互いの体温は暑さの内に入りません


 エアコン完備の聖石矢魔学園の石矢魔クラスでは、昨日からエアコンが故障していた。物が古くなったとかそう言う理由ではなく、MK5が空気を読まずに調子に乗っておちゃらけて振り回した鎖が激突して、この暑さだと言うのにエアコンを壊してしまったのだ。故障というより、破損だ。
 普段ならそんなもの電話一本で新しいものに入れ替えてやんよ、と男前なことを言ってくれる姫川は、タイミング悪く、これまた昨日から一足先のバカンスに出かけている。姫川財閥のイベントがどこかの島であるらしい。うらやましい。
 そんなわけで石矢魔クラスでは窓を開け放ち、風を入れ、せめてもと団扇を仰いで暑さを凌いでいるというわけだ。
 神崎はどこから調達してきたのか、『祭』とでっかく書いた巨大な団扇を城山に仰がせて踏ん反り返っていて、夏目はちゃっかりその風の当たる場所にいるので、神崎一派で汗をかいているのは城山だけだ。
 烈怒帝瑠のメンバーもそれぞれがカラフルな団扇を閃かせていて、中には扇子を使っている女子もいたが、どうみても鉄扇だ。
 重くて体力使うから余計に暑くなんねーのかな……と、遠い目をする古市も額に汗を滲ませ、ぱたぱたと団扇を仰いでいる。
「あっちー……。アイス食いてー…」
 ふぅと溜息を吐く古市は、窓際の一番風の入る場所を確保している。その古市の膝の上に、男鹿の頭が乗っている。厳密に言えば太腿の上だ。解りやすく言えば膝枕だ。
 椅子を四つ並べ、その上に長々と身体を横たえた男鹿も、ぱたぱたと団扇を仰いでいるが、その風が向かう先は、傍らに置いた椅子の上でべったりと大の字で寝ているベル坊だ。
「ガリガリ君がいい」
「ソーダ味な」
 あっちー、と古市はぱたぱたと団扇を仰ぐ。男鹿に向けて風を送り、少ししたら自分に向けて風を送る。
「梨味ってうまいんかな、俺食ったことねぇんだよ」
「あー…俺も食ったことねーな」
「なー? いっつもソーダ味ばっかだもんな」
「な。今日の帰り、コンビニ寄るか?」
 男鹿がぱたぱたと団扇を仰ぐ手を止め尋ねると、ベル坊が、むー、とむずがる声を上げる。再びゆっくりと風を作る男鹿を見下ろし、うーん、と古市は首を傾げた。
「それより市民プール行かね? もうやってんだろ」
「あー、プールは駄目だ。ベル坊が嫌がる」
「あ、そう言えばそうだった……。じゃ、コンビニ寄るか」
「おー」
 嬉しそうにへにゃりと笑う男鹿の前髪を、古市の指がかきあげる。じっとりと汗ばんでいるのか、しんなりとした髪を撫でつけ、おでこへ向けて団扇を仰いでいた古市が、ふー、と息を吐いて外を見る。
 ぎらぎらと輝く太陽が校庭を照らしていて、校庭が眩しく見える。
「あちーなー……」
「おー、くそあちー…」
 ぱたぱたと窓際でそんなことを言いながら団扇を使う二人を、教室にいたクラスメイトは曰く言い難い目で眺めていた。
 言いたくはないが、でも誰か一人くらい、勇気を持って言ってくれやしないだろうか。
 そんなに暑いのなら、膝枕するの、やめれば? と。
 見てる方もあちーんだよッ! と似たり寄ったりのことを内心で叫ぶクラスメイトの生温い視線に気付きもせず、二人はまったりと、あちーなー…、アイス食いてー……、ガリガリ君だなー…、と進歩のない会話をのらりくらりと続けていた。



のらりくらりとした、なんともぱっとしないお話で申し訳ない。
倉坂さん、お誕生日おめでとうございます!