月光鳥   ――LittleMoon 相良様より拝領品――
 ※主人公の名前はフィラです


――――― 人を嫌いになったのは初めてだった。

ゴルドの地を訪れたその日、一行は逢いたくない人物と遭遇してしまった。
マイエラ聖堂騎士団長であり修道院長に就任したマルチェロ ――――― ククールの、義兄であるその人物に。
「 ――――― ………珍しいな、髪の毛一筋ほどにも信仰心が無いお前が巡礼とは。明日は、雪でも降るか?」
マルチェロの言葉にククールが眉を寄せた。腕を組み、強がるような仕草でマルチェロを睨み付ける。
「生憎、今日の目的は巡礼じゃねえよ」
「………その様子ではまだ件の道化師の手掛かりも掴めてなさそうだな。遊んでいる暇があるのなら、他所を当たれ。この地にお前の求めるものは無い。 ――――― マイエラの恥となりたくなければ、この地に近付くのは止めるのだな」
「………てめえ………っ」
ヤンガスが思わず握り拳を作って。それをフィラが言葉無く制した。ククールは動かない。表情にすら動揺は見られない。
ヤンガスの態度に、ふんっと薄笑を浮かべながら。マルチェロはククールに視線を戻した。
「 ――――― 理解ったのなら、去れ」
そのまま歩き去るマルチェロに、ククールは最後まで口を開かなかった。



――――― そしてその晩。
「なあ………」
ククールは呆れていた。ククールの視界の先にはフィラの膨れっ面。
「何怒ってんだよ、お前」
「 ――――― だって、ククールは悔しくないの!?」
突然に怒鳴られ、ククールは目を丸くした。フィラの表情に合点がいった様子で蒼の瞳を細める。
「昼間のあれの話か。何だよ、おれの事だろ?お前が怒る理由は ――――― 」
「………僕だったら、怒鳴ってる。お兄さんだからってあんなひどい事………………っ」
「フィラ」
ククールの声が鋭くなるのを感じ、フィラは言葉を留めた。唇を噛み、押し黙る様子のフィラをじっとククールが見詰め。それから溜息を零した。
「おれ達の間の事、理解しろとは言わない。だが、関わらないでくれ」
「………っ………………」
「 ――――― 捩れても歪んでも、どうしようも無い事ってのはあるもんだ」
ククールが寝台から降り立ち、向かいの寝台に座るフィラの隣に座り込んだ。押し黙るフィラの肩をぽんぽんと叩き。
「まあ、その気持ちは嬉しいけどな。………ヤンガスのおっさんを止めてくれて助かったんだぜ?あのまま暴れられたらとんだ大事だ」
「何でそんなに………平気でいられるの?」
フィラの声が震えているのがわかり。ククールは視線を向けた。瞬間、強い力で腕を取られ、視界が回る。
「んな!?」
ぼすっと柔らかい布団に押し付けられ、ククールは目を瞠った。
多少の体格差があるとはいえ剣士であるフィラと弓手であるククールでは腕力差が大きい。しっかりと押し付けられた形でククールが慌てたようにもがいて。
「おい、フィラっ」
「 ――――― こんな事を強要されても、まだお兄さんをゆるせるの?」
フィラの言葉にククールが目を見開き。
「………ククールがお兄さんの命令で貴族の家で身体を売ってたの、知ってるよ」
「お前。………………っ………こら、止めろっ!!」
首筋に顔を寄せられ、ククールは眉を寄せた。強く吸い上げられる感覚にぞくりと瞳を歪める。
「ねえ、どうして?ククール」
見下ろして来る瞳が今にも泣きそうに見えて。ククールは怒鳴ろうとしたものを飲み込んだ。僅か動いた衝動にさらりと銀糸がシーツの上に広がって。
「ククールはククールであって、お兄さんのものじゃないのに。………それなのに………どうして、自分からお兄さんのものになろうとするの?」
「………フィラっ!!」
ぎり、と、知らず込めた力が強まった。掴まれた腕に痛みが走り、ククールの口から呻き声が零れる。それを聞き、はっとフィラが我にかえり。
慌ててククールの上から退いた。
「ご、ごめ………」
「………………………」
感情に任せてしまったとて、押し倒してしまうなんて。顔を赤らめて気まずそうに謝るフィラにククールが盛大に溜息を吐いた。
大人しい大人しいと思っていた奴がこんな事を仕出かす等、思ってもいなかったから。
「いつ、知った?」
「………この前、ククールの定期連絡に付いていった時。入口で待ってたら、人の話が………………」

( あいつ、呼び戻されたのか? )
( 何でも定期連絡遣すよう団長に命じられたらしいぜ。………全く、飼い犬を繋ぐ事だけは忘れない人だからな、団長も )
( ククールは仇討ちだろうが何だろうが何でもこなすだろうさ。マルチェロの為なら平気で身体を売る奴だし )
( 貴族の連中も好色なのが多いからな。 " マイエラの銀の天使 " を抱けると理解れば幾らでも金を積むだろう。………ったく、マルチェロも良い人形を手に入れたもんだよ )

修道院でククールの " 仕事 " を知っている者は数少ない。その僅かな声を、フィラは聞いてしまったのだ。
あの時は怒りと同時にマルチェロの元に報告に行っているククールが心配で心配で、死にそうになったのを憶えている。
「………ごめん。ごめんね。 ――――― 僕、どうしてもゆるせなかったんだ。本当は今でも、お兄さんのところにククールを帰したく無い。ドルマゲスを倒した後も………君をあの修道院へ戻したく無いんだ」
「………………………」
事ある毎にククールは早くドルマゲスを倒して任を終えたい事を口にしていた。それはつまり、修道院へ………マルチェロのところへ帰りたがっているのではと、フィラは感じていた。
マルチェロのところには帰したく無い。たとえ片親の血の繋がりがあろうとも、彼がククールに対して行う仕打ちは決して目を瞑れるものでは無い。
ククールはそれを理解しながらも、最後の拠り所のようにマルチェロを求める。それが自身を傷付ける事と理解りながら。
それをフィラはゆるせなかったのだ。
「僕達じゃだめなの?ククール。僕達………ううん、僕じゃ君を救ってあげる事は出来ないの?」
「 ――――― 落ち着けよ」
「落ち着いてるっ」
宥めるようにククールがフィラを抱き寄せた。フィラが驚いた表情を浮かべたが、ククールの仕草は恋人に対するものとは違い、何処か幼子をあやすように。抱き締め、その背を叩く。
「………救われてるよ。お前等には救われてる。特に、お前にはさ。本当に感謝してるんだ」
「だったら」
「 ――――― ありがとうな」
その答えは感謝の色と、それ以上踏み込むなという強い意味の2つを秘めていた。フィラが今度こそ、黙り込む。
――――― ククールの目にはマルチェロしか映っていないのだ。
「ねえ、ククール」
そっと身体を離しながら、ククールがフィラを見遣った。 " ん? " と聞き返すその表情はいつもの何処か幼さが滲む色を取り戻している。
「キスして良い?」
「………………………あのな」
縋るような眼差しにククールは閉口した。全く、自分とマルチェロの事をどう誤解したのか。或いは、捉えたのか。
妙な独占欲を見せているフィラに呆れたように肩を竦める。
「お前。おれが欲しいの?」
「うん………」
しおらしいフィラの姿にククールが苦笑を浮かべ。そして片手を差し出した。
「わあったよ。………ほら、来いよ」
途端、フィラの表情の曇りが失せ。嬉しそうにククールの手を取った。………そして。 ――――― そのまま再び、押し倒す。
「………でっ。 ――――― ちょい、待った」
ぺろりと唇を舐められ、ククールは驚いたように再び自分の上を陣取ったフィラを見遣る。するりと鎖骨を指先でなぞられ、びく、と、慣らされた身体が過剰に反応を見せて。
「キスだけじゃねえのか!?そもそも、おれが下!?お前が上!?」
「だって」
くすりとフィラが笑った。その笑みには何処か、確信犯地味た光が宿っている。………何か開けてはならない扉を開いてしまったような危機感にククールは息を飲んだ。
もがこうとするが腕はしっかり捕らえられている。びくともしないその腕力にククールは修道院時代に修練をさぼっていた事を呪った。
筋肉が付きにくい体質だった為に剣術よりも弓術を選んだ事を、こんな形で後悔するなんて。情けない………。
「僕は " ククールが欲しい " んだもの。………ね?」
「フィラ、こら ――――― んっ………」
唇が重ねられる。優しいそれにククールは戸惑った様子で身を竦ませ、かたく瞳を伏せた。
( ………だめだ、逃げられねえ )
口蓋を舐め上げられ、ぶる、と震えるその身体をフィラが包み込む。抱き締めて来る腕の柔らかさにククールは瞳を細めた。
( お坊ちゃんだとばかり思ってたのに、こいつ )
考えてみればトロデーンの兵士だった奴だ。多少の違いはあっても男だらけの環境で育ったのはフィラもククールもさほど変わらない。
………もしかして、もしかしなくても。………それに気付けなかったククールは自分の考えの甘さに後悔した。
その瞳に強い動揺を見付けたのだろう。小さく笑うその表情にククールは眉を寄せた。
「………おい」
「ククール、怖い?」
「 ――――― 怖くねえよ。呆れてんだよっ」
「そう、良かった」
にっこりと笑うその姿にククールが目を丸くして。 " 良かった? " それは怖がられていないという事に対してか。
瞼に口付けて来るその姿にククールは観念したように瞳を伏せた。



――――― 僕はね、ククール。きっと怖いんだ。恐ろしくて堪らない。
ククールの寝顔を見詰めたまま、フィラは瞳を細めた。つい、と、伸びた指先が銀糸の髪に絡み付く。さらさらとそれが零れ落ちて。
あの暗い目をした男はククールを手放した後も、しっかりとその心を見えない鎖で縛り付けている。
否、手放していない。今もなお、ククールの心を鷲掴みにしたままなのだ。
ククールもまたその仄暗い悪魔のような手に縋っている。その鋭い爪に傷付けられようとも、決して離そうとしない。
まるで、呪のように。
「ククール」
小さな声にもククールは目覚めない。深く眠ったまま、規則正しい寝息を立て続けている。
「このままでは君がこわれてしまうよ………」
綺麗な綺麗な銀色の鳥。羽根を散らせても翼を傷付けられても、青い炎へと飛び続ける事を止めない。
どうすればその身を鳥籠のなかに留めておく事が出来る?
「僕は………君が傷付くのを見たくないんだ」
最後の独白が掠れ震えた。
そっとその唇に自身の唇を重ね。フィラもまたククールの横に身を寄せる形で眠りに付いた。

――――― 護りたい、君だけを。神さまですら救ってくれなかった君を、護りたかったんだ ――――― 。

 日記で主ククが読みたいです、と暗に(いや、おおっぴらにだった)強請ってみたらば書いて下さった一品。相良さん、ありがとうございます!!
 私好みの切ない系の主ククで、マルチェロの影追い捲くりのククール! 独占欲の強い主人公……!
 好みのドツボのストレートど真ん中です。もうもう本当にありがとうございました〜v
 相良さんのサイト、『LittleMoon』へはこちらから。