定まらねど心は心


「ユーリル」
 仲間に名を呼ばれ、ふわりと少しばかり伸びた髪を風に遊ばせ振り返る。野営の準備を済ませ、今宵の夕餉の味はこれでいいかと差し出す占い師の手の匙を見て、風になぶられた髪のごとく柔らかさで目を細める。
「うん、いいと思う」
 褐色の肌の占い師は、姉とは違ったしとやかな仕草で鍋を掻き混ぜると、香草をひとつまみ投じた。
「いいって言ったのに…」
 自分の舌を信用していないのか、と言わんばかりに眉を寄せる仕草は、子供が拗ねる様に似ていなくもない。ミネアはくすりと微笑み、またひとつまみ香草を投じた。
「あなたは薄味が好みだから」
「モンバーバラの味が濃いんだ」
「そうね、サントハイムに比べればね。だけれど、おいしいでしょう? さ、味を見て?」
 再び差し出された匙に口をつけ、顔を顰めたユーリルをミネアは微笑ましげに眺めている。口元を押さえ、汁の味を確かめるために寄せられていた眉が、ふと解けた。柔らかな笑みを浮かべ、細い顎を頷かせる。
「うん、いいと思う」
「そう。じゃあこれはこれで完成。姉さん、肉はどう?」
 炎の横で額に汗を滲ませながら、鉄串に刺した肉の塊を炙っていた踊り子は、あられもない姿を恥じるでもなく、大股を開いて腰を下ろしている。腰布がなければ丸見えだろうに、今更誰がどうと言うわけでもない。
「良さそうだね」
 肉から滴る脂にユーリルは目を瞬いた。細い身体つきながら、ユーリルはよく食べる。成長期であるからか、細い身体のどこかに穴でも開いていてそこに食べたものが消えて行くのか、意地汚くもサントハイムの姫君と最後の肉の欠片を取り合うほどだ。
 鉄の扇で自分の顔に風を送っていたマーニャは、一言二言呪文を唱え、肉を炙る熱風を弱めた。
「いー焼け具合よ。さすがあたし」
「味付けはともかくね」
「あら、言うわねユーリル。あんたの舌が薄味好みなの。モンバーバラはパリッとした味なのよ、パリッとした」
 燃え盛る炎の前で涼しげな顔をしているユーリルとは対照的に、マーニャは暑苦しそうに胸元を仰いでいる。それ以上脱ぎようがないので体温調節が難しいのと、炎に直接身を晒しているので他の者よりも熱いのだろう。ひーひーと言いながら肉に味を付け、器用に切り分けるマーニャの手伝いを、ユーリルが買って出る。
 皿を出し、茶のための椀を出し、馬車の側に寝床を拵えていた他の仲間を呼びに行く。
 くるくると動く様と、柔らかに微笑む様には自然と目を奪われた。
「……ご執心のようですのね」
 密やかに告げられる声に、知らず少年の姿を追っていたピサロは目を瞬いた。火の側に座り、鍋を掻き混ぜるミネアが、占い師特有の何もかもを見透かす目で見つめている。煙るようなアメジストの瞳を、ピサロは言葉なく見返した。
 畏れるでもなく、厭うでもなく、ミネアはただ静かな眼差しをピサロに注ぐ。
「…もう少し、待たれた方がいいでしょう。今はまだ、深く話合うには向かない星の動きですから」
「……占いか」
 ぽつりと呟いた言葉に、ええ、と占い師は微笑んだ。水晶を持たずともカードで未来を予言し、カードがなくとも星の瞬きひとつで行く末を知る。人でありながら人と違うものを見るミネアは、己の手の先を見下ろして答えた。
「嫌ってはいないみたい。だけど、どう接していいのか解らないみたい。憎みたいけれど、深く知りたい。親しみたい。戸惑う感情に翻弄されているようだわ。あなたもまた、同じでしょうけれど」
 ピサロが言葉に窮し、困惑していると、ミネアは微笑みつと匙を差し出した。手を伸ばせば届く所にピサロは腰を下ろしていた。さっきまではそのすぐ側に彼がいたと言うのに、ユーリルはまるでピサロがいないような素振りだった。
「味を見て?」
 褐色の手が差し出す匙には、先ほどユーリルが良いと言った汁があった。これで仕上げと言ったはずではなかったか、と戸惑うピサロに、ミネアは尚も穏やかな様子で匙を捧げたまま待った。逃してはくれんのだろうと諦め、口をつける。少しばかり啜り顔を上げれば、ミネアがじっと見つめていた。
 ピサロは少し眉を寄せた。
「……塩を、ひとつまみ」
 ミネアはアメジストの瞳を伏せ、手元の調味料の缶の中から塩を選び出し、ひとつまみを投じる。素早く掻き混ぜ、こっそりと小さな声で囁いた。
「あなたの方が、舌は確かだから」
 再び差し出された匙に、ピサロは戸惑わなかった。先ほどよりも熱い汁を啜り、これで良いのでは、と呟くと、あ、と声が近くで上がった。ピサロが顔を上げれば、匙を支えていたミネアも振り返る。茶のための椀よりも三周り大きな椀を抱えてやってきていたユーリルが、目を白黒させ、魔族と占い師とを見比べていた。
 二対の色味の違う瞳に見つめられ、ユーリルが目を瞬く。
「あの、今…その…」
 ミネアとピサロとを見比べる視線の慌しさに、ピサロは思わず答えを返す。
「味を見ていた」
 まるで金縛りにでもあっているかのようなユーリルに、ピサロが口をつけた匙で鍋を掻き混ぜるミネアがくすりと微笑んだ。物資の乏しい旅だ。今更誰が口をつけた匙で鍋を掻き混ぜたからと言って、煩く言うようなものなどいない。それでもサントハイムの姫君が仲間になった当初は色々とあったものだが、それはピサロを敵と定めていた頃の、今は昔の懐かしい話だった。
「さ、できた。ユーリル、椀を」
「あ、うん」
 差し出すミネアの手に渡された椀は、中に暖かな汁を称えて皆に配られる。すでにマーニャが肉と、小麦粉と水とを練り合わせて焼いた薄く硬いパンと添えた皿を全員に配って回っている。ピサロとミネアの元にも届けられ、汁が行き渡ると思い思いに食事は始められた。
 ライアンとマーニャ、トルネコは酒をこっそりと回し、サントハイムの姫君とその従者達は、神官の食前の祈りに手を合わせている。ミネアとユーリルとピサロは、特にこれと言った信仰も持ち合わせておらず、また酒などなくても構わないのでパンを千切り汁に浸し、言葉少なに食事を始めた。
「あれ…?」
 小匙で汁をすくい、せっせと口に運んでいたユーリルが、不思議そうに目を瞬いた。パンを千切るミネアが、どうかして、と尋ねれば、ユーリルは首を傾げて汁を見下ろしている。
「さっきより、おいしい気がする…。何か足した?」
 ミネアは澄ました顔で、ええ、と頷いた。
「塩を少し。ピサロさんに確かめてもらったから」
「……ピサロに?」
 炎の光を受け、ガーネットの瞳が瞬く。注がれる眼差しに胸がざわめき、ピサロは素知らぬふりをして、手の中のパンを切った。
 ミネアがくすりと微笑む気配がした。顔立ちや性格、肌の色に種族、何もかもがロザリーとはまったく違うのに、ミネアはふとした仕草がよく似ている。ロザリーもよく星を読んだ。人に教えを与える者の纏う雰囲気が、彼女らにはあるのかもしれない。
「言ったでしょう? あなたは薄味が好みだから。それにピサロさんは味が確かなのよ」
 それだけを告げ、ミネアは自分の手の中の椀に口をつけた。彼女の傍らに座るユーリルは、ミネアとピサロとを見比べ、そして椀を見下ろしている。何を熱心に見下ろすことがあるのやら、とピサロは不思議な気持ちをした。
 汁の具は保存の利く野菜など入るはずもなく、浮かぶのはそこらで摘んだ葉やらきのこやらだが、この辺りは気候が良く、その分森の中ともなれば湿度が上がる。きのこの育つ環境にある中で、夕食前にちょっと辺りを回っただけでも十分な収穫があった。いつもよりも豊かな夕食に、何を不服に思うのか、とピサロは思っていたのだが、どうやら汁の中身に眉を寄せていたのではないようだった。
 突然がつがつと物も言わずにがっつき始めたユーリルを、ミネア共々目を丸くして眺めていたが、どうやらそれが、アリーナが汁のお変わりを申し出てきたことからの焦りだったらしい。今日のシチュー美味しい、と天真爛漫な笑顔で椀を差し出すアリーナに汁をよそい、ミネアは次いで差し出されたユーリルからの椀にも汁を注いだ。
 ピサロは、肉を噛み千切るユーリルの唇の端に、肉にかけたソースがついているのに気付いた。作法も何もなく、貪るような食べ方に、まだ子供か、とピサロは目を細める。そしておもむろに手を伸ばし、ついとソースをぬぐってやった。指先に付いたソースを、ピサロは己の舌で舐め取った。
「子供か、貴様は」
 勢いよく食事をとっていた動きが止まり、目を真ん丸にしているユーリルの手から、小匙が落ちた。からんと足元の岩に当たって音を立てた小匙を、ミネアが拾い上げ、清め差し出す。
「落ちたわ」
 目の前に差し出された小匙にも気付かず、見開いた目でピサロを見つめているユーリルに、ミネアが眉を寄せる。小指にひっかけるように小匙を持ち、ぱちりと目の前で指を鳴らせば、ユーリルはハッと我に返ったように目の前に突き出された小匙に気付いた。
「落としたのよ、あなた」
 ミネアの言い含める言葉に、え、とユーリルは慌てて受け取った。
「え、あ、ごめ……あ、あれ?」
「……混乱をきたすきのこでも入れたのか、占い師」
「確かめたからそんなはずないわ。ユーリル、あなた大丈夫?」
 ミネアに顔を覗き込まれ、余計にユーリルは狼狽する。顔を赤くし、意味もなく辺りを見渡し、あげく椀を取り落とし汁を零す。よほどの大混乱が頭の中では起こっていることだろう。でなければ、ユーリルが中身の満ちている椀を落とすはずなどない。
 慌てふためき謝るユーリルに、ミネアは淡々と片付けを進めながら静かな口調で告げた。
「落ち着きなさい、ユーリル。メダパニでもかけられて?」
「ち、違う…けど、でも……だって、ピサロが……」
 手のかかる子とその世話を焼く母のような二人のやり取りを、側に眺めながら食事を続けたピサロは、ユーリルの言葉に眉を寄せた。
「私はメダパニなどかけてはおらん」
「違う! そうじゃなくて、だって、急に触るから、びっくりしてさ」
 その言葉にピサロはふっと眉を寄せた。むっとするのでもなく、かちんと頭にくるのでもない。何か冷たいものを腹の底に押し当てられたような心持ちだ。
「では触れんようにしよう」
 静かに、揺らいだ気持ちなど気取られぬように告げれば、途端に慌てたように両手を振り回す。
「違うっ! そうじゃなくて! だって、そんな事すると思ってなかったから…!」
「だから、触れんようにすると言っているだろう。不服か? 近付かぬようにすれば良いか?」
「ちが、違うってば!」
「何を焦る」
 噛み付くようなユーリルに静かに問えば、膝の上の皿をすべて落として立ち上がり、ユーリルが腕を伸ばす。咄嗟に振り払えなかったのは、ユーリル同様、膝の上に食事の皿があり、側にはミネアがいたからだ。振り払えば容易くユーリルの身体は浮くだろう。ピサロの利き腕の先にいるミネアに、浮いた身体が向かうのは当然だ。戦慣れしている女ならば容易くそれも避けようが、そのまた向こうにある鍋をひっくり返せば、今宵の食当番のミネアやら食に執着のある姫君やらに小言を食らいかねない。どうしたものか、と思っているピサロの心境など知らず、ユーリルは一人まくしたてた。
「焦るに決まってんだろッ! 近付かないなんて、お前が言うから…ッ!」
 胸倉をつかまれ、間近で怒鳴られると鼓膜が痛む。人よりも聡い耳を持っているのだから当然だ。そんな事をつらつらと考えていたピサロは、間近にあるユーリルの目が、揺らいでいるのに不意に気付いた。
 戸惑う。
 困惑する。
 自分が何を言っているのか解らず、何をしたいのかも解らない。
 胸倉を掴んではみたけれど、喧嘩をしたいわけでもなく、かと言って何をどうしたいのか解らない。
 焚き火の赤を受け、闇の中に爛々と輝いているようでありながら、その中に様々な感情が交錯している。彼そのものの表情よりも、よほど良く感情を表しているように見えた。
 不意にミネアの言葉が蘇った。
 あなたも、同じでしょうけど。
 ああ、とピサロは思い当たりゆっくりと手を伸ばした。怯えさせぬようにと頬に触れれば、赤い顔をしたユーリルが目を瞬く。
「すまん」
 頬に零れた一筋の涙を拭ってやると、ユーリルは困惑したように眉を寄せた。
 自分の眦から落ちた雫が涙とはにわかに理解しがたいような顔だった。
 頬を掠めた指先の冷たい感触に我に返ったのか、ユーリルは瞬きを二度繰り返した後、ピサロの襟元を掴み上げる己の手に気付いた。おずと放し、己の両の手を見下ろす。一度、二度、手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していたユーリルは、放心したように呟いた。
「……俺…、なんで何も持ってないの…?」
 両の手で襟首を掴むには、その手にあったものは投げ捨てなければならない。そうでなくとも座っている時には膝の上に肉を乗せた皿があったのだ。立ち上がり、近付いてきた時点でおかしいと思わない辺りが抜けている。
「あれ? シ、シチューは? ステーキは?」
 目に見えて焦りを露にするユーリルが、ぱぱっと自分の周りを見渡している。先ほどまで腰を下ろしていた倒木の側に、ひっくり返った皿、その下に見える肉の塊、そして汁の残骸を見つけ、あああっ、とユーリルは真っ青な顔で悲鳴を上げた。間近な大声に人よりも良い耳を持つピサロは顔を顰める。
「お、俺のシチュー! ステーキ!」
 ユーリルの悲壮な声に、野営の地に知らず訪れていた緊張が不意に溶けた。
 突然に立ち上がり、かつての敵に掴みかかったのだから、他の者に緊張を強いたのは当然だ。王宮の兵士など傍らの剣を咄嗟に取り上げたほどだ。ほぅと息を吐き、剣の柄から手を放すライアンは、何事もなかったかのように、己の手元で止まっていた酒をトルネコに回していた。
「あなたが放り投げたのよ」
 ユーリルの手から零れ落ち、それを拾い上げた小匙を手にミネアが呆れたように告げた。
「自業自得でしょう」
「だ、だって、ピサロが……」
「私が放り投げたわけではない」
 慌てて皿を拾い上げ肉を摘み上げるが、石畳の上ならばともかく、野営に選んだ場所は森の中のほんの空き地で、それも倒木の側の腐葉土に落ちた枯葉の上だ。洗えば食べられようが、暖かさも味も落ちることは間違いがなかったし、零れた汁は元の椀には戻らない。
「あああ……」
 項垂れるユーリルの側にミネアは新たに注いだ椀を置いた。鍋の底にほんのわずかに残っていた汁をこそげるように集めたのだ。なみなみとまではいかないものの、それなりの量の汁を零さないようになるべく平らな場所へ置き、ミネアはそつなく告げた。
「これが最後だから、零さないように食べなさい」
「ああ…うん、ありがとう……。マーニャ、暖めて…」
 誰よりも火の魔術を得意とする踊り子に水洗いを施した肉を差し出せば、踊り子が指先に生じさせた小さな炎で炙り始める。鉄の扇で火力を調整しながらも、マーニャは溜息を吐いた。
「あーでも駄目ね、こりゃ。どうしたって固くなっちゃうわよ」
「折角美味しかったのに…」
 しょぼくれた背中はマーニャの側にあり、突然の剣幕に驚いて目を見張っていたアリーナも物見高く寄っている。すっごく美味しかったよ、と意地の悪い笑みを浮べる姫君を教育係がたしなめるも言葉は弱い。いつもの事だと彼らの中では片付けられているのだろう。
 放り出されるように取り残されたピサロは、己の指が拭い取ったユーリルの頬の雫を見下ろしていた。今まで拭った他人の涙など、ロザリーの硬いルビーの涙以外にはあり得なかったので、指を伝う雫が何か頼りない。いつの間にやら指先から消えた雫を思い出し、エルフの涙よりもよほど人の涙の方が儚いではないか、とピサロは不可解に眉を寄せた。その耳に、くすりと葉擦れのような笑い声が聞こえる。
「……何がおかしい?」
 サントハイムの神官が注いで回った茶を飲むミネアは、ピサロにちらりと目をくれると、静かに告げた。
「自分の気持ちが、定まらないのでしょうね。彼の中ではまだ、あなたをどの位置に置けば良いのか決めかねているのでしょう。仇と定めるか、内と認めるか……難しい事ではあるようですが、もうどちらかには傾いている様子。時が満つるのを待つのが吉策かと」
 まるで両の手に支えられた茶の椀が水晶球のようだ。厳かに告げる占い師の口調と、すべてでもって守ってやろうとしたエルフの口調とが重なり、思わずピサロは顔を顰めた。難解で勿体ぶった口調は、神秘的と言うよりもただ理解不能だ。
「何が言いたい」
 ゆっくりとした食事を終え、皿と椀とを重ね傍らに置けば、人への気配りを野営の場でも失わぬ神官が茶を寄越す。受け取り礼を言わないピサロに、クリフトも気にした様子はなかった。
 炎を操る姉の周りに集うユーリルたちを眼差しの中に収め、ミネアは穏やかに答えた。
「あなたはその時期は過ぎたようですね。自分の内にある彼への思いが、どういう類のものであるか薄々は感付いてらっしゃるのでは…? 動かないのは、否定から? それとも…疑心から?」
「何が言いたいのか、皆目検討がつかんな」
 ユーリル達を見つめる占い師の眼差しに何の他意もない。ただ、思っていることを口にしているだけ、星が語る事柄を代わって伝えているだけ。そんな風にも取れる。
 これ以上の問答がわずらわしく、ピサロは受け取ってそのままだった茶を倒木の平らな場所に置き、腰を上げた。
「どちらへ?」
 答えずに歩き出すと、ピサロさん、と静かな声に呼び止められた。行き先を言わねばならんほど幼くはないぞ、と告げれば、倒木に腰を下ろしたままの占い師が微笑を浮べて革袋を差し出していた。
「西へ行けば小川があります。明日の出発までの水が足りないようなので」
 かつての魔王に水汲みをさせるとは良い度胸だ。お願いしますね、と穏やかに微笑むたおやかさの裏に、頑としても引かぬ強情さを見つけ、ピサロは諦めそれを受け取った。辺りの散策がてらに水を汲めば良いだけのことだ。そう割り切れば、押し付けがましい態度と言葉にも我慢ができる。
 歩き出したピサロは、そこで思わずふとした笑みを浮べた。
 我慢をする。
 随分と協調性が増したものだ、と己に感心をしながら道なき道をゆっくりと歩くピサロの耳は、野営地から少しばかり離れようともそこで交わされている会話をその場にいるがごとく捕らえていた。ミネアの側に戻ったらしいユーリルの声が、ぽそぽそと小さく聞こえる。
「ピサロってミネアとは良く話すよね……。俺とはあんまり話さないけど……」
 それにあの占い師が何と言葉を返すのか、ピサロはそれ以上聞きたくなく意識を逸らした。彼らの声の代わりに捕らえたのは小川のせせらぎの音だ。辺りを見回ったわけでもないミネアがこれを知っているのは、彼女の得手とする占いによってだろう。何か癪に障るが、水を汲んで帰らねば余計な小言を食らいかねない。聞いて聞かぬふりをすれば良いのだが、くどくどと続けられる説言には気が臥せるが、それよりも己の気持ちを占い師に見透かされている事を考える方が滅入る。
 手を組むなどと軽率だったかと臍を噛む思いだが、本当にそうするには占い師が言う所によるともう時が満ちすぎている。
 所詮は己の思うがままに進むだけの道だ。その先にいたのが勇者と呼ばれる彼であっただけのこと。否定も疑心もいらぬ、とピサロは目を伏せる。
 浮かんだ微笑は、誰に知られることなく夜半に消えた。

 タイトルに悩みました。小説を書いている時には仮のタイトルでファイル名を決めるのですが、その時はぱっと思いついたのが「ピサロの恋」。さすがにそれはいかんだろう、と思ってあれこれ考えてみたものの、何も思い浮かばす、いっそこのまま「ピサロの恋」とタイトルをつけるべきかと悩みましたが、どうにかひねり出して今のタイトルに落ち着きました。まだピー様が自分の気持ちをそれとなく「これって恋…?」などと乙女ちっくに考えているようなので、断言するのははばかられ…というか、やたらめったらミネアの押しが強くてびっくり。ミネアさん好きなんですよ。ミネアとロザリーは話が合いそうだな、と思ったもので。女の子同士の話も書いてみたいな。ユーリルはまだ自分の気持ちに気付いてませんが、そのうち気付くかと……気付くのかな(不安)。今のあの子の中は色気よりも食い気です。大食漢なんです、うちの勇者君。どこにその食料消えてるの…?ってくらい食べる子だといいな(笑)。
 とかなんとか書いていたらば、この小説のイメージイラストを頂きました!→★こちら★ ありがとうございます〜!!