラを掴まえるためがてら書き始めたのが例え話。 エイトは両極端で白か黒かはっきりさせなきゃ気が済まない人のような気がします。割合男前な性格で、主ククにしろクク主にしろ実生活の主導権はエイトが持ってそう。臆面もなく「俺についてこい!」と言える人。トロデとミーティアは好きだけどそれ以上にククールが好きだけど知られたくないので精一杯隠している(つもり)。好きなものははぐれメタル。メタルキングよりもはぐれメタルが好き。とっても固そうなのにとっても柔らかそうな曖昧さが魅力だとか。一度とっ掴まえて固いのか柔らかいのかじっくりくっきりはっきり解剖してみたいと思っているものの、なかなかとっ掴まらない上に、はぐれメタルを見ると否応に狩人の血が騒いで襲い掛かり、気付いたら戦闘が終わっててとっ掴まえられない。はぐれメタルを「おはぐれ様」と呼ぶ奇妙な人。過去の記憶がない事を割合に気にはしていたものの、マルチェロとククールを見て、「自分の家族もこんな関係だったらやだなー」と思って以来、あまり気にしなくなった。初恋の人は多分ミーティア。 ククールは夢見がちな人。と言うか、なまじ現実の酸いも甘いも噛み分けてしまったので、将来に関しては夢を見たいお年頃。肉体的繋がりよりも精神的繋がりに重きを置いている人。話しかけられるとよっぽどのことがない限り、身体ごと振り返る律義者。心のどこかに常にマルチェロさんがいるものの、段々そう言う自分に腹が立ってきたところにエイトに押し倒され(もしくは迫られ)、ころっとほだされた。その場の雰囲気を読まずに戦闘中にエイトに話しかけては嫌がられているものの、嫌がるエイトの顔を見るのが好きな自分はやはりマルチェロの血縁者だなぁと実感している。賭博にはめっぽう強いが生来の面倒くさがりが顔を出すので、必要に駆られるまでは手を出さない。女の子とお付き合いするよりも、女の子を落とすプロセスを楽しみたいタイプ。ゼシカの世界一の乳には顔を埋めてみたいと思っているが、エイトが怖いのでしない小心者。受けにしろ攻めにしろこの人は精神的乙女系だと思う。初恋の人はエイト。初恋は実らないというジンクスにちょっとビビッてる。 今のところ思いつくのはこれくらい…つか二人ともろくでもないな…(笑)。 |