昔話をしよう


 昔話をしよう、少しだけ。
 俺は八つの時に両親を亡くして、修道院の世話になった。
 親父ってのがこれがまたどうしようもない奴で、領地に住む人たちから巻き上げた金を自分の趣向品やギャンブル、色事なんかに惜しみなく使ってた。それはもう容赦のない羽振りで、袖の下に入るのなら良し、あぶれるのなら最悪。おこぼれに頂戴するのなら金があるうちに、と言われるような奴だった。
 そう知ったのは八つの時だ。修道院に入ってから、俺は自分の生きていた世界がすべて偽物だったことに気付いたんだ。
 それまではとても穏かな世界で生きていた。
 綺麗な母親に、鷹揚な父親。
 一粒種の子供を溺愛する両親に、何不自由なく育てられた。あれが欲しいと言った次の瞬間には、店先に並んでいた玩具は俺の手にあったもんだ。美味しい食べ物、飽きないようにと与えられるたくさんの玩具、幸せな空間。母親は父親に愛されていたし、父親は母親に愛されていた。そして俺は、その二人に愛されていた。
 それが当たり前だと思ってたんだ。
 使用人たちも俺を坊ちゃまと呼んで可愛がってくれたし、領地の子供とも割合仲が良かった。泥まみれになって遊ぶこともままった。家の側を流れていた川に服のままで浸かって、みんなまとめて執事に頭から叱られたこともあった。懐かしい話だ。
 母親のことを話そう。
 金色の髪の、綺麗な人だったよ。金髪碧眼の美女。よくそう言われるけれど、俺の母親こそその表現にぴったりの人だった。良家のお嬢様で、サザンピークかトロデーンか、はたまたはアスカンタか。どこかの国の貴族の娘だったと思う。父親に見初められてやってきて、子供はなかなかできなかったがそれなりに愛し合って、俺が生まれた。世間一般の基準からすると、少し遅くに。青い目をきらきらさせて俺を見下ろして、故郷の言い伝えやドニに伝わる物語を話してくれた。薔薇色の唇は俺のために歌を歌い、俺のために物語を話し、そして愛する夫にくちづけをするためにあった。
 父親もいい男だった。見栄えだけはする、背の高い男で。黒い髪に緑の瞳、日に焼けた肌はがっしりとして、いかにもギャンブル好きな男らしい垢抜けた笑みを浮べる人だった。家にいることは少なかったが、その間は俺や母親に優しくしてくれた。ベルガラックのお土産、トロデーンの玩具、サザンピークの洋服。親父は帰るたびにまるで手品のようにたくさんの贈り物を俺にくれた。
 さて、ここまで聞いたのなら、察しのいい者には解るんじゃないだろうか。
 俺は、そうさ、ドニの領主だった男の子供じゃない。
 黒い髪に緑の瞳の父親と、金髪碧眼の美女と歌われた母親の間に、銀髪の子供が生まれるもんだろうか。
 俺だって馬鹿じゃない。
 遺伝子がなんたるかを知らないわけじゃないし、それがどういう結果を生み出すかも知っている。勿論それを知ったのは修道院に入ってからで、口さがない連中の噂を一蹴するために、必死になって調べたもんだった。幸い、オディロ院長は駄洒落以外にも趣味は広く、蔵書をたくさん持っておられる方で、その中に遺伝子に関する本もいくらかあった。
 黒い髪と、金色の髪の両親から、銀色の髪の子供は生まれない。
 つまり俺は、母親がどこか他所で仕込んできた子供ってわけだ。
 そんな子供のために、兄貴は家を追い出された。
 俺が生まれるまでの八年間、次の領主になるべく育てられた子供は、いともあっさり追い出されたというわけだ。それもよりにもよって、まったく血縁関係のない子供によって。
 ついでに言えば、兄貴の母親という人の容姿も俺は知っている。ドニの町じゃ彼女を知らない人は誰もいなかった。彼女の話をする時には必ずこう言う形容詞が付くんだ。「ああ、あの可哀相な!」ってな。
 彼女の髪は黒。彼女の瞳は緑。父親とまったくそっくりな容姿をした彼女と、父親の子供だった兄貴。
 どちらが領主の跡継ぎとして資格があるかなんて、明々白々だ。
 それでも親父は、俺を跡継ぎに選んだ。
 愛した女の子供だから。
 自分と血の繋がっていない子供だけれど、それがどうした。自分の愛した女の子供を、自分が愛して何が悪い。そう言う人だった。
 そりゃあ憎みもするだろう。
 だったらなぜ、メイドに子供を生ませたんだ。
 そしてそれを跡継ぎにしようとしたんだ。
 血の繋がりのない子供が生まれ、どうしてそれが跡継ぎになるんだ。
 俺だって憎む。
 そしてその子供は、自分を追い出した家を失い、よりにもよって修道院へやってきた。
 憎むどころの話じゃない。
 殺したって飽き足りない。
 それでも兄貴は自制した。殺すことだけはせず、憎しみは露に、側でうろちょろする仇のような子供を黙認し続けた。
 俺を追い出して、今頃清々してるだろう。
 俺だって清々してる。
 あの、忌々しい緑色の瞳で見つめられなくなってほっとしている。
 兄貴の緑の目で見られると、俺はあの人の母親に謝りたくなる。もう、俺が生まれてすぐに亡くなってしまったそうだけれど、それすらも俺のせいだ。俺が生まれてこなければ、彼女は安穏と屋敷で暮らせていただろう。元々身体の弱い人だったそうだから、親父に無理強いされて子供を生まされて、金も渡されずに追い出され、体調を崩したんだろう。俺は、だから、彼女に謝りたくなるんだ。
 生まれてきてごめんなさいって。俺さえいなければ、俺さえ生まれてこなければ、今でもあなたは幸せに生きて笑っていられただろうにってな。
 兄貴の緑の目は、俺に罪悪感を植え付ける。これ以上ないってほどに。
 ああ、これはそんな顔をする話じゃない。
 笑い飛ばしてくれ。昔話だってな。
 昔話だよ。
 ただの昔話だ。

 ファイルを整理していたら随分前に書いたものが出てきたのでアップ。察するに初めて8をプレイした直後のものだろうと思うんだな。初めてプレイした時から私はマルチェロが嫌いではなく…というか、むしろ好きだったもので、割とマル兄ちゃんには同情的でした。で、たまにアップになるマル兄さんの目の色とククールの目の色がどーも違うような気がしてならず、さらには銀髪と黒髪の兄弟ってのもどうなのかって話で。こーなると気になって仕方がなく、それで書いた記憶があります。遺伝子っちゅーのは優勢と劣勢があり、黒と銀なら黒が優勢遺伝子、緑と青なら青が優勢遺伝子(だったはず)。となると、ククールが銀髪ってのはこれいかに?ってことになるわけで…と悶々と考えていた、プレイしながら(笑)。本当のところはどーなんでしょーね。