戦え理性



 本当はすぐにでも突っ込んで自分の気持ち良さを追うのに必死になりたいけれど、それでも男鹿は堪える。我慢なんてもっとも男鹿に似合わない言葉で、事実、たったひとつのことに関して以外は全く我慢なんてしない。
 腹が減ったら食うし喉が乾いたら飲む。喧嘩がしたければ町をぶらつけば向こうからやってくるのでお断りしないし、気分が乗らなければ長引かせないで一発で終わらせる。
 けれどそれが古市なら話は別だ。
 古市がしたくないことは何がなんでもしないし、古市の不利益になりそうなこともしない。古市が嫌そうな顔をすればどんなにやりたくてもやめ、古市が嬉しそうに笑えば泣きそうなことは絶対にしない。
 セックスもそうだ。
 古市相手だからこそ、我慢の上に我慢を重ねてさらに我慢をする。
 古市が受け入れられるようになるまで絶対に突っ込まなかったし、もういいよと観念したように笑った時、確かにあの時はちょっと暴走して泣かしちゃったりもしたけれど、それ以降はおおむね順調に我慢できている。
 だからどろっどろの溶鉱炉みたいに熱く蕩けた古市の中に突っ込んだ後も、本当なら無茶苦茶に揺さぶって欲だけを追いたいけれど、男鹿はぐっと我慢する。
 もういいよと言われるまで我慢する。
 そう。
 我慢する。
 けれど、その我慢も限界ってものがあって、しかも限度ってもんもある。
 突っ込んだはいいけれど、古市が気持ちよくスカーッと寝息を立てているときにはどうすればいいのだろう。もういいよって言われたわけではないから動くにはためらいがあるが、突っ込んだ一物を放置するにもためらいが、と言うよりも我慢ならない。無理だ。今すぐ動きたいけれど、幼い頃からしつこく植え付けられた古市第一主義の男鹿の理性が動くのはダメだと言っている気がする。
 普段なら解らないことは古市に聞けばオールオッケーだったのに、その当の古市が気持ちよくスカーッと寝入ってる場合は誰に聞けばいいのか。ヒルダか? ヒルダ呼びつけて聞けばいいのか?
 ていうかなんでこの状況で寝れるんだこのアホは。
「おい、古市」
 ぺちっと軽く頬を叩くと、むにゃ、と古市が寝言を漏らす。アホっぽい顔がさらにアホっぽくなって男鹿は胸をきゅんっと掴まれる。古市のアホっぽい顔は可愛くて好きだ。古市の中に収めたものがずくりと膨らみ、余計に男鹿を苦しめる。
「くっそ…」
 どろどろのぐちゃぐちゃの古市の内側が、呼吸に合わせてわずかに動く。誘われるようにぐっと身体を奥へ押し込んでしまい、ん、と呻いた古市の寝息にびくりと肩を揺らす。
 確かにバレーボールの練習で疲れていることは解る。
 何度もヒルダの超人スパイクの餌食になっていた古市は他のメンバーより体力も腕力もないのだから疲れも半端ではないだろう。逆に男鹿は喧嘩とは違い自制して身体を動かしていたのでフラストレーションがたまっていた。思うさま発散させたくて、もう疲れた眠い寝る、と唸る古市を拝みつつベッドに連れ込んだ。その時点で、途中で寝ても怒んなよ、と古市は言っていた。確かに言ってはいたが、本当に最中に、しかも突っ込んだ直後に寝るとは思っていなかった。
「古市……古市っ!」
 ぺちぺちと頬を叩いて起こそうとしても、もーだめ食えないー、とわけのわからない寝言が返ってきて、おまけにうざったそうに手を振り払われる。ふにゃと幸せそうな笑みを浮かべたアホ面を前に、お預けを食らう男鹿はぎりぎりと歯ぎしりをした。
 早くしないと風呂へ行ったヒルダとベル坊が帰ってくる。そこはかとなく男鹿の欲を察していたヒルダのあの軽蔑した眼差しは、長風呂をし尚且つリビングで涼んできてやろうと言ってはいたが、長くても一時間半が限度だ。今テレビで放送している映画がアニメなら二時間はもつか。とにかくそれまでにことを済まさなければならないというのにこのアホは……このアホは…っ…!
 動きたい動かしたい。
 けれど古市第一主義の男鹿の理性が邪魔をする。
 ぬぅ、と不良も裸足で逃げ出す凶悪面で眉間に皺を寄せた男鹿は、あれ、と首を傾げた。
 別にもう我慢しなくてもいいんじゃね、と言うことに気付いたからだ。
 古市からは寝ても怒んなよと言われはしたが、寝たらしちゃダメとは言われていない。つまり置き換えれば、寝てもいいならやってもいいよ、寝ちゃってもやっちゃっていいよってことにならないだろうか。
 男鹿のいいように曲解すれば、寝ちゃってもやっちゃって、だ。
 よし、と男鹿は腹を決めた。
 残り時間は少ないし、男鹿の忍耐力も残り少ない。
 もうここはガンガン攻めて攻めまくって、後で古市に説教食らえばいい。
 そう、今はとにかく自らの欲を満たすのに無心になろう。時間もないことだし。
 で、後で反省すればいい。後悔は後から悔いるから後悔と言うのだ。先に悔いる必要はない。
 うし、と男鹿は古市の足を抱え上げた。より奥へ我が身を押し込むため、一旦ずるりと身を引く。寝入っていても古市の内側は男鹿のものに纏わりつき、中から出て行かないでと強請っているようだ。そしてもっと奥へと誘っているようだ。
「古市……」
 そっとアホ面にキスをして、さぁ一息に突き入れようと腰を抱えたその時、むにゃ、と古市が薄目を開き、ぼんやりした眼差しで男鹿を見上げる。
「起きたか?」
 ならやるぞ、と口の端を持ち上げた男鹿に、古市がふにゃりと笑う。
「……だめ…」
「ああっ?」
 さぁ今まさに突っ込もうとしていた瞬間だ。
 古市がふにゃふにゃと幸せそうな顔で男鹿を見上げて笑う。
「……それ……だめ……」
 食べちゃダメ…ふへへ…、と妙な笑い声を上げる古市は寝ぼけているのだ。事実、またすかーっと寝息を立てて目を閉じてしまったので確実に寝ぼけてる。
 けれど男鹿の長年に渡って染みついた古市第一主義は、だめ、と言う単語を拾い上げてしまった。
 突っ込む寸前、古市の腰を抱え上げたまま、男鹿はがちんと動きを止める。
 古市に対して無体を働くという主義に反するなけなしの勇気がものの見事に手折られ霧散していく。
「……いや…おい、古市……」
 ぐっと押し込めばものすごい快楽が得られると解っている姿勢で、男鹿はだらだらと脂汗を垂らしながら、ふへへ、と笑い声を上げるアホ面を見下ろす。
 準備万端の古市の内側は熱くうねって男鹿を迎え入れようとしている。
 けれど古市の寝言と男鹿の古市第一主義に基く理性は、ダメ、と言っている。
「だ、だめってことはねーだろ…古市……おい…」
「うー…? んー…だめー……」
 寝言だ。これは寝言だ。
 夢の中で聞こえた単語を反芻しているだけだ。だから突っ込んでしまえ。
 本能はそう叫んでいるが、古市の前に築かれた男鹿の理性と言う強固な壁はそれをよしとしない。
 残り時間、あとわずか。
 男鹿は古市の腰を抱え上げたまま、本能と理性の狭間で脂汗を垂らし歯ぎしりをしながらぐらぐらと揺れ動き、悶々と考え戦っていた。



男鹿さんは古市がしちゃだめって言ったことはしないんだよ。どんなに辛くても古市がだめって言った以上しちゃいけないからずっと我慢するんだよ。
男鹿さん、いい彼氏!
イメージ的にはあれですね。餌を前に何分我慢できるか待ての耐久レースやってる我が家の犬。
最長記録は7分でした。いじめてごめんね。