おやすみベイビー


 前触れもなく襲った嵐に村に建てた小屋が吹き飛ばされ、ユーリルは明け方近くにデスパレスを訪れた。嵐が来ているなぁとは思っていたが、まさか小屋を吹き飛ばすほどの豪風が吹き荒れるなどとは予想しておらず、気持ちよく寝入っていたら突然竜巻と一緒に空に巻き上げられたのだ。冷たいやら息苦しいやら痛いやらで突然のことに慌てて目を覚まし、空高く舞い上がった自分の姿に気付いた時には、すでに竜巻の中から弾き出されて放り出され、落下中だった。慌ててルーラを叫んで辿り着いたのはデスパレスだったと言うわけだ。
 全身びしょ濡れで頭に葉っぱやら土くれやらをつけ、何を引っ掛けたのか服の所々は破れている散々な有様で現れたユーリルを見て、門番のライノソルジャーが悲鳴を上げた。聞きつけたアームライオンが注進注進と叫びながら走り、ホイミスライムを連れてきた。ピサロの世話係のホイミスライムはのんびりふよふよ漂いながら現れると、ずぶ濡れのユーリルを見ると、とりあえずはお湯浴みを、とユーリルを湯殿へ案内してくれた。
 凍えるようだった身体が温かい湯で蘇るようで、ユーリルはいつもの倍ほども時間をかけて湯に浸かり、上せそうになった所でようやく身を上げた。湯を滴らせながら湯殿から上がれば、すぐにホイミスライムがタオルを持ってやってくる。甲斐甲斐しく拭いてくれようとするのをやんわりと断り、ガウンを貸してもらったのだが、さすがにピサロのだけあって少しばかり袖が余る。丈もずるほどではないが踝が隠れるくらいで、少々危なっかしい。
 火照った頬を仰ぎながら、尚且つ足元に注意しながら隣室へ出てきたユーリルに、何でもよく気のつくホイミスライムは冷たい飲み物を差し出した。
「ピサロは?」
 ユーリルが案内されたのは客人用の湯殿で、ピサロが普段に使っているものは彼の私室から直接行けるようになっている。主の許可を得ていないのでそちらには案内できないのだろうホイミスライムは、ふよふよと辺りを漂いながらたくさんあるうちの触手を二本動かした。
「お休みになっておられます。お部屋をご用意いたしましょうか?」
 暗にそちらで休むようにと言うホイミスライムの言葉に、ユーリルは少し考えたが、結局は首を振った。
「ピサロの所で寝るよ。ごめん、無理言って悪いけど……」
「いいえ、とんでもございません」
 ホイミスライムは三本目の触手でユーリルから飲み物のグラスを受け取ると、それを傍らの卓の上へ置き、ユーリルを案内するために先に立って歩き…いや、空中を泳ぎ始めた。
「陛下にはユーリル様がどうしてもと仰られたのだと、言い訳をしておきます」
「うん、そうして」
「ご朝食はいかがなさいますか?」
 明け方のデスパレスは最も活動の鈍い時間だ。夜が活動の基盤である魔物たちは眠りに落ちる頃であるし、昼に動くものもまだ眠っている時間だ。履物を断ったので、ぺたぺたと冷たい石畳の上を火照った裸足で歩くユーリルを、本当にたまに擦れ違う魔物たちがちょっと驚いた顔で眺めていた。
「今日はピサロと一緒の時間でいいよ。なんだかすごく疲れたから、ちょっと寝たいし」
「左様でございますか。お目覚めになりましたらお呼び下さいませ」
 ふよふよとユーリルを案内したホイミスライムは、ピサロの私室の扉を死神の騎士に開かせると、自分は入らずにいくつかの触手で中を示し、慇懃に頭を下げた。
「おやすみなさいませ」
 欠伸を噛み殺す口の中でおやすみを言って、灯かりの落とされている部屋に入った。執務室には当然誰もおらず、ユーリルは隣の部屋へ向かう。さすがに魔王の私室だけあり、執務室の隣には居間があり、その奥に寝室があるのだ。大きな扉をなるべく音を立てないように開閉し、寝室へ入ると、明け方の空気の中でピサロが眠っていた。
 四本の柱に支えられた天井からカーテンを落とした寝台の上で、銀糸を散らせ眠る魔王の姿にユーリルは思わず笑みを浮べる。ガウンの裾を持ち上げて、自分の膝でそれを踏みつけないように気をつけて毛布の中に潜り込めば、気配に聡い魔王が瞼を押し開いた。おそらくは死神の騎士が扉を開いた辺りで気付いてはいたのだろう。意外にしっかりとした眼差しと視線が絡み、ユーリルはますます瞼が重くなるのを感じた。
「……明け方に訪れるなど、珍しい。嵐に怯えたか」
 ピサロが持ち上げた腕の中に身を擦り込ませ、ユーリルは瞬きを繰り返す。
「嵐に怯えてはないけど、追い出されたんだ。竜巻で小屋が飛ばされて、俺も空に飛ばされて」
「………つくづくお前は変事に関わるのが好きらしい」
「俺が好き好んで竜巻に巻き込まれたんじゃない。小屋は吹き飛ばされちゃうし、ベッドもかまどもなくなっちゃったし、テーブルも椅子も、ぜーんぶなくなっちゃったんだから。またいちから作り直さなきゃ……」
 大きな手がまだ濡れている髪を梳く。温まった身体と、側にある温もりに安堵しながら欠伸をひとつすると、起こされ目が冴えてしまったのか、ピサロがおかしそうに喉を震わせながら言った。
「いくらか魔物を連れて行くといい。暇を持て余しているものも多い」
「じゃあアームライオン……手が一杯あるから便利そうだし…」
「次はまともな家を作らねばならんな」
「……竜巻でも飛ばない奴がいい……。なぁピサロ、ところで、なんでお前は裸なんだよ…」
 毛布の中に潜り込み抱き込まれ、ピサロの腕を枕にし、とろとろと訪れた睡魔に欠伸を繰り返しながら尋ねるユーリルに、赤い目を細めたピサロが伸ばした指先でユーリルの顔にかかる髪を避けながら答えた。
「…寝る時にまで衣類を着るのは性に合わん。なんだ、よからぬことでもしていたのかと思ったか?」
「……別に浮気してもいいけど……」
 ふわぁ、と大きな欠伸をしたユーリルが、寝心地を良くしようとピサロの胸に額を押し付ける。裸の腰にガウンを纏った腕が乗り、抱きつくような格好だが性的な意味合いはないらしい。ピサロも再び訪れた眠気にユーリルの背を引き寄せながらそれを聞いていた。
「…そしたら、俺も、浮気するから………」
 もう半分以上眠りの中に落ちているユーリルの言葉に、ピサロもつられ眠りに落ちようとしていたがハッと目を見開いた。慌てて顔を起こし、腕の中のユーリルを見下ろす。
「おい、貴様、どう言う意味だそれは」
「…んー……」
 すでに寝息を立てているユーリルから明確な返事はない。浮気をするとしたら近くの誰かだろう、と思ったピサロの脳裏に、ユーリルと親しい魔族の姿がぽんと浮かぶ。ロザリーの護衛を任されながらも、最近は少々お疲れ気味のピサロナイトだ。ユーリルが訪れる時には決まって甲冑の動きも滑らかな腹心の部下を思い出し、思わずピサロは呟いた。
「…………相手は…アドンか…?」
 だとしたら奴め、なぶり殺してやる、とピサロは眉間に皺を寄せながらユーリルを見下ろし、そこにある平和な寝顔に溜息を吐いた。見ているとそれだけで尖った心が和らいで行くような寝顔に、ピサロはひとつふたつくちづけを落とし、ピサロも同じ寝台に沈む。引き寄せると香る仄かな湯の香りを吸いながら、ピサロも腕の中のユーリルと同じ夢の中に落ちて行った。

 アホなタイトルは他に何も思いつかなかったんですー!!! CSI(アメリカのドラマ。鑑識もの)を見てたら、サラ(鑑識員)が恋人のハンク(救急隊員)に、「気にしないでベイビー」と言ってたので、ベイビーっていい!と思ってしまったせいです。いいじゃん、ベイビー。ラブラブって感じじゃん。でも萎えるのでピサロには言ってほしくないな(笑)。
 内容は誰かさんが(笑)、ピー様の寝姿が裸なのはどうしてなの!と非常に気にしておられたようなので。乙女な私の口からは言えませんが、どうやら寝る時には服は着たくないようですよ、ベイビーは(止めろ)。
 ちなみに竜巻に飛ばされた小屋の代わりに立派な一軒家が山奥の村に建つまでの間、ユーリルはピー様のおうちに居候です。まぁおうちって言っても城ですが。そして部屋が一杯あるにも関わらず同じ部屋で寝起きしますがそれが何か。だって彼らは愛しあってるからよベイビー(黙れ)。