ロマンチストの描く夢




「もし古市を貴様の思う通りにできるとしたら、どうする?」
 日曜日の昼下がりの長閑なリビングで、不意にそんな不穏なことを言う侍女悪魔に、男鹿はあんと眉を寄せた。テレビが見える一番いい席を陣取り、なのに膝の上には魔界の玩具カタログを広げている。
 『目的のためなら手段を択ばない冷血非道なお子様に育てましょう!』と銘打たれた見るからにおどろおどろしい商品カタログに、まさか次はそれを頼むつもりかと男鹿の意識はそちらに奪われていた。
「だから、貴様の好きなように、どんなことでも古市にできるとしたらだ。貴様は一体何をどうする?」
「って言われても……」
 男鹿は困惑して眉を寄せた。
 助けを求めるように古市の姿を探すけれど、古市は庭に面した窓際の、リビングの中でも一等日当たりのいい場所でベル坊と遊んでいる。積み木を積み上げては崩し、また積み上げては崩す謎の遊びだ。幼児用の角がない積み木だけれど、あれが手に落ちると結構痛い。古市はベル坊が崩すたびに手の甲に当たる積み木を、痛いとも言わずに笑いながら受け止めている。
 あれを、思う通りにできるとしたら。
 男鹿はヒルダの問いかけを自分の中で噛み砕き、考えた。
 悪魔の言うことだからきっとどんなえげつないことだって可能なのだろう。
 裸に剥いて、もう嫌だと言うくらい快楽を叩き込み、ぐずぐずに溶けた身体を貪るように、飽きるまで、飽きてしまっても抱いても抱いてもきっと許される。嫌だと拒む言葉も許さず、好きだと声が枯れるまで、いや枯れ果ててしまってもずっと繰り返させる。
 そう言うことも望むままなのだろう。
 けれどなんだか、それは男鹿が心底古市にしたいこととは違う気がした。
「……まだか」
 急に尋ねた癖に答えを急かすヒルダに、あー、と男鹿は眉を寄せた。
「……なんか……、こう……ちっこくして…」
 十二センチくらいの定規と同じくらいの幅を手で作り、男鹿は想像する。
 古市がこれくらい小さくなったら、持ち運びが便利だ。ポケットに入れてどこへだって連れて行ける。浚われないように見張っておけるし、怪我をしないように目を光らせておける。誰かがいらないちょっかいを出してもすぐに止められるし、どんなものからも守ってやれる。今よりずっと容易くなる。
「きれーな箱に入れてよ……」
「貴様……ペドフィリアの上にネクロフィリアか?」
「ペド…ネクロ……? なんだそりゃ。ネクロマンサーか?」
「なんだそれは」
「知らねーのかお前、FFに出てくる敵だ」
「違うわ馬鹿者。死体愛好家かと問うておるのだ」
「んなわけねーだろ」
 男鹿はげんなりと溜息を吐いた。
 ヒルダの問いかけに折角真剣に考えて答えを出そうとしていたのにやる気を削がれる。これだからヒルダはいけない。古市なら根気よく男鹿の言葉を待ってくれる。拙い言葉をたくさん並べて、言いたいことを伝えようとする男鹿の気持ちを汲み取ってくれる。
「そうか。では続けろ」
 ぶん殴ってやろうか、と男鹿は拳を固める。
 だがヒルダは意に介さず、なんだ続けんのか、と不服そうだ。
 ここはひとつ自分が大人になってやらねばと男鹿は息を吐いた。
「だから、古市をちっこくしてだな、なんかきれーな箱に入れて、綿とか詰めてコケても痛くねーよーにしとく。あいつ痛ェのに弱いくせに良くコケるからな。そんで……ああ、箱に窓開けておかねぇと外見えねーよな。寒がりだから寒い時でも平気なようにガラスでも入れときゃいーか? そんできれーなもん一杯見せてやる。女とかそーゆーんじゃなくて、まーあいつがそれがいいって言うんならそれでもいいけどよ、もっと違う、きれーなもんだな。うまいもんも一杯食わせてやりてーし、ちっこいと一杯食えるだろ。フジノのコロッケも一個で十分腹膨れそうだし」
「……貴様のうまいものの最大級がコロッケなのが聊か腑に落ちんが……その程度でいいのか? もっとえげつないことでも良いのだぞ? 例えば貴様しか見えなくなるようにするとか、貴様の声しか聞こえないようにするだとか」
「それじゃ意味ねーだろ」
 男鹿は憮然とヒルダの提案を否定する。
 確かにそれは魅力的ではあるけれど、でもそれは男鹿にとっていいことで古市にとっていいことではない。
「いくらなんでも飽きるだろ」
「いや、飽きるとかそういうことではない。そうすることもできるのだぞと言っているのだ」
「だから、古市は俺ばっか見てても楽しくねーだろ。俺は古市見てたら楽しいけど、あいつはそーじゃねーだろ。もっと一杯いろんなもん見てーだろーし。あ、前にオーロラ? とか言うの見たいつってたけど、あれって寒いとこでねーと見えねーらしいんだよ。箱ん中に入ってりゃ、寒くなくてオーロラとかっての見れっだろ。おお、名案だな、俺様すげー頭いいぜ」
 男鹿は自分がなんでも思い通りにできるのなら、古市にとっていいことばかりをしたかった。
 古市を小さくして箱に閉じ込める。その箱は大きすぎてもいけないし、小さすぎてもいけない。大きすぎると寂しくなるし、小さすぎると窮屈だ。コケてもいたくないように一杯綿を敷いて、いつでも寝られるようにベッドを置いておく。外を見られるように大きな窓をつけて、寒くないように窓ガラスを入れる。
 どこへでも一緒に連れて行って、なんでも同じものを見る。同じものを食べて、同じ場所で眠り、同じ空気を吸ってずっと一緒に生きていく。
 別に古市を小さくする必要はないけれど、男鹿がずっとそうしたいと本当に望むことをするには古市を小さくするのが一番手っ取り早い。ポケットに入れて、いつでもどこでも守ってやれる。
 本当は、男鹿が守る必要もないのだけれど。
 本当は、男鹿が望むように守られてくれるほど、古市は弱くないのだけれど。
 男鹿は窓際に顔を向け、やっぱりベル坊と積み木遊びをしている古市を眺めた。きらきらと輝く銀色の髪が、より一層綺麗に輝いている。ベル坊が上手に積み木を積み上げて、奇妙な家の形を作り上げると、古市はそれはもうとても綺麗な笑顔で手を叩く。ベル坊の頭を褒めるように撫でる。
 ベル坊がどうだとばかりに振り向くのにつられ、古市も顔を向ける。ばちりと目があって男鹿は一瞬ずっと見つめていた気まずさにたじろぐけれど、古市は気にもせずに、どうだ男鹿すげーだろ、と傍らの奇妙な家を示して見せる。
 それはもう、とても嬉しそうに幸福そうに古市は笑う。
 あんなふうに、陽だまりで笑っている姿をずっとずっと見ていたい。
 ぽつりと思わず呟いた言葉は古市の耳には聞こえなかっただろうけれど、悪魔の耳には過たず届き、ふん、とヒルダが鼻を鳴らす。
 ヒルダは組んだ足の上で魔界の玩具カタログを捲りながら、貴様は面白くない、と舌打ちをした。







男鹿さんが実はこんなこと思ってたら萌える。
古市第一主義のうちの男鹿さんは大抵こんなもんだけど、古市だけは大事にしたい男鹿さん萌える。
いろんなもんぶっ壊してきたけど、古市の家もぶっ壊しちゃったけど、古市だけには危害を及ぼしたくない男鹿さん萌える。
つまり男鹿さんがロマンチストだと萌える。