悲願叶えばなお人は欲深になる


 かつては剣を交わらせる相手であった魔族の王が旅の仲間に加わってから、三日。ロザリーをどこへ隠すかで揉め、依然移民の町で逗留し続けていた。
 ロザリーは非力であるし、自らを守る術も持たない。そんな者を連れて過酷な旅は続けられないし、守るべきものがあるとなれば、自然と誰もの行動が固くなる。それは避けたい、とユーリルが申し出たのだ。
「だから、その、あなたには不本意かもしれないけれど、誰かに預けるしかないと思うんだ」
 ユーリルはちょっと躊躇うようにピサロを見た。ロザリーの隣に座り、腕組みをし、不機嫌極まりない様子で眉間に皺を寄せているピサロに、自然とユーリルの言葉も尻窄まりになる。
 デスキャッスル奥の玉座から移民の町へひとまずは移動した。旅の支度を整えねばならなかったし、今の今まで敵と認識していた相手と共に旅をすることを、はいそうですかと納得できるわけもなかったのだ。一行には時間が必要だった。旅の支度を整える間、英気を養うわよ、とマーニャは栄える町に飛び出して行って帰ってこない。アリーナは力試しの即席大会があるのだと聞いて駆け出し、その後をクリフトが追い、トルネコは良さそうな防具を見つけたと行って宿へ着く前に行方を眩ませている。
 残ったユーリルとミネア、ブライとライアン、そしてピサロとロザリーでテーブルを囲み、そう言う話になったわけだ。
「確かに」
 ライアンも腕を組み顰め面をしながら深く頷いた。
「失礼ながらロザリー殿を守り切る約束はできぬ」
「馬車の中で身を守って頂くとしても、時にはその馬車すら攻撃をされる場合があるので、磐石の守りとは言いがたい。どこぞに身を潜められるのが、適当かとわしも思う」
 ブライも長い髭をしごきながらそう言った。気負った様子のない口調ではあるが、ちらりと人とは異なる血を持つ二人を油断なく見比べている。
 ロザリーは老師に見られ、困惑したように顔を伏せた。
「…ですが、わたくしも微力ながらお手伝いがしたいと……」
 旅の手助けがしたい、協力がしたい、何より我々を助けてくれた皆様に恩返しがしたい、とそう繰り返すロザリーを見据え、ユーリルの隣に座り黙り込んでいたミネアが口を開いた。
「それが迷惑なのです」
 思いがけず冷たく決然とした様子に、ロザリーは勿論、ユーリル達もが目を丸くした。ミネアは真っ直ぐにロザリーを見つめたまま、厳しい口調で続けた。
「旅における知識があるわけでもない、魔物を屠る力もない。傷を癒す力もない。今のあなたは足手まといにしかなりません。あなたを守ろうとして私達までもが余計な怪我を負う。下手をすれば全滅をする危険すらある。私達の助けになりたいと思うのであれば、旅には同行せずに、どこか安全な場所で大人しく待っていて頂ける方がはるかに有難いのですが」
「ミ、ミネア。それはちょっと言いすぎ……」
 ユーリルが思わずそう言うと、何を言っているの、とミネアは眉を吊り上げた。
「今ここで安易に、大丈夫、足手まといではない、あなたも役に立つ、などと口先だけで慰めて何になると言うの。実際に旅に出て何かあってからでは遅いのよ。老師様もそう思われるでしょう?」
 話を向けられたブライは、む、と眉を寄せた後、うむ、と頷いた。
「確かに、ミネアの言う通りではある」
「そんな……」
 項垂れるロザリーの哀れな様子に、ユーリルはうろたえた。今にもぽろりとルビーの涙が転がりそうで、そうなったらピサロも黙ってはいないだろうと思ったのだ。慌てて慰めの言葉をかけようとするユーリルに、ミネアが強く言った。
「ユーリル、何を遠慮しているの? いつもならあなただってそう言うでしょう。相手がロザリーさんだと、どうしてそんなに過保護になるの」
「だ、だって!」
 ユーリルは顔を赤くして、思わず椅子を蹴って立ち上がった。
「だって、ロザリーさんは……!」
 ロザリーさんは、とそこまで叫び、ユーリルは後が続かなくてぱくぱくと口を動かした。
 ロザリーさんは、一体何だと言うのだろう、とユーリルは眉を寄せた。
 人間に殺された可哀相な人?
 亡くなったシンシアに似た人?
 ピサロの、大切な恋人?
 定まらない感情に困惑するユーリルを見上げていたミネアは、ひとつ溜息を吐いた。
「座りなさい、ユーリル」
 物静かではあるが有無を言わさぬミネアに促され、ユーリルは蹴倒してしまった椅子を元に戻し、腰を下ろした。難しい話をしている一行に気を使ったのか、宿の女が頼みもしない飲み物を持ってきてくれた。ホフマンの旧友である彼らに移民の町の宿は特別な計らいをしてくれる。暖かい飲み物を両手で抱えて口元へ運ぶユーリルに、ミネアは溜息を吐いた。
「とにかく、そう言う事ですから、ロザリーさんにはどこかに身を隠してもらいたいのです。我々の信頼のおける誰かに事情を話し、守って頂くと言うのもいいでしょう」
「ホフマン殿はどうかな」
 ライアンも熱いカップを持ち上げて言った。
「ホフマン殿もかなりの手だれ。ロザリー殿を守るには打ってつけかとも思うのだが…」
「移民の町はたくさんの種族が集まる正に坩堝。エルフのロザリー殿が紛れても他の場所よりは目立たぬとは思う」
「あなたはどう思われますか?」
 ほんの数日前まで仇と睨んだピサロへ目を向け、ミネアは問うた。
 ピサロはじっと口を噤んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
「私は、そちらの考えに従おう」
「そんな、ピサロ様…!」
 重々しいピサロの言葉に目を丸くしたのはロザリーばかりではなかった。ユーリルも目を見張り、ピサロの変わらぬ無表情を見つめた。てっきり彼は、エルフの娘を連れての行動を主張するだろうとユーリルは思っていた。どうやらそれは当のエルフの娘本人もそうであったようだ。
 ピサロまでにも同行の意を歓迎されず、ロザリーは真っ青になって傍らのピサロに縋っている。黒衣の腕を掴む白い指先に、ユーリルは眉を寄せた。
 ちくんと胸が痛んだのは、ロザリーの必死な気持ちに共感したのか、それともピサロの腕に触れる指先の美しさに瑣末な妬心を抱いたのか、ユーリルにも解らない。
 ぎゅっと胸元を押さえて俯いていると、ピサロが静かな言葉でロザリーへ言い聞かせ始めた。
「その者達の言う事はすべて正論だ。私も、そなたにはどこかに身を隠してもらう方が気が楽だ」
「……そんな…ピサロ様まで……」
 ぽろぽろとルビーの涙を零すロザリーの可憐な様子に、ユーリルは眉を寄せ、ミネアはぴくりと眉を上げた。
「ピサロ様まで、わたくしが邪魔だと仰るなんて……」
 震える声を聞き、ライアンとブライは困ったように苦笑を見合わせた。まるで自分たちが苛めているような気分になってしまったのだ。そうとは気付かず、ロザリーは自分も旅に同行したいのだと言い続けていた。
「いい加減にしなさい!」
 バンッと物凄い勢いでテーブルに手のひらを叩きつけ、ミネアが憤りも露に立ち上がった。あまりの剣幕にユーリルもライアンもブライも、そしてピサロもロザリーも驚き目を丸くした。ミネアは全員の視線を集めながらも、ロザリーをじっと睨み付けた。
「さっきから聞いていればぐだぐだとくだらない事を並べ立てて……甘えるのもいい加減にしなさいッ! 泣けばピサロさんがすべて解決してくれると思ってるのッ? 私達の旅にあなたは邪魔なんです! 私達のためになりたいと思うのなら、大人しく聞き分けなさい!」
「ミ、ミネア、だからちょっと言いすぎだって……」
 ユーリルが慌ててミネアの袖を引くと、ミネアはいつになく乱暴な仕草でそれを払いのけた。
「いいえ、言いすぎなんかじゃありません! こう言う人にはちゃんと言ってやらないと解らないのよ! 自分が今までどれだけピサロさんに甘やかされていたか解りもしないで……しっかり言ってやらないと、困るのはこれからなのよ!」
「だからって、もうちょっと言い方ってもんがあるじゃないか!」
「ありません! はっきり言わなくちゃ意味がないの!」
 きゃんきゃんと言い合うミネアとユーリルを、ライアンとブライの年長組が顔を見合わせ、やれやれ、と苦笑した。とにかくミネアは物静かで、あまり声を荒げて怒るということはないが、ユーリルやマーニャが相手だと少々変わる。遠慮がないと言うか、物静かに装っていなければならないという気遣いがなくなると言うか、旅の間も度々そう言う口論を目撃していた二人はなぜか微笑ましい気持ちになっていた。
「これ、二人とも。そろそろ止めんか」
 ブライが見かねて仲裁に出ると、ブライに言われたのであればとミネアも溜息を吐いて口を噤んだ。そして今度は打って変わった静かな口調でロザリーに言い聞かせるように話しかけた。
「確かに、言い過ぎたかもしれません。ですが、私の気持ちは変わりません。あなたは私達の旅には邪魔なだけです。私達の手助けがしたいと思われるのであれば、大人しく私達の意向に従って頂きたい……私が言いたいのはそれだけです」
 ミネアはそれを言うと、軽く頭を下げて宿の食堂を出て行った。ユーリルはミネアの後ろ姿とロザリーとを見比べていたが、結局この話には結論をつけねばならぬと思い当たり、椅子に腰を下ろした。
 ロザリーはぽかんとミネアの後ろ姿を見送っていたが、ようやく彼女の言った言葉が頭の中に染み込んできたらしい。ぽろりと零れかけた涙を、慌てたように指先で拭うと、きゅっと両手を拳の形に握り締めた。
「わ、解りました…!」
 ロザリーがぐっと泣くのを我慢しているのを見て、ユーリルは目を丸くした。ロザリーはユーリルの驚いている眼差しを受け止めて言った。
「ミネアさんの仰る通りですわ!」
「……はぁ。あれ、でも…あれ? じゃあ、えっと、どうなるわけ?」
 あまりにあっさり身を翻したロザリーについていけず、混乱するユーリルに溜息混じりにピサロが告げる。
「ロザリーはどこかへ預ける。それで話を進めてもらいたい」
「ホフマン殿に尋ねてみましょう。ああ、それとも、ロザリーヒルはどうですかな」
「だがあそこは一度封印を解かれた場所、再び連れたとしても……」
「ピサロナイトが守るだろう。魔力を込め直し、新しい封印を施せば……」
「しからば我々も手を貸そう。いや、魔王殿には劣るが我々も魔法を操る身、マーニャとミネア、ユーリルとわしとの力を合わせれば少しばかりの手助けにはなろう」
「老師殿、クリフト殿を忘れておられる」
「おっと、あやつもおったわい」
 ブライがかかと笑うのをぼんやりと眺め、ユーリルは自分の傍らでどんどん進んでいく話に取り残されていた。
 ふと顔を上げる。
 真剣に話を聞いているロザリーがはにかむような笑みを浮べ、傍らのピサロを見上げる。時折口を挟みながらも、ブライとライアンの話に耳を傾けていたピサロがそれに気付き、少し微笑む。
 愛し合うエルフと魔族の思いやり溢れる些細なやり取りに、ずきりと胸が痛み、ユーリルは慌てて俯いた。
 ロザリーを羨む気持ちを抱きながら、その一方でその気持ちを打ち消そうとする。
 旅の詩人だった人を殺したくないと思った。そしてその願いは叶った。ずっと思い描いていた人と旅を共にできる。それだけで十分じゃないか。
 これ以上を望むのはあまりにも我侭で贅沢すぎる。
 ユーリルは銀色の髪に手を伸ばしたくなる自分に、そう言い聞かせ戒める。
 何度か息を繰り返し、顔を上げれば、思いがけずこちらを見ていたらしい赤い瞳と目が合った。
 傍らのエルフを見下ろしていた時とはまるで違う、冷えた氷の眼差しに、ぎこちない笑みを浮べて見せる。
 その顔が泣きそうだったとピサロは後に語ったが、ユーリルは気付かず、精一杯の笑みを頬に貼り付け続けていた。

 タイトル思いつかず、ちょっと説明くさいタイトルになりました。
 内容は『神様が作った特別な人』の続編と言いますか。別にまた連載するつもりじゃないんですが、同じ流れを汲んでいるといいますか…、うちではロザリーはどっかで待機することになってるので…。ゲームでは始終着いて回っていたようですが、まー危険極まりないですし、ピサロナイトが胃痛を抱える伏線にもなりませんしで、やはりうちではロザリーヒル待機と相成りました。
 この時点でまだユーリルの片思い中です。
 しかしタイトルが説明くさいとあとがきも説明くさいですな。