占い師の竜 |
「血液を増やす作用のある葉を探しているの。この時期だと花が咲いているはずだから…蜂蜜のような甘い香りのする、薄紫の花よ」 先を歩くジプシーの姉妹の妹の方の占い師の後に続きながら、アンドレアルは森の中にささやかに流れる風に意識を向けた。 占い師の言う葉がどのようなものか大体見知っていたが、香を練るのを得意とする従兄とは違い、そう言った方面には疎い。なにしろ知略を巡らせ敵を陥れることや、ただ欲望に任せ殺戮を行うことであればアンドレアルが得意とするものだが、毒草の類でない限りは興味の対象外だ。だがヘルバトラーのような馬鹿力一本だけでのし上がってきたわけでもないので、占い師が求めるものを想像し、それらしいものを探す事はできた。 「甘い香りは、あちらの方から流れてくるが」 「あら、そう。助かるわ。竜は鼻がいいから」 犬代わりか、と眉を寄せたアンドレアルだったが、臆さずアンドレアルの示した方へと歩みを変える占い師に伝えることはなかった。 計らずも幾度か顔を会わせたことのあるこのジプシーの姉妹は、どちらも口が恐ろしく立ち、ピサロですらもやり込めてしまう。いい男と見れば色目を使う踊り娘の方はなんとはなしに扱いやすい気もするが、この占い師は何を考えているのか読ませない。 今もアンドレアルの示す方へ数歩進んだ占い師は、足を止め振り返り、表情を変えることなく告げる。 「あなたが先に行って。私にはちっとも匂いが解らないわ」 「得意の占いとやらで場所を探せはしないのか」 意趣返しにとそう言ってやれば、占い師は恥じるでもなくさらりと答える。 「占いは先を示す道しるべのようなもの。そこへ至る道はその人が持つ力によって変えられるものよ。そしてまたその道すがらしるべも変わる」 「……つまり?」 「私がここで水晶玉を取り出し、先を知ろうと占いをするよりも、あなたが先に立って歩いた方が早いということよ」 さぁ早く行きなさい、と促す占い師に負け、アンドレアルは華奢な女の横を通り抜けた。一瞬鼻先を通った占い師の纏う香りに、仄かな花の匂いが紛れそうになるが、先にアンドレアルが歩き始めると、花の匂いの方が強くなり、迷うことはなかった。 徐々に強くなる花の匂いを辿りながら、アンドレアルは後ろからついてくる占い師へ意識を尖らせた。 占い師を、かの人はミネアと呼び姉のように親しんでいたが、アンドレアルにはその気持ちが理解できなかった。なぜならかの人よりもこの占い師の方がはるかに力も魔力も劣り、尊敬するに値しないからだ。 魔族は力を誇り、力に屈する。 アンドレアルがピサロに服従しているのも、ピサロがアンドレアルよりもはるかに強大な力と魔とを持っているからだ。かの人を崇めるのも、かの人もまたピサロと同じほどの力と、そして半人間、半天空人の忌々しい血を持ちながらも、アンドレアルを惹いて止まない魔とを兼ね備えているからだ。 だがこの占い師にはかの人が服従するほどの力も魔力もない。あるのはほんの僅かな先を見通す力と、よく回る頭、そしてそれと同じほどによく回る口だけだ。まったく理解できない。 だが、ぴんと伸びた背筋と、意思強く顰められた眉の下、奥意を計らせぬ紫水晶の瞳で見据えられれば、何か、膝をつきたくなるような威圧感を感じる。踊り娘の姉のように塗りたくったのではない素の唇が開くのを今か今かと待ち、告げられる神託(神託、とアンドレアルは軽く鼻先で笑った)に耳を傾けたくなる。 「ああ、あれだわ」 物思いに耽っていたアンドレアルの横をすり抜けた占い師が、大木の傍らにしゃがみ込んだ。後ろからそっと首を伸ばし覗き込めば、確かに蜂蜜に似た甘い香りの花がひっそりと咲いている。まだ時期が早いのか、小さな花弁を広げ、薄紫の花がぽつぽつと二つ三つ顔を覗かせていた。手早く葉だけを摘み取った占い師が、携えていた籠へそれを放り込んでいく。その後ろ姿を眺めていたアンドレアルは、ハッと顔を上げた。 「もう少しほしいわね…。これだけで足りないと言う事はないけれど、心許ない……きゃっ」 手を伸ばし、占い師の襟首を掴むと、アンドレアルは力任せに引き寄せた。不意の力にバランスを崩した占い師の手から、几帳面に葉の収められた籠が落ちる。柔らかな身体がアンドレアルの腕におさまるのと同じほどに、ドスッと鈍い音がし、占い師の手から離れた籠が真っ二つに裂けた。 血を思い出す色に身体を染め、いかにも毒がありそうな刃先をぎらつかせているのは、ブラッドソードだ。籠を貫き、地面にまで深々と刀身を埋めているが、獲物を逃したのを知るや身を起こし、宙を飛んで甲高い刃音をたてた。 「折角摘んだのに……」 恨みがましい声を腕に抱えたまま、アンドレアルは片手を振るった。空気を掻くように指先を動かせば、獰猛な唸り声を上げていたブラッドソードが真っ二つになり、耳障りな断末魔の悲鳴を上げる。だがそれもすぐに掻き消え、残されたのは裂けた籠と散らばった葉だった。 アンドレアルが腕に囲った占い師がするりと他愛なく腕を抜け出し、裂けた籠の傍らに膝を付く。丁寧な手付きで葉を拾い、検分し、やがて腰を上げた。 「他にもこの花が咲いている所はない? いくつか魔物の血で使えなくなってしまったから」 それは暗に余計なことをしたと詰られているのだろうか。 思惑の読めない占い師に見上げられたまま、アンドレアルは僅かに眉を寄せた。 「礼くらいあって然るべきかとは思うが」 「あら」 占い師の長い睫がぴんと跳ね上がり、心底驚いた顔でアンドレアルを見上げる。そして思いもかけないことを言った。 「あの子の村を滅ぼしておいて、詫びのひとつもない竜に礼を求められるなんて驚きだわ」 絶句するアンドレアルを見上げたまま、占い師はつと仄かな笑みを浮かべる。 「あなたがあの子に詫びれば、私もあなたに礼を言いましょう」 真っ二つになった籠を抱えたまま、さらりと踵を返す占い師が、さぁ鼻を使って、と振り返らずに告げる。そうは言いながらもアンドレアルを待たずにどんどんと奥へ進む占い師は、おそらく花が咲いている場所などお見通しなのだろう。 穏やかで神秘的、姉に比べれば乙女のような風情の占い師だが、所詮はあの踊り娘と血を分けた姉妹なのだ。笑顔で刃を振るうことくらい苦もなくやってのける。 まるで喉元に恐ろしく鋭い刃を添えられたような心地で、アンドレアルは息を吐く。僅かに動かせばすっぱりと切れてしまうだろうに、それでも息をするために喉を動かし、自ら傷付かなければならないような、そんな心境だ。 早くいらっしゃい、と振り返らずに促す占い師の後を、そんな事をしても占い師が持つ刃から逃れられないと解っているのに、アンドレアルは氷の上を歩くような心地で気配を殺し従っていった。 |
アンドレアルの中では、ピサロ>ユーリル>(越えられない壁)>ミネア>アンドレアル>(飛び越えられそうな壁)>マーニャ・アリーナ>>その他、と言う力関係が出来上がっているものと思われます。一応竜族の長であるので強いんですけど、そしてミネアなんてひとひねりなんですけど、それでもなんか逆らっちゃいけない気配を感じている。そんなこんなでそれなりに仲が良いといいと思います。マーニャに恨まれそうなミネアですが、マーニャはアドン一本に狙いを絞ったので(アドンの意思は別として/笑)、ユーリルとピサロ、ミネアとアンドレアル、マーニャとアドンに私の中では落ち着いています。でも万が一アドンがマーニャと付き合ったとしても、アドンの中では@ロザリー様、Aユーリル様、Bピサロ様、なので、マーニャの優先順位は割と最後の方ですか…。悲恋、と言えなくもない…かな? |